春。今まで眠っていた生き物達が、一斉に活動を再開する季節。
秋の時とは違った風が、優しく彼に吹き付ける。
目覚めたばかりだというのに、あまりに気持ちいいせいでまた寝てしまおうかと思ってしまう。
鋭い牙の生えた口を大きく開け、大あくびをする。
近くに立っていた樹木が揺れた。
間抜けにあくびをするそいつの名は「レイシス」
この辺りの草原を支配する、いわば王者だ。
その大きなとかげのような体は赤い鱗で覆われ、鋭い爪と口内にびっしりと並んだ牙が、彼の凶暴さを物語っている。
彼は、こちらの世界でいう『ドラゴン』という存在だ。
内側を漆黒の色に染めたコウモリのような翼は、最大まで広げれば身体の二倍はあるだろう。
羽ばたかせるところだけを見れば、なるほど神とも捉えられるかもしれない。
しかし残念なことに、レイシスは神ではない。
どちらかといえば悪魔の方が近いだろう。
彼の辺りに散らばる白骨。
所々に赤い肉がまだ着いているものもあれば、既に風化して粉々に崩れてしまっているものさえあった。
彼は人喰いだった。
そんなことも関係なしに、今日もやつらは来る。
レイシスの鼻は、獲物の匂いを嗅ぎ付けた。
『……またか』
巨大な体を起こし翼を広げ伸びをする。
そんな時に、そいつは凄まじい数で現れた。
「お前が伝説の赤き竜、レイシスか!」
全身を堅い鎧で包み込んだそいつは、人間という少し変わった種族である。
『だとしたらどうするんだ?』
まるで地を這うような腹に響く声。
その人間は臆したのか少し体を反る。
「わ、私はラビトアル王国シエナ王宮騎士団に所属する『カール・ヤハナ・ド・ミール』だ!」
長たらしい名前は貴族の証。
いちいち覚えるのも面倒だというのに……。
同時に舌打ちも聞こえそうなため息を吐き出し、レイシスは『何のようだ』と聞く。
狙いは大体見当がつくが。
「もちろん貴様の首を取りに来たのだ。ここ数年、行方不明者が跡を絶たない。それは貴様の仕業だろう!」
確かにそうだが、心外にも程がある。やつらが勝手に攻撃するもんだから、仕方なく応戦しているだけだ。
レイシスはそんなことを思っていた。
実際、確かに攻撃を先に仕掛けてくるのは人間である。
目的はよく分からないもので、赤い鱗は幸運を招くからとか、竜の血を飲めば不老不死になるとか、訳の分からないものばかりだ。
人間はすぐに何でもかんでも拝む、不思議なやつだからな。
「我ら人間の底力、その身にとくと刻み付けよ!」
「うおおおっ!」という耳障りな奇声をあげ、剣を振り上げ襲いかかる。
どちらが勝つかは、正直目に見えているのだが……。
やれやれ、めんどくさい。
そう思って、レイシスは巨大な真紅の腕を振り上げたのだった。
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