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連載小説
[TOP][目次]
雪上の死闘【下】
「出会って早々で悪いが……道を開けてもらおう。彼女に用があるのでね」
 顎を上げて、見下した目をベロベルトに向けるリーダー格のキュウコン。その要求に従った結果は火を見るよりも明らかだった。ベロベルトは両手を広げて立ちはだかる。
「ダメ! どうせ殺すんでしょ!? 彼女から話は全て聞かせてもらったよ! 君たちみたいな輩に命を狙われていることも含めてね!」
 顔を見合わせる三匹。リーダー格の一匹はチッと舌打ちする。
「貴様には関係ない話だ。我々の紛争に干渉しないでいただきたい!」
 全身の毛を逆立てた彼は歯を剥き出しにする。
「もう一度だけ言う。今度は警告だ。……道を開けろ。さもなくば力ずくで通させてもらう!」
 威嚇されるも右耳から左耳だった。親指の爪で下まぶたを引っ張った彼は、思いっきり舌を出してみせる。
「ベー、だ! ……やなこったパンナコッタ! そんなに通して欲しけりゃオイラを倒して行きなよ! もっとも、行き着く先はオイラの胃袋だろうけどね!」
 お腹をモミモミと揉みながら挑発するベロベルト。不気味な笑みを顔いっぱいに湛えたリーダー格のキュウコンは、右前に立っていた一匹に目配せする。
「愚か者め! 我々に歯向かったことを後悔させてくれるわ! ……同志ソルビン! やれ!」
「へへっ、任せとけ! ……おい、テメェ! こっちを見ろ!」
 テメェ呼ばわりされる筋合いはないんですけど! 彼はムッとしながらも言われたとおりにしてしまう。
「……って、いけない! しまった!」
「ギャハハッ! 掛かったな、アホが! これでテメェも俺様の操り人形だぁ!」
 私たちには目を合わせた相手の心を支配する能力が備わっているんです――。
 そこで彼女の言葉を思い出すも手遅れだった。あまりの脇の甘さに爆笑を禁じ得ないキュウコンたち。ベロベルトの目の前で青い瞳が怪しい輝きを放ち始める。
 勝利を確信する三匹。だが――間もなくして彼らの喜びは不安に変わる。
「おい、ソルビン! いつまで掛かっている!? さっさと仕留めろ!」
「どっ、どういうことだ……!? 何度やっても見えない壁に阻まれる……!? これは一体……!?」
 隣の一匹に急かされるも、その声は届いていないようだった。寒くないにもかかわらず、身震いしながら一歩ずつ後ずさりしていくキュウコン。やがて技を出す気力を完全に使い果たしてしまった彼は――ショックのあまりヘタヘタと座り込んでしまうのだった。
「えっ? もっ、もしかして……これで終わり? ちっとも操られている感じがしないんだけど?」
 拍子抜けにも程があった。両手両足とベロをブラブラと揺らした彼の頭に無数の疑問符が浮かぶ。疑問符が電球に変わったのは――自身の顔に塗りたくられた粘液の存在を思い出した次の瞬間だった。
「あっ、分かったぞ! 眉唾だ!」
 ベロリ、ベロリと左右の目の上を舐めるベロベルト。三匹はギョッとした顔を向ける。
「いやぁ、彼女だけど悪戯好きな子でねぇ! 別れ際にチュウする振りをしてオイラの顔を舐め回して帰って行ったんだ! まさか本当に効果があるなんて! 驚きだよ!」
「そっ、そういうことか……! あのメスガキがぁ……! 余計な真似しやがって……!」
 ソルビンと呼ばれた一匹は怒りに表情を歪ませる。
 ありゃ? これって……もしかしてチャンス!? そう思い、ベロを伸ばす時のポーズを急いで取り始める彼だったが、三匹も考えは同じだったらしい。リーダー格の一匹が声を張り上げる。
「次善の策で行くぞ! 距離を取れ!」
「あっ、ちょっ待っ……! くそぉ! もう少しだったのに……!」
 地団駄を踏んで悔しがる頃には退却を許してしまっていた。ベロが届かないギリギリの距離で低く身構える三匹。大きく開かれた彼らの口の中に――鋭い輝きを放つ青白い光球が浮かび上がる。
「そうくるか! それならオイラは……こうだっ!」
 打って変わってピンチに立たされるも冷静だった。五体と尻尾を胴体に引っ込めて肉団子になるベロベルト。そのまま雪原の上を転がり始めた彼は――
「それそれそれそれぇぇぇぇぇぇっ!」
 同じ場所をグルグルと回りながらトップスピードまで加速していく。回転の力を利用して攻撃を弾き返そうという魂胆だった。
「ふははっ、無駄な足掻きよ! ……凍え死ぬがよい! れいとうビーム!」
 そんな渾身の作戦も三匹の目には姑息な手段としか映らなかった。リーダー格の一匹の号令と共に各々の口から青白い光線が発射され――濛々と雪煙を上げながら円運動を続けていたベロベルトに直撃する。
「ぬわぁぁぁぁぁっ!?」
 寒い! あと冷たい! その二言に尽きた。氷の張った湖に沈められたような感覚に襲われるベロベルト。だがしかし――
「くぅっ……! いけるぞぉ! このまま転がり続けさえすれば大丈夫!」
 同時に感じたのは、決して耐えられない寒さでもないということだった。猛吹雪の真っ只中で彼は一縷の希望を見出す。
「うおぉぉぉぉぉっ!」
 あとは気合だった。というよりも、それしか残されていなかった。体表に付着した氷の塊を粉々に粉砕しながら猛スピードで転がり続けるベロベルト。射撃を続ける三匹の顔に焦りの色が浮かび始める。
「もっ、もっと出力を上げろ! 効いていないぞ!」
 リーダー格の一匹の指示に従って限界まで能力を発揮するも――結果は一緒だった。一匹、また一匹とエネルギーを撃ち尽くし、ビームの本数を減らしていくキュウコンたち。やがては最後の一本も立ち消えとなり、凍死させることはおろか、満足にダメージを与えることすらできずに終わってしまうのだった。
 攻撃が止むと同時にブレーキをかけて停止するベロベルト。引っ込めていた五体と尻尾を元に戻して仁王立ちになった彼は、三匹に向かって胸を張ってみせる。
「残念でした! そりゃ効くワケないでしょ! 贅肉という名の防寒着を何十枚も重ね着したオイラに氷の技なんかね! あははっ、デブって最高!」
 見事な肉体美を揺らして見せつけた彼は、挑発するかのようにベロリと舌を垂らすのだった。
「ぐぬぬぅ……! 脂肪の塊ごときが調子に乗りおってぇ……!」
 キュウコンたちが頭に血を上らせたのは言うまでもなかった。傍らの木の幹に前足のナイフをグサリと突き立てるリーダー格の一匹。腰を抜かしたベロベルトは後ろ向きに倒れ込んでしまう。
「なっ……なんて物騒なもの身に着けているのさ!? 君……というか君たち!?」
 よくよく目を凝らすと、残る二匹の足にも同じものが装着されていた。そこで彼はハッと気が付く。
「わっ……分かったぞ! 彼女の話にあった二度目の戦いで大勢の死者が出た理由! 汚い手を使ったからだ! この卑怯者め! ズルをして勝って嬉しいかい!?」
 あまり偉そうなことを言える立場にない彼ですらドン引きするレベルだった。リーダー格の一匹を指差した彼は舌鋒鋭く糾弾する。
「ふははっ、嬉しいに決まっているではないか! ずるい、卑怯は敗者の戯言! 勝てばよかろうなのだ! 貴様も小娘の兄姉みたくバラバラにして冥土へ送ってやる! ……行けい! 同志ヨンハ、ソルビン! あの醜悪な山椒魚を八つ裂きにしてしまえ!」
 が、そんな言葉を気に病む者ではなかった。清々しいまでのクズっぷりを遺憾なく披露したリーダー格の一匹は、引き抜いたナイフを高々と振り上げる。
「承知!」
「へへっ、最初からそう言えっての!」
 口々に返事をして力強く大地を蹴る二匹のキュウコン。反撃されてもベロごと斬り捨てるまでだった。彼らは目にも留まらぬ速さで距離を詰め始める。
 一方のベロベルトはといえば――不用意にも両足を投げ出したままの状態だった。危機感など微塵もない様子で尻尾の付け根に手を伸ばすベロベルト。折り畳まれた手配書の下から非常食のオボンの実を引っ張り出した彼は、それをポイと口の中に放り込む。
「ヒャハハハハァ! それがテメェの最後の晩餐だ! 心して食いやがれ!」
 笑い声を上げた一匹を横目で見ながらゴクンと呑み下すベロベルト。舌なめずりをした彼はニッと口角を吊り上げる。
「ふふっ、今のはアペタイザー! メインディッシュは君たちさ! まだまだ晩餐はこれからだよ!」
 ブチィッ!
 その言葉に怒りを爆発させ、少し早いタイミングながらステップを踏んで大ジャンプした二匹は――錐揉み回転しながら般若の形相でベロベルトに襲いかかる。
「その生意気な口を二度と叩けなくしてやらぁ! ……死にさらせぇぇぇぇぇっ! トリプルアクセルゥゥゥゥゥゥッ!」
「……食っちゃ寝しながら磨きに磨き抜いたオイラの必殺技! とくと味わうがいいさ!」
 ネバーッとした臭い唾液で溢れ返る不潔な口を大きく開き、巨大な胃袋に全神経を集中させるベロベルト。三連続の回し蹴りが脳天を直撃する寸前で噴門を開き、そして――
「ゲェェェェェップ!」
 濃い紫色をした超高圧の消化ガスをぶちまける。
「ほぎゃぁぁぁぁっ!?」
「あばぁぁぁぁぁっ!?」
 全身に爆風を浴びてボロ雑巾と化す二匹。衝撃で空高く打ち上げられ、そして重力に引かれて真っ逆さまに落ちていき――降り積もった新雪に頭から突き刺さって犬神家になる。
「ぐっ……臭いっ……! はっ、鼻が……曲がる……!」
「がはぁっ……! どっ、同志オルム……助けて……!」
 全身を毒に冒された苦しみのあまり転げ回るキュウコン達。やがて――喉の奥から何かが込み上げてくる感覚を抱いた二匹は、一様に口を膨らませて涙目になる。
「うぶっ……!」
「んぐっ……!」
「あははっ! ゲロゲロ吐いて楽になっちゃえ! そういうのは我慢しない方がいいよ!」
 両前足で口に栓をして耐えるも無駄な足掻きだった。ベロベルトの甘い言葉にトドメを刺された二匹は――
「ゴボボボボォッ!」
「オロロロロォッ!」
 その場に鮮血、もとい胃袋の中身を勢いよく吐き散らかしてしまうのだった。
「どっひゃあ! 凄い量! 朝ごはん食べたばっかりだったろうにゴメンよ!」
 一抹の申し訳なさを覚えたベロベルトは、両手を合わせてペコリと頭を下げる。
 残る気力も一緒に吐き出してしまったらしい。口の奥から何も出てこなくなると同時に目を回した二匹は、そのままバタリと仰向けに倒れて失神してしまうのだった。
「あっ……ああ……!」
 仲間を全滅させられ呆然自失で立ち尽くす最後の一匹。忍び足で迫ってくるベロベルトの姿など目に入る筈がなかった。
「いけるぞ! この距離なら……!」
 間合いに入ったところで立ち止まって肩幅に足を開き、たっぷりと脂肪のついた大きな尻を突き出して前屈みになるベロベルト。両手を高々と挙げ、うんと顎を引いて口を半開きにし、限界までベロを伸ばす姿勢をとった彼は――勝利を確信する。
「あっ、いけないんだ! 勝負の最中に脇見なんかして! 次は君がゲロゲロする番だよ! ……そぉれ! ベロォォォォォン!」
「んなぁっ!? しっ、しまったぁ!」
 ハッと我に返った頃には、鎌首をもたげたピンク色の大蛇が目の前まで迫っていた。無防備にも大きく口を開けてしまうキュウコン。それを目ざとく見つけたベロベルトは――口の中めがけてズブリと舌をねじり込む。
「……がっ、んごぉっ!?」
 訳も分からず目を白黒させるキュウコン。逃げられないよう喉奥まで舌を挿入したベロベルトは声を弾ませる。
「もぉ! ダメじゃないか、君! 朝ごはん食べた後は歯を磨かなきゃ! エチケットだよ! ……って、一度も口の中を清潔にした事のないオイラに偉そうなことを言う資格はないんだけどね! あははっ!」
 知りたくなかった残酷な事実を聞かされて大暴れするも、ベロの力には遠く及ばなかった。赤子の手をひねるかのようにキュウコンを押し倒した彼は、相手の口の中をグチュグチュと舌先で掻き回し始める。
「じゃあ、もう始めちゃっているけど……これから君のこと味見していきまぁす! まずはこの獣臭い口の中からだね!」
 あぁっ、助けて……! お願い、神様……! 涙を流しながら祈りを捧げるも、戦争犯罪に前足を染め続けながら反省の色もない彼らに、島の神々が微笑みかける筈もなかった。彼の祈りは呆気なく突っぱねられる。
 無情にも口の中を汚い臭いで塗り潰されてしまうキュウコン。舐め尽くされると同時にズボッと舌を引き抜かれた彼は、弾かれたような勢いで四つん這いの姿勢になり――盛大に嘔吐き始める。
「おっ……おおっ……!」
 胃の中がひっくり返ったような気持ち悪さには抗いようがなかった。頬をパンパンに膨らませた彼は白目を剥く。
「ふぐっ……!」
「それーっ! ゲロゲロ吐いちゃえーっ!」
 ハンドパワーを送るベロベルト。その一言で心をへし折られ、そして――
「オエエエエェッ!」
 狐なのに獅子とはこれいかに。汚いマーライオンと化してしまうのだった。
「あはぁっ、エンガチョー! 落ち着くまで待っていてあげるから焦らなくていいよ! ごゆっくりどうぞ!」
 こんな状態の相手に勝っても嬉しくなかった。そそくさと喉奥にベロを引っ込めた彼は恭しく頭を下げる。顔を上げた先にあったのは――ふらつく足取りで逃げていくキュウコンの姿だった。
「ちょっ……ちょっと、君!? どこ行くんだい!?」
 仲間を見捨てるなど想定外だった。彼は大慌てで例のポーズを取り直す。
「させるものかっ! ベロォォォォォン!」
 どうか間に合ってくれ! 祈るような気持ちで舌を伸ばすベロベルト。背中まで数メートルの距離に迫ったところで、彼は一つの結論に辿り着く。
「ダメだ、あと少しで届かない……!」
 何か……何か名案は……!? 真っ白になった頭を必死に働かせるベロベルト。やがて彼は名案ならぬ迷案を思い付く。
「えぇい、ままよ! ……届けぇぇぇぇぇっ!」
 それは早い話が前のめりに倒れることだった。舌を伸ばし切ると同時に雪原へダイブするベロベルト。本当に、本当にギリギリの距離だった。雪に顔を埋める直前――彼はキュウコンの右後足をベロで絡め取ることに成功する。
「……ぶふぅっ!?」
「……えへへっ! つっかまーえた!」
 バランスを崩して雪原に顔から突っ込んでしまうキュウコン。後は竿にかかった獲物を釣り上げるだけ。起き上がった彼はグルグルと舌を巻き取り始める。
「……あぁっ! ああぁぁぁぁっ!」
 何かに縋り付こうとするも、そこは一面の銀世界。うつ伏せの状態で滑走し続けた彼は――呆気なくベロベルトの前に引き寄せられてしまうのだった。
「ひっ……ひぃっ! たっ、頼む! 勘弁してくれっ! 見逃してくれた暁には……んむむっ、んむむむむむぅ!?」
 腰砕けになりながら懇願するも、返ってきたのは濃厚な舐め回し攻撃だった。首から上を舐め尽くされた彼は背中から崩れ落ちる。
「……だぁめ! 勘弁してあげない! 君みたいに平気で仲間を見捨てて逃げ出すような卑怯者なんか絶対にね! 大人しくオイラのゴハンになるがいいさ!」
 白い毛だらけになったベロを左右に揺らしながらキッパリと言い放つベロベルト。腕組みをした彼は興味深そうに相手を見つめる。
「それはそうと……あんまり痺れていない感じだね? ひょっとして体質かい? 何か心当たりある?」
「しっ……知らない……!」
 こうして会話できていることが何よりの証拠だった。キュウコンは肩で息をしながら吐き捨てる。
「ちぇっ、冷たいなぁ! 少しは考えてよ! ……まぁ、痺れるまで舐め回すだけだから関係ないけどね、あははっ!」
 ジリジリと距離を詰め始めるベロベルト。己の運命を察したキュウコンは尻餅をついたまま後ずさる。
「やっ、やだっ! 来ないでっ! お願いします! もっ、もう舐めないでぇ……!」
 前足を合わせて涙ながらに訴えるものだから吹き出さずにはいられなかった。両腕でバツ印を作った彼は意地悪な顔をする。
「嫌でぇす! 舐めるに決まっているでしょ! なめまわしポケモンだもの! というワケで……!」
 もう待ちきれなかった。舌なめずりした彼の口から大量の涎が溢れ出る。片手で口元の涎を拭い、そして――
「ベトベトのネバネバになっちゃえーっ! ベロベロベロベロォォォォォン!」
 真っ白な毛皮に覆われた腹にベロを押し付け、間抜けな掛け声と共に全身を舐め回す。筆舌に尽くしがたい不快感と羞恥心のあまり、頬を真っ赤に染めて身をよじらせた彼は――
「いやぁぁぁぁぁっ! やめてぇぇぇぇぇっ!」
 耐えきれずに女の子のような悲鳴を上げてしまうのだった。
 舐めて舐めまくり続けること数十分あまり。いまや九本の尻尾を含む全身の毛皮がふやけてしまった後だった。腹部と雪原の間にベロを差し込んで獲物をひっくり返した彼は、上々の出来栄えに満足そうな笑みを浮かべる。
「えへへっ! 久々に楽しませてくれてありがとう! 毛深い子は舐め回し甲斐があって良いものだよ!」
 まじまじと獲物を観察するベロベルト。やがて彼は相手の体の一点を指差す。
「でも、ここを舐めずに終わっちゃうのは残念でならないねぇ。その前足だけど……ちょっと動かしてもらっていい!?」
「ひっ……!」
 まだ辛うじて意識は残っていた。局部を隠し直したキュウコンは竦み上がってしまう。
「……って、言っても聞いてくれないだろうから動かしちゃいまぁす! ちょっと失礼するよ!」
「えっ? ちょっ、まっ……やめっ、やめて……! そっ、そこだけは……!」
 抵抗しようにも体に力が入らなかった。ベロの一振りで右の前足を払われ、続けざまに左の前足も払われてしまうキュウコン。あられもない姿にされてしまった彼は顔を真っ赤に染め上げる。
「……ぷぷっ! ちっちゃ! まぁ、大方の予想はついていたけどね! 卑怯者にはピッタリの大きさだよ、あははっ!」
 笑いものにされてしまった彼は静かに涙を流し始めるのだった。
 そんな相手のことなど知らん振りで舌を伸ばすベロベルト。小ぶりなキュウコンに最後の瞬間が訪れる。
「これでトドメだぁっ! ベロォォォォォン!」
「ぎゃぁぁぁぁぁっ!」
 きんのたま――暗殺専門の工作員である彼が鍛えずに放置してきた唯一、もとい唯二の部分だった。そんな急所に十万ボルトの高圧電流を浴びせられたのだから堪らない。思い切り舐め上げられると同時に断末魔の叫びを上げた彼は、グルグルと目を回して気絶してしまうのだった。
「いやっほぉぉぉう! どんなもんだい! 返り討ちだ!」
 大勝利だった。両拳を高々と掲げたベロベルトは歓喜の雄叫びを上げる。
「さぁ、食べよう! まずは卑怯者の君からだ!」
 緊張から解放されて最初に感じたのは食欲だった。腰から隙間なく螺旋状にベロを絡めていって、仕留めたばかりの獲物を簀巻きにして持ち上げた彼は、前後の足に装着されたままの凶器を一本ずつ取り外していく。
「こんな物騒なものは捨てた、捨てた! 武器よさらば、っと!」
 四本まとめてポイと放り投げたら後は食べるのみ。静かに目を閉じて両手を合わせ、そして――
「いっただっきまぁぁす!」
 食前の挨拶を述べると同時に獲物にかぶりつき、巻き付けた舌ごと口の中に引きずり込む。
 体の隅々まで舐め尽くしたお陰で舌触りは抜群。その感触を楽しみながら喉へと運んでいき、一噛みもすることなく丸呑みにするのだった。大きな獲物を胃袋に収めた彼は幸せな気分に包まれる。
「あぁっ、最高! ……お次は君たちだ! そぉれ、ベロォォォォォン!」
 まだまだ満腹には程遠かった。くるりと方向転換するなり舌を伸ばすベロベルト。大の字で倒れていた二匹をまとめて絡め取った彼は、さっきと同じ要領で足のナイフを取り外して投げ捨てる。
 こうして一度に何匹も食べられるのは半年ぶりだった。二匹を左右の脇に挟んだ彼は、両者の頭を愛おしそうに撫で回す。
「ソルビン君にヨンハ君だね! で、さっき食べたのがオルム君だ! それじゃあ、名前も覚えたことだし……!」
 左右の手で首根っこをむんずと掴んだ彼は、二匹の顔を目の前まで持っていき――
「改めまして、いっただっきまぁぁす!」
 バクンッ!
 大きな口で二匹の頭を咥え込み、歯のない顎で何度も噛み付きながら喉の奥へと引きずり込んでいく。腰まで呑み込んだ時点でベロ袋をギュッと絞り、二匹を唾液の沼で溺れさせた彼は、鼻から大きく息を吐き出し――
 ジュルッ! ジュルジュルジュルルルッ! ジュルルルルンッ!
 麺を食べるかのように十八本の尻尾と四本の後ろ足を啜り取る。
 よく手入れされた尻尾をベトベトに汚し尽くす背徳感が堪らなかった。全身に満遍なく唾液を行き渡らせるべく、モグモグと咀嚼すること数十回あまり。二匹が唾液に塗れたのを感じ取った彼は、ピタリと口の動きを止めて空を仰ぎ、そして――
 ゴックンチョ!
 大きく喉を波打たせ、二匹まとめて丸呑みにするのだった。満腹した彼は背中から雪にダイブする。
「……ぶっはぁぁぁぁぁっ! いやぁ、大満足! ごちそうさまでした!」
 山のように膨らんだお腹に両手を合わせて一礼するベロベルト。ボリューム満点のランチを堪能して食べたくなったのは甘い物だった。溢れる涎をゴクンと飲み下した彼は、キュウコンの少女から貰った贈り物を思い出す。
「そうだ、アイスクリームを食べよう! お肉たっぷりの食事だったからヨーグルトも食べなきゃ! 散歩は……うん! 明日から頑張ればいいや!」
 そうと決まれば善は急げだった。迷うことなく五体と尻尾を胴体に引っ込めて大玉になるベロベルト。たった数十分あまりで妥協してしまった彼は、自宅に向かって全速力で転がっていったのだった。
24/08/11 07:51更新 / こまいぬ
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