The Sweetest Kiss






バレンタイン前日。


ロンドンの老舗百貨店、ハロッズのスイーツ売り場に、その場にまったくそぐわない黒衣の男が立っていた。


帽子を目深に被り、まるでその素顔を隠すかのような男の風情に、周囲を行く客は声を潜めて何事か話し合う。


客たちが訝しがっているのは、その男が漂わせる常人とは異なった空気―

つまり、裏社会に生きるもの独特の匂いを敏感に感じ取っての事だったのだが、彼自身は実は全く違う事を想像して、いたたまれない気持ちでその場に立ち尽くしているのだった。


「…どうせ」


男はぼそりと呟いた。


「…どうせ俺には菓子は似合わねえよ…。」


はぁ〜、と大きくため息をつくと、男はスイーツ売り場から離れた。


うなだれたその後姿にも、客の好奇の視線は容赦なく向けられた。




そのままハロッズを出、男はブロンプトンロードを歩き出した。


人ごみに紛れながら、男は明日相棒に渡すプレゼントについて考えをめぐらせていた。



そもそもこの男、贈り物が得意ではない。



それは相手が女であるときももちろんだが、男の恋人に渡す、となれば、しかもそれが長年慣れ親しんだ相棒とくれば、余計に考え込んでしまう。


相手の趣味趣向は分かりきっている。


だが、「贈り物をする」という行為自体に違和感を覚えてしまうのだ。…ようするに、照れ屋なのである。


昨年も悩みに悩んだ末に、結局プレゼントする事を放棄していたら、ルパンは丁寧に年代物のバーボンを贈ってくれた。


そこで、今年こそは積年の恩を返さなければ、と、義理堅いこの男は意を決して街に出たのだが、やはり生まれ持った性分には勝てなかった。






ぼんやりと歩き回っているうちに、ハイドパークに着いた。

薄曇りの天気だが、公園内には様々な散策客がいた。

次元は暫くベンチに座って考えてみる事にした。

懐からペルメルを取り出し、火を点してから深く紫煙を吸い込み、大きく吐き出した。


「あいつの喜びそうなもの…」


日本ではバレンタインといえばチョコレートと相場が決まっているので、先ほどはスイーツ売り場に行ってみた。

辛党で甘いものを滅多に口にしない自分と違って、ルパンは美味いものならなんでも食う男だから…と思ったのだが、何か腑に落ちなかった。

それなら酒か?と思い、昨年ルパンが自分にバーボンを贈ってくれたのを思い出して諦めた。


タイピン?ネクタイ?それとも時計…?


次元はそうしていろいろと思い浮かべては考えを打ち消し、…そして最後に。

銜えていた煙草をふっと口から吹き飛ばし、立ち上がって靴底で火をもみ消すと、両のポケットに手を突っ込み、肩を落としてアジトに向かって歩き出した。
















翌日。

次元が新聞で顔を覆ってソファーに寝転んでいると、ルパンがそろりそろりとソファーの背に近づき、上から新聞を取り除くと、次元の顔を見つめながら嬉しそうに言った。


「次元ぇ〜んちゃん。今日は何の日〜?」


ルパンは満面の笑みで、後ろ手に何かを手にしている。


「あああ…」


次元は最早面倒くさくなって、一度除けられた新聞をまた顔に被せた。


「バレンタイン・デーだろ?」


新聞の下から次元がもごもごと呟くと、ルパンは歓声をあげた。


「そうそう、その通り〜!!」


その声と共に勢いよく新聞が跳ね飛ばされ、代わりに次元の顔身体いっぱいに降って来たものがあった。


「うわっ!!ぺっぺっ!なんだこりゃ!」


見れば、辺りは一面のバラの海。

ソファーの上にも、床にも、次元の身体にも―

真紅の花びらが散り敷いていた。


「吃驚した?」


ルパンが笑う。


「…これが今年の”プレゼント”か?」


次元が起き上がって肩から花びらを払っていると、ルパンは頷いた。

ルパンの自分を見るその眼に先ほどとは違う光を見たが、次元は気づかないふりをした。


「…花は女に贈るもんだぜ。」


次元が言うと、ルパンは舌なめずりをして次元の耳元に口を寄せ、打って変わった情欲の滲んだ声音で囁いた。


「…一度お前を、花で埋めてみたかったんだよ。」

「…棘が刺さったぜ?」


次元は血の滲んだ指先を口に含んだ。ルパンはその手を取ると、次元の代わりに指を含み、そのまま愛撫を始めた。

指先だけでなく、指全体を舐め上げられ、ルパンの舌が動くたびに、次元の身体が微かに震える。

ルパンはそのまま腰を落とすと、ソファーの上の次元の背に腕を回し、その身体を抱き寄せた。

首筋に、耳朶に舌を這わせる。次元の息が荒くなる。


「ルパン…」

「ん?」


詫びるような次元の声に、ルパンは愛撫を止めて次元の顔を覗き込んだ。


「…すまねぇ。俺は何にも用意してねえ。」

「なぁんだ。わーかってるよ、そんな事。」


意外な顔でルパンを見上げる次元の唇を、ルパンのそれが覆った。

歯列を割って入り込むルパンの舌に、次元の舌が絡まる。


「んん…」


次元は陶酔した喘ぎを洩らした。

優しく吸われ、転がされて、次元は身体の芯が溶けていくような感覚を覚えた。

ルパンがシャツのボタンに手をかけたところで、ルパンの胸に顔を埋めて、消え入るような声で次元は哀願した。


「ベッドで…」


ルパンは満足そうに喉を鳴らすと、次元の身体を抱き上げた。































驚いた事に、ベッドの上にもバラの花びらが敷かれていた。

その上で次元を生まれたままの姿にすると、ルパンはその細い身体を撫ぜながら、舐めるように見つめた。


「…そんなに見るな」


次元は頬を赤らめながら目を逸らした。


「どうして?」


ルパンはゆっくりと次元の肌に口付けを落とし始めた。


「…見ていたいんだ、お前を。」

「あっ…!」


乳首を強く吸われ、周りをなぞられて、思わず次元は声をあげた。

ルパンの右手が次元を握りこんで、器用に愛撫を加えている。


「あっ!あっ!ああ…んっ!」


激しく性器を嬲られて、次元の口からは嬌声が溢れ出した。


「はあ、あ…ルパン、ルパン…!」


次元はルパンの首に縋り付き、口付けを強請った。

ルパンはその背を支えてやりながら、深く次元に口付けた。

音を立てて舌を絡ませあい、激しく貪りあった。ルパンが次元の舌を強く吸い上げたとき、汗ばんだ次元の背が反り返った。


「あっ…!いく…!!」


ビクン、と次元の身体がのたうち、ルパンの手の中から、白濁した精液がとろりと零れ落ちた。

ルパンは肩で息をする次元の菊座にその精液で濡れた指をあてがうと、一本ずつゆっくりと埋めていった。


「ああ、あ…!」


ビクビクと次元の身体が痙攣する。

足を大きく割り込んで身体を倒し、息がかかるほど近くに
顔を寄せて、ルパンは囁いた。


「いいか…?次元」


次元は荒いだ息の下から、必死に頷いて見せた。


「じゃあ、もっとこうされるのはどうだ…?」


言い様に埋め込んだ指を弱い箇所だけに集中して責めてやると、次元は身も世もなく悶え、涙を流した。


「あっ!あっ!いい、いいっ…!ルパンッ…!」


やがてすっかりとろけてしまった菊座から指を引き抜くと、
次元は小さく「ひっ…!」と声を洩らした。

間髪を入れずに、ルパンは猛った己自身を次元の中に突き刺した。


「ああーっ!!」


悲鳴のような次元の声があがる。

次元の中は熱く、肉は解けてルパンに絡みついた。ルパンが腰を引こうとすると、一時でもそれが耐えられないとでも言うように締め付けられる。

煽られて、ルパンは激しく腰を使い始めた。

抜き差しするたびにぐちゅぐちゅといやらしい音が響き、
それがふたりを更に興奮させた。


「あ…!おかしくなる、もう、おかしくなっちまう…!!」


ルパンの腰に足を絡みつかせながら、次元はむせび
泣いた。


「…いいぜ。おかしくなっちまえよ。…見ててやるよ、
ずっと。」


酷薄に、ルパンが笑う。






スプリングが軋む。

ルパンは激しい動きを止めようともしない。






「あ、あっ…!!」


遂に次元が射精した。精液は真紅の花びらにも飛び散って、赤と白の妖艶なコントラストを作り上げていた。

ルパンは玉の汗を滴らせながら微笑うと、ずっと奥深くまで次元の中に自身を突き入れた。


「っ…!!」


次元の中で、どくん、と自身が脈打つのが分かった。

熱い精液は、一滴残らず次元の中に飲み込まれていった。


























情事ののちの気だるく甘い空気が漂う中で、ルパンは次元の身体に無造作に花びらを散らして喜んでいた。


「…おいおい…。ガキじゃねえんだ。」


次元が抗議しても、


「いいじゃんいいじゃん。」


と言って、ルパンは聞き入れようともしない。






その時ふと、次元は花びらを手にとり呟いた。


「…俺は今年も、何もお前に贈ってやれなかったな…。」


ルパンは遊びに興じるのを止め、次元を見た。


「…すまねえ、ルパン。」


詫びる次元の上に身体を倒して両の掌でその顔を包み
込み、瞳を覗き込みながらルパンは言った。


「いいさ。俺はお前さえいてくれれば、それでいいんだ。」


胸を突かれた次元が何か言いかけたとき、ルパンが言葉を継いだ。


「その代わり、これから毎年この日は、一年のうちで一番
甘いキスをくれよ。お前から。」


思いも寄らないルパンの言葉に、次元は真っ赤になった。


「…お、俺から!?そ、そ、そんな…!」

「いいだろ?」


ルパンは既に目を閉じて、次元が口付けてくるのを待っている。


「………!…………!!」


次元は何とか反論の糸口を見つけようとしたが、頭に血が上ってしまって何も考えられなかった。


まだじっと次元の唇を待っているルパンを見、もう一度考えて、深く息を吸い込んでから吐き出すと、次元はそっと唇をルパンのそれにあてた。





















「一年で一番甘いキス」。


それがどんなキスだったかは、ふたりだけの秘密。











〜fin〜
















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