「うぅ……おのれぇ……」
『まだやるのか? 正直、面倒なのだが』
数十もの人間がいた草原には、今ではもう数を数えられるぐらいの人数しかいなかった。
それでもまだ剣をレイシスに向けるのは、『カール』あの長たらしい名前のやつだ。
全身を血で濡らしているが、ほとんどが仲間の返り血だろう。
『いい加減、諦めて帰った――』
「だまれっ! 貴様を殺さなければ、我々に明日はないのだ!」
走り寄るその人間の眼は、ほんの少しの闘争心と大部分を占める恐怖で満たされていた。
どうやら、国王に大切な何かを掴まれているようだ。
もちろんそんなこと、知ったことではない。
レイシスはその巨大な尾を振り回し、向かい来る騎士団長をなぎ払う。
小さな体はいとも簡単に吹き飛ばされ、地面に叩きつけられる。
「ぎゃあああぁぁあ!」
脇腹を抱え、のたうち回る。
そんな彼に近づき、レイシスはひょいと哀れな騎士団長をつまみ上げる。
「うっ……、は、離せ……」
だらんと力なく垂れた身体。
それでも言葉だけは達者だ。
レイシスはクククと喉で笑い、それからこう付け足した。
『降りたいのなら、降ろしてやろう。我輩の体内へとな』
「――っ! ま、待て! レイシ――」
口を大きく開ける。
その頭上には、蒼白とした顔の人間が一人。
彼の命を支えていた紐は、たった今切られた。
「うわあああぁぁ……」
重力に従い、彼は鋭い牙の立ち並ぶ薄暗い空間へと吸い込まれていく。
“バクンッ!”
そんな短い音をたて、草原は、再び静かな場所へと姿を変えた。
ただ、風の音だけが聞こえていた。
ゆっくりと咀嚼し、味を楽しむ。
だがそれには、あの堅い鎧が邪魔だ。
レイシスは器用に舌と牙を使い、それを外していく。
時折くぐもった声がしたが、それも時間の問題だろう。
不味いあめ玉を吐き出すかのように、レイシスは鎧を口内から出す。
外の光を求めて、獲物は喉の奥から這い出ようとする。
それは、レイシスが頭をもたげることで無になった。
鎧を外した瞬間、口の中に広がる人の味。
頻りに顎を動かし、その味を味わう。
『少し……んく、香ばしいか……むぐ』
レイシスの口元からは、ボタボタと品なく唾液が溢れ出る。
もう充分コイツを味わった。そろそろ飲み込むか。
頭を持ち上げ、口内に傾斜をつける。
唾液まみれになった獲物は、いとも簡単に喉の奥へと滑っていく。
舌の上で、何とか助かろうと必死に抵抗する獲物。
そいつの下半身が地獄の入り口に落ち込んだのを感じる。
最後にレイシスはもう一度口を大きく開き、獲物に最後の景色を拝ませてやった。
「いやだっ! まだ死にたくな――」
奥から聞こえるやつの断末魔の声。
最後まで聞くことなく、レイシスは勢いよく口を閉じる。そして、
“ゴクリッ”
くぐもった悲鳴もろとも、レイシスは一瞬で飲み下した。
喉の小さな膨らみが、腹の底へと落ちていく。
『ゲフッ。まあまあだな』
腹を擦り、舌舐めずりをする。
小さな命が、大きな血肉へと変わったのだった。
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