5
「ハァ、ハァ。ピカチュウ、大丈夫か?」
どこまで登ってきただろうか。
それはもう分からないが、とにかく今日だけでそれなりの高さまでは登ったはずだと思った。
現に、地面には草があまり生えていなく、所々岩がむき出しになっている。
「僕はまだ大丈夫。ハブネークこそ、大丈夫なの?」
ピカチュウの顔には、まだまだ気力の炎が燃えていた。
しかし、体力的には二人ともしばし休憩を摂った方が良いだろう。
酸素が地上よりも薄いせいか、頭がぽーっとする。
「……そろそろ休憩しないか?」
口をつり上げて無理矢理笑顔を作る。
体調があまり優れないのを隠すためだ。
「うん、そうだね。今日はここまでにしようか」
ピカチュウはそう言うと、辺りをキョロキョロと見渡す。
「あっ! 洞窟がある。あそこで今夜は休もうか」
「あぁ、そうだな……」
ピカチュウに言われるがまま、重たい体を引きずり洞窟に入った。
中はそんなに広くはなかったが、二人で寝るには問題なかった。
俺とピカチュウはほぼ同時に腰を降ろすと、またもほぼ同時に息を吐き出した。
(こりゃ、だいぶきついな)
ザックから取り出した水筒の水を口に含みながら、俺はそう思った。
水が入ったからか、腹から空腹のサイレンが小さく鳴った。
俺は水筒をしまいこみ、反対に木の実を取り出した。
肉食の俺はこの木の実から栄養は摂れないが、空腹をまぎらわすことはできる。
勢いよくその肉厚な果実に牙を突き立て咀嚼する。
丸呑みしてもよかったが、そうするとかなりの量が必要になる。
まぎらわすのが目的ならば、少ない量をよく噛み砕いて飲み込む方が気分的にはいいのだろう。
咀嚼し過ぎて、半ば液体のようにドロドロになったそれを、俺はゴクリとゆっくり飲み込んだ。
やはりこれだけでは体が満足してくれない。
腹からキュルルッという音が鳴った。
そんな時、ふとピカチュウの姿が視界に入った。
ピカチュウは小さな口に不釣り合いな大きい果実をゆっくり食べていた。
その果実を掴む黄色いエビフライのような可愛らしい腕。
いい感じに肉がついた体。
本能的にじゅるりと涎が溢れてくる。
(ピカチュウ……あぁ……)
俺の目が獲物を狙うそれへと変わり始める。
(少しだけ、せめて耳の先だけでも)
我慢できず、口の端から涎が溢れ出る。
――食べたい! 食べたい!――
その願望が頭の中を埋め尽くしていく。
(そう急かすなって、今食ってやるから)
ジリッとピカチュウにゆっくり近づく。
そのときの俺には、もう理性がなかったのかもしれなかった。
「……ピカチュウ」
「何? ハブネ――っ!」
我慢できず、俺は小さな黄色い頭をくわえ込んだ。
とたんに口の中が唾液で満たされる。
じゅるりとピカチュウにそれが絡み合う音が口から漏れ出す。
時折ピカチュウの声が聞こえたが、そんなこと気にしてられない。
久しぶりの肉に、体が歓喜する。
心臓の鼓動が早くなる。
自分を押さえられない。
――あぁ、もっとだ……もっと長く味わいたい。
「ハブネーク!」
刹那、痺れるような痛みが電流のごとく体に流れた。
そして、ハッと我にかえる。
口を大きく広げ、見慣れた黄色い体を吐き出していく。
ずるりという嫌な音と共に、ピカチュウを吐き出した。
「プハッ! あー、死ぬかと思った……」
「ゲホッ……だ、大丈夫か?」
喉が熱い。
それにまだ心臓が暴れている。
「ハァ、ハァ……」と喘ぎながらしか言えない俺をよそに、ピカチュウはプルプルと体を震わせ付いた唾液を振り払っていく。
「スリルがあったよ。まさかいきなりなんてね」
「わ、悪い……」
少し落ち着いてきた俺は、最後に一回噎せた。
唾液に混じって、ピカチュウの黄色に輝く毛が飛び出した。
「あー怖かった。もうあんな冗談はよしてね?」
「はっ?」
驚くよりも呆れた。
冗談? 馬鹿言うな、お前は命を失いかけたんだぞ。
「なぁピカチュウ。それ本気で言ってるのか?」
「えっ? 何のこと?」
もう、ここで限界なのかもしれない。そう思って、俺はこう続けた。
「……すまない。ここから先は俺だけで行っていいか?」
ピカチュウの顔が驚きのそれへと変わる。
「な、何で? 僕何かした?」
「初めから無理だったんだよ。俺たちは……」
ピカチュウを直視出来ず、視線を地面に落とす。
「どういう――」
「今のは冗談じゃない。俺が……本当の俺が現れたんだ」
言葉を遮り、本音をぶつける。
もう限界なのだと感じていた。
「一緒にいたら、またあんなことになる。それだけは避けないといけない」
「そ、せんなこと、君がするわけ……」
声が震えている。ちらりとピカチュウをみると、目には涙をうかべていた。
「……ごめん」
そう言って、洞窟から出ようとした、その時だった。
俺はピカチュウに掴まれ、いとも簡単に引き倒された。
「っ……ピカチュウ?」
「……許さないよ。このまま一人で格好つけようなんて、僕は許さないからね」
ちょうど馬乗り状態のピカチュウは腕を俺の腹に叩きつけてくる。
何度も、何度も。ポロポロと涙をこぼしながら俺を叩く。
その腕は、微かに震えていた。
「約束したじゃん。二人で探そうって。なのに……何で……」
「仕方ないんだ、これだけは……」
涙で濡らした顔を、グシグシと拭うとピカチュウは真っ赤な目を向ける。
「……いいよ。僕、決めた」
スゥと息を吸って。ゆっくりとピカチュウはこう言った。
「次にまた僕を飲み込みそうになったら、その時は容赦しないからね」
バリバリと頬の電気袋から威嚇するかのように、電気を流すピカチュウ。
どうやら、どれだけ言っても話を聞いてくれないようだ。
俺はもう、何回目かも分からないため息を吐き出し、「仕方ない」と呟いた。
「……じゃあ、そうなったらそうしてくれ。場合によっては殺すような覚悟でな」
ジッとピカチュウに視線をぶつける。
対してピカチュウはびっくりしたのか、少しおどおどしながら「分かった」と言ってくれた。
「……じゃあ、行くか」
真剣な話はここまでにしよう。
山の天気は変わりやすいのだ。
できることなら、もうあんなことにならないようにしたいのが、本音だった。
どこまで登ってきただろうか。
それはもう分からないが、とにかく今日だけでそれなりの高さまでは登ったはずだと思った。
現に、地面には草があまり生えていなく、所々岩がむき出しになっている。
「僕はまだ大丈夫。ハブネークこそ、大丈夫なの?」
ピカチュウの顔には、まだまだ気力の炎が燃えていた。
しかし、体力的には二人ともしばし休憩を摂った方が良いだろう。
酸素が地上よりも薄いせいか、頭がぽーっとする。
「……そろそろ休憩しないか?」
口をつり上げて無理矢理笑顔を作る。
体調があまり優れないのを隠すためだ。
「うん、そうだね。今日はここまでにしようか」
ピカチュウはそう言うと、辺りをキョロキョロと見渡す。
「あっ! 洞窟がある。あそこで今夜は休もうか」
「あぁ、そうだな……」
ピカチュウに言われるがまま、重たい体を引きずり洞窟に入った。
中はそんなに広くはなかったが、二人で寝るには問題なかった。
俺とピカチュウはほぼ同時に腰を降ろすと、またもほぼ同時に息を吐き出した。
(こりゃ、だいぶきついな)
ザックから取り出した水筒の水を口に含みながら、俺はそう思った。
水が入ったからか、腹から空腹のサイレンが小さく鳴った。
俺は水筒をしまいこみ、反対に木の実を取り出した。
肉食の俺はこの木の実から栄養は摂れないが、空腹をまぎらわすことはできる。
勢いよくその肉厚な果実に牙を突き立て咀嚼する。
丸呑みしてもよかったが、そうするとかなりの量が必要になる。
まぎらわすのが目的ならば、少ない量をよく噛み砕いて飲み込む方が気分的にはいいのだろう。
咀嚼し過ぎて、半ば液体のようにドロドロになったそれを、俺はゴクリとゆっくり飲み込んだ。
やはりこれだけでは体が満足してくれない。
腹からキュルルッという音が鳴った。
そんな時、ふとピカチュウの姿が視界に入った。
ピカチュウは小さな口に不釣り合いな大きい果実をゆっくり食べていた。
その果実を掴む黄色いエビフライのような可愛らしい腕。
いい感じに肉がついた体。
本能的にじゅるりと涎が溢れてくる。
(ピカチュウ……あぁ……)
俺の目が獲物を狙うそれへと変わり始める。
(少しだけ、せめて耳の先だけでも)
我慢できず、口の端から涎が溢れ出る。
――食べたい! 食べたい!――
その願望が頭の中を埋め尽くしていく。
(そう急かすなって、今食ってやるから)
ジリッとピカチュウにゆっくり近づく。
そのときの俺には、もう理性がなかったのかもしれなかった。
「……ピカチュウ」
「何? ハブネ――っ!」
我慢できず、俺は小さな黄色い頭をくわえ込んだ。
とたんに口の中が唾液で満たされる。
じゅるりとピカチュウにそれが絡み合う音が口から漏れ出す。
時折ピカチュウの声が聞こえたが、そんなこと気にしてられない。
久しぶりの肉に、体が歓喜する。
心臓の鼓動が早くなる。
自分を押さえられない。
――あぁ、もっとだ……もっと長く味わいたい。
「ハブネーク!」
刹那、痺れるような痛みが電流のごとく体に流れた。
そして、ハッと我にかえる。
口を大きく広げ、見慣れた黄色い体を吐き出していく。
ずるりという嫌な音と共に、ピカチュウを吐き出した。
「プハッ! あー、死ぬかと思った……」
「ゲホッ……だ、大丈夫か?」
喉が熱い。
それにまだ心臓が暴れている。
「ハァ、ハァ……」と喘ぎながらしか言えない俺をよそに、ピカチュウはプルプルと体を震わせ付いた唾液を振り払っていく。
「スリルがあったよ。まさかいきなりなんてね」
「わ、悪い……」
少し落ち着いてきた俺は、最後に一回噎せた。
唾液に混じって、ピカチュウの黄色に輝く毛が飛び出した。
「あー怖かった。もうあんな冗談はよしてね?」
「はっ?」
驚くよりも呆れた。
冗談? 馬鹿言うな、お前は命を失いかけたんだぞ。
「なぁピカチュウ。それ本気で言ってるのか?」
「えっ? 何のこと?」
もう、ここで限界なのかもしれない。そう思って、俺はこう続けた。
「……すまない。ここから先は俺だけで行っていいか?」
ピカチュウの顔が驚きのそれへと変わる。
「な、何で? 僕何かした?」
「初めから無理だったんだよ。俺たちは……」
ピカチュウを直視出来ず、視線を地面に落とす。
「どういう――」
「今のは冗談じゃない。俺が……本当の俺が現れたんだ」
言葉を遮り、本音をぶつける。
もう限界なのだと感じていた。
「一緒にいたら、またあんなことになる。それだけは避けないといけない」
「そ、せんなこと、君がするわけ……」
声が震えている。ちらりとピカチュウをみると、目には涙をうかべていた。
「……ごめん」
そう言って、洞窟から出ようとした、その時だった。
俺はピカチュウに掴まれ、いとも簡単に引き倒された。
「っ……ピカチュウ?」
「……許さないよ。このまま一人で格好つけようなんて、僕は許さないからね」
ちょうど馬乗り状態のピカチュウは腕を俺の腹に叩きつけてくる。
何度も、何度も。ポロポロと涙をこぼしながら俺を叩く。
その腕は、微かに震えていた。
「約束したじゃん。二人で探そうって。なのに……何で……」
「仕方ないんだ、これだけは……」
涙で濡らした顔を、グシグシと拭うとピカチュウは真っ赤な目を向ける。
「……いいよ。僕、決めた」
スゥと息を吸って。ゆっくりとピカチュウはこう言った。
「次にまた僕を飲み込みそうになったら、その時は容赦しないからね」
バリバリと頬の電気袋から威嚇するかのように、電気を流すピカチュウ。
どうやら、どれだけ言っても話を聞いてくれないようだ。
俺はもう、何回目かも分からないため息を吐き出し、「仕方ない」と呟いた。
「……じゃあ、そうなったらそうしてくれ。場合によっては殺すような覚悟でな」
ジッとピカチュウに視線をぶつける。
対してピカチュウはびっくりしたのか、少しおどおどしながら「分かった」と言ってくれた。
「……じゃあ、行くか」
真剣な話はここまでにしよう。
山の天気は変わりやすいのだ。
できることなら、もうあんなことにならないようにしたいのが、本音だった。
12/03/05 07:43更新 / ミカ