伝説の賞金稼ぎ。そんな肩書きは、たかが知れていた。
現に今、彼はその黒光りする巨大な足に押さえつけられているのだから。
すぐとなりで、それまた鎌のように巨大な爪がずぶずぶと地面に沈み込んでいく。
その度、体全体にかかる凄まじい圧迫感が彼を錯乱させていった。
『剣と言う武器は役に立ったか? 小僧』
低く、地を這うような腹に響く声。
まさしくその風貌に合った声は、一瞬彼の闘争心を落胆させた。
彼は今、伝説の生き物〈竜〉に見下ろされる格好でいる。
ちょっとでもへまをすれば、その小さな体は呆気なく潰されることだろう。
「化け……もの……め……」
『ふん。戦いを欲したのはもとい貴様の方ではないか』
ぐぐっと、拘束されている体の圧迫が強まる。
『そんなに金とやらが欲しかったのか?』
ミシミシと骨が軋む音を感じていた。
返答しようにも、肺に空気が入らないせいで呼吸さえもできない。
徐々に広がる酸欠は、彼の意識を強引にも闇に引きずり込もうとしている。
「や……めろ……」
必死に繋いだ言葉。
悔しいが、今は命乞いをする他無い。
視界が揺らぎ始めた頃、その力が急激に落ち着くのを感じた。
ほぼ本能的に空気を貪る。
その反動でゲホゲホと噎せてしまう。
目には涙がにじみ出てきていた。
なぜ、こんなことに。
そう考えたとき、昨日の話に軽々しく飛び付いた自分を、密かに呪ったのだった。
【洞窟に住む魔物の討伐】
依頼所の掲示板に大きく貼られた一枚の紙。
難易度はまさかの星五つ。
ここ最近、どの依頼も生ぬるかった彼の心を揺れ動かすには十分すぎた。
大した準備もせず、それこそ本当に剣だけを持って出発した。
その結果がこれだ。
当然と言えば当然である。
『我が輩も甘く見られたものだ』
頭を彼に近づける竜。
吹き飛ばされそうなほどに強く熱い吐息が彼の髪をなびかせる。
その時、ふと気になったことがあった。
この吐息、妙に血生臭い。
目を凝らせば、やつの鋭く並んだ牙の所々にどす黒く固まった血が付着していた。
この辺りの動物のものか? いや、来るとき分かったがここら一帯はとても動物が住めるほどに自然環境が整っていない。
では、一体誰のものだろうか。答えはすぐに出た。
「お前……まさか……人食い……なのか?」
『ククク。だったら何なのだ?』
血の気がひくような返答。
刹那、視界が淡いピンク色に染まる。
それがやつの柔軟な舌だと気づくのに時間はかからなかった。
一瞬で顔が唾液まみれになる。
吐き気を催すような生臭さ。
それが彼の思考を鈍らせる。
『ここ最近、派手に暴れすぎたお陰で獲物の数が極端に少なくてなってしまってな』
出した舌を口内にしまい込み、吟味するかのようにくちゃくちゃと音をたてる。
『久しぶりの獲物だ。しっかり味わらないとな』
やつの口元が歪んだかと思ったその瞬間、その口は上下に大きく開かれた。
途端に大量の唾液の雨が品なくボタボタとこぼれ落ちる。
薄暗い洞窟の中、外から入り込むまっすぐな日の光を受けて、やつの喉の奥がてらてらと輝いていた。
「や……やめ――」
『いただきます』
やつの目に、もはや生き物は写っていない。
ただの肉の塊に食らいつくように、竜は彼の上半身をくわえ上げた。
骨が砕ける音と、牙が肉を貫く音が重なり合い、なんとも言い表せない不気味な音が洞窟に響き渡る。
「っ! ぎぃやあああ――」
彼の悲痛な叫び声は、柔軟な舌の上に押さえつけられ、くぐもりほとんど無と化した。
竜の舌の上に生々しい血溜まりが広
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