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連載小説
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最初の夜に【消】【下】
 ちゅばっ……ぬぷっ……ねちょ……。
 時は流れて夜。今は亡きレントラー、フローゼル、ルガルガンの三匹が大枚を叩いて建てた豪邸の寝室の中。フカフカのベッドの上に寝転がりながら、その真ん中に横たわる肉の塊を一心不乱に舐め回し続けていたのは――森の主のベロベルトと、その妻のベロニカだった。
 獲物の正体はリザードン。手を汚さずに消したい相手がいたのだろう。札束がギッシリと詰まったアタッシュケースを片手に隠れ家を訪れた彼だったが、まさか食いしん坊カップルの愛の巣と化しているとは夢にも思わなかったらしい。館へ足を踏み入れるなり、上半身を森の主のベロベルトの舌で、下半身をベロニカの舌で余すところなく舐め尽くされ、一瞬で尻尾の炎を消された彼は――あえなく二匹の餌食になってしまったのだった。
 チーズハンバーグカレーというカロリーの塊で満腹していても、世界最高の美味である竜の肉なら別腹だった。唾液の消化酵素が働きやすい気温ということもあり、さながらチョコレートのように舐め溶かされてしまったリザードンは、その肉体の大半を二匹の胃袋に収められつつあった。
 首から上、四肢、尻尾、そして二枚の翼を完全に失ってしまい、残るはビタミンとミネラルが豊富なモツが詰まった胴体だけ。それを長い舌で簀巻きにして、グイと夫の口元に近づけるベロニカ。もう私は要らないから食べて、ということらしい。森の主のベロベルトは目を輝かせる。
「えっ、いいのかい?」
 答えはイェスだった。彼女は舌を伸ばしたまま笑顔で頷く。
「やったぁ! じゃあ、遠慮なく! ……いっただっきまぁす!」
 バクンッ!
 挨拶を述べるなり、マルノームのように大きく開けた口で肉塊にかぶりつく森の主のベロベルト。舌の上で転がして、一口サイズになるまで舐め溶かしたところで――
 ゴックンチョ!
 喉を鳴らして丸呑みにするのだった。
「……ゲェェェェェップ! ごちそうさまでした! ありがとう、ベロニカ!」
 豪快なゲップと舌なめずりで満足の意を表明する森の主のベロベルト。どういたしましてと言わんばかりに、彼女はニッコリと微笑むのだった。
「そんな君にオイラからプレゼントだ! 準備はいいかい!?」
 いきなりベロニカの両肩を掴む森の主のベロベルト。彼女がドキッとした表情を浮かべた次の瞬間、うんと口をすぼめ――
 ブチュゥゥゥゥゥッ!
 下品に唇を奪い取る。あまりの恥ずかしさにカッと顔を赤くするベロニカ。目を白黒させる彼女の舌の上に、ベトベトの唾液に塗れたリザードンの胴体がヌルリと滑り込んでくる。呑み込むフリをして喉奥のベロ袋に収めていたのだった。
 どうしてこんなことを? 疑問に思う頃には唇が離れていた。口と口の間でネバーッと無数の糸を引いた唾液を舌で絡め取った彼は、その疑問に答えるため沈黙を破る。
「……たくさんの子供達に囲まれて賑やかに暮らすこと。これがベロニカの夢でしょ? オイラはウンチしか産み落とさないから気楽なものだけど、ベロニカは卵を産み落とさなきゃいけないんだ。それも何十個、もしかしたら何百個とね。きっと大変な負担になると思う。だから……遠慮なんかしちゃダメだ。もっと貪欲に食べまくって体力を付けておかなきゃ。でないと身が持たないよ?」
 粋な計らいに目頭を熱くするベロニカ。彼は優しい手つきで彼女の腹を撫で回す。
「さぁ、食べちゃえ、ベロニカ! あっ、食べるって言っても胃袋じゃなくてベロ袋に……」
 ゴックン!
 そう助言するもベロニカは躊躇なく呑み込んでしまうのだった。喉の膨らみが腹の底に消えていくのを目撃した彼は、慌てて上体を起こす。
「……って、えぇっ!? 無理しちゃダメだよ、ベロニカ!?」
 何度も背中を擦られるもケロリとした様子だった。あんぐりと大きく口を開けて、舌の上とベロ袋の中に何もないことを証明するベロニカ。間もなくして口を閉じた彼女は――
 ゴェェェェェップ!
 森の主のベロベルトにも負けず劣らずの大きなゲップで謝意を伝えるのだった。彼は感心を通り越して呆れ果ててしまう。
「ははっ、オイラより数杯も多くカレーを食べたのに、まだ胃袋に空きがあったなんて! 君の食欲には敵わないよ!」
 ゴロンと横になって羨ましそうに呟く森の主のベロベルト。彼女は得意顔で腹鼓を打ってみせるのだった。
 リザードンの全てを胃袋に収めてしまった今、すべきことは一つだけだった。ムクリと首をもたげた森の主のベロベルトは、意味ありげな視線を彼女に送る。
「さぁ、ベロニカ。ご馳走も食べ終えたことだし……ね?」
 ポッと頬を染めて恥ずかしそうに笑うベロニカ。その数秒後――彼女はコクリと頷く。
「そうこなくっちゃ! ……おいで、ベロニカ!」
 ゴロンと寝返りを打って夫に覆い被さるベロニカ。それを両手両足で受け止める森の主のベロベルト。同じ種族でも性別による違いは歴然だった。ふくよかで丸みのある体をギュッと抱き締めた彼の目から熱い涙が溢れ出す。
「あぁっ、懐かしい……! この温もりだ……!」
 その涙の理由を誰よりも知っていた彼女は力強く抱き締め返し、肉厚の大きな舌でベロンと顔を舐めて涙を拭ってやる。
 もはや言葉は不要だった。体と体を重ね合い、手と手を取り合い、唇と唇を重ね合い、ベロとベロを絡め合う二匹。カスタードプディングのように柔らかな彼女の体に全身を埋めた彼は、無上の幸せに包まれるのだった。
24/08/11 08:09更新 / こまいぬ
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