弐
グツグツと鍋中のスープが程よく煮え立っている。
積み重ねた薪に火打石で着火し、水を張った鍋を沸騰させる。
そこに、南瓜のペーストを溶かし込みソーセージを細切れにし混ぜ合わせた質素な料理。
元々、私たちの暮らしは貧しい。
本来ならこのような寝具を必要とする配達など請けはしないのだが
配達先は城下町。
配達の報酬として幾分かの金貨がもらえる筈だ。
お金を貰う事で両親を助ける事が出来る。
父は重労働でありながら、賃金は格安だった。
そのために毎日、夜分に蒼白で帰宅しては
朝早く、仕事に駆り出される。
体調を崩す事も屡々。しかし、休めば家庭が危うくなる。
最早、命を削るような真似をして、家族を養う為のお金を稼ぐ。
そんな痛々しく、疲労困憊な父を見るのは私は嫌悪していた。
せめて、体を整える期間位は確保してやりたい。
この配達の……報酬で。
金貨一枚でも貰えれば、父の仕事は少なくとも一ヶ月は休暇を取れる。
それに当てても、十分にお釣りは来る。
「父さん……きっと成功させるからね……」
私は煮だった熱々の南瓜スープを柔らかい母手作りのパンにつけ、口に頬張る。
香ばしい小麦の香りに酵母菌の発酵で柔らかく膨らんだパン。
歯触りの良い柔らかさに、甘みのある南瓜のスープ。
さらに、旨味たっぷりのソーセージの肉汁が甘みの下に身を潜め
油断した頃に強烈な刺激をプレゼントしてくれる。
「キュゥ……」
と、不意に可愛らしい声を耳が捕らえた。
音源は近い……足下に’それ’は居た。
辺りは夜の帳が落ち、暗闇であり焚き火のお陰で
暖かみのある淡い焔が照らしてくれるために、その生物に気付く事が出来た。
闇夜に溶けてしまいそうな暗黒の黒。
夜にはそれが保護色になり、視界的に存在を消せそうだった。
その真っ黒な小狐は、私の足下に擦り寄り強請るような素振りを見せた。
「お腹が減ってるのね」
恐らくこの香ばしい匂いに惹かれてやってきたのだろう。
私はパンの端を千切りとると、狐に手渡ししてやった。
嬉しそうにどこか恥ずかしそうに、小さな両前肢で受け取るとがっついた。
数十時間も孤独を味わった私にとって、それ以上心を和ませるものはなかった。
未だ嘗て、こんなに長い時間両親の下から離れた事は経験した事がなかった。
最初こそ意気揚々と歩を進めていたのだが
次第に寂寥や不安、孤独と負の感情に歩を縛られ後半はすっかりペースを落としていた。
それでも八里ほどは進む事は出来た。
きっと、翌日の夕方もしくは宵には帰れるだろう。
と、ちょっとした思案に耽っていると小狐がさらに強請ってきた。
仕方がないので、再度パンの端を千切り狐に分け与える。
今度はじっくりと味わう様に小さなパン切れを食し始めた。
「ゆっくり食べなさい♪」
自分の食事は終えたので、薪はそのままに食器等をしまい始める。
幾分かパンが余ったため、それらは全て狐に分け与えた。
近場の河で食器を洗い、タオルで水気を拭き取る。
もし、錆びようものなら買い替えるような贅沢な真似は出来ないため
細心の注意を払って、隅々まで入念に拭き取る。
拭き終わった後は緩衝剤に食器を包み、専用の袋に収めリュックにしまう。
そうして、全てを片付け終わった所で寝具を取り出す。
この辺はこ石等が大変多く、普通に敷いただけでは痛くて寝付けられない。
そのために草の生い茂った所に寝袋を引き、それに入った時だった。
すぐ耳元に小狐が寄り添ってきたのだ。
「一緒に寝てくれるの?」
まるでそうだと言わんばかりに狐は頷いた。
寂寥を忘れさせてくれるのは幾分か有り難かった。
これなら、ゆっくり眠れそうだ。
両親の下から離れていても……
朝、目覚めた時には小狐は居なかった。
代わりに耳元に小さな温もりを残して。
積み重ねた薪に火打石で着火し、水を張った鍋を沸騰させる。
そこに、南瓜のペーストを溶かし込みソーセージを細切れにし混ぜ合わせた質素な料理。
元々、私たちの暮らしは貧しい。
本来ならこのような寝具を必要とする配達など請けはしないのだが
配達先は城下町。
配達の報酬として幾分かの金貨がもらえる筈だ。
お金を貰う事で両親を助ける事が出来る。
父は重労働でありながら、賃金は格安だった。
そのために毎日、夜分に蒼白で帰宅しては
朝早く、仕事に駆り出される。
体調を崩す事も屡々。しかし、休めば家庭が危うくなる。
最早、命を削るような真似をして、家族を養う為のお金を稼ぐ。
そんな痛々しく、疲労困憊な父を見るのは私は嫌悪していた。
せめて、体を整える期間位は確保してやりたい。
この配達の……報酬で。
金貨一枚でも貰えれば、父の仕事は少なくとも一ヶ月は休暇を取れる。
それに当てても、十分にお釣りは来る。
「父さん……きっと成功させるからね……」
私は煮だった熱々の南瓜スープを柔らかい母手作りのパンにつけ、口に頬張る。
香ばしい小麦の香りに酵母菌の発酵で柔らかく膨らんだパン。
歯触りの良い柔らかさに、甘みのある南瓜のスープ。
さらに、旨味たっぷりのソーセージの肉汁が甘みの下に身を潜め
油断した頃に強烈な刺激をプレゼントしてくれる。
「キュゥ……」
と、不意に可愛らしい声を耳が捕らえた。
音源は近い……足下に’それ’は居た。
辺りは夜の帳が落ち、暗闇であり焚き火のお陰で
暖かみのある淡い焔が照らしてくれるために、その生物に気付く事が出来た。
闇夜に溶けてしまいそうな暗黒の黒。
夜にはそれが保護色になり、視界的に存在を消せそうだった。
その真っ黒な小狐は、私の足下に擦り寄り強請るような素振りを見せた。
「お腹が減ってるのね」
恐らくこの香ばしい匂いに惹かれてやってきたのだろう。
私はパンの端を千切りとると、狐に手渡ししてやった。
嬉しそうにどこか恥ずかしそうに、小さな両前肢で受け取るとがっついた。
数十時間も孤独を味わった私にとって、それ以上心を和ませるものはなかった。
未だ嘗て、こんなに長い時間両親の下から離れた事は経験した事がなかった。
最初こそ意気揚々と歩を進めていたのだが
次第に寂寥や不安、孤独と負の感情に歩を縛られ後半はすっかりペースを落としていた。
それでも八里ほどは進む事は出来た。
きっと、翌日の夕方もしくは宵には帰れるだろう。
と、ちょっとした思案に耽っていると小狐がさらに強請ってきた。
仕方がないので、再度パンの端を千切り狐に分け与える。
今度はじっくりと味わう様に小さなパン切れを食し始めた。
「ゆっくり食べなさい♪」
自分の食事は終えたので、薪はそのままに食器等をしまい始める。
幾分かパンが余ったため、それらは全て狐に分け与えた。
近場の河で食器を洗い、タオルで水気を拭き取る。
もし、錆びようものなら買い替えるような贅沢な真似は出来ないため
細心の注意を払って、隅々まで入念に拭き取る。
拭き終わった後は緩衝剤に食器を包み、専用の袋に収めリュックにしまう。
そうして、全てを片付け終わった所で寝具を取り出す。
この辺はこ石等が大変多く、普通に敷いただけでは痛くて寝付けられない。
そのために草の生い茂った所に寝袋を引き、それに入った時だった。
すぐ耳元に小狐が寄り添ってきたのだ。
「一緒に寝てくれるの?」
まるでそうだと言わんばかりに狐は頷いた。
寂寥を忘れさせてくれるのは幾分か有り難かった。
これなら、ゆっくり眠れそうだ。
両親の下から離れていても……
朝、目覚めた時には小狐は居なかった。
代わりに耳元に小さな温もりを残して。
12/04/17 09:26更新 / セイル