あれは本当に起こった出来事だったのだろうか。



どうしてあんなことになったのか、今ではもう覚えちゃいない。

―いや。

覚えているだろう?

あの時のアイツの、飢えた狼のようなギラギラした瞳を―











THE SWEET TRAP  〜甘い罠〜











「なあ、次元。」


ふいに声をかけられて、次元は読んでいた新聞から顔をあげた。


「お前さ、これまでいいトコまで行っちゃったオンナのこと、どう思ってた?」


あまりにも突然すぎる、しかも滅多にしてこない過去のプライベートへの質問に、次元は少なからず当惑した。


「どうって…。そりゃ、…………………」


次元の思考は、言葉を捜して彷徨っていた。


「愛してたのか?」


ルパンはいっそ無遠慮なくらい率直に聞いてくる。


「………ああ。…多分。」


次元は目を伏せてそう答えた。おそらくそう言わなければ、ルパンは満足しそうにない様子だった。


「そっか。愛してたのか。」


へええ〜、と、何とも判断のつきかねる感嘆を残して、ルパンは自室へと消えていった。






ルパンと次元は、五右衛門・不二子と組んで、ズフ王の宝を頂いたばかりだった。

それぞれ「西」「東」「南」へ向かうという次元、五右衛門、不二子を乗せたモーターボートを発進させ、ルパンは声高に


「そんじゃ中を取って、北にすっかぁー!!」


と宣言したのだが、辿り着いた町で、五右衛門と不二子はそれぞれ言ったとおりに「東」と「南」へ向かってしまい、何故かこうして自分だけが、ルパンと共に留まっているのだった。






…けど、なんだってあんな素っ頓狂なことを聞きやがるんだ?






次元の頭からは、しばらく疑問が消えなかった。だが、やがて彼特有の諦めのよさ―言い換えれば面倒くさくなったというだけの事なのだが―から、次元は再び新聞を取り上げて続きに目を通し始めた。

新聞を取り上げた拍子に、陶製のカップの中の少し冷めた珈琲が、頼りなく揺れた。











その夜、野菜だけの炒め物とコンビーフ、安ワインで夕食を摂りながら、次元はルパンにそれとなく聞いてみた。


「…なあ。何かあったのか?」

「何が?」

「いや…。昼間、急にあんな事を聞いてきたりするからよ…」


次元はワインで唇を湿らせながら歯切れの悪い口調で問うた。


「…別に。大した意味はねえさ。」


ルパンはもくもくと食事を口に運んでいる。

お宝を頂いたばかりなのだから、本当はもっと豪勢な食事も出来たのだが、互いに面倒くさいということになって、次元があるもので調理したのだ。


「相変わらず炒め物作るの上手いな。」


ルパンは笑顔でそう言う。


「ああ…。そいつぁどうも…。」


ルパンの考えている事が、次元にはさっぱり分からなかった。

本当になんでもないのならそれでいいのだが。
















夜も更けて、町の明かりもまばらになった。

漆黒の闇にぽつぽつとともし火が浮かぶ様は、星空とよく似ていた。




次元は一人リビングに残り、シェードランプの明かりだけを点けて窓際に立ち、バーボンを口にしていた。




(そっか。愛してたのか。)




「…分からねえ…。」


次元はぽつりと呟いた。




そもそも、「愛」とはなんだ?




常に共に居たいと願う事。ちょっとした仕草に気をとられること。笑顔を見ていると、心底幸せな気分になれること― 

そして、一緒にいれば何だって出来ると思える、そんな高揚した気持ちを持てる事が、「愛」か?




確かにこれまで関係を持った女の中に、そういう女はいた。

顔もぼんやりとしか思い出せなくなったが、共にいて暖かな気持ちになれる―

そういう関係は、確かにあったのだ。それが「愛」ならば―

そこまで考えて、次元の脳裏で、まるで一瞬にしてパズルのピースが当てはまるように合致したものがあった。




常に共にいたい。ちょっとした仕草にはっとする。笑顔が眩しい。一緒にいれば何だって出来る―

これは、常日頃自分がルパンに感じているのとまったく同じ感情ではないか。

次元は動揺した。

そのせいで手の中のグラスが揺れ、琥珀色の液体が床に数滴の染みを作った。






…どうかしてるぜ。






次元は、グラスを一気に干した。




ふうっ、とため息をついて口を拭った時、突然ドアが開いた。

次元は反射的にドアに向かって身構えた―それもガンマンらしくない、かなり狼狽した姿で。


「…?どうしたんだよ。」


ルパンが不思議そうに笑って聞く。


「…いや…。なんでもねえ。」


次元は体勢を整えると、ゆっくりとソファーに歩み寄って腰を降ろし、足元を見つめた。

しばらくの間、ルパンも次元も互いに一言も発しなかった。沈黙が流れた。




「…”愛”ってやつの事を、考えてた。」


沈黙を破ったのは次元だった。


「お前に言われて、改めて考えてみた。そしたら………お粗末なモンさ。何にも分かりゃしなかった。」


ルパンは黙って聞いていた。


「いい加減いろいろ分かってもいい歳だと思ってたんだがな。…こんな事すら、分かってなかった。」


自嘲気味に笑う次元の言葉に、ルパンの言葉が続いた。


「”こんな事”…?」


その声音に、次元はルパンを振り返った。

口端に皮肉な笑みが浮かんでいるが、薄闇に隠れてその目は見えなかった。


「…なあ次元。俺がなんであんな事を聞いたのか、教えてやろうか」


ずい、と一歩次元の方へ足を踏み出したルパンの、その気迫に押されて、思わず次元はソファーの上で後ずさった。


「………それはなあ、次元。俺が。この俺が、その”愛”がどんなものか知らねえからだよ!」


ルパンは乱暴に歩を進めると、次元の両肩を掴んでソファーに押し倒した。弾みで次元の手からグラスが滑り、床で粉々に砕け散った。




初めての感覚だった。




ふざけ合って組み敷かれた事は何度もある。

だが、こんな真剣な、思いつめた瞳で上からルパンに見つめられるのは、初めてだった。




「…次元、俺は世界一の怪盗か?」


次元は黙って頷いた。


「俺は今まで欲しいと思って手に入らなかったものは何もない。それはお前が一番よく知ってるよな?」


再び次元は頷く。


「それが、………愛だけは、俺は手に入れた事がねえ。」

「…不二子が、いるじゃねえか。」


次元の反駁に、ルパンは悲しそうに首を振って言った。


「本当にお前、何にも分かってねえんだな…。」


泣き出しそうな顔で、ルパンは次元をじっと見つめた。次元は、ルパンの瞳から目を離すことができなかった。


「…そもそも、お前なんでそんな事を言い出したんだ?何で今なんだ?」


今度は次元がルパンに問うた。

次元の両肩を掴んでいたルパンの手の力が、僅かに緩んだ。


「…ずっと欲しいと思っていたものに手を伸ばすのに、時期なんて関係ない。」


次元には、ルパンの言っている意味が分からなかった。

答えを口にしたのは、ルパンだった。


「次元。…俺は、お前が欲しい。」

「お…俺はもう、お前の相棒じゃねえか…。」


ようやく明かされた真実を認められなくて、掠れた声で次元は言った。


「…お前じゃなきゃ駄目なんだ。知りたいんだ、愛がどんなものかを。」


ルパンの顔が近づいてくる。口付けようとしているのだと分かって、次元は必死でルパンを押し戻した。


「待てよ…!俺は男だぞ!?気は確かか!?」

「…じゃあどうして残った!?…西へ行くって言ったのは、お前だぜ?」


次元は息を呑んだ。


「…お前も俺を…」

「違う!!」


次元は叫んだ。そして、ゆっくりと上体を起こした。


「…ただの気まぐれだ。勘違いするな。てめえがそういう考えなら、こっちは願い下げだ。出て行く。」


静かに立ち上がる。砕けたガラスを踏む音が、小さく響く。そのままドアの手前まで行って、次元は掛けてあったジャケットを羽織った。






恐ろしいほどの沈黙。






このままドアを開けてしまえば、二度と会う事はないだろう。




ドアノブに手をかけて―




次元はその手を下ろした。
















「…一度だけ」


ルパンに背を向けたまま、次元は呟いた。


「一度だけだ。終わったら、俺は出て行く。二度と会わねえ。」




その言葉が終わるか終わらないかのうちに、背後から腕が回された。

そのまま抱きしめられ、耳朶を舌が這った。

たったそれだけのことで、鼓動が驚くほど跳ね上がった。

熱い息遣いが耳元で感じられる。ルパンが興奮しきっているのが分かる。




やがて強引に振り向かされ、真正面から抱きしめられる格好になった。ルパンは次元の肩に顔を埋めて、愛おしそうに大きく息を吸った。

やがて、再び舌が、今度は首筋を上へと這ってきた。

舌先が丁寧に首のラインをなぞると、そのまま唇に軽く音をたてて小さくキスされた。

ルパンが次元を見つめる。だが、次元はルパンを見ることが出来なかった。

次元の左手を自らの右手で絡め取ると、ルパンはそのまま次元に口付けた。

頑なな歯列を解きほぐすように、ゆっくりと貪る。左手は次元の腰を抱いている。やがて次元が陥落すると、ルパンは音をたててその舌を吸い上げた。

吸って、転がし、口中を隅々まで愛撫する。くちゅ、と、唾液の絡まる音が混ざる。

次元は固く目を閉じて耐えていたが、突然がくりとルパンの胸に倒れこんだ。


「次元…」


小刻みに震えながら顔を背ける次元を支えながら、ルパンが熱っぽく囁く。


「…ルパン…」


震える声で、次元はその言葉を口にした。


「ベッドで…」
















「あっ…あ…!ああっ!!…ん…!」


スプリングがふたりの動きに合わせて軋む。

ルパンの口に性器を含まれて、次元は身をよじって悶えた。


「ああっ…!ルパン…!もう、もう…!」


両足を大きく割られ、短く刈り込まれたその髪に両手をあてながら、次元は何故か涙を流していた。


「あっ…!達くっ…!!」


ぶるっ、と、次元の身体が震えた。ごくり、と飲み下す音がして、ゆっくりと舐めるように口から薄桃色の性器を離すと、ルパンは精液に濡れた顔を上げた。次元は両手両足を放り出して放心している。その瞳からは、涙が後から後から流れ出していた。

勢いよく上体を次元の上に乗せ、汗ばんだ肌を合わせながら、ルパンは優しく聞いた。


「どうした?何が悲しい?」

「…うるせぇ…!何でもねえ!…さっさと終わらせやがれっ…!」


次元は顔を背けて目に腕をやり、さらに泣いた。

ルパンは寂しそうに微笑うと、次元を抱きしめなおして口付けた。


「んん…!」


次元は無意識のうちに、ルパンの背に腕を回していた。互いが互いを強く抱きしめる形になった。

口付けは時に離れ、吐息とともにふたりは互いをまさぐり、再び舌を絡めては、ベッドの上を激しく左右に揺れた。











足りない。

これだけでは足りない。

どんなに抱きしめても、互いの身体が一つになることを邪魔する。

このまま溶けて一つになってしまえたらいいのに―

そう思ったのはルパン、次元、どちらだっただろうか。

或いはもしかしたら、その両方だったかもしれない。











「…次元…!」


ルパンは、恍惚としてルパンに口付けていた次元の両頬を掌で包み、潤んだ瞳で訴えた。


「…もっと、一つになりたい。」


次元の顔に、不安と、微かな恐怖が読み取れた。


「…いいか…?」


肩で息をしていた次元はほんの少し間を置いて―

それから小さく頷いた。











オイルで湿らせた指を一本、ゆっくりと肉襞の中に埋め込んだ。


「うぅ…!」


次元の押し殺した呻き声がシーツにこもる。


「もっと力を抜いて…」


ルパンは優しく次元の頬を撫ぜる。


「はあっ!あっ…!!」


指が中で蠢くたびに、次元は苦しげに眉を寄せて身をよじった。


「二本目…」


ルパンの指が震える秘菊に吸い込まれていく。そこは紅色に染まって、ひくひくとルパンを誘っている。


「ああ…次元…!」


ルパンの中で燃え上がるものがあった。その途端に、ルパンは埋め込んだ指を激しく動かし始めた。


「あああっ!ルパンっ…!!止せ、もう、止してくれ…!」


次元の哀願には耳を貸さず、ルパンは奥へ奥へと指を進め、中を広げていく。


「はあっ!ああっ!あああっ!!」


ギシギシとベッドが軋む。虹色の汗が飛び散る。次元はいやいやをするように首を振りつづけたが、ルパンは動きを止めなかった。やがてもう十分と思えた頃、指を引き抜くと、熱でとろけたオイルが糸を引いた。

ルパンは、張り詰めきった自身をあてがい、指と同じようにゆっくりと埋め込んでいった。

ずぶずぶと肉を掻き分ける感覚が、欲望に更に火をつける。


「ああ…。ん…」


十分に準備をしたせいだろうか、初めて男を受け入れる次元が、うっとりとした声をあげた。


「…いい………。ああ………」


初めに、浅く突いてやる。


「あっ!ああ…!」


次第に、深く深くまで、突き上げるようにグラインドする。


「はあ、ああ、あああ………!もっと、ルパン…!もっと…!」


ルパンに貫かれて、次元は何度も何度も射精した。ルパンもまた、次元の中に熱い精液を注ぎこんだ。

この夜、次元は初めて、自分がずっとルパンを愛し続けていた事を知ったのだった。
















朝の光が、窓から差し込んでくる。

眩しさで、次元は目を覚ました。

ルパンは既に起きていた。そして優しく、次元を抱いていた。

愛おしそうに、ルパンが次元の鼻先に口付ける。


「…お早よう。」


真正面から見つめられて、次元は頬が熱くなるのを感じた。目を逸らそうとしても、ルパンの腕がしっかりと次元を抱いて離さない。


「…ありがとな。」


そのルパンの言葉に、次元ははっとした。


「…一度だけ、…だろ?もう、会わないんだな、俺たち。」


ルパンは伏目がちに、だが口には精一杯の笑みを浮かべて、そう言った。


「…………………!」


次の瞬間、次元は枕を掴んで思いっきりルパンに叩きつけた。


「ななな、何すんだ!?」


ルパンが目を丸くして叫ぶと、次元は恥じらいからではなく、怒りから顔を真っ赤にして怒鳴った。


「てめえ!やるだけやってやり逃げか!!責任取れ!謝罪しろ!金払え!!」


羽枕の羽毛が舞う中で、次元はそう叫んだのだ。確かに。

目を丸くしていたルパンは、やがて破顔し、大声で朗らかに笑い出した。


「ハハハハ、あーっはっはっはは!」

「何だよ…笑いやがって。」


しかしそう言った次元の口元には、既に笑みが浮かんでいた。そして、次元はルパンと共に笑い出した。


「あーっはっはっはっはっはっはっはっは!」

「ハハハ、はーっはっはっはっは!」


裸のまま、ふたりは縺れるようにして倒れこんだ。

そして互いの顔のあちこちにキスしながら、笑い続けたのだった。











「愛」の本当の意味なんて、多分誰にも分からない。

でも、「傍に居たい」と思える奴と一緒にいられる、キスしたいときにキスできる、それが、「しあわせ」ってことじゃないだろうか。

涙を浮かべて笑い転げながら、次元はそんな風に思った。











だが、その次元が最後まで気づかなかった事。

ルパンが「愛」を口にしたのは、巧妙な罠。次元をその気にさせるための。






そうでもしなければ、次元は永遠に手に入らないとルパンは思ったから―

だから、笑いながらルパンは、

(ごめんな)

と、心の中で次元に囁いたのだった。












でも、罠から始まる恋があってもいい。

甘い罠なら、きっとそれは尚更に。











FIN
























(2008年11月18日、上沼みどり様よりリクエストをいただきましたv 「曲として痛い部分もあるけれど最後はハッピーエンドで、Hありでv」というご要望でした。上沼様、如何でしたでしょうか。管理人自身も大好きな曲なので、思い入れが強すぎて少しテーマが散逸した感がありますが、本家映画の場面や科白を余り使用することなくオリジナル面を多く出せたので、その意味で管理人にとって大変勉強になりました。上沼さま、リクエストを本当にありがとうございました!!)

2008年12月03日 Wed.

アーティスト:media youth
曲名:「Damageの甘い罠」
アルバム:『ルパン三世 DEAD OR ALIVE オリジナル・サウンドトラック』

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