* * *
「――あ?」
グラエナの動きがピタリと止まった。あたしの頭上はグラエナの上顎に覆われている。
奴の舌があたしを絡め取ろうとする、まさに
その瞬間だった。
何が何だか分からないけど、すんでのところで命拾いをしたみたいだ。気が付くと、あ
たしは溺れかけたように大きく喘いでいた。
グラエナが顔を上げると、視界が少し明るくなった。色々な方向に対して、鼻をヒクヒ
クと動かしている。
「何だぁ?」
訝しげに呟くと、後ろを振り返った。その際にも、しっかりあたしのことを押さえつけ
ている。
何をしてるんだこいつは。そう思ったけど、あたしも異変に気付くことになった。
――ズン
地面から腹に、幽かな震動が伝わってきた。それも一回だけじゃなくて、何回も。回を重
ねる毎に、大きくなってくる。何かが近付いてきているようだった。
グラエナは体を完全に後ろに向けると、何も見えない闇に向かって、低い声で唸り始め
る。
暫くして、暗闇に何かの姿が浮かんだ。こっちに近付くにつれて、その姿がはっきりし
てきた。
「な……!?」
グラエナが驚いた。あたしも驚いた。
とにかく体がデカい。あまり背の高い木じゃなければ、天辺に手が届いてしまいそうだ。
グラエナが後ろ足だけで立ち上がったとしても、きっとその二倍はある。その水色の体は
筋肉で盛り上がっている。広く厚い胸板。木の幹のような両腕。見るからに重量感のある
上半身を支える、どっしりと太い両脚。
――ただ見るだけで圧倒されてしまう。
怪物のようなそいつは、グラエナの威嚇に全く怯むことなく、とうとうあたしたちの前
で立ち止まった。
黄色い瞳の、蛇のようなきつい目。その目を眇めて、あたしたちのことを見下ろしてい
る。
怪物に対抗して、グラエナは激しく吠えだした。
「お、おい!」
あたしは押さえられたまま、グラエナに声をかける。
「あぁ? 何だ」
「逃げないのか? こんな怪物に勝てるわけじゃんか」
「何? 俺の心配してくれてんの?」
「んなわけあるか!」
あんな怪物に捕まったら、あたしは原型を留めていないかもしれない。
どちらにしても喰われるんだけど、あんなごつい牙でぐちゃぐちゃに噛み砕かれるのも
勘弁だ。
「生憎、敵を前にして逃げるのが嫌いな性分でなぁ」
溜め息を吐いて、あたしの耳元で囁く。
「お前のことは後で喰ってやる。心配すんな」
上の方で乾いた笑い声がする。いやそれは困るという前に、背中から押さえられる感覚
が消えて、入れ替わりに――
ぶにゅり
グラエナの舌が全身に被さった。
「ちょっ、こんな時に何だよ!」
聞こえているのかいないのか、グラエナが舌を退ける気はなさそうだ。
ぬ……ちゃ、く……ちゃぁ、ぴちゃ
さっきまでとは違って、ゆっくりと、名残惜しむように舐め上げてくる。何度も、何度
も。舌と吹きかかる息の熱さで、頭がクラクラしてきた。
やがて体がスッと涼しくなった。頭上の影がのっそりと動いて、巨大な足が顔のすぐ横
を通り過ぎる。あたしに背にしたまま、グラエナは言った。
「そこに居ろよ。逃げようとしても無駄だ。俺の鼻は鋭いからな。逃げようもんなら、速
攻噛み砕くからなぁ?」
「……」
噛み砕かれちゃたまんないな。あたしはフラつきながら、その場に胡座をかいた。
地面に片手をついて、呼吸を整える――と、その腕からポタポタと涎が垂れる。時間が経
つほど、その臭いは空気に触れて強まっていた。鼻をツンと突いてく
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