Pain
日が傾いて、室内を薄闇が覆った。 資料部屋で分厚い歴史書を読んでいたルパンは眼鏡を外すと、パタン、と本を閉じた。 アジトは、静寂に満ちていた。 しかしその静寂は、何か一つでもきっかけがあれば決壊してしまいそうな危うさを孕んだ静寂だった。
アメリカ、マサチューセッツ州ボストン。 ルパンと次元は、アメリカでも有数の大富豪ヘンリー・バヤードの元から、「アメリカン・グローリー」と名づけられた大粒のダイヤモンドを盗み出す為にこの地にやって来た。 計画は完璧だった。 しかし、思わぬ「誤算」があったのだ。
資料部屋の扉が音もなく静かに開いた。 そこに立つ次元の、帽子の陰に隠れていつにもまして表情の読み取れないその顔が青ざめていることを、ルパンは知っていた。
ふたりは暫く無言で見つめ合った。
やがて次元が、そっと室内に足を踏み入れてきた。 ルパンの仕事が終わるまで、次元は決して邪魔をしない。そして何も言わなくとも、そのタイミングが分かっている。 長年起居を共にしているが故の勘の良さなのか、それとももっと深い繋がりの為か。 しかしルパンは、今はそんなことはどうでも良かった。
「…おいで。次元。」
ルパンは両腕を次元に向かって広げた。 次元はゆっくりと歩を進め、常になく従順にその腕の中に収まった。 ルパンは次元の両足を抱え上げて、狭い椅子の上で自分の膝の上にその体を乗せた。 次元は何も言わず、ルパンの肩に時折額を擦り付けている。
どうして欲しいのかは分かっている。
次元の髪に顔を埋めていたルパンは、やがてその体を抱えて立ちあがった。そして真っ直ぐにベッドルームへ向かう。 シーツの上に次元を優しく横たえ、そのそばから乱暴にネクタイを解いて首筋に、覗いた胸元に音をたてて口付ける。
「あっ…」
次元が小さく喘ぐ。しかしその表情は既に恍惚として、まるで夢の中にいるかのようだった。 シャツを脱がせながら口付ける。次元の舌が情熱的にルパンを求めてくる。 舌を絡ませながら、ルパンは自らの衣服も脱ぎ去り始めた。 その間にも次元の胸の突起を指で刺激し、ベルトを外し、次元も生まれたままの姿にしていく。 完全な裸体になって次元の上に圧し掛かると、次元は感極まって声をあげた。
「ああっ…!ルパン…!」
次元の両腕はルパンの背にきつく回され、その性器は既にはちきれそうに張っていた。
次元がこんな激しい求め方をすることは、常ならば有り得ないことだった。 そして今次元がこうして自分を求めている理由も、ルパンには分かっていた。
ダイヤをいただきにやって来たこの地で、次元は昔の女と再会した。 次元がアメリカで燻っていた頃恋仲になった女で、淡いブラウンの髪にブルーの瞳を持つ美しい女だった。 しかし、次元が昔の次元ではないように、女は昔の女ではなく、ルパンを狙う殺し屋へと変貌していた。 ルパンの命を奪う為に次元に近づき、ルパンを殺そうとした女を、次元はその手で撃ち殺した。 胸に真っ赤な花を咲かせた女を見下ろしながら、 「昔は優しい女だった」 と次元は呟いた。 得意の裁縫の腕を生かして、将来はハリウッドの有名店でお針子として働くことを夢見ていた、無邪気な女だった、と。
次元が自ら進んでルパンに身を任せるようになったのは、その夜からだった。
「ルパン…早く…」
次元が切なげにねだる。 ルパンは次元がそうしているように次元の背に両手を回して固くその体を抱き締めた。 こんなにも夜毎激しい情交を交わしていては次元の体が心配だったが、それよりも痛みを忘れることを望んでいるのであろう次元の為に、ルパンは愛撫を始めた。 耳朶から首筋へ舌を這わせ、鎖骨をなぞって歯を立てると、次元はそれだけで身をよじって身も世もなく悶えた。 蜜を漏らしているペニスを口にふくんでやり、首を上下に動かすと、次元の両足が肩に絡み付いてきた。 次元の右手が、ルパンの刈り込まれた短い髪にあてられる。 唾液の音も激しく吸い上げ、手で刺激してやると、次元はあっけないほど簡単に精を吐き出した。
「…ああ…」
汗で前髪のはり付いた額に腕をやり、次元はしばし目を閉じて快楽の余韻に浸っているようだった。 口端から精液の糸を引きながらルパンが顔をあげ、体を移して再び次元の上に体を乗せると、次元は潤んだ瞳でルパンを見上げ、その頬に手を伸ばしてきた。 ルパンは伸ばされた次元の手を強く握った。そしてもう片方の手でなだめるようにその髪を撫ぜた。 すると突然、次元はルパンの腕を掴んでルパンを自分の下に引っ張り込んだ。
悪戯っぽく笑う次元。
しかしその微笑みは、痛々しい笑み以外の何物でもなかった。
「おい…吃驚するじゃねえか。」
ルパンも笑って見せたが、上手く笑えたかどうかは分からなかった。 一瞬、次元の瞳が暗く曇った。 ルパンは口元には笑みを浮かべたまま、笑えない瞳で次元を見つめていた。 次元は目を逸らし、枕元のローションに手を伸ばした。 自分の指を十分に湿らせて、次元はその指を自らの秘菊にゆっくりと挿し入れた。
「う…ん…」
目を閉じて天を仰ぎながら、次元はルパンの上で体を揺らした。 やがて深い溜め息を一つつくと、次元は指を引き抜き、そのまま昂ぶっているルパンの性器を握った。そして濡れた秘菊にあてがい、ゆっくりと腰を沈めていった。
「ああっ!ああっ…!ルパン…!」
次元は嬌声をあげながら体を上下に激しく動かし続けた。 ルパンは細い腰に手をあてがい、その体を支えてやった。
体は確かに快楽に沸き立っているのに、ルパンの心は悲しみに満ちていた。
この痛みが次元の心から消えることはないのだろう。 そしてやがては、いつもの口のへらない次元に戻るだろう。 一時の麻薬として、次元は自分に激しく抱かれることを望んでいる。
―だが、今この時、少しでも次元が痛みを忘れることができるのなら― こうしている間だけでも、何もかも忘れることができるのなら― 一生このまま抱いていてやりたい、とルパンは思った。
「…ルパン…」
ルパンの胸の上にパタパタと汗を滴らせながら、次元が動きを止めてルパンの瞳を覗き込んできた。
「…ん?どうした?」
ルパンが優しく聞くと、まるで幼い子供のようなとつとつとした口調で次元は問うた。
「…俺のこと、好きか?」
ルパンは胸を突かれた。 お前がそんなこと言うなんて―
滲んだ涙が流れないように、少し強く目を開いてルパンは言った。
「ああ。好きだよ、次元。」
次元の表情からは、何も読み取れなかった。だが、ルパンは続けた。
「この世界の、誰よりもお前を愛しているよ。」
ようやく、次元が笑った。 次元はルパンと繋がったまま体を倒して、ルパンの胸に顔を埋めた。 汗ばんだ肌を合わせながら嬉しそうに笑う次元の髪を、ルパンはいつまでも撫で続けた。 愛しているよ― 何度もそう囁きながら。
〜Fin〜
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