「えっ? 何で?」
突然の一言に、僕の頭はついていけなかった。
バクフーンのお腹に入る? 冗談だろう?
「急げ、時間はあまりないんだ。俺が獲物を探している間に、お前が代わりに中に入っててくれ」
「ちょっ……さすがにそれは――」
「バクフーンが死んでもいいなら別に構わないが」
選択の余地はないらしい。
僕はバンギラスに言われるまま、ゆっくりとためらいながらもバクフーンの口の中に足を入れた。
表面は冷たかったのに、中は意外とまだ暖かい――というか生暖かい――。
「いいか? なるべく数時間で帰ってくる。こいつはまだ生きてるし、腹が空いてるから、おそらく躊躇なくお前を消化し始めるだろう。なんとかそれに耐えてくれ」
僕はごくりと唾を飲み込んだ。
大丈夫。バクフーンだって、今必死に耐えているんだ。僕も頑張らないと。
そう自分に言い聞かせ、僕は完全にバクフーンの口の中に入り込んだ。
バンギラスに入り口を閉められると、その場所は蒸し暑く、真っ暗になった。
「俺が胃袋までお前を押すからな」
そう聞こえた瞬間、僕は外側からバンギラスに押されて、バクフーンの体の奥へと進み始めた。
途中、堅い牙が体をかすめて皮膚が割けたが、歯を食いしばってその痛みに耐えた。
口内を進むと、その先は柔らかな食道だった。
むにゅむにゅと周りの肉が僕を包み込む。
その肉越しに、バクフーンの鼓動が聞こえた。
トクン……トクンと弱々しいが、規則正しく脈打っている。
細長い空間を抜けると、少しは余裕のある空間に出た。
どうやらここが胃袋ようだ。
「いいか! そこがやつの胃だ。もう少ししたら胃液溢れてくるだろう。お前はなんとかそれに耐えてくれ!」
くぐもったバンギラスの声が聞こえた。
返事の代わりに、僕は肉壁を押して合図する。
バンギラスはその後、どこかへ行ってしまった。
それから、急に静かになった。
僕の鼓動と、バクフーンの鼓動がやけにうるさく感じる。
(気づけなくてごめん、バクフーン)
寝返りをうった途端、僕の周りの肉が急に迫ってきた。
一瞬で僕は柔らかな肉壁に包まれてしまう。
「うぐっ! バク……フーン」
肉壁に鼻を押され、上手く息ができない。
僕はそれを指で押し広げてなんとか呼吸をしている感じだった。
しばらくすると、なにかさっきまでの体液とは違う何かが、この胃の中に流れ込んできた。
それが皮膚についた瞬間、肉が焼かれるような痛みが襲いかかってきた。
「う、ぎゃっ! キャン!」
それが胃液だと気づくのに時間はかからなかった。
あまりの痛さに、体をのけ反らせる、それでも胃袋に押さえ込まれ、身動きがとれない。
そうこうしている間に、胃液はどんどん溜まっていく。
ほんの数時間で、僕は胃液に漬け込まれていた。
ジュウジュウと嫌な音を鳴らしながら、僕の体は赤く腫れ上がっていく。
ついには手先がとろりと溶けだしてきた。
痛くて叫ぶにも、口元も焼けて、声が出ない。
(バクフーン! やめて! 痛い!)
止まらない痛みが、僕の思考を狂わせる。
他のことなど考えられない。
痛い! 痛い! 痛い!
意識が朦朧としてきた。
何時間経っただろう。いや、まだ何分しかたってないのかもしれない。
痛みもあまり感じなくなってきてしまった。
(僕……このまま……)
身体中の力が抜けていく。
そのまま流れるように、僕は気を失った。
最後に見えたのは、バクフーンの優しい、あの笑顔だった。
「…………ぃ……ぉ……い……おい! しっかりしろ
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