4
「よぉ、やっと見つけた。我輩の獲物」
「何で、俺が生きてるって分かった……」
恐怖で声が上手く出ない。
それを無理矢理出そうとするためか、声は震えていた。
捕食者は獲物に対して二つ質問するだけである。
頭から食われるのがいいか、尻尾から食われるのがいいか。
だからだろうか、それを聞いたとき、リザードンは少し嫌そうな顔をした。
「……。それを聞いてどうするつもりだ?」
ズシッとゆっくりとルクシオに近づくリザードン。
対して、じりっと後ろに下がるルクシオ。
自分が今しなければならないこと、それはどこかの英雄のように勇ましく戦うことではない。
この場から多少の傷を負ってでも逃げることだ。
「まさか逃げられるとは思ってないよなぁ?」
べろりと舌舐めずりをしながら、リザードンは言う。
ルクシオは背中に嫌な汗をかいていた。
「我輩は腹が減っているのだ。それは誰のせいだ?」
その瞬間、空気が歪んだ気がした。
ルクシオに、鋭い爪が迫り来る。
しかし、リザードンの腕は空を切っただけだった。
そろそろだと感じていたルクシオは、なんとかそれをかわすことができたのだ。
「同じ技を二度も喰らうかよ!」
捨て台詞だけ吐いて、一目散にドアノブに手を伸ばす。
あと三センチ。もう少しだった。
そこでルクシオの視界がグラリと揺れた。
気がつくと、彼は宙吊りにされていた。
体にはオレンジ色の太い尾が巻き付いていた。
その先は赤い炎が点っている。
ルクシオは「しまった」と思った。
リザードンの尻尾の存在を忘れていたのだ。
「まったく、獲物は獲物らしくしておればいいのだ」
お仕置きをするかのようにきつくルクシオを締め付ける。
ミシミシと悲鳴をあげるルクシオの体。
「はっ……。や…め……うっ」
あまりの強さに、今朝食べたものを吐き出すルクシオ。
内蔵も口から逆流しそうだ。
目が血走る。
体が熱い。
息ができないというレベルではない。
理由もなく涙が出てくる。
「おっと。やり過ぎたな」
一気に締め付けから解放される。
ゲホッ! ゲホッ! と激しく噎せるルクシオは震えていた。
体が苦しいのは変わらなかった。
例えるなら、正座の後に足を伸ばすときのような痺れが全身に広がっていたのだ。
「うーむ、我輩の尻尾の上で吐瀉りおって……」
狭い小屋の中に、異臭がこもる。
その臭いに顔をしかめながら、ルクシオを寄せる。
顔を涙で濡らしたそれは、リザードンの食欲を更にそそる。
ぐぅ、とだらしのない音を腹から漏らし、リザードンはうっすらと不気味に笑う。
「まだまだ遊び足りないが、空腹には勝てまい。今楽にしてやろう」
ガパッと口を開く。
口の中では、鋭い牙が鈍く光っていた。
獣臭い吐息がルクシオの鼻を突く。
彼は状況を理解していた。
しかし、抵抗する体力は残っていない。
肩で呼吸をするので精一杯、といった様子だ。
「では、いただきます」
ぼやけた視界の中、リザードンの赤い舌だけが妙にはっきりと見えていた。
“バクンッ!”
ルクシオの小さな体は、一口でリザードンの口内に収まってしまった。
「ふぃ〜。ルクシオー、ただいまぁ」
最悪のタイミングである。
「――え?」
リオルの目の前にルクシオはいない。
いるのは、巨大なオレンジ色のドラゴン。
よく分からないが、彼の本能がこう告げた。
“危険だ”と。
「ん? なんだ……むぐ。まだ、いたのか。んく。」
何かをゆっくりと咀嚼するそいつは、深紅の眼をこちらに向けてそう言った。
「だ、誰? ルクシオの知り合い?」
「ん、ちょっと待って。んくっ」
ごくりと中のものを飲み下す。
どうやら丸飲みにしたらしい。
大きな喉の膨らみが、胃袋を目指して下っていく。
気のせいだろうか、少しその膨らみが変に蠢いた気がする。
「ゲフッ。美味かった。で? お前は?」
口周りについた涎を拭いながら、そいつは問う。
「……。というか、何で君がこんなに狭い部屋にいるの? 目的は何?」
「目的? 言っておくが、俺はこの小屋に興味はない。ただ俺はルクシオを探しに来ただけだ」
目を細めて答える。
彼のその顔は、あまりにも冷たく感じた。
「それで、ルクシオは?」
「ん、なかなか美味かったぞ」
「……は?」
さらりと言われたが、それが本当ならばただ事ではない。
信じられず、リオルは聞き返していた。
「だから、美味かった。分からないのか?」
「ど、どういうこと? まさか……」
先程見た、彼の喉にうかびあがる膨らみ。
それが下る映像がフラッシュバックする。
「なんなら、お前をデザートになってもいいが」
ぞろりと生えた牙は、赤黒いシミが所々着いていた。
間違いない。この怪物はルクシオを……。
「食べたの?」
「あぁ。それがどうかし――」
ルクシオを食べた。
こいつがそれをしたことは、明らかだった。
だから、最後まで律儀に聞くはないとも思える。
リオルは行動を起こした。
電光石火の如く、動いたリオルは怪物の腹に一発おみまいする。
ふっくらとした肉厚のそれは、拳をぶつけると深くまで入った。
途中、硬い何かに触れたのを感じた。
恐らくルクシオだろう。
それがわかるほどに深く入ったのだ。
なのに、こいつは顔色ひとつ変えずに――逆にニヤリと笑い――リオルを鷲掴みにする。
「っ! は、離して!」
「嫌だと言ったら?」
リオルの体をすっかり包んでしまうような大きな手に、少しずつ力が込められていく。
リザードンが本気を出せば、リオルの体は簡単に粉々になってしまうだろう。
そうしないのは、もてあそんでいる以外の何物でもない。
「その素早さだけは誉めてやろう。だが、将来ルカリオになるやつにしては、まだ力が足りないな」
力はそんなに強くないが、リザードンに握られ肺の中にある空気が押し出される。
言葉を発する余裕はない。
呼吸をするので精一杯だ。
「まぁ、もう必要ないか。我輩のデザートになるのだから」
舌舐めずりを繰り返すリザードンを見て、背筋が凍りついた。
「や、やめっ……」
「命乞いは無駄だ。では、いただきます」
リザードンの口が大きく開かれる。
粘着性の唾液で満たされた空間。
鋭い牙が鈍く光る。
悲鳴をあげることもできない。
ただ涙だけが溢れるだけである。
もう、終わりだ。
その言葉がリオルの頭の中を赤く染める。
覚悟を決め、ギュッと目をつぶった。
「何で、俺が生きてるって分かった……」
恐怖で声が上手く出ない。
それを無理矢理出そうとするためか、声は震えていた。
捕食者は獲物に対して二つ質問するだけである。
頭から食われるのがいいか、尻尾から食われるのがいいか。
だからだろうか、それを聞いたとき、リザードンは少し嫌そうな顔をした。
「……。それを聞いてどうするつもりだ?」
ズシッとゆっくりとルクシオに近づくリザードン。
対して、じりっと後ろに下がるルクシオ。
自分が今しなければならないこと、それはどこかの英雄のように勇ましく戦うことではない。
この場から多少の傷を負ってでも逃げることだ。
「まさか逃げられるとは思ってないよなぁ?」
べろりと舌舐めずりをしながら、リザードンは言う。
ルクシオは背中に嫌な汗をかいていた。
「我輩は腹が減っているのだ。それは誰のせいだ?」
その瞬間、空気が歪んだ気がした。
ルクシオに、鋭い爪が迫り来る。
しかし、リザードンの腕は空を切っただけだった。
そろそろだと感じていたルクシオは、なんとかそれをかわすことができたのだ。
「同じ技を二度も喰らうかよ!」
捨て台詞だけ吐いて、一目散にドアノブに手を伸ばす。
あと三センチ。もう少しだった。
そこでルクシオの視界がグラリと揺れた。
気がつくと、彼は宙吊りにされていた。
体にはオレンジ色の太い尾が巻き付いていた。
その先は赤い炎が点っている。
ルクシオは「しまった」と思った。
リザードンの尻尾の存在を忘れていたのだ。
「まったく、獲物は獲物らしくしておればいいのだ」
お仕置きをするかのようにきつくルクシオを締め付ける。
ミシミシと悲鳴をあげるルクシオの体。
「はっ……。や…め……うっ」
あまりの強さに、今朝食べたものを吐き出すルクシオ。
内蔵も口から逆流しそうだ。
目が血走る。
体が熱い。
息ができないというレベルではない。
理由もなく涙が出てくる。
「おっと。やり過ぎたな」
一気に締め付けから解放される。
ゲホッ! ゲホッ! と激しく噎せるルクシオは震えていた。
体が苦しいのは変わらなかった。
例えるなら、正座の後に足を伸ばすときのような痺れが全身に広がっていたのだ。
「うーむ、我輩の尻尾の上で吐瀉りおって……」
狭い小屋の中に、異臭がこもる。
その臭いに顔をしかめながら、ルクシオを寄せる。
顔を涙で濡らしたそれは、リザードンの食欲を更にそそる。
ぐぅ、とだらしのない音を腹から漏らし、リザードンはうっすらと不気味に笑う。
「まだまだ遊び足りないが、空腹には勝てまい。今楽にしてやろう」
ガパッと口を開く。
口の中では、鋭い牙が鈍く光っていた。
獣臭い吐息がルクシオの鼻を突く。
彼は状況を理解していた。
しかし、抵抗する体力は残っていない。
肩で呼吸をするので精一杯、といった様子だ。
「では、いただきます」
ぼやけた視界の中、リザードンの赤い舌だけが妙にはっきりと見えていた。
“バクンッ!”
ルクシオの小さな体は、一口でリザードンの口内に収まってしまった。
「ふぃ〜。ルクシオー、ただいまぁ」
最悪のタイミングである。
「――え?」
リオルの目の前にルクシオはいない。
いるのは、巨大なオレンジ色のドラゴン。
よく分からないが、彼の本能がこう告げた。
“危険だ”と。
「ん? なんだ……むぐ。まだ、いたのか。んく。」
何かをゆっくりと咀嚼するそいつは、深紅の眼をこちらに向けてそう言った。
「だ、誰? ルクシオの知り合い?」
「ん、ちょっと待って。んくっ」
ごくりと中のものを飲み下す。
どうやら丸飲みにしたらしい。
大きな喉の膨らみが、胃袋を目指して下っていく。
気のせいだろうか、少しその膨らみが変に蠢いた気がする。
「ゲフッ。美味かった。で? お前は?」
口周りについた涎を拭いながら、そいつは問う。
「……。というか、何で君がこんなに狭い部屋にいるの? 目的は何?」
「目的? 言っておくが、俺はこの小屋に興味はない。ただ俺はルクシオを探しに来ただけだ」
目を細めて答える。
彼のその顔は、あまりにも冷たく感じた。
「それで、ルクシオは?」
「ん、なかなか美味かったぞ」
「……は?」
さらりと言われたが、それが本当ならばただ事ではない。
信じられず、リオルは聞き返していた。
「だから、美味かった。分からないのか?」
「ど、どういうこと? まさか……」
先程見た、彼の喉にうかびあがる膨らみ。
それが下る映像がフラッシュバックする。
「なんなら、お前をデザートになってもいいが」
ぞろりと生えた牙は、赤黒いシミが所々着いていた。
間違いない。この怪物はルクシオを……。
「食べたの?」
「あぁ。それがどうかし――」
ルクシオを食べた。
こいつがそれをしたことは、明らかだった。
だから、最後まで律儀に聞くはないとも思える。
リオルは行動を起こした。
電光石火の如く、動いたリオルは怪物の腹に一発おみまいする。
ふっくらとした肉厚のそれは、拳をぶつけると深くまで入った。
途中、硬い何かに触れたのを感じた。
恐らくルクシオだろう。
それがわかるほどに深く入ったのだ。
なのに、こいつは顔色ひとつ変えずに――逆にニヤリと笑い――リオルを鷲掴みにする。
「っ! は、離して!」
「嫌だと言ったら?」
リオルの体をすっかり包んでしまうような大きな手に、少しずつ力が込められていく。
リザードンが本気を出せば、リオルの体は簡単に粉々になってしまうだろう。
そうしないのは、もてあそんでいる以外の何物でもない。
「その素早さだけは誉めてやろう。だが、将来ルカリオになるやつにしては、まだ力が足りないな」
力はそんなに強くないが、リザードンに握られ肺の中にある空気が押し出される。
言葉を発する余裕はない。
呼吸をするので精一杯だ。
「まぁ、もう必要ないか。我輩のデザートになるのだから」
舌舐めずりを繰り返すリザードンを見て、背筋が凍りついた。
「や、やめっ……」
「命乞いは無駄だ。では、いただきます」
リザードンの口が大きく開かれる。
粘着性の唾液で満たされた空間。
鋭い牙が鈍く光る。
悲鳴をあげることもできない。
ただ涙だけが溢れるだけである。
もう、終わりだ。
その言葉がリオルの頭の中を赤く染める。
覚悟を決め、ギュッと目をつぶった。
12/03/23 11:06更新 / ミカ