ノエル







クリスマスの買い物客でごったがえすローマの市場。

七面鳥が肉屋の軒先にぶら下げられ、色とりどりのオーナメントが夜の闇に明るく輝いている。







次元は手元のメモにじっと目を落としながら、器用に人ごみを避けて歩いている。


「お〜い、もう済んだかあ?」


後ろのルパンは手にいっぱいの買い物袋と箱を抱えて、これまた器用に…ではあったが、多分に危なっかしく人を避けて歩いている。


「うわっと…。危ね。お〜い、次元ぇん。もういっだろ〜?早いトコ帰ろうぜ。」

「…あと一つ。」

「ええ!?」

「オリーブオイルはあの店のじゃなきゃな。」

「…ちょっと次元ちゃん、もう勘弁して。俺様もう重たくって限界…」


はあ〜、と大きく息を吐くと、ルパンはわき道に逸れて荷物をどかっと置いた。

次元はやれやれという体で肩を竦めると、振り返ってルパンの方に歩み寄った。


「だから言ったろう。プレゼントを一緒に買うのは無理があるって。」


呆れながら次元が言うと、


「っせー。愛しの不二子ちゃんに贈るんだからな、これっくらいは当たり前…」


という答えがかえってきたので、次元は焦れて言い返した。


「だから昼間別に買っとけっていったんだよ!まったく…。自分が荷物持ちになるのは分かってた事だろうが」


次元の言葉に、ルパンは恨めしそうに次元を睨んだ。次元は悪戯っぽく歯をむき出してにいっと笑った。







昨夜のことだ。

ふたりしてカードで決めたのだ。

クリスマスの買い物で、どちらが荷物持ちになるか。

…勝ったのは次元だった。







「…はあ〜。俺様ともあろう者が、大事なトコでしくじるとはなあ〜。」


ルパンがため息をつくと、次元は容赦なく言い放って先に進み始めた。


「運だからな。自分を恨めよ。さ、行くぜ。」

「ちょちょ、おい、ちょっと…。ったく、愛がねえなあ〜。」


ぶつくさと文句を言いながらも、ルパンは袋と箱を抱えて再び次元の後について歩き出した。













目的の物をすべて買い揃え、家路につくと、寒さが身に染みた。


「ふい〜。寒いねえ。」

「冬だからな。」


ルパンはじろりと次元を見た。


「あのさあ、もう少し…なんつーの、ロマンチックなことが言えねえの?『ああ、空にも紫色の雲が垂れ込めて、今にも雪が降り出しそうだぜ』…とかなんとかさあ。」

「これからアジトに帰って給仕するのは俺なんだからな。料理ってのは現実的なんだよ。」

「…ふ〜ん。」


ルパンは口をすぼめてそう言ったが、本当は次元が不機嫌な理由が分かっていた。そして心の中で、密かにそんな次元を愛しく思った。













古い木の階段を上り、アジトのドアが開くと、ふわりと暖かい空気が頬を撫でた。


「あら、お帰りなさい」


ドアを開けたのは不二子だった。

部屋の奥では、五右衛門が金色に光るモールを壁に取り付けている。その頭には、先端に星のついた紙帽子が付けられている。

その五右衛門の様子に、ふたりはどっと笑った。


「五右衛門〜!なんだよその格好!」

「似合ってるぜ、へへ。」


五右衛門は無言でふたりを睨むと、顔を赤らめながら作業に戻った。


「可愛いかな、と思って私が被せてあげたのよ。さ、中へ入って。準備しましょう。」


不二子は常の女王然とした風情ではなく、まるで優しい一家の主婦のようだった。






聖なる夜には、こんな女でも人に優しくしたくなるらしい―

そう考えて、自分が多少卑屈になっていることに気がついた次元は、帽子のつばを引き下げると台所へ向かった。


「見て見て不ぅ〜二子ちゃん、これぜぇんぶ不二子ちゃんへのプ・レ・ゼ・ン・ト!!」

「まあルパン、ありがとう」


チュっと頬にキスする音が、やけに大きく部屋に響いた。













料理がすべて整い、温かい湯気が食卓を満たした。


「まあ、美味しそうね!」


不二子が賛嘆の声をあげると、次元がぶっきらぼうに言った。


「そうだろそうだろ。何せこの俺が作ってるんだからな。」


ルパンと五右衛門は少々気まずい思いでふたりを見ていたのだが、不二子はにっこりと笑って従順に礼を述べた。


「そうね。ありがとう。次元」


今度は次元が気まずくなったのか、ボルサリーノのつばを少し引き下げて軽く頷いた。そこでルパンは間髪をいれずに全員に声をかけた。


「さぁて!今夜はお祝いだ。今年一年お疲れさん。Merry Christmas!」


四人はシャンパングラスを手にとると、音も軽やかに乾杯した。











それからは、一年の思い出話に花が咲いた。






「んでさあ、その時のとっつぁんときたらよぉ」

「五右衛門はあん時はまんまと騙されたよなあ」

「…毎年毎年が修行と思って過ごしておるが、やはり本年も悟りとは縁遠い年を過ごしてしまった。…不覚だ。」

「あら、あれはどっちかっていうとルパンの計画に無理があったんじゃなくて?」






…お互いがお互いの話を聞いているようで、実は美味い料理と己自身にだけ向き合っている瞬間―

しかし、この場合話を聞いていようがいまいが関係ないのだ。

気の置けない仲間と祝祭日を共に過ごす―その事に意味があるのだから。













宴もたけなわになった頃、次元はワインを補充するために席を立った。

台所でワインを選んでいると、突然後ろから不二子の声がした。


「…怒ってるんでしょ。次元。」


不覚にも目一杯驚いてしまった次元は、危うく手にしていたワインを床に取り落とすところだった。


「な…!なんだいきなり。…怒ってるって?俺が?何のことだよ。」


一瞬不二子を振り返っただけで再びワイン選びに没頭してしまった次元に向けて、不二子は盛大にため息をついてみせた。


「私は別に良かったのよ。一緒にお祝いしなくったって。でも…」

「でも?」


次元は両手にワインのボトルを手にしながら不二子を見た。


「…五右衛門が、あなたにプレゼントしたいものがあるっていうから。」


次元は意表を突かれた。


「…?そりゃ有り難いこったが…。まさかお前、その為だけにペテルブルクから飛んできたのか?」

「そうよ。」


次元には益々持って訳が分からなかった。

五右衛門が自分に渡したいものがあるというのなら、一人でやってくればいいことではないか。何故不二子を伴う必要があるのか。






その次元の考えを見透かしたように、不二子は言った。


「…生まれ持った鈍感は仕方ないにしても、来年はもう少し優しくしてあげなさいね。でないと五右衛門があんまり可哀相よ。」

「…誰が鈍感だ!」


次元の反駁を待たずに、不二子はヒラヒラと手を振ってリビングに戻ってしまっていた。













あらかた料理もたいらげ、心地よい酔いが全員に回り始めていた。

ルパンはグラスを手にしながら、ふと窓の外を眺めた。


「…こんだけ寒いんだからホワイト・クリスマスになるかと思ってたんだけっども…降りそうにねえな。」

「ふふ。残念ね。」

「……………………」


五右衛門が、居心地悪そうにもぞもぞしている。

それに気がついた次元が声をかけた。


「どうした五右衛門。まだ食い足りねえのか?よかったらまだ…」

「じ、じ、次元!しばしすまぬ!」


と言って五右衛門は椅子から立ち上がると、台所へ一緒に来るように次元を促した。

頭の上にクエスチョンマークを幾つも並べた次元が訝しがりながら五右衛門のあとへ続く。

それを見ていたルパンと不二子は、互いに肩を竦めて小さく笑みを洩らした。






「こ、こ、これを…!」


五右衛門は俯いて次元の顔を見ないまま、湯気を立ち上らせて次元の方へ両手を突き出している。そこには、金色に包装された小箱があった。


「あ、ああ…こりゃどうも…。」


次元はその手から小箱を受け取ると、ぽりぽりと頬を掻いた。


「なあ五右衛門…」

「しからばこれにて!」


結局次元を一度も見ないまま、五右衛門は脱兎のごとく宴席に戻って行ってしまった。


「…?…何なんだ?一体?」


次元は手の中の小箱と五右衛門が去っていった方を交互に見ながら、誰か説明してくれと言わんばかりに一人ごちたのだった。













次元がぶつぶつ言いながら台所からでてくると、不二子と五右衛門の姿が見えなかった。


「?あいつらは?」

「ん?帰ったよ。」


ルパンはジタンの煙を吸い込みながら呑気に言った。


「帰ったぁ!?」


次元は思わず腕時計を見た。針は午前一時を指している。そのとき、表で不二子のアルファロメオのエンジン音が響いた。

次元が窓に駆け寄ると、今まさに発進しようとする車の助手席で、頼りなげな、途方にくれた子供のような顔でこちらを見上げている五右衛門と目が合った。

しかし次の瞬間には、猛スピードで発車した車の残像と共に、その姿は見えなくなってしまっていた。

次元は暫くの間、何も言えずにその場に立ち尽くしていた。







「てっきり泊まっていくもんだとばかり…」


それだけ言うと、次元はルパンの向かいの席、五右衛門が座っていた場所に腰を降ろした。


「…ま、いいんじゃないの?料理は美味かったし。今年の反省会もできたし。」


ルパンはそう言うと、椅子から立ち上がり、次元の隣に立った。


「…何だよ」


次元が顔を上げると、ルパンは後ろ手にしていたワインのボトルを次元の眼前に突き出してにかっと笑った。


「…ふたりで飲もうと思って。」


年代物のロマネ・コンティ。

波打つ深い紅色の液体に、次元はようやく笑った。













残った料理を肴に、ふたりは随分遅くまで過ごした。

他愛もない会話。類稀なる美酒。

足の先までワインに染まってしまったのではないかと思えた頃、まるで夢の中の出来事のように、次元はベッドでルパンに抱かれていた。







「あ…ルパン…」


ルパンの舌が胸の突起を探っているのが分かる。痺れるような快感が、体の奥で蠢いている。

歯を立てられて、次元の身体はびくりと痙攣した。


「ああっ…!…いい…!」


次元は身をよじった。

ルパンは焦らすように舌先を触れるか触れないかの位置に保ち、次元の汗ばんだ肌の上にその細く長い指を滑らせた。


「ああ…。ルパンっ…!」


次元はその指を手にとり、口に含んだ。

幾多の奇跡を起こすその指を、ひとつひとつ丁寧に舐めあげ、愛おしげに口付ける。

やがてルパンは上体を引き上げて次元の頬を捕らえると、乱暴にその唇を奪った。

互いにはだけたままだったシャツを引き裂くように脱がしあいながら、音をたてて舌を絡ませる。


「んん…」


口中の隅々まで愛撫するルパンの舌に恍惚としながら、次元はルパンの背に腕を回した。

その間にルパンは、枕もとのローションに手を伸ばした。ねっとりと指を湿らせると、ルパンは次元の片足を抱えあげて自らの肩に掛けた。


「悪ぃ…我慢できねえ…!」


熱い吐息と共にそう囁くと、ルパンはゆっくりとその指を次元の秘菊に埋めていった。


「うっ…!」


次元の身体が強張り、背が反り返った。


「あっ!あっ!ああっ!!…っ…!!」


自らの内でルパンの指が煽動するのに呼応するかのように、次元は身体を震わせた。やがて肉が解け初め、中で溶けて熱くなったローションがぽたぽたとシーツに染みを作った。

頃合を見計らってルパンは指を引き抜き、天を仰ぐ自らの性器を入り口にあてがうと、ゆっくりと埋めていった。


「ああ…」


その質量に満たされて、次元は甘い吐息をはいた。瞼は赤く染まり、睫は微かに震えている。


「ルパン…動いて…」


次元がせがむと、ルパンは額に汗を滴らせながら頷き、律動を刻み始めた。


「はあっ…!ああっ!あっあっ!ああっ…!!」


ふたりの動きに合わせて、ベッドが軋む。




もどかしい。

もっと深く繋がりたいのに、もっとひとつになりたいのに。




次元は大きく割られた足をルパンの背に絡みつかせ、爪をたてた。それとともに強く締め付けられて、ルパンはうめいた。


「ルパン…!」


次元は感極まって涙を流した。


「もっと…激しくして…!俺を、滅茶苦茶にしてくれ…!」

「次元…」


ルパンは次元の腰を両手で更に引き寄せると、より奥まで達するように深くグラインドした。

やがてルパンの性器が最奥にある臓器を突くと、次元は四肢を突っ張らせて射精した。


「ああっ…!!う…」


胸板を上下させて荒く息を吐く次元を貫きながら、ルパンも自らの時を悟り、次元に顔を寄せて囁いた。


「いくぜ…?」


次元は目を閉じたまま頷いた。


「くっ…!!」


ルパンの動きが止まり、熱いものが次元の中を満たした。何度か身体を震わせて、ルパンは次元の上に突っ伏した。

そのままふたりは、暫く動く事もなく抱き合っていた。













その音に気がついたのは、どちらが先だっただろうか。

さらさら…

と、カーテンに影を作るものがあった。








「あ…雪だ」


ルパンは顔だけを窓に向けて放心しながら言った。次元もゆっくりと窓を見た。

カーテンの隙間から僅かにのぞいた窓からは、白い雪がしんしんと降り積もっていく様子が見えた。


「ホワイト・クリスマスか…」


次元が呟くと、ルパンは活力を取り戻したのか、勢いよく身体を起こして、微笑みながら上から次元を見つめた。


「…なあ。五右衛門がなんかくれたんだろ?」

「ああ…そう言えば…」


次元は緩慢な動作でベッドの下に散らばった衣類を引っ掻き回すと、ズボンのポケットから金色の小箱を取り出した。


「…開けてやれよ。」


ルパンに促されて、次元はリボンを解いた。





箱の中からは、弾丸が一発。


「…なんじゃこりゃ。」

「…ジェット・マグナム弾だが…」


次元は弾を鼻先に持っていった。


「…こりゃ、ウィスキー・ボンボンだ。」


それを聞くと、ルパンは盛大に笑った。


「あーはっはっは!五右衛門ちゃん、可愛いねえ〜!」

「…俺には訳が分からん。」


そう言いつつも、次元はそれをぽいっと口に入れた。


「…うえ。甘い。」

「そう言うなってー。精一杯のクリスマス・プレゼントだぜえ?」


微笑みながらそう言うと、ルパンはベッドから降りて窓へ向かった。


「…何してんだ?」


次元が聞くと、ルパンはにやっと笑って窓を少し開けた。その手には、次元が五右衛門からもらった小箱より更に小さな長方形の箱があった。


「…来年こそは、皆さんの積年の思いが通じますようにっと…。俺も優しい男だよなあ〜。」


箱を外に放ると、再び次元を抱くために、ルパンはベッドに飛び上がったのだった。

























「ぶえーっくしょーい!!」


一つとして明かりの点いていないアパートを見上げながら、銭形は大きなくしゃみをした。


「まったく…!奴がここに潜伏しているというタレコミがあったんで来て見たが…雪まで降ってきおったわい。」


ちーん、と鼻をかむと、銭形はしかし意気込んで見せた。


「いいや、わしゃあ寒さになんか負けやせんぞ!見ておれよ〜、ルパン。何としても今年中に…」


その時、こつん、と音をたてて、銭形の頭にあたって雪化粧した地面に落ちたものがあった。


「?」


拾い上げてみると、それは赤いリボンがつけられた風邪薬だった。


「…なんじゃこりゃあ」


牡丹雪に帽子も肩も埋まりながら、銭形は箱の落ちてきた出所を確かめようとしたが、次々と降り積もる白い結晶に阻まれて叶わなかった。

























今宵はクリスマス。

すべてのひとに幸せを―。

富める者にも貧しい者にも、一人の者にも、そうでない者にも。

警官にも、そして泥棒にも―。







































FIN




















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