の嘘 (蒼天北方無双正史ごたまぜ三国志)

※このSSは歴史/創作BLサンプル用です。
※1シーンだけ切り取っているので登場人物の関係がややこしいです(あと、書いたのが凄く古いです)。

一人一人に声をかけ、まるでそれぞれが命の恩人のように賞し、自ら褒美を手渡してみせていた。
機嫌のいい姿であればあるほど恐ろしくも見える。

あらかた配り終えた頃、ふと思い出したように……或いはそれが本題かのように、男は息子を呼んだ。
血を分けた、愛しい子。自分の場所を継ぐかもしれない、ある意味ではこの世で一番恐ろしい存在。日に日にその意識は強くなっている。

「お前にも何かやらねばな……子桓よ、何か欲しいものはあるか」

もう幼名で呼ぶ事も無い。
それでも肉親らしい声音で、そう言った。

「父上、私が欲しいものは以前から願いを出している筈です」

子は子でそれを充分意識しながらも、父と呼びながらもまるで他人を呼ぶような声で応えている。
忌々しい、とも。
よく育った、とも。

「おれの子は財や万の兵より、稀代の書より、唯一人の軍師を望むのか。……それでこそ我が子かも知れぬ。が」
「やれぬと申されるのですか」
「そうだ」

子桓は壇上の父を睨み、傍らに控えている男達の顔色を見た。鬼才とも天才とも呼ばれ、幾多の戦や内政を取り仕切ってきた知の兵。
曹操の愛する男達。
血の繋がった息子よりも娘よりも、連れ添ってきた妻よりも、この男は選択する際は必ず彼らを選ぶのだろう。
子桓にとってそれはもう決められた事実のようなものだ。

その曹操を継ぐのはお前だ、と父は言った。
段々と増えつつある白髪や深く刻まれた皺が、その言葉に現実味を帯びさせる。
ふと兄の事を思う。
この場所に居るべきだった人は、この父の為に死んだのだ。
それから……弟。
弟との事を考えると、あの人を追い詰めたのは自分達ではないのかと考えてしまい気分が沈む。


「子桓……何故仲達なんだ。他の者でなく」
「わからぬわけでは無いでしょう、父上ともあろう方が」

その声に怒りが孕まれているのがわからない程遠い距離ではない。
周囲の男達はまるで耳も口も無いかのように黙っていた。

「語ってみろ」

低い声で、覇王は言った。

「曹操を説得出来なければ、やらぬ。何故お前は仲達が欲しい?理由を述べてみろ。弁で、自らの舌でお前の欲しい物を手に入れてみせろ」
「父上…」
「父からではなく、曹孟徳から奪ってみるがいい」

目の前に居るのは、父ではない。
そう言い切る男は確かに父の顔ではなかった。
そもそも父の顔だった事があっただろうかと、子桓は一瞬思いをはせた。

“やあ…子桓さまは本当に、孟徳さまによく似ておられますね”

記憶に残る、優しく抱き上げてくれた男は父ではなかった。
その人ももうどこにもいない。
わかりあえないのかもしれないと呟いたきり、もう何も語らない。

「私は、その曹孟徳になりたいのです」
「ほう?」
「曹孟徳には、曹孟徳の軍師がおりました。私の記憶にある限りでは」

脳裏に浮かぶ。
父のようになりたいと、素直に思ったのもその頃だ。

「…おれの軍師か。この魏の軍師でも無ければただの群雄であった頃の、ひとつの家族のような曹陣営においての軍師でも無く、おれの」

覇王の脳裏にも浮かんでいるのだろう。

「一人は若くして死に、もう一人は曹孟徳が死に追い遣りました」
「……」
「彼らは曹…あなたの師であり、友でもあった。あなたは彼らを愛し、絶対の信頼をし、命すら手中に収めていた」
「かも知れぬ」
「曹孟徳にかつて在ったように、私には私の…曹子桓の、郭嘉が欲しいのです」

そう子桓が言うと、まるで人形のようだった傍らの男達が僅かにざわめいた。その名を知らぬ者はいない。だが、その姿を知る者は少ない。
鷲鼻の老人が密やかに若き日の姿を脳裏に描き、小さく溜息をついた。
知らぬわけではない。
気付かぬわけではない。
あの男に、仲達は生き写しのようだ。
顔がそれほど似ているわけではないが、性質もまるで陰と陽のように違うが、何かが似ているのだ。
何かが、全く同一の物なのだ。

曹操が仲達に興味を持ったのを知り、気付いていた家臣達で遠ざけようとした事があった。
だが曹操がそれに気付く方が、少し早かった。

「父上、彼に固執するのはもうお止めください。あれは私の郭嘉であり、私の仲達なのです。あなたの郭嘉でも無ければあの方でも無い。あの方を私から奪ったあなたには、もうあなたの軍師を持つ資格は無い」

子桓はやや早口でそう言い切り、まるで親の仇を見るような目で肉親を睨んでいる。
いい目だ、と思ってしまう己の業の深さが曹操には憎かった。

「もうおれの軍師などどこにも居ない。ここに居るのは全てが我が曹魏の師であり…血であり、肉だ」
「ならば、宜しいのですね」
「そうとは言っていない」

やらないとも言っていない。その気が無いわけじゃない。
頭ではわかっている。

「もう仲達に白い衣を贈るのはお止めください。あの方の衣まで贈るのはお止めください、父上。これ以上あの方を辱めるのはお止めください。仲達を、仲達として生きさせてください」
「…子桓よ」
「父上、仲達を私に下さいませ」
「もう、いい」

もう止めよ、くれてやる。
そう父は言い、曹操は言い、子は頭を下げた。このやり取りを奴の前でする羽目にならなくて良かった、と息を吐いたのはどちらだったか。

あなたのものは全て手に入れる。

越えるのは、それからだ。

 

 

「……仲達、お前を貰ってきたぞ」
「は?何を仰いますか、突然」

知ってる癖に白々しい、と内心思いつつも子桓は仮病を使って休んでいた司馬懿の居る部屋に乗り込んでいた。茶を運んできた女官から奪うように受け取り、たった今手に入れたものを睨み付ける。

「お前は曹操の物ではなく、この曹子桓の物になった。光栄に思えよ」
「若君もまた思い切ったことをなさいますね」

仲達にとっては、いつまでも若君だ。勝ち誇ったようにじわじわと笑みがこみ上げて来ている子桓を見ていると噴出しそうになる。
年下の主君を持つ事に特に抵抗は無い。
この枷さえ外れるのなら、別の枷だっていい。

「もう若君では無い。お前の主人はこの私になった、と今言っただろ?」

形から入るのもこの人らしい、と思う。
愚かだとも愛しいとも、哀れだとも思う。
そういった点において我々は同類なのだ、とも。

「……では、何とお呼びすれば宜しいでしょうか?」

畏まって、仲達は礼をした。
王佐の才。下らないとすら思っていた才が今は欲しい。そんなものを持っていたが故に貴方は滅んだのだ、と墓前で嗚咽した日のことを良く覚えている。

曹操は、もう死ぬ。
今すぐではないが近い将来、必ず死ぬ。
彼一人の生の為にどれだけの人間が蝕まれたか、計り知れない。
同時にどれだけの人間が育まれたのかも。

「そうだな……」

考えながら、子桓は窓の外に目を遣った。誰の子かわからないが庭では童がころがるように走り、女官がそれを追いかけている。

“子桓さま、筆を持って走ってはなりません!”
“だって文若、ちちうえは歩きながら書を書くんだ、おれは走りながら書けないとちちうえより偉くなれないだろう?”
“ああ、危ないですってば子桓さま…”

抱き上げてくれた腕。
彼から父の話を聞くのが何よりも楽しみだった事など、もう誰も知らない。


「…若君、そんなに考え込まないといけないなら後にしましょう。」

仲達の言葉に、子桓は首を横に振った。もう少し待てということだ。


全て、手に入れるのだ。

 

 

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