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連載小説
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6
空は分厚い灰色の雲に覆われていた。
時折ゴロゴロと鳴るその音は、更に俺たちの気持ちを焦らせる。

「ハブネーク。もう少しだよ! ほら、頑張って!」

ふらつく俺を必死に支えてくれるピカチュウ。
肉食獣ともあろう俺が……なんと情けないことだろうか。

けど、そんなことを気にしている余裕は俺にはなかった。

視界がグラグラと揺れ、少しだけでも気を抜けば意識を手放してしまうかもしれない。
いや、下手したらまたピカチュウに牙を向けてしまうかもしれない。

食料も尽きた。
動物性たんぱく質を摂っていないからか、体に力が入らない。

重たい体を、ピカチュウに引いてもらってようやく動くくらいだ。
このままだと、死ぬということは目に見えていた。

「……それもいいかもな」

「えっ、何? ハブネーク」

俺には、呟いた程度の音量だと思っていたがピカチュウには若干聞こえていたらしい。
ゆっくり微笑み、「何でもない」と言っておいた。
もはや作り笑いをしているということはバレバレだ。

でもやはり、ピカチュウは優しい。
特に問いただすこともしなかった。気を遣ってくれているのだろう。

「――ハブネーク! 着いた。着いたよ!」

ピカチュウの声が脳に響いたような気がした。
顔を上げると、目の前に一面、緑色をした草々が生い茂り、色鮮やかな花が見事に咲き誇っていた。

とても自分が、山の頂きにいるとは思えない。
華やかだ。
例えるなら、そう、“楽園”のような。

ただ、俺はそんなことはどうでもよかった。
願うことはただ一つ。

「――っ! ハブネーク!」

横になりたかった。

「ハブネーク! しっかりし――」

その時だった、俺が倒れるのとほぼ同時に楽園に黄色い閃光がほとばしった。

それはこの場所で一番高いであろう樹木に直撃した。
バリバリッと木が割れる音が耳に突き刺さる。
次の瞬間、その大きな木が傾き、まさに俺たちの方向へと倒れようとしていた。

「っ! ハブネーク! 起きて! 潰されちゃう!」

ピカチュウの声だということは分かってた。
でも何を言っているのかまでは分からなかった。

「ハブネーク! ハブネ――」

木の影が次第に濃くなり、そしてそれは地震を思わせるような爆音を鳴らし、倒れた。






どれだけ時間が過ぎただろうか。
いつの間にか、空からは大粒の冷たい雨が降り注いでいた。

「うっ……うぅ」

よろよろと体を起こし、雨で濡れた顔を拭う。
そこで、顔に激痛が走った。

雨とは違ったヌメヌメとした生暖かい液体。
真っ赤に染まったそれは、俺の左目から流れていた。

「あっ、ぐっあああぁぁ!」

顔をおさえ、その場で叫ぶ。

どうやら、倒れてきた木の枝に引っ掻かれて裂けたらしい。

味わったことのない深い痛み。
俺は叫ぶことしかできなかった。

「ぁぁ。ピ、ピカチュウ?」

そんな時、ふと気付いた。ピカチュウはどこだ、と。
右目だけを開き辺りを見渡す。

ザァァァという雨の音しか聞こえない。

「ピカチュウ! どこだ! どこにいる!」

必死に辺りを見渡す。
その時、見覚えのある黄色い体が見えた。

「っ! ピカチュウ!」

ズルズルと体を引きずり、その黄色いやつに近づく。
それは紛れもなくピカチュウだった。

「ピカチュウ……あぁよかっ――」

言葉を途中で失った。
何故なら、ピカチュウの額からは大量の血が流れ、下半身を木に押し潰されていたからだ。

「ピ、ピカチュウ!」

俺が叫ぶと、ピカチュウは「うっ」と呻き声をあげた。

「ハ……ハブネー……ク。」

虚ろとした目で俺を見つめる。
さっきまで元気だったピカチュウが、嘘のように弱りきっていた。

「待ってろ! 今助けるからな!」

そう言って尻尾の刃を木に突き刺した。

間違ってピカチュウの体を切らないように、慎重にくり貫いていく。

そして、ピカチュウのいる辺りの木の壁を切り抜き終わった俺は、ピカチュウをくわえて、そこから引きずり出した。

地面が柔らかかったことが幸いして、下半身は骨折ですんだようだ。

とはいえ、このままでは命が危ない。
しかしここは山の中、助けを呼ぶことなど無理だ。

下山するにも、今の俺ではおそらくは無理だろう。

「くそっ。どうすれば……」

スキズキと痛む左目をおさえながら右往左往する。
解決策が見つからない。
そんな時、ピカチュウが口を開いた。

「ハ……ブネー……ク」

「何だ!?」
視線をピカチュウに向けると、虚ろな目で俺を見つめながら、静かにこう言った。

「僕を……食べて……」

「……は?」

唐突過ぎて、理解できない。いや、したくない。

お前を喰う。
それは道中ずっと抑え込んできたことだ。

「な……冗談だろ? 俺たちは生きてこの山から出るんだぞ!」

取り乱していた俺に、ピカチュウは優しく微笑んでくれた。
本当は苦しくてたまらないはずなのに。

「君が。もし…君が僕のことを……大切だと、思っているなら…お願い。僕を……食べて……」

ヒュッという音を漏らしながら、ピカチュウは必死にそう伝えた。

俺だって薄々感じていた。
多分、ピカチュウはもう助からない。

感じていた。感じていた、けど……。

「……もう、体は…限界なんでしょ? だったら、僕を……ハブネークの血と肉に…してくれないかな。僕はもう……死んじゃうから、君の体、その一部に成れるなら、嬉しい……」

こんなにも悲しいのに、無惨なのに、体だけは正直だ。
唾液が溢れてくる。

ピカチュウはもちろん大切だ。
それこそ親友のように。

時々、ピカチュウをバカだとも思った。
少し天然がはいっているとも思った。

でもそんな君は、どこか可愛くて、一緒にいても疲れない。
そんな存在になっていた。

下山したら群れを離れ、二人で生きていこうと思ってたのに。
いろんな所を旅して、二人で笑いあったりしてみたいと思ったのに……それすらも許されないなんて。

「ハブネーク?」

もう、限界だ。

「……ごめん。ピカチュウ」

鼻水を啜り、ぼろぼろ流れる涙を脱ぐい、溢れだす感情全てを抑え込み、歯を噛み締める。

――シャアアア!――
俺は、大切な友達に向かって、大切なエネルギー源に向かって、吼えた。

さっきまでの脱力感が嘘のように、体を素早く動かし獲物に巻き付く。
これだけ弱っているなら、絞め殺す必要もない。

そう思い、口から真っ赤な舌を出してべろりと舐める。
愛情表現じゃなく、吟味として、繰り返しベロベロと舐めまわす。

すぐに獲物の顔は、ベトベトになった。
もういいだろう。舌をしまい、少し間を開ける。

肉付きのいい、旨そうな体だ。
思わず口から唾液が溢れてくる。

たまらず俺は、大きな肉の塊をくわえ込んだ。

頭から、ゆっくりとその黄色い体毛のそれを飲み下していく。
口の端からは、だらしないとばかりに唾液がだらだらとこぼれ落ちる。

あぐあぐと口を動かしゆっくりと、しかし確実に体内へと送る。
気がつけば、もう口からは獲物の尻尾しか見えていなかった。

その最後の尻尾を一気に口に収め、そしてゴグリと鈍い音を鳴らして、俺は食事を終えた。

喉の膨らみが、徐々に腹の奥深い所へと流れていく。
口周りに付いた黄色い毛を舐めとり、軽くげっぷをした。

ドクンドクンという心臓の鼓動が、うるさい程聞こえていた。

その時、途端に眠気が襲ってきた。
たまらず俺はその場でとぐろを巻いて目を閉じる。

今日、貴重な食べ物にめぐり会えたことを、どこかにいる神様と、親しい友人に感謝したのだった。
12/03/07 12:28更新 / ミカ
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