不幸中の幸い
「はぁぁ……獲物は見つからない、おまけにウンチは出ない。最悪の一日だったなぁ……」
時は流れて夕方、広大な樹海に夜の帳が下りる頃。自身が往来することで踏み固められた森の獣道をトボトボと歩いていたのは――昨日にエーフィを丸ごと一匹ペロリと平らげた食いしん坊のベロリンガだった。
狩りの結果は今まさに独り言ちたとおり。朝から夕方まで粘って虫ポケモンの一匹にすら出会えなかったのだった。大便になっても重たいままのエーフィに辟易しながら歩き続けるベロリンガ。これで何回目になるか分からない溜め息を吐いた彼は、憂鬱そうな目で空を見る。
「これは一雨ありそうだぞ……」
どんよりとした厚い雲に覆われた空を眺めてボソリと呟くベロリンガ。次の瞬間――雲の中を稲光が走り、地響きのような雷鳴が森中に轟き渡る。顔を引きつらせた彼は鈍足を飛ばして走り出す。
「やっ、やばいっ! 急がないと!」
ましてや濡れ鼠になどなりたくなかった。が、住処までの道のりを半分も行かないうちに――
ピチャッ!
「あっ」
大粒の水滴が脳天に落ちてきて弾ける。お次は眉間だった。ポカンと開いた大きな口の中にも何粒か飛び込んでくる。早くも降り出してしまったのだった。
「えぇっ!? もう!? ……せっ、せめて本降りになる前に!」
そう叫んでスピードを上げるも――
……ザァァァァァッ!
あっという間に雨足は強くなり、バケツをひっくり返したような土砂降りになる。まさに泣き面にスピアー。両手で頭を隠した彼は自らの不幸を嘆かずにはいられない。
「そんなぁ、勘弁してよぉぉぉぉぉっ! ああっ! いったい今日のオイラはどこまでツイてない……」
ピシャッ、ドガァァァァァンッ!
「ひぃぃぃぃぃっ!?」
そこで彼の声は悲鳴に変わる。眩いばかりの閃光と耳をつんざく爆音で視覚と聴覚を奪われ、衝撃波で吹っ飛ばされるベロリンガ。仰向けに倒れた拍子に後頭部を地面に打ち付けた彼の目から火花が飛び散る。すぐ近くで落雷があったのだった。
「いっ、いててて……」
ぶつけた部分を手で擦りながら上体を起こすベロリンガ。やがて視覚を取り戻した彼の目に飛び込んできたのは――驚くべき光景だった。彼は度肝を抜かれてしまう。
「うっ……嘘でしょ!?」
そこに雷が落ちたとみて間違いなさそうだった。ほんの数メートルの場所に立っていた大木が真っ二つに裂け、メラメラと炎を上げて燃えていたのである。大雨のため燃え広がる心配はなかったが、あと少しでもタイミングが悪ければ自身が黒焦げになっていたに違いなかった。背筋を凍らせた彼は即座に立ち上がり、頭の痛みも忘れて全速力で駆け始める。
「はぁっ……はぁっ……はっ、早く帰らなきゃ……!」
早くも一面のぬかるみと化していた地面に足が取られて走りにくい上、恰幅の良い体つきをした彼にとっては地獄のような苦行だった。痛いほど心臓を高鳴らせ、息も絶え絶えになりながら足を動かし続けるベロリンガ。それでも何とか長い坂道を登り切り、あとは住処の洞窟まで続く平坦な一本道を突っ切るだけだった。その入口が見えるか見えないかくらいの距離にまで達して愁眉を開きかけた次の瞬間――
「あの、すみません!」
若い男性の声に呼び止められた彼は急ブレーキを掛けて立ち止まる。
「うん? 誰かな?」
後ろを振り返って声のした方向を凝視するベロリンガ。あと少しでも暗かったら闇に紛れてしまって正体が分からなかったことだろう。彼の目の前に佇んでいたのは、漆黒の毛皮、深紅の目、長く尖った楕円形の耳と尻尾、そして全身のあちこちに散りばめられた黄色いリング状の模様が特徴的な四つ足のポケモン――ブラッキーだった。
特筆すべきは昨日のエーフィと同じく丸々と肥え太っているということ。どうやら野生の個体ではないらしい。彼はニッコリと微笑みかける。
「やぁ、こんばんは! この辺りじゃ見かけない顔だね? その様子だと雨宿りする場所がなくて困っているみたいだけど?」
ずぶ濡れの状態からも明らかだった。よく太ったブラッキーは懇願するような目で頷く。
「じっ、実はその通りでして! どこか良い場所はありませんか!?」
「あぁ、それなら」
ベロリンガは自身の背後を指差す。
「オイラの家とかどう? まぁ、家といっても洞窟だけどね。そこで構わないのなら案内するよ?」
「えっ、いいんですか!?」
目を丸くするブラッキー。ベロリンガは笑顔で首を縦に振る。
「もちろん! 遠慮しないで!」
たちまちブラッキーは表情を明るくする。
「たっ、助かった! 何とお礼を申し……」
ドドォォォォォンッ!
「うわっ!?」
そこで再び近くに雷が落ちる。フラッシュと轟音に驚いて尻餅をついてしまうブラッキー。そんな彼の目の前に桃色をした指のない手が差し出される。
「話は後にしよう! さぁ、立って! オイラについてくるんだ!」
「すっ、すみません! ありがとうございます!」
前足を引いて起き上がらせるなり回れ右をして駆け出すベロリンガ。それを少し遅れて追いかけ始めるブラッキー。やがて洞窟の入口を視界に収めたベロリンガの顔に不敵な笑みが浮かぶ。
「……えへへっ! 今日のオイラは最高にツイてるぞ!」
小声で呟いた彼はジュルンッと舌なめずりをするのだった。
時は流れて夕方、広大な樹海に夜の帳が下りる頃。自身が往来することで踏み固められた森の獣道をトボトボと歩いていたのは――昨日にエーフィを丸ごと一匹ペロリと平らげた食いしん坊のベロリンガだった。
狩りの結果は今まさに独り言ちたとおり。朝から夕方まで粘って虫ポケモンの一匹にすら出会えなかったのだった。大便になっても重たいままのエーフィに辟易しながら歩き続けるベロリンガ。これで何回目になるか分からない溜め息を吐いた彼は、憂鬱そうな目で空を見る。
「これは一雨ありそうだぞ……」
どんよりとした厚い雲に覆われた空を眺めてボソリと呟くベロリンガ。次の瞬間――雲の中を稲光が走り、地響きのような雷鳴が森中に轟き渡る。顔を引きつらせた彼は鈍足を飛ばして走り出す。
「やっ、やばいっ! 急がないと!」
ましてや濡れ鼠になどなりたくなかった。が、住処までの道のりを半分も行かないうちに――
ピチャッ!
「あっ」
大粒の水滴が脳天に落ちてきて弾ける。お次は眉間だった。ポカンと開いた大きな口の中にも何粒か飛び込んでくる。早くも降り出してしまったのだった。
「えぇっ!? もう!? ……せっ、せめて本降りになる前に!」
そう叫んでスピードを上げるも――
……ザァァァァァッ!
あっという間に雨足は強くなり、バケツをひっくり返したような土砂降りになる。まさに泣き面にスピアー。両手で頭を隠した彼は自らの不幸を嘆かずにはいられない。
「そんなぁ、勘弁してよぉぉぉぉぉっ! ああっ! いったい今日のオイラはどこまでツイてない……」
ピシャッ、ドガァァァァァンッ!
「ひぃぃぃぃぃっ!?」
そこで彼の声は悲鳴に変わる。眩いばかりの閃光と耳をつんざく爆音で視覚と聴覚を奪われ、衝撃波で吹っ飛ばされるベロリンガ。仰向けに倒れた拍子に後頭部を地面に打ち付けた彼の目から火花が飛び散る。すぐ近くで落雷があったのだった。
「いっ、いててて……」
ぶつけた部分を手で擦りながら上体を起こすベロリンガ。やがて視覚を取り戻した彼の目に飛び込んできたのは――驚くべき光景だった。彼は度肝を抜かれてしまう。
「うっ……嘘でしょ!?」
そこに雷が落ちたとみて間違いなさそうだった。ほんの数メートルの場所に立っていた大木が真っ二つに裂け、メラメラと炎を上げて燃えていたのである。大雨のため燃え広がる心配はなかったが、あと少しでもタイミングが悪ければ自身が黒焦げになっていたに違いなかった。背筋を凍らせた彼は即座に立ち上がり、頭の痛みも忘れて全速力で駆け始める。
「はぁっ……はぁっ……はっ、早く帰らなきゃ……!」
早くも一面のぬかるみと化していた地面に足が取られて走りにくい上、恰幅の良い体つきをした彼にとっては地獄のような苦行だった。痛いほど心臓を高鳴らせ、息も絶え絶えになりながら足を動かし続けるベロリンガ。それでも何とか長い坂道を登り切り、あとは住処の洞窟まで続く平坦な一本道を突っ切るだけだった。その入口が見えるか見えないかくらいの距離にまで達して愁眉を開きかけた次の瞬間――
「あの、すみません!」
若い男性の声に呼び止められた彼は急ブレーキを掛けて立ち止まる。
「うん? 誰かな?」
後ろを振り返って声のした方向を凝視するベロリンガ。あと少しでも暗かったら闇に紛れてしまって正体が分からなかったことだろう。彼の目の前に佇んでいたのは、漆黒の毛皮、深紅の目、長く尖った楕円形の耳と尻尾、そして全身のあちこちに散りばめられた黄色いリング状の模様が特徴的な四つ足のポケモン――ブラッキーだった。
特筆すべきは昨日のエーフィと同じく丸々と肥え太っているということ。どうやら野生の個体ではないらしい。彼はニッコリと微笑みかける。
「やぁ、こんばんは! この辺りじゃ見かけない顔だね? その様子だと雨宿りする場所がなくて困っているみたいだけど?」
ずぶ濡れの状態からも明らかだった。よく太ったブラッキーは懇願するような目で頷く。
「じっ、実はその通りでして! どこか良い場所はありませんか!?」
「あぁ、それなら」
ベロリンガは自身の背後を指差す。
「オイラの家とかどう? まぁ、家といっても洞窟だけどね。そこで構わないのなら案内するよ?」
「えっ、いいんですか!?」
目を丸くするブラッキー。ベロリンガは笑顔で首を縦に振る。
「もちろん! 遠慮しないで!」
たちまちブラッキーは表情を明るくする。
「たっ、助かった! 何とお礼を申し……」
ドドォォォォォンッ!
「うわっ!?」
そこで再び近くに雷が落ちる。フラッシュと轟音に驚いて尻餅をついてしまうブラッキー。そんな彼の目の前に桃色をした指のない手が差し出される。
「話は後にしよう! さぁ、立って! オイラについてくるんだ!」
「すっ、すみません! ありがとうございます!」
前足を引いて起き上がらせるなり回れ右をして駆け出すベロリンガ。それを少し遅れて追いかけ始めるブラッキー。やがて洞窟の入口を視界に収めたベロリンガの顔に不敵な笑みが浮かぶ。
「……えへへっ! 今日のオイラは最高にツイてるぞ!」
小声で呟いた彼はジュルンッと舌なめずりをするのだった。
24/08/11 07:13更新 / こまいぬ