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しばらく線路に沿って歩いて行くと、線路は徐々に島の北部に位置する平たい山の緩やかな斜面を登り始める。そんな山の斜面を線路に沿って登るにつれて、うっそうと茂っていた筈のジャングルの木々の姿も徐々に目立たなくなって行き、やがて線路は辺りにゴツゴツとした大きな岩が無数に転がる岩場へと差し掛かって行く。更に線路に沿って歩いて行くと、ボロボロになって打ち棄てられてあるトロッコの姿が線路の周りに段々と目立ち始める訳だが、これは自分が既に炭鉱の跡地に程近い場所を歩いている事を強く示すものだった。
そのまま歩いて行くと、やがて大きく開けた場所に行き着いた。そこで二本だった線路は更に複数の線路に分岐して行き、その分岐した先の線路の上には何台もの古びたトロッコが泥塗れのままで放置されてある。
線路の周りには、既に廃屋と化したバラック造りの建物が幾つも建ってある。今僕の右側に建ってある一際大きな建物は、トロッコ列車を格納しておくための倉庫であり、左手に少し行った所に密集して建っている大小様々のバラック小屋の群れは、この炭鉱で働いていた労働者の居住スペースとして使われていたそうだ。
どうして僕がこんな事を知っているかと言えば、前にこの炭鉱の跡地で村の子供達と肝試しをして遊んだ時に、白いワンピースの少女もとい、村長の孫娘が色々と僕にこの跡地に残る施設について教えてくれていたのだ。
だからこの場所に関しては、どのような建物がどのような場所にあって、内部がどのような雰囲気になっているかという事くらいは、ほぼ完全に頭に入ってある。……そう。だから、村の子供を襲ったそのグラエナが、この炭鉱の跡地のどの場所をねぐらとして利用しているかなどと言うことは、大体の察しが付いてしまうのだ。
坑道という坑道の入り口は分厚い鉄板で蓋をされているから、人間はおろか、僕達だって中に入って行く事は出来ないし、トロッコ列車の格納庫は天井が抜けて無くなっているも同然で、雨が降ればあっという間に中は水浸しになってしまう。おまけに村の子供達が遊び半分で格納庫の窓ガラスに石ころをぶつけまくって来たものだから、格納庫の床は鋭利なガラス片だらけで、靴やサンダルで足を保護している人間ならばとにかくとして、素足での生活が基本となる僕のような野生のポケモンならば、断固として足を踏み入れたくない場所だった。だから、こんな場所をねぐらに選ぶのは、足の裏をガラス片で血まみれにしても良いという覚悟があるポケモンだけだろう。もっとも、そんなポケモンがいれば、僕としては是非ともお目にかかりたいものなのだが。
結局の所、この場所で野性のポケモンがねぐらとして使えるような所は、居住区の跡地しかないのである。側面のバラックが部分的に剥がれ落ちている小屋が殆どで、中に侵入するのも簡単だし、格納庫とは違って天井も無事なので雨露も凌げる上、床に鋭利なガラス片が散らばっていることもない。おまけに、当時そこで生活していた人間達がバラックの中に色々なものを残して行っているから、必要であればそれらを使って色々とねぐらの環境を整える事も可能なのだ。そんなだから、居住区の跡地は野生のポケモンがねぐらを構えるのには持って来いの場所なのである。体躯の大きな僕にとっては廃屋が小さ過ぎて無理なのだが、思えばこの居住区の跡地はつい最近までかなり多くのポケモン達が住みかとして利用していた筈だった。つい最近になってからそんな彼らの姿をめっきり見なくなってしまったのは……もしや、そのグラエナが彼らを駆逐してしまったからなのだろうか?
とにかく、この居住区の廃屋のどれかに、そのグラエナはねぐらを構えていると見て間違いない筈だ。そう判断した僕は線路を離れ、今や完全なる廃墟と化した炭鉱の居住区へと入って行った。ドラム缶、空になった酒瓶が満載されたケース、壊れて使えなくなった家具類や電化製品……砂利を敷き詰めただけの路地を歩いていると、炭鉱が現役だった時代の色々な生活の痕跡を目にすることができる。
そんな品々に目を遣りながらも、僕は村の子供を襲ったグラエナのねぐらになっている廃屋を探すべく、長い首をバラックの隙間から突っ込んで廃屋の中の様子を一軒ずつ探っていった。
そして……それらしき廃屋を見つける事に成功した。居住区の一番奥に位置する廃屋の内部を探ると、がらんとした屋内のど真ん中に、衣類やぼろ布が明らかに意図的に敷き詰められてあるのを発見したのである。屋内に漂っていた鼻を突く獣臭も判断の根拠になった。ここが例のグラエナのねぐらと見て間違いなさそうだ。問題が一つだけあるとすれば、見ての通り、当の本人が今はどこかに出払ってしまっていると言う事である。この問題に対する解決策だが、日を改めてしまっては、その間に村の他の子供が襲われる可能性もある訳だし、何よりも、いつもの予定を変えてまで寄り道をしておいて、この程度の“収穫”で帰るというのは僕の性分に合わない事だ。グラエナがねぐらに戻って来るまで、どこかに身を潜めて待つ、それ以外に僕の中に選択肢はなかった。
そうと決まれば、近くの崖の上まで移動するだけだった。居住区の跡地から出た僕は、背中の葉っぱをはばたかせて宙に舞い上がり、すぐ近くの崖の上に飛び乗った。幸運な事に、この廃屋の周辺だけは崖の上から十分に見下ろす事が出来るのである。崖の上に到着した僕は、崖の上に突き出ていた巨大な岩の陰に身を隠し、グラエナの帰宅の瞬間をうかがい始める。
刻々と時間は過ぎて行き、やがて真夜中近くになったが、まだグラエナは現れない。そんなに夜更かしをする事もない僕にとっては、こうして待つ事がそろそろ苦痛で仕方なくなり始めていた。あくびが止まらないし、睡魔との戦いにもそろそろ敗北を喫してしまいそうだ。うとうとする度に首を横に何度も振って睡魔を追い払うのだが、その方法さえ、もはや繰り返し何度も襲ってくる睡魔には通用しなくなって来ていた。
残念でならないが、今日はもう引き上げるとしよう。そうして僕が意を決してその場から立ち上がった……その次の瞬間の出来事だった。グラエナのねぐらの周辺に動きが出てきたのである。立ち上がってしまっていた僕は、慌てて岩の陰に身を引っ込めて、目的の廃屋の周辺の様子をそこから静かに窺った。ついさっきまで感じていた眠気など、この時までにはほぼ完全に吹っ飛んでしまっていた。
丸い大きな月が出ている上、雲一つない夜空には明々と星が輝いているから、辺りはそんなに暗くはない。だから、目的の廃屋から少し距離があるこの場所からも、廃屋に近付いてきたポケモンが誰かという事はすぐに分かった。
闇夜ではあまり目立たなくなる黒とグレーの体躯、ピンと立った両耳にギラギラと光る真っ赤に充血した鋭い目……グラエナだった。そんな彼が今、居住区の路地を目的の廃屋に向かってゆったりとした足取りで歩いている。
特に警戒しているような様子も見せておらず、随分と落ち着いた様子だ。どこか満足気な表情さえ浮かべているような気がする。
じっと観察していると、その大体の理由は掴めた。彼のお腹の辺りだが、随分と大きく膨らんでいるのが分かる。どうやら彼は今、満腹の状態にあるらしい。島のどこかに出向いて、たらふく食べて帰って来た所なのだろう。もっとも彼が何を食べたのかは、この僕には知る由もなかったが。
彼は僕が廃屋の内部を探る目的で首を突っ込んだバラックの裂け目と同じ裂け目に体を滑り込ませ、僕が彼のねぐらだと判断した廃屋の中にすんなりと入っていった。ほんの数時間前に僕が物色していたなどとは、微塵も気が付いていない様子だった。相手が嗅覚の敏感なポケモンなだけに、彼が廃屋の中に入って行く瞬間は少しヒヤリとはしたが……満腹感からか、やはり警戒心は随分と緩んでしまっているようだ。
グラエナは廃屋の中に入って行ったきり、再び外に出てくる気配がない。恐らくは眠りについているのだろうが、こちらとしては万全を期す必要があった。僕はそのままの状態で更に待ち続ける。五分……十分……二十分……。三十分経った所で行動に出た。
背中の葉っぱをはばたかせて宙に浮き上がり、出来るだけ音を響かせる事なく崖の上から居住区に静かに降り立つ。そこで一度、グラエナの入っていった廃屋がある方の様子を窺うのだが、何ら表立った動きは見られなかった。
今がチャンスだ。そう判断した僕は、二度、三度と前足で地面を馴らしてから、グラエナのねぐらである廃屋に向かって居住区の路地を駆け始めた。強く地面を蹴る事によってぐんぐんと加速して行き……一気に最高のスピードに乗る。そしてそのままの速度を維持したまま――頭、そして全身で、僕はお目当ての廃屋に思い切りぶつかって行った。
廃屋という事で、少々見くびっていたのだが、どうやら建物自体はまだそれなりの強度を残していたらしく、廃屋の外壁の一面にぶつかった途端、僕は全身に強い衝撃を感じ、大きく後ろの方に吹き飛ばされて転倒してしまう。情けない話だが、その際に盛大な尻餅をついてしまった。
だが――痛い思いをした分、成果も大きかった。僕がぶつかった衝撃で、廃屋を支える柱はかなり深刻なダメージを受けたらしく、僕の見ている目の前で廃屋はメリメリと音を立てて崩れ始めた。崩れて行く廃屋からは大量のホコリと粉塵が舞い上がり、あっという間に僕の視界を防いでしまう。
僕の目が利かなくなっている間にも、廃屋は確実に崩壊して行っているらしい。廃屋の天井部分が崩落して行ったのか、バキバキという音に続いて、ドスン、という地響きを伴う大きな音が辺りに響き渡る。そしてその途端、僕の目の前を更に濃い粉塵の煙が覆うのだった。
その後も廃屋の色々な部分で崩落が進行しているのか、建物が崩れていく音はしばらく止む事がなかった。どうやらこの建物としては、もはや完全に崩壊してしまわないと気が済まないらしい。僕は音が聞えなくなるまで、ただひたすらその場に留まり続けた。
ようやく音が聞えなくなった時点で、僕は背中の葉っぱで風を起こして自分の視界を遮っていた土煙を全て吹き飛ばす。案の定、僕の目の前に現れたのは……完全なる瓦礫の山と化した廃屋の無惨な姿だった。
さて、瓦礫の山の中からグラエナを探し出すとしようか。まだしぶとく生き延びているにせよ、既に倒壊した廃屋の瓦礫に押し潰されて死亡しているにせよ、彼の体を瓦礫の山から引きずり出してやる必要がある。僕は瓦礫の山に向かって歩き始めた。
その途端、瓦礫と瓦礫の間にできた隙間で、僕は何か黒っぽい物体がうごめき始めるのを認めた。不審に思った僕が瓦礫の隙間を覗き込もうとしたその瞬間、荒々しい咆哮と共に瓦礫の山を突き破って崩れ落ちた廃屋の中から飛び出して来たのは、黒っぽい物体もとい、グラエナだった。……なかなか悪運に恵まれた奴だ。廃屋の倒壊に巻き込まれておきながら、まだここまで体の動きが利くという事は、さして大きな怪我も負っていないという事らしい。どうやら瓦礫の隙間に救われたようだ。
そこでグラエナと僕の目が初めて合う。その瞬間、彼はこの一連の出来事の全てを悟ったのか、僕に激しい憎悪の目を向けてきた。ほう……なかなか怖い顔を作れるものじゃないか。僕がそうやって感心している間に、彼は瓦礫の山の頂上に立って低く姿勢を構え、全身の毛を逆立たせて歯を剥き出しにし、低いうなり声を上げ始める。……どうやら僕の方めがけて飛び掛かって来る積もりらしい。
まずい状況になった。素早い攻撃にはあまり上手く対応できる自信がない。……果たしてこの僕に彼の一撃を避け切れるかどうか……。
彼が僕に向かって襲い掛かって来たのは、僕の心にそんな不安が芽生えかけた次の瞬間だった。瓦礫の山を一気に駆け下りたかと思うと、そのまま全速力で僕の方へと突進してくる。こうやって彼を間近で見る事によって初めて分かる事なのだが、このグラエナ、自分が知っているグラエナよりも体が一回り大きい。やたらとパワーのある個体のようだし、おまけに動きも随分と素早い。彼の攻撃にはかなりの破壊力が伴うと見て間違いなさそうだ。攻撃を受け流そうとしても、この相手では恐らく通用しないだろう。
そう判断した僕は、彼が自分の喉首を切り裂いてしまう寸前まで、可能な限り彼を僕の元に引き付ける事に決めた。一歩でも間違えれば自殺行為に等しい作戦だが、廃屋の倒壊によって彼を重傷、または瀕死の状態に追い込む事が出来ていない以上、僕が彼と対峙するにあたっては、これくらいしか有効な作戦を持ち合わせていないのが実際の所だった。グラエナは十分に僕との距離を詰めた所で、後ろ足で力強く地面を蹴って飛び上がり、鋭い爪の生える前足と牙で僕の喉首をまっすぐに狙って来た。一か八か……この一手に賭ける他はない。
僕は背中の四枚の葉っぱを全力で動かして、彼の前足の爪がちょうど僕の喉元に掛かる直前の瞬間に合わせて僕の体の前方に突風を巻き起こした。その反動で僕の体は後ろに引き下がり、それとは逆に、僕に飛び掛かって来たグラエナの体は突風の直撃を受けて大きく前方へと吹き飛ばされた。彼にとっても僕のこの動きは予想外だったらしい。僕に完全に虚を突かれる形となってしまったグラエナは、宙に投げ出された後で着地の態勢を整えられる筈もなく、地面に激しく全身をぶつけ、二度、三度、四度と瓦礫の散らばる地面の上を転がった。しかしながら、この程度で彼の動きをほぼ完全に封じられるだけのダメージを与えたとも思えない。彼がこうやって隙を見せている間に追撃を仕掛けねば、再び不利な状況に立たされる羽目になることは疑いない。
後方への反動を完全に殺した僕は、地面に倒れ込むグラエナの方めがけて突進して行く。彼は僕の反撃に対応すべく急いでその場から立ち上がろうとするが……相手のグラエナにとっては残念な事に、僕は彼が完全に立ち上がってしまう直前には既に彼の間合いの深い所まで入ってしまっていた。
僕は背中の葉っぱをはばたかせて僅かに宙に浮かびあがり、突進の勢いをそのままにして彼の体にぶつかっていった。僕の体の直撃を受け、もう少しの所で立ち上がる事が出来ていた筈のグラエナの体は再び地面の上を転がる。
今度は僕の体の下敷きになってしまえ。
僕は地面の上で仰向けになってしまっていたグラエナの体に全身で覆い被さり、彼の首から下の部分を完全に僕のお腹の下敷きにする事に成功した。手足の動きも完全に封じる事が出来ている。彼を地面に押さえ付ける僕の体が離れない限り、彼は二度と身動き出来ない状態にあった。
今のこの状態というのは、ちょうど昼間に村の子供達と楽しんだ追いかけっこで、捕まえた子供達の体にのしかかっていた時の構図と何ら変わりはない。一つだけ違うところを挙げるとするならば、僕にのしかかられた時の村の子供達は決まって僕に楽しそうな表情を見せるのに対して……このグラエナは僕に対して極めて反抗的な態度を見せているという所だろうか? 真っ赤な目を剥いて僕に向かって今すぐに離せと言わんばかりに吠えわめき、隙あらば僕の首を食い破ろうと僕の首に牙を向けてくる。
当然ながら僕も僕で、村の子供達と接するのと同じように彼に接する積もりはなかった。村の子供達に手を出しておいて、何も恥じる事なく図々しくも今まで生き永らえているこのクズ野郎に対しては。
こんなクズ野郎は調教してやるのが一番だ。たっぷりと楽しませてもらうとしよう。
僕は徐々にグラエナを地面に押さえ付ける自分の体に体重を乗せて行った。彼も自分の体に掛かる体重の急激な変化に気が付いたのか、怒り狂った彼の表情はみるみる内に戸惑いの表情へと変わって行った。これ以上の体重を乗せて欲しくないとでも思っているのだろう。
ふふん、この程度で済むと思ってもらっては困るな。
彼のそんな気持ちをくみ取った僕は、僕の体の下敷きになっている彼の事を嘲り笑いながら、更に彼の体に掛ける体重の量を増やして行った。やがて彼の顔に苦悶の表情が浮かび始める。どうやらかなりの痛みと恐怖を感じているようだ。それもその筈、彼の体にぴったりと密着している僕のお腹を通じて、彼のあばら骨がギシギシと軋む感触が、僕にもはっきりと伝わって来ている。
そんな感触を覚え始めてからは、掛ける体重の量を慎重に増やして行く。ここから先は色々と危険な領域だ。一歩間違えれば、彼の全身の骨を砕き、彼の体を一瞬で押し潰してしまう事に繋がりかねない。そのまま掛ける体重の量をじわじわと増やして行き……僕の体の重みで彼の骨が折れてしまうほんの一歩手前で、掛ける体重の量をキープする。するとどうだろう? 彼はその辺りで完全に息が詰まってしまうらしく、今の彼の体の内で、たった一つだけ自由の利く部分である首を上下左右に激しく揺り動かして、死に物狂いで僕の拘束から逃れようと試みるのだった。顔を真っ赤にして血走った目を見開き、左右に裂けんばかりに大きく開かれた口から泡立った唾をまき散らしながら暴れるその様は、まさに必死の形相そのものだった。
しかしながら、そんな彼の必死の抵抗もそう長続きするものではなかった。しばらくの間は凄まじい力で抵抗し続けていたのだが、ある時を境に彼が突如として白目を剥き始めたかと思うと、それまでの抵抗があたかも嘘であったかのように、急速に彼の体からぐったりと力が抜け落ちて行くのだった。どうやら僕の重みで息を繋げないでいたため、暴れている内に窒息し、意識が飛んでしまうほんの一歩手前の状態にまで達してしまったらしい。
僕が狙っていたのはまさにその状態だった。僕はそこでようやく彼の体に掛けていた体重を彼が息を不自由なく出来る程度にまで軽くしてやった。途端、フェードアウトし掛けていた彼の意識が元に戻り、何度も苦しそうに咳き込んだ後、彼は思い出したかのようにゼエゼエと激しく息をし始める。
おっと、悪いが自由時間はここまでだ。お前の息が完全に元通りになるまで時間を与えてやるほど、僕は甘くはないのだ。
僕は再び彼の体に体重を掛け始める。さっきの攻撃で加減は十分に掴めたので、今度は一気に体重を掛けてやった。急激な負荷の増加に体が耐え切れないのか、彼の全身の関節が悲鳴を上げる。
彼自身も悲鳴を上げたくなったのか、一声鳴こうとする動きを見せたが、一瞬の内にしてさっきの窒息寸前の状態にまで追い込まれ、それは叶わなくなってしまった。再び命の危険を覚え、ものすごい形相で暴れ始める彼であったが……やはり長続きしなかった。またしてもぐったりと脱力したかと思うと同時に白目を剥き始める。……観察していると面白いものだ。こいつ、今度は口から舌まで垂らしているぞ。
僕はそこで再び彼に掛ける体重の量を減らし、彼に息をする暇を少しだけやるのだった。そしてまだ彼の呼吸が元に戻る随分と前にまたしても体重を掛けて彼を窒息させ……失神寸前の状態にまで追いやってから、彼が完全に失神してしまう一歩手前で体重を緩めてやる。僕は彼にそれを何サイクル、何十サイクルと繰り返してやるのだった。
回を重ねるごとに、段々と彼の抵抗がままならなくなって来ていたのには気が付いていたが、ついには彼も抵抗するための体力が底を尽きてしまったようで、ある時を境にして、僕に完全にされるがままの状態になってしまった。もはや、彼には僕に立ち向かえるだけの力など残されていないようだった。彼の余りあるパワーも機動力も、こうやってひとたび僕の大きな体の下に敷かれてしまえば全くの無力だったと言う訳だ。僕は最後にもう一度だけ彼にずっしりと体重を掛けて白目を剥かした後、僕の体による拘束から解放してやった。
これでようやく彼は自由の身となれた訳である。たっぷりと時間を掛けていたぶり尽くして骨折と失神の一歩手前の状態を何度も味わわせてやったのは事実だが、少なくともこの過程では、結局は一本たりとも骨を折らずに済んでおり、特に彼の体のどこかに重傷を負わせた訳でもない。彼にその気があるのならば、何一つとして不自由なく体は動かせる筈だった。
もう自由に動いてくれても良いんだぞ? 僕は未だに地面の上に転がってぐったりとした表情を覗かせ、苦しそうに体全体で息をしているグラエナに向かって、そんな視線を送ってやる。
時間の経過と共に呼吸も元に戻り始めたのか、彼は徐々に体を動かすようになっていった。そして……徐々に眼光も取り戻しつつあった彼は、やがて僕の事を怒りに満ちた目付きで睨み付け始める。そしてそれからもうしばらくすると、彼はうなり声まで上げ始めたのだった。……これは驚いた。このグラエナ、まだこの僕と戦い続ける積もりらしい。そっちがその気ならば、こちらも最後まで付き合ってやるとしようじゃないか。本当にその気があるんなら、とっとと立ち上がって僕に攻撃を仕掛けて来たらどうだ!
僕が彼にそんな挑発的な表情を見せ付けると、彼はとうとう激昂したらしく、顔を真っ赤にして僕に向かって吠えまくって来た。彼はそのまま四本の足を地面に突っ張って、勢い良くその場で立ち上がろうとするのだが……どういう訳か完全に立ち上がったかと思った瞬間に足腰が砕けてしまい、彼は再び地面に倒れてしまう。
彼は二度、三度とその後も幾度となくその場から立ち上がる事を試みたが、いずれも立ち上がる直前で腰が砕けてしまい、失敗に終わってしまうのだった。立ち上がろうにも、四つの足で踏ん張って自分の体重を支える事が出来ないのである。彼の顔には、徐々に疑念の表情が色濃く浮かび上がって行く。なぜだ、どうして立つ事ができないんだ。ちょうどそんな声が聞こえてくるようだった。
攻撃に転じる気がないのなら、こちらから仕掛けさせてもらうぞ? 僕はわざとらしく地面を踏み鳴らしながら、未だに立ち上がる事の出来ない彼の元へと歩み寄って行った。
僕の接近に気が付いた彼は、一気に焦り始める。僕にまたしても間合いを詰められてしまう前に何とか立ち上がろうと必死の努力をしているのが伺えた。だが……彼はまたしても僕に接近を許してしまう。僕は彼の目と鼻の先で立ち止まると、にやりと彼に対して不敵な笑みを浮かべて見せるのだった。
そう。彼は僕がのしかかるのを止めた後も、しばらくの間は足腰を立たせる事が出来る筈もないのである。当の本人はその自覚に乏しいようではあるのだが、長い時間を掛けて彼の全身を強く圧迫し続けたため、筋肉の大部分が麻痺してしまっているのだ。だから足先だけを動かす事は出来ても、全身の筋肉の多くを使う“立つ”という動作は、今の彼にとっては不可能な芸当と化しているのである。
僕は必死に地面の上でのたうち回っていたグラエナの首根っこの部分を、首の骨を折ってしまわない程度に前足で踏み付けてやり、長い首を伸ばして彼の顔の目の前に自分の顔を持って行く。僕の顔を見つめるグラエナの目からは、ついさっきまで彼が見せていた闘志も消え失せ、今はただ体を硬くさせてぶるぶると震えながら、完全に怯え切った表情を浮かべていた。
……さて、彼をこのまま生かすも死なせるも、これで僕の思うままとなった。これから僕は彼の事をどうしてしまうべきだろうか? ……そうだ。彼の事を踏み付けながらしばらく考え続けた所で、僕は良い案を思い付いた。
彼の事を……丸呑みにして食べてしまおう。そう心に強く思った僕は彼を踏み付ける足を地面に戻して、彼の体をじっと見据えた。
もちろん僕もそうだが、普段のトロピウスならばこんな欲望を持つ事もない。その上、木の実やフルーツを常食としているため、戦闘で倒したポケモンを目の前にしても、そのような思考回路が働く事など万に一つもない――少なくとも、それが普段である以上は。そう……僕は今、夕方に村長が村の子供達に言って聞かせた通りの状態にある。裏を返せば、今の僕は“普段の”状態にない。
僕は今、普段好んで食べている木の実やフルーツ以外の食べ物も口にしたくて堪らなくなっている。そして既に一週間近く前には、夜中に人目を盗んで村のゴミ捨て場まで忍び寄り、若い夫婦の結婚の宴に供されていた馳走の残飯を少なからず失敬していたのだ。そして今はこのグラエナの事を食べてしまいたくて仕方がない。こうやって全身にむっちりと肉の付いた彼の体を眺めていると……自然と涎が口の中に溜まってくるのだ。
しかしながら、こうやって完全に怯え切っている彼をそのまま食べてしまうというのは残酷な話でしかない。どうせ彼の事を僕のお腹の中に収めて最終的には跡形もなく溶かしてしまうのならば、彼が完全にリラックスした状態にある時に優しく食べてやりたいものだ。すると、こんなに怯え切っている彼をどうやってリラックスさせるのかという話になってくる訳だが、僕の能力を持ってすれば簡単な事だった。
僕はたっぷりと空気を鼻から吸い込んで、しばらくその空気を胸の中に溜め込んだ後、僕の口から彼の顔面にゆったりと吐き掛けてやった。甘く、そして爽やかな香りの吐息が彼の顔にふんだんにぶつかる。
するとどうだろう? 彼がひくひくと鼻腔を動かして僕の吐息の匂いを嗅ぎ始めた途端、彼の体からは一瞬にして力が完全に抜けてしまうのだった。恐怖に強張っていた表情も段々とだらしなく緩んで行き、やがて目をとろんとさせて僕の吐き出した息の匂いを貪るように嗅ぎ始めるのだった。
彼に息を吹き掛けている最中、口の中に収まり切らなくなったネバネバと糸を引く唾液が、大きな滴となって、ボタリ、ボタリと彼の体の上に降り注ぎ、彼のふさふさとした体毛をべっとりと濡らしたのだが……それに対して彼はちっとも怒るどころか、嫌がったりする様子さえ見せなかった。
こうやって僕に体を汚されてしまった事など、今の彼にとっては既にどうでも良くなってしまっているのだ。甘い香りに心を奪われ尽くし、僕に対する敵対心や警戒心が完全に失われてしまっている良い証拠だった。そんな事から判断しても、彼をリラックスさせるのはもう十分そうだった。さて、これで準備は整った。彼の事を……遠慮なく食べてやるとしよう。僕は無防備にもお腹を完全に曝け出して地面の上で転がっているグラエナを見つめながら、自分の口周りを舐めずった。
まず手始めに、僕は彼の全身を舐り回してやる事に決めた。彼の事を食べるとは言っても、噛み砕いてしまわずに一口で丸呑みにしてやる積もりだったので、彼の体の全身にしっかりと唾液を馴染ませておいてから丸呑みにしないと、僕の長い喉の中をくぐって行く最中にどこかで詰まってしまう恐れがあるためだ。
僕は首を伸ばして彼のお腹に自分の顔を近付け、たっぷりと唾液の染み込んだ舌を口から垂らす。そして……その舌の先端を彼の胸にべっとりと押し付けてゆっくり上半身へとスライドさせて行き……彼の胸から顎の下までを一気に舐め上げた。彼の体を舐めた途端、口の中いっぱいにグラエナの獣臭い体臭が広がる。普段の僕ならばこんな臭いに対しては嫌悪感しか抱かない筈なのだが、今の僕にとっては食欲をそそる匂いでしかなく、食欲を刺激された僕の口からはドロドロと唾液が一気に溢れ出す。そんな唾液もグラエナの体を舐める僕の舌を伝って余すところなく彼の体の上に注がれて行き、僕が舌を這わせたグラエナの体の部分はたった一舐めで、べっとりと唾液に塗れてしまうのだった。
その後も背中、顔面、前足、後ろ足……尻尾の周りというように、順々に彼の体の各部分に舌を這わせていく。全身を這い回る柔らかくて生暖かい舌の感触が今の彼には心地良くてたまらないのだろう。彼は僕に舐められている間中というもの、終始うっとりとした表情を浮かべ続けており、特に彼のお腹に舌を這わせた時なんかは、口を小さく開けて両方の頬を真っ赤に紅潮させ、気持ち良さそうに腰をプルプルと小刻みに震わせるものだったから、見ていて可愛らしさを感じてしまう程だった。どうやらお腹を舐められるのが、たまらなく気持ちが良いらしい。
そうして……彼の全身はあっという間に唾液に塗れて行き、ふさふさとした彼の体毛も今や完全に台無しになってしまい、滴り落ちんばかりにたっぷりと唾液を吸い込んだ彼の体毛は、月明かりに照らし出され、ぬらぬらと鈍く汚らしい輝きを放っていた。
僕はそこでもう一度彼の顔に甘い匂いの息を吐き掛ける。彼はすっかりこの香りの虜となってしまっているようで、僕が息を吐き掛けるや否や、彼は地面の上を這いずり、僕の口のすぐ近くまで寄って来て匂いを嗅ごうとするのだった。
甘い香りを少しでも多く体の中に取り込もうとする彼の表情はだらしなく緩み、口からは盛んに涎を垂らしている……。これはもはや完全な中毒症状であると言っても良いだろう。あまりの効き目に僕は驚きを通り超え、いささか呆れかえってしまっていた。
この技は他のポケモンとの戦闘に巻き込まれ掛けた際に幾度となく緊急回避の手段として用いて来た訳であるが……ここまで激烈な効果を見せるポケモンは彼が初めてだった。リラックスするどころか、もはや今の彼からは快楽を除けば、全ての感覚が抜け落ちてしまっているらしい。だが、その方が彼にとっては好都合というものだった。なぜならば……彼はこの後すぐに僕によって残酷にも丸呑みにされてしまうのだから。
僕が息を吹き掛けるのを止めてしまうと、彼は僕に向かって残念がる表情を浮かべ、少し不機嫌そうに喉をぐるぐると鳴らすのだった。彼は僕に甘い息を恵んでもらえない事を悟ると、再び地面の上で仰向けになって、どこか物欲しそうな様子で僕にお腹を見せ、盛んに尻尾を振り始める。どうやら、またさっきみたく僕にお腹を舐めて貰いたいらしい。……どう考えても彼を丸呑みにしてしまうならば、今を除いてチャンスはない。もはや抵抗のての字すら、今の彼は僕には見せてはいないのだから。
僕は彼のすぐ近くで腰を下ろし、彼の下半身に顔を近付けて、舌と口を使って彼の後ろ足の一つを足先から股の付け根に至るまで優しく咥え込む。そしてそのままの勢いで彼のお尻も口の中に収めてしまうと、もう片方の後ろ足も僕の口の中に自然と吸い込まれて行った。舌を動かして彼の体を徐々に口の奥へと押しやって行き……彼の足先からちょうど腰の辺りまでを完全に口の中に含んでやった。
一方のグラエナはと言えば、命の危険を感じるどころか段々と感情が高ぶって来たようで、僕に呑まれて行きながらの状態にして息を荒くし、顔も赤く染め始めているのだった。僕に舐められている時もそうだったが、こうして口腔の柔らかい粘膜に体を優しく包み込まれるのが今の彼にとっては随分と気持ちが良いらしい。
それならば、もう少しだけ彼の事を良い気分にさせてやろう。どうせこのまま僕に食べられてしまう事に変わりはないのだから、今の内に良い気分を存分に味わわせてやった方が彼にとっても都合が良い筈である。
僕はグラエナを咥える口をすぼめ、既に完全に口の中に収まってしまっていた彼の下半身に、ぎゅうぎゅうと何度も舌を強く押し当ててやる。
どうやら効果は抜群のようだ。グラエナはかなり興奮して来たのか、再び体を震わせ始める。そんな彼の体の震えは、僕がより力強く舌を押し付けてやればやる程、どんどんと大きくなって行くのだった。僕がそんなグラエナに対して、止めとばかりに有りったけの力を込めて舌を押し付けてやると、彼は気分の良さに感極まったのか、一声大きく吠え、体をひときわ大きくぶるぶると震わせるのだった。
……だがその瞬間、ちょっとした悲劇も巻き起こった。彼が大きく体を震わせ始めた直後に、僕の舌の上にしょっぱい味のする生暖かい液体がじわじわと広がって行く感覚を覚えたのである。何が起きたのかはすぐに分かったし、僕は自分の取った行動を深く後悔したが、今はこの事についてはあまり深く考えない方が良さそうだった。僕の心をより深くへこませるだけだから。
もうお遊びはこの程度にして、この汚らわしい事この上ないグラエナを完全に僕のお腹の中に収めてしまうとしよう。僕はグラエナを咥える口を上に向ける事によってグラエナの体を宙に持ち上げ、彼の体を呑み込んで行った。たっぷりの唾液で滑りが良くなったグラエナの体は、さして大した労力も要さずに僕の喉の奥へとあっという間に引きずり込まれて行く。そんな彼が僕に最後に見せた表情は……実に恍惚とした幸せそうな表情であった。
彼の首、そして頭が僕の口の中に収まったのを見届けた後で、僕は静かに口を閉じる。そして……。
……ごっくん。
喉を鳴らし、グラエナの体を一呑みにしてやるのだった。呑み込まれた彼の体は僕の喉をゆっくりと滑り落ちて行き……やがて僕の胃袋の中へ静かに収まった。ドクン、ドクンという彼の心臓の鼓動が、僕の胃袋を通じてはっきりと伝わってくる。……果たして、この鼓動を僕はいつまで聞き続ける事が出来るのだろうか? 僕はそんな事を思いながら大きなゲップをするのだった。
これで全てが終わった。僕は丸呑みにしたグラエナの体重分だけ重くなった自分の体を持ち上げて、ひとまずグラエナに小便を漏らされて汚れてしまった自分の口を綺麗さっぱりすすぐべく、居住区の跡地のすぐ近くを流れる小川に向けて移動して行った。
小川に到着した僕は、冷たく透き通った川の水で満足するまで口をすすいだ後、川の水を飲んで乾いていた喉を潤すのだった。水を飲み終えた途端に猛烈な眠気に襲われたが、落ち着いて考えてみれば、既に深夜を過ぎてから随分と時間が経っている。
やれやれ。こんな夜更かしをするのは、後にも先にもこれっきりにしておきたいものである! 僕のような草タイプのポケモンは、お世辞にも夜更かしをするのに向いた体質をしているとは言い難いのだ。
さて、ねぐらに帰るとしよう。僕は眠たい体に鞭打って、元やってきた道、もとい線路の上を行きとは真逆の方向に歩いて行った。適当な場所で線路を離れ、ジャングルに分け入って更に歩き続け……ジャングルのど真ん中にある僕のねぐらに辿り着いたのは、もう随分と空が明るくなり始めていた頃の事だった。そのまま倒れ込むようにねぐらに横たわると、僕の意識は、今か今かと待ち構えていた睡魔によって、あっという間に奪い去られて行くのだった。
そんな僕が再び目を覚ましたのは、次の日のお昼前の頃だった。時間に換算すれば、優に丸一日以上を眠って過ごしていたという計算になる。
目を覚まして初めに感じた事だが、驚いた事に僕のお腹の内側からは、丸呑みにしたグラエナの鼓動が未だに響いて来ている。それと同時に僕が感じたのは強い胃もたれの感覚だった。どうやら巨大な獲物を前にして、僕の胃袋も対応にほとほと困ってしまっているらしい。
それならば良い対処法がある。僕は大きなあくびをしてから重い体を起こし、ジャングルの中をある場所に向けて歩いて行った。
今更ではあるが、このジャングルには様々な種類のフルーツや木の実が自生しており、それらは僕を初めとするポケモン達の好物であると同時に、島の住人達の生活資源にもなっている。僕を含めた多くのポケモン達にとっては、それらは実質的にお腹を満たすための食料でしかない。しかしながらこの島の住人達にとっては、僕が今まで彼らの行動を観察して来た上でそう確信しているのだが、それらジャングルに自生するフルーツや木の実というのは、明らかに単なる食料以上の価値を持つ存在として彼らの生活の中では機能しているのだ。
彼らは体のどこかに不調をきたした時にもこれらのフルーツや木の実を効果的に利用しているのである。高熱を出している時、毒のある虫ポケモンに刺された時、そして……お腹を壊してしまった時等々。状況に応じて彼らは色々なフルーツや木の実の力を借りているのである。村の子供達と遊びながらも、僕は村人の生活における知恵や工夫についてはしっかりと見聞きして自分の知識にするように努めて来た。だから、彼らがどのような体の不調に対してどのようなフルーツや木の実で対処しているかという程度の事については、だいたい僕の頭の中に知識として入っている。
深いジャングルの中を歩いて行き、僕が辿り着いたのは、島のジャングルを構成する植物の中でもひときわ背の高い、枝という枝に真っ黒い小さな果実をびっしりと実らせた木々が密生している場所だった。
今日はまだ時間が早いので見えてはいないが、お昼を過ぎて少し経つと、この場所には毎日のように背中に籠を背負った村のおばさん連中が何人もやって来る。そんな彼女達がここで何をするのかと言えば、籠を背負ったまま木によじ登り、籠いっぱいになるまでこの黒く小さな木の実を集め続けるのである。
なぜ彼女達がわざわざ毎日こんな面倒な事をしてまでこの木の実を手に入れようとするのかと言えば、この木の実、村人達が主に胃腸薬の代わりとして利用している木の実なのである。
村に行けば、この木の実をビニールシートの上に平たく敷き詰めて天日干しにしている光景を村のあちこちでいつものように目にすることが出来る。それで、その干し終えた木の実がどうなるかと言うと、それらは石臼で挽かれて粉にされ、瓶に詰められる。それを村の人々は、主にお腹を壊してしまった時に服用するという訳だ。
そしてこれは、ある時に村の医者が村人を集めて一方的に喋りまくっていた時の内容を盗み聞きして知った事なのだが、この木の実の粉はお腹を壊してしまうのを未然に防ぐ効果も非常に高いそうである。その医者いわく、胃腸の弱い子供やお年寄りなんかは、常日頃から服用させておく程度でもちょうど良い位なのだそうだ。……彼がそんな事を言って以来、木の実を採取しに来るおばさんの人数が倍近くに膨れ上がったのは言うまでもない事だろう。
まぁ、いずれにせよ、気温、湿度共に非常に高く、食べ物が腐ってしまいやすい環境下にあるこの島では、この木の実は島の住人達と彼らと共に暮らすポケモンが生活を送る上では欠かせない資源の一つとして、確固たる地位を確立しているのである。
そして今僕が目の前にしているこの木の実だが、人間とは違い、加工する術を持たない僕にとっても嬉しい事に、生のままで食べても同様の効果が得られるらしい。だが……粉にしてしまったのを食べた方が良いに決まっているのだ。問題はこの木の実の味だった。かなり苦酸っぱいのだ。とてもではないが、僕が進んで口にしたいと思えるような味の木の実ではないのである。
だが、せっかく大きなグラエナを胃袋に収めてしまったのだから、彼の事は骨の一本たりとも残さずに消化して、僕の、そして首のフサの養分に変えてやりたいものだ。そう考えると背に腹は変えられなかった。
覚悟を決めた僕は木の幹に前足を掛けて首を伸ばし、次々と木の実を口に含んで行った。そして木の実を口の中いっぱいに頬張った所で口を閉じて……無心で木の実を咀嚼し始める。味の事は意識しないでおく積もりだったが、やはり無理もない話で、あっという間に舌の上に広がって行った酸っぱさと苦さのあまり、僕はすぐに木の実を吐き出してしまいたくなった。だが……ここは耐えなくてはならない。吐き出してしまいたくなる気持ちを押さえつけ、僕は木の実を咀嚼し続け……ほどよく咀嚼によって細かくなった木の実と口の中に湧いて来ていた唾液が混ざり合った所で、一気に飲み込んだ。何とか吐いてしまわずに済み、僕はほっと胸を撫で下ろすのだった。
これだけの木の実を食べたのだから、もう十分だろう。これでグラエナの体は滞りなく僕の胃袋の中で溶けて行く筈だ。
用事を済ませた僕はその場を後にし、口直しに甘く熟したフルーツを食べ歩きしながら、日光浴をするために浜辺へと繰り出して行った。うっそうとしたジャングルを抜けて初めて分かる事だが、今日も天気は良い。日光浴をするならば絶好の日和である。
僕は強い日差しでよく暖まった砂浜に腰を下ろして日光浴を始める。目を閉じてうとうとしていると、すぐに村の子供達が学校から帰り始める時間になってしまった。だが……今日の僕は村に向かいたいとはこれっぽっちも思わなかった。
お腹の中のグラエナが重たく、ここから随分と離れた村まで歩くのは億劫で仕方がないのだ。加えて昨日の帰りぎわには、村長には面と向かって首のフサが実るまでは村に来るなと言われていたし、最後まで僕と遊んでいた子供達も子供達で、村長から今の時期の僕を引っ張り回すなと直々にお小言をちょうだいしていた手前、村を訪れる訳にも行かない。
今の時期の僕に必要なのは、十分な休息と栄養……僕は昨日の村長の言葉を何度も頭の中で反芻し、いつもの時間を過ぎてしまった後ものんびりと日光浴を続けるのだった。
そんな僕はやがて深い眠りに落ちてしまっていたようで、はっと気が付いて辺りを見回すと、既に空は真っ赤に染まり、海に日が沈んで行く頃になってしまっていた。おや……? またなのか。今日の昼前に起床した時と同様、目を覚ました僕が始めに気が付いたのは、自分のお腹の中から響いて来る音だった。しかし僕はそれとほぼ同時に、お腹の中から聞こえて来るその音の種類が、昼前に起床した時に聞いた音とは随分と違う事にも気が付いた。
不審に思った僕は首を曲げて自分のお腹に耳を当てる。ドクン、ドクンという彼の心臓が発する鼓動とは随分と異なる、ゴボゴボと何かが激しく湧き立つような音と、これもあえて擬音語にしてしまうならば、グチュリ、ヌチュリとでも言うような、水っぽく、どこか粘り気のある柔らかい物体同士が盛んに擦れ合うような音だ。この二つの音が混ざって聞こえて来る。
寝起きの頭でも何の音かははっきりと分かる。そう、グラエナの体をもみくちゃにして、消化液をたっぷりと分泌させながら、彼の体をどんどんと消化して行く僕の胃袋が発する音だったのだ。どうやら辛い思いをして食べた木の実が、僕が眠りに落ちてしまっている間に効果を発揮し始めたらしい。驚いた事に、胃がもたれる感覚も綺麗さっぱり消えてなくなっていたが、これもやはり木の実の効果なのだろう。
日光浴を終えて自分のねぐらに戻った直後、立て続けに何度も大きなゲップが出たが、僕はその臭気に思わず苦笑いを浮かべてしまうのだった。いつもならば発酵した色々なフルーツが混ざり合った甘い匂いのする僕のゲップの匂いも、かなり獣臭が混じり、生臭くなって来ていたのである。これもグラエナが僕の胃袋の中で本格的に消化されて行っている良い証拠だろう。
始めはグラエナの体を消化して行く音に混じって聞こえなくなってしまっているだけなのかと思っていたのだが、やはり彼の心臓の鼓動は僕が目を覚ました時には既にストップしてしまっていたようだ。彼は僕に体を消化され過ぎてしまい、僕の胃袋の中でついに完全に果ててしまったのだ。これで、僕は実質的に彼の事を食い殺してしまった訳だが、僕がグラエナに対して働いたこの仕打ちが果たして残酷かと聞かれれば、決してそんな事もないのではなかろうか?
というのも、村の住人達は彼らを害するポケモンには本当に容赦をしないのである。この僕が丸呑みにしたグラエナだが、村人を二人も襲って重傷を負わせてしまった以上、彼は既に村人から事実上の死刑宣告を受けたも等しい。おまけにねぐらの場所まで突き止められていたため、もはや彼には村人の攻勢から逃れられる道など、ほぼ完全に残されてはいなかった。
たとえ炭坑の跡地の中を逃げ回り、廃屋の便所に逃げ込んだとしても、村人達にあっという間に追い詰められ、あえなくその場で息の根を止められてしまう事など想像するに難くないし、炭坑の跡地を離れて逃げ回ったとしても、ここは四方を海に囲まれた島である。どれだけ逃げたとしても結局はこの小さな島から出てしまう事は不可能なのだから、息が切れてしまった所を捕えられ、村の巨木に睾丸を縛られて吊し上げられ、息絶えるまでそのまま放置されてしまうのがオチと言うものだ。いずれにせよ、僕が手を下さなかった所で、彼を待ち受ける運命は悲惨極まりないものである事に変わりはないのである。
そう考えてしまえば、彼にはむしろ僕に感謝して貰わなければならない程だ。あんなに気持ち良さそうに僕に呑まれて行ったのだから。それに、僕に完全に呑まれてしまった後も彼は全く暴れたような形跡も残していないから、彼は絶命するに際しては、さして苦しんだとも思えない。僕が吐き出した甘い香りに心を奪われて尽くしたあまりに、幸運な事に体が溶けて行く痛みさえ彼は全く感じなくなってしまっていたらしい。……どうやら、じっくりと僕の胃袋に全身を揉まれながら、気持ち良く最期を迎えたようだ。
ただの肉の塊と化したグラエナは、それからは早いペースで消化されて行った。彼を丸呑みにした直後は随分と膨らんでいた僕のお腹も、三日、四日と時間が経過するにつれて段々と元に戻って行き……やがてグラエナの体は僕の胃袋の中で跡形もなくドロドロに溶けてしまったのか、僕の首のフサが完全に熟すまでには僕のお腹はすっかり元通りになっていた。
そのまま歩いて行くと、やがて大きく開けた場所に行き着いた。そこで二本だった線路は更に複数の線路に分岐して行き、その分岐した先の線路の上には何台もの古びたトロッコが泥塗れのままで放置されてある。
線路の周りには、既に廃屋と化したバラック造りの建物が幾つも建ってある。今僕の右側に建ってある一際大きな建物は、トロッコ列車を格納しておくための倉庫であり、左手に少し行った所に密集して建っている大小様々のバラック小屋の群れは、この炭鉱で働いていた労働者の居住スペースとして使われていたそうだ。
どうして僕がこんな事を知っているかと言えば、前にこの炭鉱の跡地で村の子供達と肝試しをして遊んだ時に、白いワンピースの少女もとい、村長の孫娘が色々と僕にこの跡地に残る施設について教えてくれていたのだ。
だからこの場所に関しては、どのような建物がどのような場所にあって、内部がどのような雰囲気になっているかという事くらいは、ほぼ完全に頭に入ってある。……そう。だから、村の子供を襲ったそのグラエナが、この炭鉱の跡地のどの場所をねぐらとして利用しているかなどと言うことは、大体の察しが付いてしまうのだ。
坑道という坑道の入り口は分厚い鉄板で蓋をされているから、人間はおろか、僕達だって中に入って行く事は出来ないし、トロッコ列車の格納庫は天井が抜けて無くなっているも同然で、雨が降ればあっという間に中は水浸しになってしまう。おまけに村の子供達が遊び半分で格納庫の窓ガラスに石ころをぶつけまくって来たものだから、格納庫の床は鋭利なガラス片だらけで、靴やサンダルで足を保護している人間ならばとにかくとして、素足での生活が基本となる僕のような野生のポケモンならば、断固として足を踏み入れたくない場所だった。だから、こんな場所をねぐらに選ぶのは、足の裏をガラス片で血まみれにしても良いという覚悟があるポケモンだけだろう。もっとも、そんなポケモンがいれば、僕としては是非ともお目にかかりたいものなのだが。
結局の所、この場所で野性のポケモンがねぐらとして使えるような所は、居住区の跡地しかないのである。側面のバラックが部分的に剥がれ落ちている小屋が殆どで、中に侵入するのも簡単だし、格納庫とは違って天井も無事なので雨露も凌げる上、床に鋭利なガラス片が散らばっていることもない。おまけに、当時そこで生活していた人間達がバラックの中に色々なものを残して行っているから、必要であればそれらを使って色々とねぐらの環境を整える事も可能なのだ。そんなだから、居住区の跡地は野生のポケモンがねぐらを構えるのには持って来いの場所なのである。体躯の大きな僕にとっては廃屋が小さ過ぎて無理なのだが、思えばこの居住区の跡地はつい最近までかなり多くのポケモン達が住みかとして利用していた筈だった。つい最近になってからそんな彼らの姿をめっきり見なくなってしまったのは……もしや、そのグラエナが彼らを駆逐してしまったからなのだろうか?
とにかく、この居住区の廃屋のどれかに、そのグラエナはねぐらを構えていると見て間違いない筈だ。そう判断した僕は線路を離れ、今や完全なる廃墟と化した炭鉱の居住区へと入って行った。ドラム缶、空になった酒瓶が満載されたケース、壊れて使えなくなった家具類や電化製品……砂利を敷き詰めただけの路地を歩いていると、炭鉱が現役だった時代の色々な生活の痕跡を目にすることができる。
そんな品々に目を遣りながらも、僕は村の子供を襲ったグラエナのねぐらになっている廃屋を探すべく、長い首をバラックの隙間から突っ込んで廃屋の中の様子を一軒ずつ探っていった。
そして……それらしき廃屋を見つける事に成功した。居住区の一番奥に位置する廃屋の内部を探ると、がらんとした屋内のど真ん中に、衣類やぼろ布が明らかに意図的に敷き詰められてあるのを発見したのである。屋内に漂っていた鼻を突く獣臭も判断の根拠になった。ここが例のグラエナのねぐらと見て間違いなさそうだ。問題が一つだけあるとすれば、見ての通り、当の本人が今はどこかに出払ってしまっていると言う事である。この問題に対する解決策だが、日を改めてしまっては、その間に村の他の子供が襲われる可能性もある訳だし、何よりも、いつもの予定を変えてまで寄り道をしておいて、この程度の“収穫”で帰るというのは僕の性分に合わない事だ。グラエナがねぐらに戻って来るまで、どこかに身を潜めて待つ、それ以外に僕の中に選択肢はなかった。
そうと決まれば、近くの崖の上まで移動するだけだった。居住区の跡地から出た僕は、背中の葉っぱをはばたかせて宙に舞い上がり、すぐ近くの崖の上に飛び乗った。幸運な事に、この廃屋の周辺だけは崖の上から十分に見下ろす事が出来るのである。崖の上に到着した僕は、崖の上に突き出ていた巨大な岩の陰に身を隠し、グラエナの帰宅の瞬間をうかがい始める。
刻々と時間は過ぎて行き、やがて真夜中近くになったが、まだグラエナは現れない。そんなに夜更かしをする事もない僕にとっては、こうして待つ事がそろそろ苦痛で仕方なくなり始めていた。あくびが止まらないし、睡魔との戦いにもそろそろ敗北を喫してしまいそうだ。うとうとする度に首を横に何度も振って睡魔を追い払うのだが、その方法さえ、もはや繰り返し何度も襲ってくる睡魔には通用しなくなって来ていた。
残念でならないが、今日はもう引き上げるとしよう。そうして僕が意を決してその場から立ち上がった……その次の瞬間の出来事だった。グラエナのねぐらの周辺に動きが出てきたのである。立ち上がってしまっていた僕は、慌てて岩の陰に身を引っ込めて、目的の廃屋の周辺の様子をそこから静かに窺った。ついさっきまで感じていた眠気など、この時までにはほぼ完全に吹っ飛んでしまっていた。
丸い大きな月が出ている上、雲一つない夜空には明々と星が輝いているから、辺りはそんなに暗くはない。だから、目的の廃屋から少し距離があるこの場所からも、廃屋に近付いてきたポケモンが誰かという事はすぐに分かった。
闇夜ではあまり目立たなくなる黒とグレーの体躯、ピンと立った両耳にギラギラと光る真っ赤に充血した鋭い目……グラエナだった。そんな彼が今、居住区の路地を目的の廃屋に向かってゆったりとした足取りで歩いている。
特に警戒しているような様子も見せておらず、随分と落ち着いた様子だ。どこか満足気な表情さえ浮かべているような気がする。
じっと観察していると、その大体の理由は掴めた。彼のお腹の辺りだが、随分と大きく膨らんでいるのが分かる。どうやら彼は今、満腹の状態にあるらしい。島のどこかに出向いて、たらふく食べて帰って来た所なのだろう。もっとも彼が何を食べたのかは、この僕には知る由もなかったが。
彼は僕が廃屋の内部を探る目的で首を突っ込んだバラックの裂け目と同じ裂け目に体を滑り込ませ、僕が彼のねぐらだと判断した廃屋の中にすんなりと入っていった。ほんの数時間前に僕が物色していたなどとは、微塵も気が付いていない様子だった。相手が嗅覚の敏感なポケモンなだけに、彼が廃屋の中に入って行く瞬間は少しヒヤリとはしたが……満腹感からか、やはり警戒心は随分と緩んでしまっているようだ。
グラエナは廃屋の中に入って行ったきり、再び外に出てくる気配がない。恐らくは眠りについているのだろうが、こちらとしては万全を期す必要があった。僕はそのままの状態で更に待ち続ける。五分……十分……二十分……。三十分経った所で行動に出た。
背中の葉っぱをはばたかせて宙に浮き上がり、出来るだけ音を響かせる事なく崖の上から居住区に静かに降り立つ。そこで一度、グラエナの入っていった廃屋がある方の様子を窺うのだが、何ら表立った動きは見られなかった。
今がチャンスだ。そう判断した僕は、二度、三度と前足で地面を馴らしてから、グラエナのねぐらである廃屋に向かって居住区の路地を駆け始めた。強く地面を蹴る事によってぐんぐんと加速して行き……一気に最高のスピードに乗る。そしてそのままの速度を維持したまま――頭、そして全身で、僕はお目当ての廃屋に思い切りぶつかって行った。
廃屋という事で、少々見くびっていたのだが、どうやら建物自体はまだそれなりの強度を残していたらしく、廃屋の外壁の一面にぶつかった途端、僕は全身に強い衝撃を感じ、大きく後ろの方に吹き飛ばされて転倒してしまう。情けない話だが、その際に盛大な尻餅をついてしまった。
だが――痛い思いをした分、成果も大きかった。僕がぶつかった衝撃で、廃屋を支える柱はかなり深刻なダメージを受けたらしく、僕の見ている目の前で廃屋はメリメリと音を立てて崩れ始めた。崩れて行く廃屋からは大量のホコリと粉塵が舞い上がり、あっという間に僕の視界を防いでしまう。
僕の目が利かなくなっている間にも、廃屋は確実に崩壊して行っているらしい。廃屋の天井部分が崩落して行ったのか、バキバキという音に続いて、ドスン、という地響きを伴う大きな音が辺りに響き渡る。そしてその途端、僕の目の前を更に濃い粉塵の煙が覆うのだった。
その後も廃屋の色々な部分で崩落が進行しているのか、建物が崩れていく音はしばらく止む事がなかった。どうやらこの建物としては、もはや完全に崩壊してしまわないと気が済まないらしい。僕は音が聞えなくなるまで、ただひたすらその場に留まり続けた。
ようやく音が聞えなくなった時点で、僕は背中の葉っぱで風を起こして自分の視界を遮っていた土煙を全て吹き飛ばす。案の定、僕の目の前に現れたのは……完全なる瓦礫の山と化した廃屋の無惨な姿だった。
さて、瓦礫の山の中からグラエナを探し出すとしようか。まだしぶとく生き延びているにせよ、既に倒壊した廃屋の瓦礫に押し潰されて死亡しているにせよ、彼の体を瓦礫の山から引きずり出してやる必要がある。僕は瓦礫の山に向かって歩き始めた。
その途端、瓦礫と瓦礫の間にできた隙間で、僕は何か黒っぽい物体がうごめき始めるのを認めた。不審に思った僕が瓦礫の隙間を覗き込もうとしたその瞬間、荒々しい咆哮と共に瓦礫の山を突き破って崩れ落ちた廃屋の中から飛び出して来たのは、黒っぽい物体もとい、グラエナだった。……なかなか悪運に恵まれた奴だ。廃屋の倒壊に巻き込まれておきながら、まだここまで体の動きが利くという事は、さして大きな怪我も負っていないという事らしい。どうやら瓦礫の隙間に救われたようだ。
そこでグラエナと僕の目が初めて合う。その瞬間、彼はこの一連の出来事の全てを悟ったのか、僕に激しい憎悪の目を向けてきた。ほう……なかなか怖い顔を作れるものじゃないか。僕がそうやって感心している間に、彼は瓦礫の山の頂上に立って低く姿勢を構え、全身の毛を逆立たせて歯を剥き出しにし、低いうなり声を上げ始める。……どうやら僕の方めがけて飛び掛かって来る積もりらしい。
まずい状況になった。素早い攻撃にはあまり上手く対応できる自信がない。……果たしてこの僕に彼の一撃を避け切れるかどうか……。
彼が僕に向かって襲い掛かって来たのは、僕の心にそんな不安が芽生えかけた次の瞬間だった。瓦礫の山を一気に駆け下りたかと思うと、そのまま全速力で僕の方へと突進してくる。こうやって彼を間近で見る事によって初めて分かる事なのだが、このグラエナ、自分が知っているグラエナよりも体が一回り大きい。やたらとパワーのある個体のようだし、おまけに動きも随分と素早い。彼の攻撃にはかなりの破壊力が伴うと見て間違いなさそうだ。攻撃を受け流そうとしても、この相手では恐らく通用しないだろう。
そう判断した僕は、彼が自分の喉首を切り裂いてしまう寸前まで、可能な限り彼を僕の元に引き付ける事に決めた。一歩でも間違えれば自殺行為に等しい作戦だが、廃屋の倒壊によって彼を重傷、または瀕死の状態に追い込む事が出来ていない以上、僕が彼と対峙するにあたっては、これくらいしか有効な作戦を持ち合わせていないのが実際の所だった。グラエナは十分に僕との距離を詰めた所で、後ろ足で力強く地面を蹴って飛び上がり、鋭い爪の生える前足と牙で僕の喉首をまっすぐに狙って来た。一か八か……この一手に賭ける他はない。
僕は背中の四枚の葉っぱを全力で動かして、彼の前足の爪がちょうど僕の喉元に掛かる直前の瞬間に合わせて僕の体の前方に突風を巻き起こした。その反動で僕の体は後ろに引き下がり、それとは逆に、僕に飛び掛かって来たグラエナの体は突風の直撃を受けて大きく前方へと吹き飛ばされた。彼にとっても僕のこの動きは予想外だったらしい。僕に完全に虚を突かれる形となってしまったグラエナは、宙に投げ出された後で着地の態勢を整えられる筈もなく、地面に激しく全身をぶつけ、二度、三度、四度と瓦礫の散らばる地面の上を転がった。しかしながら、この程度で彼の動きをほぼ完全に封じられるだけのダメージを与えたとも思えない。彼がこうやって隙を見せている間に追撃を仕掛けねば、再び不利な状況に立たされる羽目になることは疑いない。
後方への反動を完全に殺した僕は、地面に倒れ込むグラエナの方めがけて突進して行く。彼は僕の反撃に対応すべく急いでその場から立ち上がろうとするが……相手のグラエナにとっては残念な事に、僕は彼が完全に立ち上がってしまう直前には既に彼の間合いの深い所まで入ってしまっていた。
僕は背中の葉っぱをはばたかせて僅かに宙に浮かびあがり、突進の勢いをそのままにして彼の体にぶつかっていった。僕の体の直撃を受け、もう少しの所で立ち上がる事が出来ていた筈のグラエナの体は再び地面の上を転がる。
今度は僕の体の下敷きになってしまえ。
僕は地面の上で仰向けになってしまっていたグラエナの体に全身で覆い被さり、彼の首から下の部分を完全に僕のお腹の下敷きにする事に成功した。手足の動きも完全に封じる事が出来ている。彼を地面に押さえ付ける僕の体が離れない限り、彼は二度と身動き出来ない状態にあった。
今のこの状態というのは、ちょうど昼間に村の子供達と楽しんだ追いかけっこで、捕まえた子供達の体にのしかかっていた時の構図と何ら変わりはない。一つだけ違うところを挙げるとするならば、僕にのしかかられた時の村の子供達は決まって僕に楽しそうな表情を見せるのに対して……このグラエナは僕に対して極めて反抗的な態度を見せているという所だろうか? 真っ赤な目を剥いて僕に向かって今すぐに離せと言わんばかりに吠えわめき、隙あらば僕の首を食い破ろうと僕の首に牙を向けてくる。
当然ながら僕も僕で、村の子供達と接するのと同じように彼に接する積もりはなかった。村の子供達に手を出しておいて、何も恥じる事なく図々しくも今まで生き永らえているこのクズ野郎に対しては。
こんなクズ野郎は調教してやるのが一番だ。たっぷりと楽しませてもらうとしよう。
僕は徐々にグラエナを地面に押さえ付ける自分の体に体重を乗せて行った。彼も自分の体に掛かる体重の急激な変化に気が付いたのか、怒り狂った彼の表情はみるみる内に戸惑いの表情へと変わって行った。これ以上の体重を乗せて欲しくないとでも思っているのだろう。
ふふん、この程度で済むと思ってもらっては困るな。
彼のそんな気持ちをくみ取った僕は、僕の体の下敷きになっている彼の事を嘲り笑いながら、更に彼の体に掛ける体重の量を増やして行った。やがて彼の顔に苦悶の表情が浮かび始める。どうやらかなりの痛みと恐怖を感じているようだ。それもその筈、彼の体にぴったりと密着している僕のお腹を通じて、彼のあばら骨がギシギシと軋む感触が、僕にもはっきりと伝わって来ている。
そんな感触を覚え始めてからは、掛ける体重の量を慎重に増やして行く。ここから先は色々と危険な領域だ。一歩間違えれば、彼の全身の骨を砕き、彼の体を一瞬で押し潰してしまう事に繋がりかねない。そのまま掛ける体重の量をじわじわと増やして行き……僕の体の重みで彼の骨が折れてしまうほんの一歩手前で、掛ける体重の量をキープする。するとどうだろう? 彼はその辺りで完全に息が詰まってしまうらしく、今の彼の体の内で、たった一つだけ自由の利く部分である首を上下左右に激しく揺り動かして、死に物狂いで僕の拘束から逃れようと試みるのだった。顔を真っ赤にして血走った目を見開き、左右に裂けんばかりに大きく開かれた口から泡立った唾をまき散らしながら暴れるその様は、まさに必死の形相そのものだった。
しかしながら、そんな彼の必死の抵抗もそう長続きするものではなかった。しばらくの間は凄まじい力で抵抗し続けていたのだが、ある時を境に彼が突如として白目を剥き始めたかと思うと、それまでの抵抗があたかも嘘であったかのように、急速に彼の体からぐったりと力が抜け落ちて行くのだった。どうやら僕の重みで息を繋げないでいたため、暴れている内に窒息し、意識が飛んでしまうほんの一歩手前の状態にまで達してしまったらしい。
僕が狙っていたのはまさにその状態だった。僕はそこでようやく彼の体に掛けていた体重を彼が息を不自由なく出来る程度にまで軽くしてやった。途端、フェードアウトし掛けていた彼の意識が元に戻り、何度も苦しそうに咳き込んだ後、彼は思い出したかのようにゼエゼエと激しく息をし始める。
おっと、悪いが自由時間はここまでだ。お前の息が完全に元通りになるまで時間を与えてやるほど、僕は甘くはないのだ。
僕は再び彼の体に体重を掛け始める。さっきの攻撃で加減は十分に掴めたので、今度は一気に体重を掛けてやった。急激な負荷の増加に体が耐え切れないのか、彼の全身の関節が悲鳴を上げる。
彼自身も悲鳴を上げたくなったのか、一声鳴こうとする動きを見せたが、一瞬の内にしてさっきの窒息寸前の状態にまで追い込まれ、それは叶わなくなってしまった。再び命の危険を覚え、ものすごい形相で暴れ始める彼であったが……やはり長続きしなかった。またしてもぐったりと脱力したかと思うと同時に白目を剥き始める。……観察していると面白いものだ。こいつ、今度は口から舌まで垂らしているぞ。
僕はそこで再び彼に掛ける体重の量を減らし、彼に息をする暇を少しだけやるのだった。そしてまだ彼の呼吸が元に戻る随分と前にまたしても体重を掛けて彼を窒息させ……失神寸前の状態にまで追いやってから、彼が完全に失神してしまう一歩手前で体重を緩めてやる。僕は彼にそれを何サイクル、何十サイクルと繰り返してやるのだった。
回を重ねるごとに、段々と彼の抵抗がままならなくなって来ていたのには気が付いていたが、ついには彼も抵抗するための体力が底を尽きてしまったようで、ある時を境にして、僕に完全にされるがままの状態になってしまった。もはや、彼には僕に立ち向かえるだけの力など残されていないようだった。彼の余りあるパワーも機動力も、こうやってひとたび僕の大きな体の下に敷かれてしまえば全くの無力だったと言う訳だ。僕は最後にもう一度だけ彼にずっしりと体重を掛けて白目を剥かした後、僕の体による拘束から解放してやった。
これでようやく彼は自由の身となれた訳である。たっぷりと時間を掛けていたぶり尽くして骨折と失神の一歩手前の状態を何度も味わわせてやったのは事実だが、少なくともこの過程では、結局は一本たりとも骨を折らずに済んでおり、特に彼の体のどこかに重傷を負わせた訳でもない。彼にその気があるのならば、何一つとして不自由なく体は動かせる筈だった。
もう自由に動いてくれても良いんだぞ? 僕は未だに地面の上に転がってぐったりとした表情を覗かせ、苦しそうに体全体で息をしているグラエナに向かって、そんな視線を送ってやる。
時間の経過と共に呼吸も元に戻り始めたのか、彼は徐々に体を動かすようになっていった。そして……徐々に眼光も取り戻しつつあった彼は、やがて僕の事を怒りに満ちた目付きで睨み付け始める。そしてそれからもうしばらくすると、彼はうなり声まで上げ始めたのだった。……これは驚いた。このグラエナ、まだこの僕と戦い続ける積もりらしい。そっちがその気ならば、こちらも最後まで付き合ってやるとしようじゃないか。本当にその気があるんなら、とっとと立ち上がって僕に攻撃を仕掛けて来たらどうだ!
僕が彼にそんな挑発的な表情を見せ付けると、彼はとうとう激昂したらしく、顔を真っ赤にして僕に向かって吠えまくって来た。彼はそのまま四本の足を地面に突っ張って、勢い良くその場で立ち上がろうとするのだが……どういう訳か完全に立ち上がったかと思った瞬間に足腰が砕けてしまい、彼は再び地面に倒れてしまう。
彼は二度、三度とその後も幾度となくその場から立ち上がる事を試みたが、いずれも立ち上がる直前で腰が砕けてしまい、失敗に終わってしまうのだった。立ち上がろうにも、四つの足で踏ん張って自分の体重を支える事が出来ないのである。彼の顔には、徐々に疑念の表情が色濃く浮かび上がって行く。なぜだ、どうして立つ事ができないんだ。ちょうどそんな声が聞こえてくるようだった。
攻撃に転じる気がないのなら、こちらから仕掛けさせてもらうぞ? 僕はわざとらしく地面を踏み鳴らしながら、未だに立ち上がる事の出来ない彼の元へと歩み寄って行った。
僕の接近に気が付いた彼は、一気に焦り始める。僕にまたしても間合いを詰められてしまう前に何とか立ち上がろうと必死の努力をしているのが伺えた。だが……彼はまたしても僕に接近を許してしまう。僕は彼の目と鼻の先で立ち止まると、にやりと彼に対して不敵な笑みを浮かべて見せるのだった。
そう。彼は僕がのしかかるのを止めた後も、しばらくの間は足腰を立たせる事が出来る筈もないのである。当の本人はその自覚に乏しいようではあるのだが、長い時間を掛けて彼の全身を強く圧迫し続けたため、筋肉の大部分が麻痺してしまっているのだ。だから足先だけを動かす事は出来ても、全身の筋肉の多くを使う“立つ”という動作は、今の彼にとっては不可能な芸当と化しているのである。
僕は必死に地面の上でのたうち回っていたグラエナの首根っこの部分を、首の骨を折ってしまわない程度に前足で踏み付けてやり、長い首を伸ばして彼の顔の目の前に自分の顔を持って行く。僕の顔を見つめるグラエナの目からは、ついさっきまで彼が見せていた闘志も消え失せ、今はただ体を硬くさせてぶるぶると震えながら、完全に怯え切った表情を浮かべていた。
……さて、彼をこのまま生かすも死なせるも、これで僕の思うままとなった。これから僕は彼の事をどうしてしまうべきだろうか? ……そうだ。彼の事を踏み付けながらしばらく考え続けた所で、僕は良い案を思い付いた。
彼の事を……丸呑みにして食べてしまおう。そう心に強く思った僕は彼を踏み付ける足を地面に戻して、彼の体をじっと見据えた。
もちろん僕もそうだが、普段のトロピウスならばこんな欲望を持つ事もない。その上、木の実やフルーツを常食としているため、戦闘で倒したポケモンを目の前にしても、そのような思考回路が働く事など万に一つもない――少なくとも、それが普段である以上は。そう……僕は今、夕方に村長が村の子供達に言って聞かせた通りの状態にある。裏を返せば、今の僕は“普段の”状態にない。
僕は今、普段好んで食べている木の実やフルーツ以外の食べ物も口にしたくて堪らなくなっている。そして既に一週間近く前には、夜中に人目を盗んで村のゴミ捨て場まで忍び寄り、若い夫婦の結婚の宴に供されていた馳走の残飯を少なからず失敬していたのだ。そして今はこのグラエナの事を食べてしまいたくて仕方がない。こうやって全身にむっちりと肉の付いた彼の体を眺めていると……自然と涎が口の中に溜まってくるのだ。
しかしながら、こうやって完全に怯え切っている彼をそのまま食べてしまうというのは残酷な話でしかない。どうせ彼の事を僕のお腹の中に収めて最終的には跡形もなく溶かしてしまうのならば、彼が完全にリラックスした状態にある時に優しく食べてやりたいものだ。すると、こんなに怯え切っている彼をどうやってリラックスさせるのかという話になってくる訳だが、僕の能力を持ってすれば簡単な事だった。
僕はたっぷりと空気を鼻から吸い込んで、しばらくその空気を胸の中に溜め込んだ後、僕の口から彼の顔面にゆったりと吐き掛けてやった。甘く、そして爽やかな香りの吐息が彼の顔にふんだんにぶつかる。
するとどうだろう? 彼がひくひくと鼻腔を動かして僕の吐息の匂いを嗅ぎ始めた途端、彼の体からは一瞬にして力が完全に抜けてしまうのだった。恐怖に強張っていた表情も段々とだらしなく緩んで行き、やがて目をとろんとさせて僕の吐き出した息の匂いを貪るように嗅ぎ始めるのだった。
彼に息を吹き掛けている最中、口の中に収まり切らなくなったネバネバと糸を引く唾液が、大きな滴となって、ボタリ、ボタリと彼の体の上に降り注ぎ、彼のふさふさとした体毛をべっとりと濡らしたのだが……それに対して彼はちっとも怒るどころか、嫌がったりする様子さえ見せなかった。
こうやって僕に体を汚されてしまった事など、今の彼にとっては既にどうでも良くなってしまっているのだ。甘い香りに心を奪われ尽くし、僕に対する敵対心や警戒心が完全に失われてしまっている良い証拠だった。そんな事から判断しても、彼をリラックスさせるのはもう十分そうだった。さて、これで準備は整った。彼の事を……遠慮なく食べてやるとしよう。僕は無防備にもお腹を完全に曝け出して地面の上で転がっているグラエナを見つめながら、自分の口周りを舐めずった。
まず手始めに、僕は彼の全身を舐り回してやる事に決めた。彼の事を食べるとは言っても、噛み砕いてしまわずに一口で丸呑みにしてやる積もりだったので、彼の体の全身にしっかりと唾液を馴染ませておいてから丸呑みにしないと、僕の長い喉の中をくぐって行く最中にどこかで詰まってしまう恐れがあるためだ。
僕は首を伸ばして彼のお腹に自分の顔を近付け、たっぷりと唾液の染み込んだ舌を口から垂らす。そして……その舌の先端を彼の胸にべっとりと押し付けてゆっくり上半身へとスライドさせて行き……彼の胸から顎の下までを一気に舐め上げた。彼の体を舐めた途端、口の中いっぱいにグラエナの獣臭い体臭が広がる。普段の僕ならばこんな臭いに対しては嫌悪感しか抱かない筈なのだが、今の僕にとっては食欲をそそる匂いでしかなく、食欲を刺激された僕の口からはドロドロと唾液が一気に溢れ出す。そんな唾液もグラエナの体を舐める僕の舌を伝って余すところなく彼の体の上に注がれて行き、僕が舌を這わせたグラエナの体の部分はたった一舐めで、べっとりと唾液に塗れてしまうのだった。
その後も背中、顔面、前足、後ろ足……尻尾の周りというように、順々に彼の体の各部分に舌を這わせていく。全身を這い回る柔らかくて生暖かい舌の感触が今の彼には心地良くてたまらないのだろう。彼は僕に舐められている間中というもの、終始うっとりとした表情を浮かべ続けており、特に彼のお腹に舌を這わせた時なんかは、口を小さく開けて両方の頬を真っ赤に紅潮させ、気持ち良さそうに腰をプルプルと小刻みに震わせるものだったから、見ていて可愛らしさを感じてしまう程だった。どうやらお腹を舐められるのが、たまらなく気持ちが良いらしい。
そうして……彼の全身はあっという間に唾液に塗れて行き、ふさふさとした彼の体毛も今や完全に台無しになってしまい、滴り落ちんばかりにたっぷりと唾液を吸い込んだ彼の体毛は、月明かりに照らし出され、ぬらぬらと鈍く汚らしい輝きを放っていた。
僕はそこでもう一度彼の顔に甘い匂いの息を吐き掛ける。彼はすっかりこの香りの虜となってしまっているようで、僕が息を吐き掛けるや否や、彼は地面の上を這いずり、僕の口のすぐ近くまで寄って来て匂いを嗅ごうとするのだった。
甘い香りを少しでも多く体の中に取り込もうとする彼の表情はだらしなく緩み、口からは盛んに涎を垂らしている……。これはもはや完全な中毒症状であると言っても良いだろう。あまりの効き目に僕は驚きを通り超え、いささか呆れかえってしまっていた。
この技は他のポケモンとの戦闘に巻き込まれ掛けた際に幾度となく緊急回避の手段として用いて来た訳であるが……ここまで激烈な効果を見せるポケモンは彼が初めてだった。リラックスするどころか、もはや今の彼からは快楽を除けば、全ての感覚が抜け落ちてしまっているらしい。だが、その方が彼にとっては好都合というものだった。なぜならば……彼はこの後すぐに僕によって残酷にも丸呑みにされてしまうのだから。
僕が息を吹き掛けるのを止めてしまうと、彼は僕に向かって残念がる表情を浮かべ、少し不機嫌そうに喉をぐるぐると鳴らすのだった。彼は僕に甘い息を恵んでもらえない事を悟ると、再び地面の上で仰向けになって、どこか物欲しそうな様子で僕にお腹を見せ、盛んに尻尾を振り始める。どうやら、またさっきみたく僕にお腹を舐めて貰いたいらしい。……どう考えても彼を丸呑みにしてしまうならば、今を除いてチャンスはない。もはや抵抗のての字すら、今の彼は僕には見せてはいないのだから。
僕は彼のすぐ近くで腰を下ろし、彼の下半身に顔を近付けて、舌と口を使って彼の後ろ足の一つを足先から股の付け根に至るまで優しく咥え込む。そしてそのままの勢いで彼のお尻も口の中に収めてしまうと、もう片方の後ろ足も僕の口の中に自然と吸い込まれて行った。舌を動かして彼の体を徐々に口の奥へと押しやって行き……彼の足先からちょうど腰の辺りまでを完全に口の中に含んでやった。
一方のグラエナはと言えば、命の危険を感じるどころか段々と感情が高ぶって来たようで、僕に呑まれて行きながらの状態にして息を荒くし、顔も赤く染め始めているのだった。僕に舐められている時もそうだったが、こうして口腔の柔らかい粘膜に体を優しく包み込まれるのが今の彼にとっては随分と気持ちが良いらしい。
それならば、もう少しだけ彼の事を良い気分にさせてやろう。どうせこのまま僕に食べられてしまう事に変わりはないのだから、今の内に良い気分を存分に味わわせてやった方が彼にとっても都合が良い筈である。
僕はグラエナを咥える口をすぼめ、既に完全に口の中に収まってしまっていた彼の下半身に、ぎゅうぎゅうと何度も舌を強く押し当ててやる。
どうやら効果は抜群のようだ。グラエナはかなり興奮して来たのか、再び体を震わせ始める。そんな彼の体の震えは、僕がより力強く舌を押し付けてやればやる程、どんどんと大きくなって行くのだった。僕がそんなグラエナに対して、止めとばかりに有りったけの力を込めて舌を押し付けてやると、彼は気分の良さに感極まったのか、一声大きく吠え、体をひときわ大きくぶるぶると震わせるのだった。
……だがその瞬間、ちょっとした悲劇も巻き起こった。彼が大きく体を震わせ始めた直後に、僕の舌の上にしょっぱい味のする生暖かい液体がじわじわと広がって行く感覚を覚えたのである。何が起きたのかはすぐに分かったし、僕は自分の取った行動を深く後悔したが、今はこの事についてはあまり深く考えない方が良さそうだった。僕の心をより深くへこませるだけだから。
もうお遊びはこの程度にして、この汚らわしい事この上ないグラエナを完全に僕のお腹の中に収めてしまうとしよう。僕はグラエナを咥える口を上に向ける事によってグラエナの体を宙に持ち上げ、彼の体を呑み込んで行った。たっぷりの唾液で滑りが良くなったグラエナの体は、さして大した労力も要さずに僕の喉の奥へとあっという間に引きずり込まれて行く。そんな彼が僕に最後に見せた表情は……実に恍惚とした幸せそうな表情であった。
彼の首、そして頭が僕の口の中に収まったのを見届けた後で、僕は静かに口を閉じる。そして……。
……ごっくん。
喉を鳴らし、グラエナの体を一呑みにしてやるのだった。呑み込まれた彼の体は僕の喉をゆっくりと滑り落ちて行き……やがて僕の胃袋の中へ静かに収まった。ドクン、ドクンという彼の心臓の鼓動が、僕の胃袋を通じてはっきりと伝わってくる。……果たして、この鼓動を僕はいつまで聞き続ける事が出来るのだろうか? 僕はそんな事を思いながら大きなゲップをするのだった。
これで全てが終わった。僕は丸呑みにしたグラエナの体重分だけ重くなった自分の体を持ち上げて、ひとまずグラエナに小便を漏らされて汚れてしまった自分の口を綺麗さっぱりすすぐべく、居住区の跡地のすぐ近くを流れる小川に向けて移動して行った。
小川に到着した僕は、冷たく透き通った川の水で満足するまで口をすすいだ後、川の水を飲んで乾いていた喉を潤すのだった。水を飲み終えた途端に猛烈な眠気に襲われたが、落ち着いて考えてみれば、既に深夜を過ぎてから随分と時間が経っている。
やれやれ。こんな夜更かしをするのは、後にも先にもこれっきりにしておきたいものである! 僕のような草タイプのポケモンは、お世辞にも夜更かしをするのに向いた体質をしているとは言い難いのだ。
さて、ねぐらに帰るとしよう。僕は眠たい体に鞭打って、元やってきた道、もとい線路の上を行きとは真逆の方向に歩いて行った。適当な場所で線路を離れ、ジャングルに分け入って更に歩き続け……ジャングルのど真ん中にある僕のねぐらに辿り着いたのは、もう随分と空が明るくなり始めていた頃の事だった。そのまま倒れ込むようにねぐらに横たわると、僕の意識は、今か今かと待ち構えていた睡魔によって、あっという間に奪い去られて行くのだった。
そんな僕が再び目を覚ましたのは、次の日のお昼前の頃だった。時間に換算すれば、優に丸一日以上を眠って過ごしていたという計算になる。
目を覚まして初めに感じた事だが、驚いた事に僕のお腹の内側からは、丸呑みにしたグラエナの鼓動が未だに響いて来ている。それと同時に僕が感じたのは強い胃もたれの感覚だった。どうやら巨大な獲物を前にして、僕の胃袋も対応にほとほと困ってしまっているらしい。
それならば良い対処法がある。僕は大きなあくびをしてから重い体を起こし、ジャングルの中をある場所に向けて歩いて行った。
今更ではあるが、このジャングルには様々な種類のフルーツや木の実が自生しており、それらは僕を初めとするポケモン達の好物であると同時に、島の住人達の生活資源にもなっている。僕を含めた多くのポケモン達にとっては、それらは実質的にお腹を満たすための食料でしかない。しかしながらこの島の住人達にとっては、僕が今まで彼らの行動を観察して来た上でそう確信しているのだが、それらジャングルに自生するフルーツや木の実というのは、明らかに単なる食料以上の価値を持つ存在として彼らの生活の中では機能しているのだ。
彼らは体のどこかに不調をきたした時にもこれらのフルーツや木の実を効果的に利用しているのである。高熱を出している時、毒のある虫ポケモンに刺された時、そして……お腹を壊してしまった時等々。状況に応じて彼らは色々なフルーツや木の実の力を借りているのである。村の子供達と遊びながらも、僕は村人の生活における知恵や工夫についてはしっかりと見聞きして自分の知識にするように努めて来た。だから、彼らがどのような体の不調に対してどのようなフルーツや木の実で対処しているかという程度の事については、だいたい僕の頭の中に知識として入っている。
深いジャングルの中を歩いて行き、僕が辿り着いたのは、島のジャングルを構成する植物の中でもひときわ背の高い、枝という枝に真っ黒い小さな果実をびっしりと実らせた木々が密生している場所だった。
今日はまだ時間が早いので見えてはいないが、お昼を過ぎて少し経つと、この場所には毎日のように背中に籠を背負った村のおばさん連中が何人もやって来る。そんな彼女達がここで何をするのかと言えば、籠を背負ったまま木によじ登り、籠いっぱいになるまでこの黒く小さな木の実を集め続けるのである。
なぜ彼女達がわざわざ毎日こんな面倒な事をしてまでこの木の実を手に入れようとするのかと言えば、この木の実、村人達が主に胃腸薬の代わりとして利用している木の実なのである。
村に行けば、この木の実をビニールシートの上に平たく敷き詰めて天日干しにしている光景を村のあちこちでいつものように目にすることが出来る。それで、その干し終えた木の実がどうなるかと言うと、それらは石臼で挽かれて粉にされ、瓶に詰められる。それを村の人々は、主にお腹を壊してしまった時に服用するという訳だ。
そしてこれは、ある時に村の医者が村人を集めて一方的に喋りまくっていた時の内容を盗み聞きして知った事なのだが、この木の実の粉はお腹を壊してしまうのを未然に防ぐ効果も非常に高いそうである。その医者いわく、胃腸の弱い子供やお年寄りなんかは、常日頃から服用させておく程度でもちょうど良い位なのだそうだ。……彼がそんな事を言って以来、木の実を採取しに来るおばさんの人数が倍近くに膨れ上がったのは言うまでもない事だろう。
まぁ、いずれにせよ、気温、湿度共に非常に高く、食べ物が腐ってしまいやすい環境下にあるこの島では、この木の実は島の住人達と彼らと共に暮らすポケモンが生活を送る上では欠かせない資源の一つとして、確固たる地位を確立しているのである。
そして今僕が目の前にしているこの木の実だが、人間とは違い、加工する術を持たない僕にとっても嬉しい事に、生のままで食べても同様の効果が得られるらしい。だが……粉にしてしまったのを食べた方が良いに決まっているのだ。問題はこの木の実の味だった。かなり苦酸っぱいのだ。とてもではないが、僕が進んで口にしたいと思えるような味の木の実ではないのである。
だが、せっかく大きなグラエナを胃袋に収めてしまったのだから、彼の事は骨の一本たりとも残さずに消化して、僕の、そして首のフサの養分に変えてやりたいものだ。そう考えると背に腹は変えられなかった。
覚悟を決めた僕は木の幹に前足を掛けて首を伸ばし、次々と木の実を口に含んで行った。そして木の実を口の中いっぱいに頬張った所で口を閉じて……無心で木の実を咀嚼し始める。味の事は意識しないでおく積もりだったが、やはり無理もない話で、あっという間に舌の上に広がって行った酸っぱさと苦さのあまり、僕はすぐに木の実を吐き出してしまいたくなった。だが……ここは耐えなくてはならない。吐き出してしまいたくなる気持ちを押さえつけ、僕は木の実を咀嚼し続け……ほどよく咀嚼によって細かくなった木の実と口の中に湧いて来ていた唾液が混ざり合った所で、一気に飲み込んだ。何とか吐いてしまわずに済み、僕はほっと胸を撫で下ろすのだった。
これだけの木の実を食べたのだから、もう十分だろう。これでグラエナの体は滞りなく僕の胃袋の中で溶けて行く筈だ。
用事を済ませた僕はその場を後にし、口直しに甘く熟したフルーツを食べ歩きしながら、日光浴をするために浜辺へと繰り出して行った。うっそうとしたジャングルを抜けて初めて分かる事だが、今日も天気は良い。日光浴をするならば絶好の日和である。
僕は強い日差しでよく暖まった砂浜に腰を下ろして日光浴を始める。目を閉じてうとうとしていると、すぐに村の子供達が学校から帰り始める時間になってしまった。だが……今日の僕は村に向かいたいとはこれっぽっちも思わなかった。
お腹の中のグラエナが重たく、ここから随分と離れた村まで歩くのは億劫で仕方がないのだ。加えて昨日の帰りぎわには、村長には面と向かって首のフサが実るまでは村に来るなと言われていたし、最後まで僕と遊んでいた子供達も子供達で、村長から今の時期の僕を引っ張り回すなと直々にお小言をちょうだいしていた手前、村を訪れる訳にも行かない。
今の時期の僕に必要なのは、十分な休息と栄養……僕は昨日の村長の言葉を何度も頭の中で反芻し、いつもの時間を過ぎてしまった後ものんびりと日光浴を続けるのだった。
そんな僕はやがて深い眠りに落ちてしまっていたようで、はっと気が付いて辺りを見回すと、既に空は真っ赤に染まり、海に日が沈んで行く頃になってしまっていた。おや……? またなのか。今日の昼前に起床した時と同様、目を覚ました僕が始めに気が付いたのは、自分のお腹の中から響いて来る音だった。しかし僕はそれとほぼ同時に、お腹の中から聞こえて来るその音の種類が、昼前に起床した時に聞いた音とは随分と違う事にも気が付いた。
不審に思った僕は首を曲げて自分のお腹に耳を当てる。ドクン、ドクンという彼の心臓が発する鼓動とは随分と異なる、ゴボゴボと何かが激しく湧き立つような音と、これもあえて擬音語にしてしまうならば、グチュリ、ヌチュリとでも言うような、水っぽく、どこか粘り気のある柔らかい物体同士が盛んに擦れ合うような音だ。この二つの音が混ざって聞こえて来る。
寝起きの頭でも何の音かははっきりと分かる。そう、グラエナの体をもみくちゃにして、消化液をたっぷりと分泌させながら、彼の体をどんどんと消化して行く僕の胃袋が発する音だったのだ。どうやら辛い思いをして食べた木の実が、僕が眠りに落ちてしまっている間に効果を発揮し始めたらしい。驚いた事に、胃がもたれる感覚も綺麗さっぱり消えてなくなっていたが、これもやはり木の実の効果なのだろう。
日光浴を終えて自分のねぐらに戻った直後、立て続けに何度も大きなゲップが出たが、僕はその臭気に思わず苦笑いを浮かべてしまうのだった。いつもならば発酵した色々なフルーツが混ざり合った甘い匂いのする僕のゲップの匂いも、かなり獣臭が混じり、生臭くなって来ていたのである。これもグラエナが僕の胃袋の中で本格的に消化されて行っている良い証拠だろう。
始めはグラエナの体を消化して行く音に混じって聞こえなくなってしまっているだけなのかと思っていたのだが、やはり彼の心臓の鼓動は僕が目を覚ました時には既にストップしてしまっていたようだ。彼は僕に体を消化され過ぎてしまい、僕の胃袋の中でついに完全に果ててしまったのだ。これで、僕は実質的に彼の事を食い殺してしまった訳だが、僕がグラエナに対して働いたこの仕打ちが果たして残酷かと聞かれれば、決してそんな事もないのではなかろうか?
というのも、村の住人達は彼らを害するポケモンには本当に容赦をしないのである。この僕が丸呑みにしたグラエナだが、村人を二人も襲って重傷を負わせてしまった以上、彼は既に村人から事実上の死刑宣告を受けたも等しい。おまけにねぐらの場所まで突き止められていたため、もはや彼には村人の攻勢から逃れられる道など、ほぼ完全に残されてはいなかった。
たとえ炭坑の跡地の中を逃げ回り、廃屋の便所に逃げ込んだとしても、村人達にあっという間に追い詰められ、あえなくその場で息の根を止められてしまう事など想像するに難くないし、炭坑の跡地を離れて逃げ回ったとしても、ここは四方を海に囲まれた島である。どれだけ逃げたとしても結局はこの小さな島から出てしまう事は不可能なのだから、息が切れてしまった所を捕えられ、村の巨木に睾丸を縛られて吊し上げられ、息絶えるまでそのまま放置されてしまうのがオチと言うものだ。いずれにせよ、僕が手を下さなかった所で、彼を待ち受ける運命は悲惨極まりないものである事に変わりはないのである。
そう考えてしまえば、彼にはむしろ僕に感謝して貰わなければならない程だ。あんなに気持ち良さそうに僕に呑まれて行ったのだから。それに、僕に完全に呑まれてしまった後も彼は全く暴れたような形跡も残していないから、彼は絶命するに際しては、さして苦しんだとも思えない。僕が吐き出した甘い香りに心を奪われて尽くしたあまりに、幸運な事に体が溶けて行く痛みさえ彼は全く感じなくなってしまっていたらしい。……どうやら、じっくりと僕の胃袋に全身を揉まれながら、気持ち良く最期を迎えたようだ。
ただの肉の塊と化したグラエナは、それからは早いペースで消化されて行った。彼を丸呑みにした直後は随分と膨らんでいた僕のお腹も、三日、四日と時間が経過するにつれて段々と元に戻って行き……やがてグラエナの体は僕の胃袋の中で跡形もなくドロドロに溶けてしまったのか、僕の首のフサが完全に熟すまでには僕のお腹はすっかり元通りになっていた。
13/02/21 02:10更新 / こまいぬ