3
「ソル……」
「んだぁ? また伝言か?」
面倒に歪んだ顔がガードウォールに現れた。
ボクは首を横に振った。
何も伝達は受けても、預かってもいない。
「ううん……個人的に来ただけ……迷惑かな……」
「あぁ、迷惑だ」
そうだよね……
只でさえ研究で自由を奪われ
憂鬱な日々を過ごさねばならない原因を生み出した
元凶である研究員を前にしていなければならないのか。
殺したい元凶を前にしても
爪も、牙も、魔法も、体も
何一つその矮小で自分を縛る命には届かない。
あぁ、またストレスを与えてしまったなぁ……
目線を伏せて、俯こうとした時だった。
不意に映ったソルの表情。
その表情は穏やかだった。
「お前みてぇな美味そうな奴を前にして腹が鳴って仕方がねぇ、だから迷惑だ」
通常の研究員なら顔面を蒼白にして
尻尾を巻いて一目散に逃亡を図るだろう。
言葉に刺はあるが、口調もソルにしては優しい。
ソルも寂しいんだ……
ただ、それを表に出さないだけで。
「ソルはボクが憎くないの……?」
知らぬままに口走った。
特に必要のない質疑だった。
寧ろ、尋ねる必要はなかった。
だけどその表情は決して牙を剥いた者に対する表情とは思えなかった。
「憎い? ハッ、そんなん知らねぇよ。単に雌ウサギが美味そうだからだよ」
”別にお前が憎い訳じゃねぇよ”
そうあって欲しかったかもしれない。
その言の葉は幻聴かのようにそう聴こえた。
ソル独特の表現でそう言ってるように。
「そう……なんだ……」
胸がきゅっと縛られる感覚に襲われた。
僅かに頬を赤らめ、慌てて俯いた。
今の感覚……何?
今まで生きてきた中で初の感覚……
喜び、哀しみ、苦しみ、怒り。
それには当て嵌まらない。
苦しくないけど苦しい。不思議な感覚。
この感覚がなんの感情なのか
知識の奥まで探り出し、何かを突き止めようとした。
突然、胸が軽くなった。
頭上を見上げた。
「あ……ソルっ////」
抱き締めていた筈のカルテが宙に浮いている。
不可視の何かに操られるようにふわふわと
ガードウォールに貼り付き……ソルが見る。
カルテを操る正体、それはソルだった。
ソルは特質体質で生体エネルギー、分かり易く言えば’気’か。
そのエネルギーが常に体から零れ落ちている。
それを操る事でカルテを引き抜くような芸当が可能。
「か、返してっ////」
今日はカルテにソルの資料しか挟んでいない。
それも手書きの情報も。
それらを見られるのがとにかく恥ずかしい。
「ふ〜ん……俺の情報ね。ふむふむ……」
蒼玉の一つがカルテからボクを見下す。
悪戯っぽく笑みが零れ落ちた。
「返してよぉっ!」
いつの間にか双眸を潤ませ、両手を伸ばし
ピョンピョン跳ねて頭上のカルテを奪おうとした。
しかし、ソルはそれを読んでいたようで
ぎりぎり届かない所でカルテを物色していた。
「あーあ、そんなムキになんなって」
「あでっ!」
ビシッ!っとボクの顔面にカルテが小気味良い音を奏で
落下。痛みに悶える。
「酷いよっ! もう……」
「ははははっ!」
一気に溜まった不満を吐き出そうとした瞬間だった。
カルテを取り戻して、抱き直し目線を戻した時だった。
あのソルが……笑っている……
不満も言葉も失って惚けてソルを見ていた。
「何だぁ? 喰って欲しそうな顔して……」
「あ、いや……ソルが笑ったなぁ、って」
「笑っちゃ駄目なのか?」
ボクは優しく首を横に振った。
当たり前の事を否定する権利なんて
万人にある筈がない。
やっぱりソルも一つ、たった一つの立派な命……
喜怒哀楽があって当然だ。
モンスターと会話することで命の輝きに触れる事も出来る……
ソルが笑うという事は初見だった。
これは話してみなければ分からない事であっただろう。
「ふふ、ソルありがと。元気になれたよ」
「元気づけた覚えはねぇ」
ボクは笑顔をソルに送り、ばいばいと手を振る。
”また来いよ……”
「えっ……」
あのソルがそんな事を言う筈がない。
今度こそ、幻聴だと思った。
ボクの寂しさを取り繕おうと
心が勝手に生み出した感情だ。
寂しさを他人に押し付けて満たされようとしている。
違う……違うっ!
ソルの声じゃない!
ソルがそんな事言う筈がない!
「ソルっ!」
身を翻す。
ガードウォールの奥、深紅の狼。
背中を向け、何処かを見据える蒼玉の横顔は
どこか嬉しそうだったー
「んだぁ? また伝言か?」
面倒に歪んだ顔がガードウォールに現れた。
ボクは首を横に振った。
何も伝達は受けても、預かってもいない。
「ううん……個人的に来ただけ……迷惑かな……」
「あぁ、迷惑だ」
そうだよね……
只でさえ研究で自由を奪われ
憂鬱な日々を過ごさねばならない原因を生み出した
元凶である研究員を前にしていなければならないのか。
殺したい元凶を前にしても
爪も、牙も、魔法も、体も
何一つその矮小で自分を縛る命には届かない。
あぁ、またストレスを与えてしまったなぁ……
目線を伏せて、俯こうとした時だった。
不意に映ったソルの表情。
その表情は穏やかだった。
「お前みてぇな美味そうな奴を前にして腹が鳴って仕方がねぇ、だから迷惑だ」
通常の研究員なら顔面を蒼白にして
尻尾を巻いて一目散に逃亡を図るだろう。
言葉に刺はあるが、口調もソルにしては優しい。
ソルも寂しいんだ……
ただ、それを表に出さないだけで。
「ソルはボクが憎くないの……?」
知らぬままに口走った。
特に必要のない質疑だった。
寧ろ、尋ねる必要はなかった。
だけどその表情は決して牙を剥いた者に対する表情とは思えなかった。
「憎い? ハッ、そんなん知らねぇよ。単に雌ウサギが美味そうだからだよ」
”別にお前が憎い訳じゃねぇよ”
そうあって欲しかったかもしれない。
その言の葉は幻聴かのようにそう聴こえた。
ソル独特の表現でそう言ってるように。
「そう……なんだ……」
胸がきゅっと縛られる感覚に襲われた。
僅かに頬を赤らめ、慌てて俯いた。
今の感覚……何?
今まで生きてきた中で初の感覚……
喜び、哀しみ、苦しみ、怒り。
それには当て嵌まらない。
苦しくないけど苦しい。不思議な感覚。
この感覚がなんの感情なのか
知識の奥まで探り出し、何かを突き止めようとした。
突然、胸が軽くなった。
頭上を見上げた。
「あ……ソルっ////」
抱き締めていた筈のカルテが宙に浮いている。
不可視の何かに操られるようにふわふわと
ガードウォールに貼り付き……ソルが見る。
カルテを操る正体、それはソルだった。
ソルは特質体質で生体エネルギー、分かり易く言えば’気’か。
そのエネルギーが常に体から零れ落ちている。
それを操る事でカルテを引き抜くような芸当が可能。
「か、返してっ////」
今日はカルテにソルの資料しか挟んでいない。
それも手書きの情報も。
それらを見られるのがとにかく恥ずかしい。
「ふ〜ん……俺の情報ね。ふむふむ……」
蒼玉の一つがカルテからボクを見下す。
悪戯っぽく笑みが零れ落ちた。
「返してよぉっ!」
いつの間にか双眸を潤ませ、両手を伸ばし
ピョンピョン跳ねて頭上のカルテを奪おうとした。
しかし、ソルはそれを読んでいたようで
ぎりぎり届かない所でカルテを物色していた。
「あーあ、そんなムキになんなって」
「あでっ!」
ビシッ!っとボクの顔面にカルテが小気味良い音を奏で
落下。痛みに悶える。
「酷いよっ! もう……」
「ははははっ!」
一気に溜まった不満を吐き出そうとした瞬間だった。
カルテを取り戻して、抱き直し目線を戻した時だった。
あのソルが……笑っている……
不満も言葉も失って惚けてソルを見ていた。
「何だぁ? 喰って欲しそうな顔して……」
「あ、いや……ソルが笑ったなぁ、って」
「笑っちゃ駄目なのか?」
ボクは優しく首を横に振った。
当たり前の事を否定する権利なんて
万人にある筈がない。
やっぱりソルも一つ、たった一つの立派な命……
喜怒哀楽があって当然だ。
モンスターと会話することで命の輝きに触れる事も出来る……
ソルが笑うという事は初見だった。
これは話してみなければ分からない事であっただろう。
「ふふ、ソルありがと。元気になれたよ」
「元気づけた覚えはねぇ」
ボクは笑顔をソルに送り、ばいばいと手を振る。
”また来いよ……”
「えっ……」
あのソルがそんな事を言う筈がない。
今度こそ、幻聴だと思った。
ボクの寂しさを取り繕おうと
心が勝手に生み出した感情だ。
寂しさを他人に押し付けて満たされようとしている。
違う……違うっ!
ソルの声じゃない!
ソルがそんな事言う筈がない!
「ソルっ!」
身を翻す。
ガードウォールの奥、深紅の狼。
背中を向け、何処かを見据える蒼玉の横顔は
どこか嬉しそうだったー
12/03/08 02:48更新 / セイル