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連載小説
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「よしっ、これでいいな」

「……ちょっと強く巻きすぎじゃないか?」

体に強く巻かれた笹の葉の包帯に対して文句を言うと、少し嫌な顔をされた。

「これぐらい強く巻いておかないと止血にならないだろ」

だからといってこれはやり過ぎな気もする。……正直、少し吐きそうだ。

「それに、中の物がはみ出してくるのもごめんだし」

「たしかに……」

膨らんだ腹をちらりと見て、すぐに目をそらす。

もうあいつの動きは感じない。
疲労で眠っているのか、それとも……。

いや、考えるのはよそう。
そうだ、これは仕方のないことなんだ。そうなんだ。……でも……。

「悪い、しばらく一人にさせてくれないか?」

「え? あ、あぁ。分かった」

「ありがとう」とだけ言って、俺は寝床にひれ伏した。

仲間は、そんな俺を少し気にしながら離れていった。
一応気遣ってくれたようだ。

「ハァ……」

深いため息を吐き出し、目を閉じる。
周りがやけに静かだからか、“トクン……トクン”と自分の鼓動が聞こえる。

と、同時に別の鼓動も感じていた。

(まだ……生きてる、のか……)

睡魔が襲いかかるなか、遠くなっていく意識の中で、俺はそう思った。

周りでは、群れのみんなの話し声が聞こえていた。





「ん。くぅぅー、あふ……」

もそもそと体を動かし、尻尾で目を擦る。
辺りは薄いオレンジ色に染まっていた。どうやら、長いこと眠っていたらしい。

よっこらせと、体を起こし伸びをする。
傷が治りかけていてチクチクするのを除けば、体の調子は最高にいい。

「ちょっとそこら辺を歩いてくるかな」


みんなが狩りに行き、寂しげな巣を離れて俺はいつもの場所へと向かう。

朝、水を飲むために来た川のその先に、高い木々が立ち並ぶ、深い森がある。

その場所に、傷の治癒を早める植物がある。
それが目的だった。

川辺を過ぎて、草むらを歩いているとなにやら騒がしい声が聞こえてきた。
チロリと舌を出して周囲の匂いを嗅ぐ。

「……ピカチュウか。それなりの数だな、ちょっと覗いてみるか」

興味があったのと、時間的にもまだゆとりがあるため、
俺は進路の先を少し変え、背丈の高い草むらの中へと入っていった。

ガサガサと草を掻き分け先に進むと、少しばかり草の生えていない場所に辿り着いた。

地面がむき出しで、茶色い土の上で目立つ黄色い生き物が数匹。
頬を赤い色に染め、可愛らしいその姿とは反対に、数十万ボルトもの電圧で相手を苦しめる、恐ろしいやつだ。

しかし、仲間たちの間では、一旦弱らせれば、電撃の力は驚異的ではなくなるらしい。
むしろ、必死に抵抗する際に出る弱々しい電気がピリピリと刺激的で堪らないとか……。

もっとも俺は、その味を知らないし、味わうつもりもない。

そんなことを考えていると、俺はあることに気がついた。

「何かを、いや誰かを囲んでる?」

そう、あそこにいるピカチュウは単にバラバラになっているのではなく、何かを囲んでいるようにまるく円を描いて立っていた。

「……なにしてんだ?」

気になった俺は、一旦草むらの中に戻り、そしてギリギリまで近づいて観察することにした。



「や、やめてよ。返して!」

「へへーん、やなこった」

意地悪そうな声と、それにつられて笑い声もあがる。
どうやら、ピカチュウたちの集まりのようだが、いったい何をしているのか。

「それは大切な物なの! 返せよ!」

「こんな汚いものがか?」

恐らくこの集団のガキ大将のような存在なのだろう、片手にボロボロの布をつまみ上げ、そいつは言った。

何をしているのかは具体的に分からないが、仲間が仲間をいじめているのは見てとれる。


草むらの中で見ていた俺はそう思った。

「面白そうだな、ちょっとからかってやろうかな」


「あ〜、何か飽きてきちゃった」

「どうする? その布」

「返せ」と言わんばかりにジタバタと暴れるピカチュウ。しかし、その体を別のピカチュウに掴まれていて身動きがとれなくなっていた。

「そーいえば、この辺りにハブネークの群れがいるって聞いたけど?」

その言葉を聞いて、ガキ大将のピカチュウはニヤリと笑った。

「じゃあ、この布をハブネークたちにプレゼントしてこようかな」

「ちょっとまっ――!」

声が途中で途絶えたのは、顔を踏みつけられたからだ。
ピカチュウの呻き声が聞こえてくる。

「やめて、やめてよ……」

「嫌だね。ハブネークなら、きっと気に入ってくれるさ」

「俺はそんなやつよりもお前が欲しいけどな」

「えっ?」

ガキ大将の顔のすぐとなり。“シューシュー”と息の音がハッキリと聞こえるほど、俺は顔を近づけた。

さっきまで強がっていた顔が、徐々に恐怖のそれへと変わっていく。

「う……嘘でしょ? まさか……」

ゆっくりと後ろを振り返る。そして、やつと俺は目があった。
しばらく静かな時間が流れた。

「う、うわぁぁぁああ!」
やがて、一匹のピカチュウが痺れを切らしたのか悲鳴を上げて走り出してしまった。

それにつられて他のやつも逃げ出す。

しかし唯一、一匹だけ逃げなかったやつがいた。

「何だ? 腰を抜かしたのか?」

冗談半分でペロリとそのピカチュウの顔を舐めると、小さく息を飲むような悲鳴が聞こえた。

どうやら本当に腰を抜かしてしまったらしい。
小さな体はガタガタと震え、可愛らしいクリッとした目からは涙が溢れてきていた。

そのままジッと見ているだけなのもなんだから、俺はあのガキ大将が落としていったボロイ布をくわえてきてやった。

「ほは、おはえのやろ?(ほら、お前のだろ?)」

パサッと布を顔に落としてやる。
しばらくもそもそしていたが、プハッと顔を出すと小さく「ありがとう」と言ってくれた。

ただ、あまりにもぎこちない感じがしたので、俺はとりあえずこのピカチュウを落ち着かせようとした。

「怖がるなよ。俺はお前を喰うつもりはないし、いじめるつもりもないからさ」

口元をつりあげて、慣れないながらも笑顔をつくる。
その様子を見て、緊張がほぐれたのか「クスッ」と笑ってくれた。

「やっと笑ったな。笑った方がお前は可愛いぞ」

本当に綺麗な顔だと思った。
それこそ、誰にも染められていない純粋で子どものような目をしていた。

「じゃ、じゃあ俺はこれで……」

口が強張ったのは、顔がひきつっていたからというだけではなかった。

ゆっくりと顔を背け、先程出てきた草むらの中へと、急ぐように戻った。

肌に擦れてくる草の感覚が、くすぐったくてしょうがなかった。
12/03/06 23:04更新 / ミカ
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