岬にて
― His memories will endure forever ―




…何から話せばいいのかな。




これまで、そう多くはないが、何人かあんたのように奴のことを聞きに来たことがあるよ。

こんな地の果てまでわざわざ訪ねてくるんだから、ご苦労なこった。

まあ、オレにとってはどうでもいいことだがね。

奴が逝ってからこっち、大概の事はどうでもよくなったよ。

…それも仕方が無いか。

奴が生きてた頃は、そりゃあ騒がしい毎日だったからな。

あの頃に比べりゃあ今なんて、まるで嵐が去った後の、穏やかに凪いだ海さ。

…おっと、オレのくだらないごたくを聞きに来たわけじゃないんだよな。何が知りたいんだ?

前の連中と同じように、奴が何処でどうやって死んだかって事か?




だったら聞くだけ無駄だ。話す気なんざないね。

…違うって?…じゃあ、なんだい?

奴については世間の連中が思っているほど、
俺はよく知ってるわけじゃないんだぜ?




…誰にも分からなかったさ。

奴が何を考え,何を望み、何を欲し、何を得たか。

そして何を失ったか。

分かるわけが無い。

奴は完璧に隠し通したからな。最期の最期まで。
最愛の女にだって、分からなかったろうよ。

奴が何者だったのか、それだけはな。

誰にも分からない。名前になんか意味は無い。

アルセーヌ・ルパン三世なんて、奴を表す記号みたいなもんさ。




…只一つ言えるのは、奴は天才だったってことだ。あらゆる事に関して。

盗みも賭け事も色事も、およそ伊達男のやることには、みんな秀でていたよ。

それだけじゃない。誰よりも人生を楽しむすべを知っていた。
生きる事に貪欲だったよ。

そこはオレと違ってたな。

奴と会っていなけりゃ、オレはさぞかし味気ない人生を送ったろうよ。

それはそれでぞっとしないがね。

今?今はどうかって?

…さあな。今となっちゃ、奴といた頃のほうが夢みたいなもんさ。
すっかりここの暮らしに馴染んじまった。

長年連れ添った恋人―マグナムだって、日に一度手入れして眺めるだけだ。ざまァ無いやね。




他の三人のその後?

…知らねぇな。

まあ、連中の事だ、気ままにやっているだろうさ。


会ってないのかって?会ってない。奴が居なくなってから、連中と会ったことは一度もねぇよ。消息も知らねぇ。






…少し日が傾いてきたな。
ここはこの時間が一番いいんだ。夏の終わりの午後の、静かな海が。






海が好きそうには見えないって?はは、違ぇねぇ。




―…この海が好きだったのは、奴だよ。よく泳いでたっけな。








御多聞に洩れず奴は何でも出来たがね、殊に泳ぐことは得意だったし、好きだったな。

ここの海は潮の流れが穏やかで、一年中温かいんだ。おかげで好きな時に好きなだけ泳げるってワケさ。

「いい場所を見つけたから」って、連れてこられたときのことは、今でもよく覚えてる。

奴はあの通り、夢中になったら止まらない男だったから、…そう、ちょうど今みたいに日が落ち始めたのも気にかけずに、着いたそばからいきなり海に入っていったんだ。

まるでガキみたいにはしゃいでたな。

俺は当然半ば呆れて浜辺に突っ立ってたんだが、奴があんまり嬉しそうなんでこっちまで嬉しくなったんだろう、じきに砂の上に腰掛けて、タバコなんざ飲みながら、奴の呼びかけにヒラヒラ手を振りかえしたりしてたのさ。




都会の喧騒から離れて、かもめの声にぼんやり耳を傾けてたら、随分穏やかな気持ちになった。




ちょうどその頃立て続けに大きな仕事をやったのけてたんで、ちょっとばかり疲れていたのかもしれない。

普段なら絶対にあり得ない事だが、奴の姿が見えなくなったのに気がつかなかったのさ。

ふと顔をあげたら、今まで視界の中にあった奴が何処にも見えない。
最初のうちは潜ったんだろうくらいに思っていたが、だんだん時間が経つに連れて不安がよぎり始めた。


実際あの時どれくらいの時間が経ったのか、正確な所なんぞ分からないんだが、とにかくやたら長く感じたな。


空には怖いくらいの見事な夕焼けが広がって、相変わらずかもめが鳴いている。
水平線に 真っ赤な太陽が沈みかけて、その光が遠くの波間にプリズムみたいに乱反射していた。思わず圧倒されるくらいの風景さ。
 

その時オレに押し寄せてきたのは―
 




ああ、独りになってしまった、って言う…。




なんて言えばいいのかな、うまく言えないんだが…。


言葉にしちまうと絶望的に聞こえるかもしれないが、どうしてかな、その時の俺は、とても満ち足りた気分だったんだ。

―はっ!相棒に何かあったのかもしれないってのに、いい気なもんさ。

だが…。




あんたには、いや、もしかしたら世界中の誰にも分からない気持ちかもしれないが、全てが終わったんだ、っていう、奇妙な安堵感…かな…。

そんなものがオレの中にあったのは確かなんだ。
 


《…次元?》
 


ふいに、耳慣れた声に呼ばれて我に返った俺は、ゆっくり振り向いた。


すると奴が、今しがた上がってきたばかりなんだろう、水滴をポタポタ垂らしながら、あのトボけたモンキー面で不思議そうにこっちを見てるのさ。


《どったのよ?呆けた顔しちゃって。》 


…そう言って、奴はニッと笑ったよ。








―すっかり日が落ちちまったな。

昔話ももうお終いだ。

幾ら季候が穏やかだからって、夜はそれなりに冷えるからな。俺は引き揚げるぜ。あんたはどうするんだ?

何?最後に一つだけ?

なんだ、まだ何か聞き足りねぇのか?まったく、贅沢な野郎だよ。早くしてくれ。




…奴にとって、オレは何だったのか?




…さあな。言ったろう、オレにだって奴のことはよく分からないって。




だが………。




逆の事なら答えられる。俺にとって、奴は何だったのか。




―もう、分かるだろう?

答え何ざ、必要としないさ。




〜Fin〜

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