一匹の竜と一人の人間がいるだけ。
もっというなら、そう。
【捕食者と獲物】
『グルルッ』
これは遭難したときから決めていたこと。
「リザードン、お前は最高のパートナーだった」
運命。これは神様が与えた運命。きっとこの山に来たときから、歯車は回っていたんだろう。
ヒトカゲの時からずっと一緒にいた相棒は、本能に従う獣と化した。きっと言葉は届いていない。だけれど、これだけは言いたい。言わなくてはいけない。
「ありがとう。強く、生きろよ、リザ――」
次の瞬間、世界が消えた。
モンスターボールという縛りが消えた今、リザードンは野生へと還った。ただそれだけのこと。
弱肉強食。野生の世界では、それがすべて。弱き者は強き者の餌にしかなれないのだ。
巨大なオレンジ色の竜の口元から覗く人の姿。その体に、透明な唾液が這う。粘りのあるそれは止まることなく、滴り落ちていく。
既に竜の首元は、異様な形に膨れていた。
時折もぞもぞと蠢くそれは、更に奥へ奥へと流し込まれていく。
遂にその体は、竜の口内に完全に吸い込まれてしまった。
口内に残る僅かな下半身を飲み込むべく、頭をもたげて一気に流し込む。
小さな穴を押し広げて、その獲物は“ゴプンッ”という生々しい音と共に、竜の体内に取り込まれた。
凹凸な膨らみをした腹を撫でながら、そいつは口周りに付いた唾液を舐め取った。
その顔は、どこが寂しそうな表情を有していた。
あの日食べた人間の味を、忘れずにいる。
特別美味かったわけじゃない。ただ、身に染みる味とでもいうほどに悲しい味がした。
俺は何か大事なことを忘れてしまっているような気がする。
どうやって俺はリザードンになった?
今までどうやって生き永らえてきた?
分からない。思い出せない。どんなに知りたくても。
あぁ、寂しい。こんな気持ちになること、今まであっただろうか。
頭上に輝く月を見上げて、俺は目を細めた。
『リザードン』
声がした。どこからか聞こえてきたその声は、なんだか懐かしい。
その声に返事がしたくて、俺は叫んだ。
可能な限り叫んだ。
グォォォォォォォォォォォォ…………ン
月の光を反射して体が輝いている。
もう、終わりにしよう?
光の塵と成り行く体。
凶悪で巨大なオレンジ色の竜は、もうそこにはいなかった。
草木が揺れる音が、残っただけだった。
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