Are you lost? ―Yes.
「こうして、今すぐ死ねたなら、今こそ生涯もっとも仕合せな時となろう。そんな気がする、愛する者の心がこれほど余すところなく感ぜられる、そういう静かな喜びが、測りがたい未来に、二度とふたたび訪れようとは思われぬ。」 (『オセロー』 第二幕、第一場より。ウイリアム・シェイクスピア、福田恆存訳、新潮文庫)
ヘリの機体が、何度目かの大爆発を起こした。 青く澄み渡った春の空に、黒い噴煙がもうもうと立ち上っていく。 それを見届けて、次元は静かにルパンに言った。 「…終わったぜ。ルパン」 「…行こう次元。アンジェリカが待ってる。」 そう言うと、二人は五右ェ門と共に歩き出した。
8年前の苦い恋は、こうして幕を降ろした。
冬のヴェネツィアで出会った、幸福な貴族の娘。 死ぬまで裏通りを約束された人生を送る自分との結婚を、無邪気に夢見ていた、無垢な天使のようだったアンジェリカ。 次元が去ったのち、彼女は道を見失い、神に愛を求めた。
「そして今、神はわたしを見つけてくれたの。…さようなら、次元…!」
アンジェリカ。 お前は今、主のみもとで幸せか? アンジェリカ―
気がつくと、ルパンが傍らに立っていた。
「…説教くせえ事は、言いたくねえんだけっどもがよ」
テーブルに置かれたグラスに手をかけて、ルパンは顔を歪めた。笑おうとしているのだ、と分かった。
「…もう止せよ。…酔えねえくせに。」
その言葉に、張り詰めていたものがほどけて、次元は両手で顔を覆った。 次元の隣に、ルパンは腰掛け、そして、静かに次元を抱き寄せた。
「…分からねえんだ…」
次元の声は、痛ましく掠れていた。その背をあやすように摩りながら、ルパンは黙って聞いていた。
「…どうしてシスターになんかなっちまったんだ?!…どうして別な幸せを見つけようとしなかった?…どうして…!」
次元は、ルパンのシャツを握り締めた。強く握り締めすぎた所為で、その手は白く蒼ざめ、震えていた。
「…アンジェリカは、迷っちまったんだよ。」
ルパンの言葉に、次元は涙に濡れた顔をあげた。
「お前を見失って、アンジェリカは、どうやって生きたらいいのか、分からなくなったのさ。」 「ルパン…」
次元は、ルパンの瞳を見つめた。その瞳は、深い慈愛に満ちていた。
「…それほど強くお前を愛した、とも言えるし、…違う言い方をすれば、彼女の脆さ、でもあるかもな…」
脆さ。 そうなのだろうか。 しかし、もしそうだとしても、彼女をそこまで追い詰めてしまったのは、自分ではないだろうか―
そんな次元の考えを見透かしたように、ルパンは言った。
「次元、人は、みんな独りなんだ。」
ルパンの手が、次元の頬を撫でる。
「俺たちは、愛し合ってる。でも、俺もお前も、独りで立ってることに変わりはねえだろう?」
頬を撫でていた手を、そのまま首に回すと、ルパンは次元を更に強く抱きしめた。
「…アンジェリカも、独りで立っていたんだよ。それに気づいていてもいなくても。だから、彼女が神を愛する、と決めたなら、それは彼女が、自分で選んだことなんだ。」
ジタンの強い香りが、次元の鼻孔を射した。嗅ぎ慣れた、愛する男の香り。その、温かな胸の感触。
「…こんなこと言ったって、お前を安心させてやることは、出来ねえのかもしれねえな…」
次元の髪に顔を埋めると、ルパンは困った様に笑った。
「…けどな、次元。俺は、もしお前を見失っても、必ず見つけ出してみせるぜ?」
ルパンは、決然と言い切った。
「もしお互いに死んじまって、生まれ変わって、性別も、姿形も違っていたとしても、人間ですらなくなって、そこらの小石か、木になっちまっていたとしても」
窓から射しこむ夕日が、二人を朱く染めた。
「俺は、必ずお前を見つける。…お前だって、そうだろ?」 「………!」
ついにこらえ切れなくなって、次元は、肩を震わせて号泣し始めた。 ルパンは、そんな次元を、優しくソファーに押し倒した。 しゃくりあげて泣きつづける次元の唇に、頬に、髪に、優しく口付けを落としながら、ルパンは、次元の流れる涙を、舌で掬った。 日が落ちて、夜の帳が降りても、時を忘れた様に、そのままふたりはしっかりと抱き合っていた。
まるで、今、この時が、ふたりの永遠であるかのように。
〜Fin〜
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