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連載小説
[TOP][目次]
「え……ど、どういうことっ!」
配達を終え、ようやく自宅に戻り一夜を明かした私は覚醒とともに
戦慄を植え付けられた。
自分の故郷が火の手に襲われている。
多くの民家が強勢の火炎に晒され、崩れていく。
そして……人の声が聴こえない。
生気も感じられず、静寂を突き崩すのは建物を容赦なく灼く業火の息吹。
ーた、助けてくれぇ!ー
今のは人の声だ。
自宅の二階にいても悟る事が出来た。
そして、気に留めている事が一つ。
父や母が居ない事ー
最悪のシナリオを胸から掻き消す様に、階段を駆け下りた。
とにかく、人の気配がしない。
小さな村とは言え、村の中では村人全員が睦まじく活気に溢れていた筈。
それなのに……今ではこの静寂。
一階にも両親は居ない。
一縷の不安はさらに募るばかり。
薄暗い一階を駆け、紅い光の漏れる玄関を突っ切った。
「だ、誰かっ!!」
私は言葉を失った。
村のシンボルだった巨大な桜はすでに火の手が廻り、業火の桜となっていた。
それだけではなかった。
その桜は凡そ8mは超えている筈、しかし、その黒い生物はそれを超え、目測10mか。
狐……と、言いたい所だがそれが’狐’と呼べる存在なのかは分からない。
狐であれば獣。体毛を纏っている筈。
しかし、目前の狐はそれを纏っている気配はなかった。
毛のような長細いものも、ボリュームのある体毛感も、体毛量の凹凸感も。
獣である特徴を何一つ感じ取る事が出来なかった。
こう……のっぺりとした平面感しか感じる事が出来なかった。
さらには、尻尾が1、4、7、9……その数20。
狐どころではない。妖怪の類いか。
現実離れしたその存在に、私は目を奪われ現実を忘却してしまう。
村を嘲笑う様に灼いていく業火を映す、灼熱の紅獣眼が私を射抜く。
今、思案している考えすら見透かされる程の深い視線。
それだけで殺せそうな程に研ぎ澄まされた狂気。
「うあぁぁあっ!」
断末魔に等しい男性の声で現実を取り戻す。
その’狐’の平面のような腹部に男性が居た。
’居た’という表現は間違いかもしれない。
狐の腹部に波紋を広げ、およそ半身がその腹に取り込まれていた。
ズプズプと何かが沼に取り込まれていくような生々しい音を奏でながら。
狐はと言うと、その取り込まれる男性を卑下し満面の笑みを浮べていた。
残虐な、死神のような黒い、邪な笑みを。
「〜〜〜〜〜〜〜!」
何を思ったのか狐は一気に前肢で男性を押し込めた。
一層大きな波紋を波打たせながら、男性は完全に取り込まれ狐の腹に消えた。
この時、漸く’逃走’という回路が成り立った。
一瞬、ほんの刹那。その刹那、意識を切った時……目前に居た筈の狐が消えていた。
「余は影(えい)。漸く逢えたな。余の宿り主」
耳元に声。
低く、渋い声。だが、十分な重みがあり、恐怖を掛け合わされては身動き一つすら封じられてしまう。
影と名乗る狐の言葉。
真っ白な頭で何度も反芻された。
宿り主……?
「こ、この状況は……私のせい……?」
影はこう言った。宿り主。
つまり、この妖怪を故郷に招いたのは私ー
「ご名答。余はお前が考えている事は手に取る様に分かっているぞ?」
さらに声が耳に近寄った。
ねっとりと口腔を舐め回すような音を混ぜ込み、声を潜ませ
より、恐怖心を煽ってくる。
これが恐怖に支配された状態なのか。
体の自由が利かず、後ろの影の姿さえ捕らえようと振り向く事すら出来ない。
「お前……両親に楽させてやりたいのだろう……?」
「え……?」
「ふふ、驚いているな。心を覗かせてもらったぞ。配達道中でな」
私の中で雷光のような衝撃が駆け巡った。
こいつの正体はあの時の黒い小狐だった言うのか。
パンを受け取って可愛らしく食べていたあの小狐か。
ならば何時、私に取り憑いたー
「余は影だ。一夜を共にした後、お前の影になっていた」
「っ!」
「余は常人には見えん。見えたお前が不運だったのだ」
すべては私が引き金。見えない筈の影が見えたせいで……
触れなければ良い存在に手を出してしまったが為に……
「お前の両親はすでに楽になっているぞ?」
「え……ぁ……嫌、嫌ぁっ」
「余の胃袋でな」
苦しみや貧しさから解放されるには
幸福を勝ち取るか、’死’を選ぶか。
他にも方法は用意されていたかもしれない。
しかし、私の家庭ではその二つしか用意されていなかった。
父も母も、私さえ苦しい日常には屈しなかった。
決して裕福では無かったものの、生活には確かな充実感を感じる事は出来た。
ようやく幸福が追いついてきたのだ。
ようやく……ようやく……これからだと言う時に
この現実、喰い殺された両親。
「お前も後を追うか?」
私の細首……項に生暖かい吐息が吐きかけられた。
それは質量を持った様に重く、首廻りに纏いついた。
決して冷たい筈ではないのに、吐かれた吐息は私から熱を奪い絶望を植え付ける。
木々の焦げる臭い、すでに事切れた死体が灼き焦げる嫌悪な臭い。
それすら忘れさせる、鼻を灼き、喉も胸も灼く。
心臓を鷲掴みにされる危険な薫り。ー死の匂いー
「いや、只喰うも興醒めだ。ほら、逃げろ」
背面から前肢が体を突いた。
前方へと進行するベクトルに抵抗する力もなく
自然と前に一歩、足が出た。
それを切っ掛けに体が、恐怖と言う戒めから解き放たれる。
恐怖は未だに拭えていない。
ただ、縛られる程の恐怖ではなくなったと言う事だ。
幾分か自由を取り戻した体で身を翻す。
しかし……そこに妖狐は居なかった。
ーほらほら……逃げなければ喰ってしまうぞ?ー
「っ……いやぁぁぁぁあっ!」
その言葉もまた、切っ掛けだった。
あまりの現実離れに、私の頭も現実を超えてしまい
これが空想とでも頭が緊急回避を行っていたようだ。
影が陰湿に紡いだ言葉が、警鐘を鳴らした。
 ー故郷を破滅に導いた、この妖狐から逃げろー と。
火をつけられた獣の様に足を稼働させ
私はその場から脱兎の如くに駆け出した。
「一夜、逃れたら……お前は見逃してやる」
12/04/17 09:30更新 / セイル
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