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――君とこんな形で離れることになるなんて、思ってもみなかった――
「食事」本当はこの言葉は素敵なはずなのに、俺はどうしても好きになれなかったんだ。
それはある晴れた日。俺は眩しい朝の光で目が覚めた。
群れの他のやつらはまだ眠っていた。
静かに寝息をたてて寝ているやつもいれば、だらしなく口を開き、涎を滴ながら気持ち良さげに寝ているやつもいる。
そんな時ふと、眠っている仲間の大きく膨らんだ腹が視界に入る。
「うっ……」
思わず少し呻いてしまった。
俺たち、蛇のハブネークは、狩りで捕まえた獲物をよほどの事がない限り、生きたまま丸呑みにする。
その為、飲み込まれた獲物は数十分程は腹の中で必死にもがいているが、しばらくすると中にいることを忘れてしまうぐらいに静かになる。
そのことが、いつから苦手――もとい嫌い――になったかは覚えていない。
周りのみんなが、それが普通に出来ることが不思議でしょうがなかった。
「くぁ……んっ、水でも飲みにいくか」
あくびで目を涙で滲ませながら、ズルズルと重たい体を引きずり、俺は川へと向かった。
川に着くと、俺はすぐに顔を水の中に突っ込み、ゴクゴクと喉を大きく鳴らして水を飲んだ。
空っぽの腹の中が、水で満たされていく。
かれこれ三日間、なにも食べていない。体が限界だと言っているのはよく分かっている。
でも、それでも食事はしたくなかった。
サラサラと流れる川の水は、夏でも関係無しに冷たい。
冷たい水は、膨らんだ欲望を冷ましてくれる。
さすがにこれ以上は飲めない。そう思って、水中から顔を出す。
ケプッと軽いゲップをして、一息つく。
その時だった、背後の草むらがガサッと揺れたと思うと、俺は地面に叩きつけられていた。
「ハンッ、やっと見つけたぜ! 俺のライバル!」
こちらが呻き声を漏らす前に、相手がこう叫んだ。
「う……誰、だ」
視界がぼやけてよく見えない。叩きつけられたショックのせいもあるだろうが、空腹だったからという方が妥当かもしれない。
ただ、何となく分かる。この匂いは……。
「ザングースか?」
「ハッ! 俺以外に誰がいるってんだ?」
ザングースは、俺の腹の上に跨がり、パキパキと指の骨を鳴らしながら、俺を見下ろしていた。
「悪いな。俺は今戦う気はない。だからさっさと――」
“グサッ!”
最後までいう前に、俺の体にやつの鋭い黒光りする爪が突き刺さった。
「ぐぁ! ……うっ、くぅ……」
「俺とお前、出会ったら戦うだけ……そうだろ?」
ニヤニヤとムカツク笑いをうかべながら、ザングースは爪に付いた返り血を舐めた。
「くっ、この!」
ぐわっと大きく口を開け、やつの喉元に噛みつこうとする。
しかし、既に手負いの俺は、いとも簡単に牙を掴まれ頭を地面に叩きつけられた。
グラグラと揺れる視界の中、ザングースが先っぽだけ赤い毛の生えた腕を振り上げていたことだけが分かった。
“死ぬ”
その言葉が脳裏に浮かび、俺は覚悟を決め、目を閉じた。
まさにその時、またしても近くの草むらがガサッと揺れたかと思うと、腹の上にあった重さが消えた。
うっすらと目を開けると、すぐそこでさっきのザングースが、紺色の何かに巻き付かれ、ジタバタと必死に抵抗していた。
「えっ?」
突然のことに頭が働かず、しばらく頭の中が真っ白になっていた。
気がついたときには、ザングースは大人しくなっていた。
「ふぅ……、大丈夫か?」
紺色の太い胴体を解きながら、そいつは言った。
どうやら、異変に気がついた仲間が助けに来てくれたらしい。
「あ、あぁ。――っ!」
体を動かすと、激しい痛みが身体中を駆け巡った。
「無理するなよ? 体に穴開けられてるんだから」
そうだった。俺はやつに刺されたんだった。
そう思った瞬間、また痛みがジワジワとぶり返してきた。
「……お前、また無理してる?」
その質問に体がビクッと反応する。
「ハァ……やっぱりな。ちゃんと飯食えよ。持たねえに決まってるじゃん」
「あぁ……」
「ちょうどいい、お前今あれ食べれば?」
クイッと首を向けた先には、先程のザングースがいた。
まだ息はあるものの、一つ一つがとても短く、命の灯火が消えるのも時間の問題だろう。
仲間は、再びザングースに近づくと、それをくわえて乱暴に俺の顔の前に放り投げた。
途端に、ザングースの呻く声が聞こえた。
「いや、でも俺……」
断ろうと仲間を見るものの、おそらくどう足掻いても無駄だろう。そんな目付きだった。
「……分かった。分かったよ!」
顔を獲物の方へと戻し、軽く息を吐く。
そして、目を閉じて、一思いにそれを口に収めた。
口の中に、生臭い血の味が広がる。
吐き出したくなる衝動を抑えて、ゆっくりと飲み込んでいく。
時折、ザングースが肉壁を引っ掻いていたが、気にせず俺は頻りに喉を動かす。
そしてやつの脚を口内に収めて、最後に大きく喉を鳴らし、ザングースを飲み下した。
喉の中を、暖かな肉の塊が流れていく。
気持ち悪い感覚がしたが、体の方は素直だった。
“ドクンドクン”と、明らかにさっきよりも心臓が力強く波打ち、腹の辺りがポカポカと暖かい。
「まったく、さっさと飯を食ってれば、こんな傷を作るはずがなかっただろうに……」
仲間の言い分も、一応理解できる。
だがやはり、俺には『狩り』は出来ないだろうと思った。
「あぁ、お前の言うとおりだったよ」
それでもあまりそのことを口にすると、馬鹿にされかねないため、俺はとりあえず肯定の雰囲気を出しておいた。
「早く帰って傷の手当てをしないとな。その傷、結構深いんじゃないのか?」
血行がよくなった分、ザングースに空けられた傷口からは、ドクドクと真っ赤な血が溢れていた。
「ん……そうだな」
まだ微かに動くザングースを、腹の中に感じていた。
「食事」本当はこの言葉は素敵なはずなのに、俺はどうしても好きになれなかったんだ。
それはある晴れた日。俺は眩しい朝の光で目が覚めた。
群れの他のやつらはまだ眠っていた。
静かに寝息をたてて寝ているやつもいれば、だらしなく口を開き、涎を滴ながら気持ち良さげに寝ているやつもいる。
そんな時ふと、眠っている仲間の大きく膨らんだ腹が視界に入る。
「うっ……」
思わず少し呻いてしまった。
俺たち、蛇のハブネークは、狩りで捕まえた獲物をよほどの事がない限り、生きたまま丸呑みにする。
その為、飲み込まれた獲物は数十分程は腹の中で必死にもがいているが、しばらくすると中にいることを忘れてしまうぐらいに静かになる。
そのことが、いつから苦手――もとい嫌い――になったかは覚えていない。
周りのみんなが、それが普通に出来ることが不思議でしょうがなかった。
「くぁ……んっ、水でも飲みにいくか」
あくびで目を涙で滲ませながら、ズルズルと重たい体を引きずり、俺は川へと向かった。
川に着くと、俺はすぐに顔を水の中に突っ込み、ゴクゴクと喉を大きく鳴らして水を飲んだ。
空っぽの腹の中が、水で満たされていく。
かれこれ三日間、なにも食べていない。体が限界だと言っているのはよく分かっている。
でも、それでも食事はしたくなかった。
サラサラと流れる川の水は、夏でも関係無しに冷たい。
冷たい水は、膨らんだ欲望を冷ましてくれる。
さすがにこれ以上は飲めない。そう思って、水中から顔を出す。
ケプッと軽いゲップをして、一息つく。
その時だった、背後の草むらがガサッと揺れたと思うと、俺は地面に叩きつけられていた。
「ハンッ、やっと見つけたぜ! 俺のライバル!」
こちらが呻き声を漏らす前に、相手がこう叫んだ。
「う……誰、だ」
視界がぼやけてよく見えない。叩きつけられたショックのせいもあるだろうが、空腹だったからという方が妥当かもしれない。
ただ、何となく分かる。この匂いは……。
「ザングースか?」
「ハッ! 俺以外に誰がいるってんだ?」
ザングースは、俺の腹の上に跨がり、パキパキと指の骨を鳴らしながら、俺を見下ろしていた。
「悪いな。俺は今戦う気はない。だからさっさと――」
“グサッ!”
最後までいう前に、俺の体にやつの鋭い黒光りする爪が突き刺さった。
「ぐぁ! ……うっ、くぅ……」
「俺とお前、出会ったら戦うだけ……そうだろ?」
ニヤニヤとムカツク笑いをうかべながら、ザングースは爪に付いた返り血を舐めた。
「くっ、この!」
ぐわっと大きく口を開け、やつの喉元に噛みつこうとする。
しかし、既に手負いの俺は、いとも簡単に牙を掴まれ頭を地面に叩きつけられた。
グラグラと揺れる視界の中、ザングースが先っぽだけ赤い毛の生えた腕を振り上げていたことだけが分かった。
“死ぬ”
その言葉が脳裏に浮かび、俺は覚悟を決め、目を閉じた。
まさにその時、またしても近くの草むらがガサッと揺れたかと思うと、腹の上にあった重さが消えた。
うっすらと目を開けると、すぐそこでさっきのザングースが、紺色の何かに巻き付かれ、ジタバタと必死に抵抗していた。
「えっ?」
突然のことに頭が働かず、しばらく頭の中が真っ白になっていた。
気がついたときには、ザングースは大人しくなっていた。
「ふぅ……、大丈夫か?」
紺色の太い胴体を解きながら、そいつは言った。
どうやら、異変に気がついた仲間が助けに来てくれたらしい。
「あ、あぁ。――っ!」
体を動かすと、激しい痛みが身体中を駆け巡った。
「無理するなよ? 体に穴開けられてるんだから」
そうだった。俺はやつに刺されたんだった。
そう思った瞬間、また痛みがジワジワとぶり返してきた。
「……お前、また無理してる?」
その質問に体がビクッと反応する。
「ハァ……やっぱりな。ちゃんと飯食えよ。持たねえに決まってるじゃん」
「あぁ……」
「ちょうどいい、お前今あれ食べれば?」
クイッと首を向けた先には、先程のザングースがいた。
まだ息はあるものの、一つ一つがとても短く、命の灯火が消えるのも時間の問題だろう。
仲間は、再びザングースに近づくと、それをくわえて乱暴に俺の顔の前に放り投げた。
途端に、ザングースの呻く声が聞こえた。
「いや、でも俺……」
断ろうと仲間を見るものの、おそらくどう足掻いても無駄だろう。そんな目付きだった。
「……分かった。分かったよ!」
顔を獲物の方へと戻し、軽く息を吐く。
そして、目を閉じて、一思いにそれを口に収めた。
口の中に、生臭い血の味が広がる。
吐き出したくなる衝動を抑えて、ゆっくりと飲み込んでいく。
時折、ザングースが肉壁を引っ掻いていたが、気にせず俺は頻りに喉を動かす。
そしてやつの脚を口内に収めて、最後に大きく喉を鳴らし、ザングースを飲み下した。
喉の中を、暖かな肉の塊が流れていく。
気持ち悪い感覚がしたが、体の方は素直だった。
“ドクンドクン”と、明らかにさっきよりも心臓が力強く波打ち、腹の辺りがポカポカと暖かい。
「まったく、さっさと飯を食ってれば、こんな傷を作るはずがなかっただろうに……」
仲間の言い分も、一応理解できる。
だがやはり、俺には『狩り』は出来ないだろうと思った。
「あぁ、お前の言うとおりだったよ」
それでもあまりそのことを口にすると、馬鹿にされかねないため、俺はとりあえず肯定の雰囲気を出しておいた。
「早く帰って傷の手当てをしないとな。その傷、結構深いんじゃないのか?」
血行がよくなった分、ザングースに空けられた傷口からは、ドクドクと真っ赤な血が溢れていた。
「ん……そうだな」
まだ微かに動くザングースを、腹の中に感じていた。
12/03/06 14:07更新 / ミカ