ラスト・ダンスはあなたと (前編)
昔の恋を語るのは得意じゃない。 別れた女と再び出会うことがあっても、苦い思い出しかありゃしない。 でもバーバラ、お前とはもう会うことはないと思っていた―。
「結婚指輪ァ?!」 アメリカのとあるアジトの一室で、次元は素っ頓狂な声をあげた。
「そうそ。いよいよ不二子が俺と結婚する気になってくれたんだよなあ〜!」
次元はぽかんと開いた口が塞がらなかった。銜えていた煙草が床に落ち、灰が膝下を汚した。
「次元、煙草!」
ルパンの声に我に返った次元は、はっと気がついて慌てて吸いかけの煙草を拾い上げた。
「結婚って…。お前またあの女に騙されてるのに気がつかねえのか?」
今度こそ次元は呆れて物が言えなかった。
不二子がルパンと自分の前に現れてから、もう何度このやりとりを繰り返しただろう。 結果は目に見えているというのに。これはルパンと不二子にとってはお遊びの一環のような物なのだろうか。
しかしその度に、心はざわめく。 ルパンが本当に自分の前から去っていってしまうのではないかと、言いようのない不安に駆られる。
夜毎閨で囁かれるルパンの言葉に嘘はない。 愛されている、確かにそう感じることができる。 それなのに何故、ルパンは不二子を追いかけ続けるのだろう。もしかしたらルパンにとって”遊び”は自分の方なのかもしれない。 所詮、男と男だ。次元にはルパンの愛撫と言葉以外に、確かなものがない。いや、その”言葉”でさえ、確かさなどあやふやなものではないか―。
「なんだあ?今日はあんまりわめかねえんだな。」
立ち尽くしたままぼんやりと考えている次元に向かって、ルパンは茶化すような、悪戯っぽい口調で言った。
「ん?…ああ…。」
次元は放心した様に返事を返すと、無言のまま自室へ向かった。その様子に、ルパンは肩を竦めた。
ところがルパンが狙う指輪を乗せた飛行機は、ルパンたちの目の前で撃墜されてしまった。その背景には、米ソの情報部が関わる複雑な事情があったのだ。 不二子が「結婚指輪に」と望んだのは、スター・オブ・アラスカ―「アラスカの星」と呼ばれる指輪だった。指輪の中には極寒の地でも芽吹く麦の種が一粒。不二子は最初からこの麦を狙っていたというわけだ。そして、運び屋としてこれを身につけていたのが、次元の駆け出し時代の相棒、ジョージ・クーガーだった。
「ジョーにはバーバラという女房がいたはずだが…」
次元の問いに、不二子は「今はエージェントがマークしてるわ。」と答えた。
「バーバラが来ているのか…このアラスカに…。」
次元は窓の外を見つめた。外には吹雪が荒れ狂っていた。
その夜、ドアが開くかすかな気配で次元は目を覚ました。
「ん…。ああ、なんだルパンか。」
次元は目を擦りながら身を起こした。
「ちょっといいか?」
ルパンはそう言うと、ベッドの端に腰を下ろした。
「…バーバラの事だけっどもがよ…」 ルパンは話し出した。
「本気だったのか?」 「え?」
次元は一瞬、虚を突かれた。
「…因縁があったんだろう?ジョーとお前と、バーバラの間に。」 「ああ…」
次元は苦笑してナイトキャップを目深に引き下げた。
「…俺が勝ったら、結婚するつもりだった。」
ルパンは目を見張った。
「俺とジョーは、同じ女を愛した。多分どちらも同じくらい。…決闘をしたよ。そして、俺が負けた。」
しばし沈黙が流れた。 やがてルパンは、そのしなやかな腕を次元の首に回すと唇を引き寄せ、柔らかく口付けした。
「…おやすみ、次元。」
ルパンは立ち上がって、静かに部屋を出ていった。
翌日、次元はバーバラと再会した。もう二度と会う事はないと思っていた。しかし今バーバラは、夫を亡くした未亡人だった。
「バーバラ!」
次元の声が灰色の空に吸い込まれていくのと同時に、弔いの白いバラが一輪、バーバラの両手に包まれた。
アンカレッジ空港内の静かなバーで、ふたりは語り合った。
「…何故あの時、撃たなかったの?」
バーバラはグラスの縁を弄びながら問うてきた。
「もしあの時あなたが勝っていたら、私は今ごろ、あなたと…。」
ジョーとは、いつかは決着をつけなければと思っていた。それは本心だ。 バーバラを愛していた。それも偽りのない本心だ。 だが、あの時何故、自分は撃てなかったのだろう― 分からなかった。 その時だった。 音もなく近づいたヘリが、バーに向かって催涙弾を撃ち込んだ。客は恐慌に陥って逃げ惑った。室内はパニックになった。
「次元ぇん!!」
気がついたときには、バーバラは羽交い締めにされてヘリに連れ去られていた。
「バーバラ!」
次元はとっさに銃を構えたが、ヘリを撃ち落せばバーバラを道連れにしてしまう。次元は腕時計の発信機からルパンに呼びかけた。
「ルパン、あのヘリを追ってくれ!バーバラが連れ去られた!」 「オッケー。まかせなさ〜い。」
ほっと胸を撫で下ろすと、背後で銃を構える音がした。バーバラに接触した不審人物として、CIAが乗り出してきたのだ。
「一難去ってまた一難か…。」
うんざりしながら次元は呟いた。
目隠しされて車に乗せられ、次元が連れていかれた先は、鉄臭い廃ビルの地下だった。 両手両足は電気椅子にしっかりと括られている。と、突如強い光が次元の目を射した。
「うっ!」
次元は思わずうめいた。 目の前に悠長に座る局員は、のんびりと聞いてきた。
「さてと、始めようか。まずは名前からだ。」 「マナーをを知らねえのか?名前が知りたきゃな、まず自分から言えよ!」
次元が毒づくと、局員は事もなしといった風情で電圧のダイアルを回した。途端に全身に激痛が走る。
「くっ…!うあっ…!」
激痛に苦しむ次元を見て楽しむかのように、局員は続けて質問する。
「あの女に接触した理由は?」
次元は精一杯の虚勢をはって答えた。
「こう見えてもな、俺は女に目のないプレイボーイでな!」
―もしかしたら、このままお陀仏になるのかもしれない。激しい電流に身を焼かれながら、次元はそんな風に思っていた。ジョーだって死んだのだ。
「スター・オブ・アラスカ、アラスカの星について何を知ってる?」 「スター・オブ・ハリウッドなら知ってるぜ!ハンフリー・ボガードだろ?ジョン・ウェイン、ヘンリー・フォンダ…」
苦悶の表情を浮かべながら、何故か次元は笑っていた。可笑しくて仕方がなかった。 国益とやらの為に人を平気で踏みにじる国家。寒冷地でも育つ麦ならば、極貧に喘いでいるシベリアの農夫たちはどんなにか楽になるだろう。 いつだってそうだ。弱い者が犠牲になり、国境で区切られているというだけで人は無益な争いを繰り返す。 そんな風に縛られたくなかったから、この生き方を選んだ。 いや、何物にも縛られない生き方を教えてくれたのは、ルパン―あいつだったかもしれない。
突然電流が止まった。
「何をする!」
局員が色めき立つと、背後から靴音がし、美しい女が現れた。
「それ以上は止めておいたほうがいいわ。」
その声に、次元は愕然とした。
「不二子…!今度はこいつらと手を組むことにしたのか!」 「あたしはお金に国境はないという主義なの。」
ふたりのやりとりを聞いていた局員が不二子に問うた。 「この男を知っているのか!?」
不二子はわけもないといった風情で答えた。
「ルパンの相棒よ。この男を消せば、ルパンを敵に回すことになるわ。」
ルパンを鼻であしらう局員に、不二子は言った。
「ルパンを甘く見ないほうがいいわ。敵に回すと厄介な男よ。…特にここにいる男が絡んでいる、となればね…。」
次元と不二子の視線が拮抗した。すると。
「さァ〜すが不二子ちゃん。よーく分かってらっしゃる。」
聞きなれたトボけた声とともに、全身を装甲で固めたルパンが一目散に次元めがけて駆けて来た。 銃弾の雨をものともせず、不二子ごと局員たちを蹴散らして、まっすぐに次元の元へ駆けて来た。
「大丈夫か?次元。」 「遅かったじゃねえかルパン…!」
次元は、思わず甘えるような口調になってしまった事に自分でも驚いた。
「ヘリに追いつくのに時間かかっちまってな。」
ルパンはすまなそうに言う。
「バーバラは無事か!?」 「ああ、五右ェ門がついてる。」 「そうか…!」
安堵した次元に、ルパンが煙草を銜えさせる。その火でダイナマイトを爆発させて、その混乱に乗じてふたりは逃げた。 ルパンはまだ身体が痺れて動けない次元を、まるで大切な宝物のように、大切に胸に抱きかかえて走った。
バーバラの待つ教会へと車を走らせながら、ルパンはなぜバーバラが連れ去られたのかを説明した。
「バーバラがアラスカの星の行方を知ってるだと?」
次元は帽子の下の片眉をあげた。
「そ。早いトコはっきりさせねえと、また狙われる事になるぞ。」
ルパンが前を見たまま言う。 「……………。」 ハンドルを握ったまま、考え込んでしまった次元を横目で見て、ルパンは車を急停車させた。
「うわっ!!何だ、一体!」
あやうくフロントガラスに額を打ちそうになった次元は、驚いてルパンに向き直った。 ルパンは目を細めて、愛おしそうに次元を見つめている。そして、やおら次元に覆い被さってきた。
「ちょっ…!ルパン…!!」
次元が押し戻そうとすると、ルパンは更に強く次元の細い身体を抱き締めた。
「無事で良かった…」
耳元に熱く囁かれたその言葉に、次元は全身がぞくりと波立つのを感じた。それがルパンにも伝わったのか、予告なく歯列を割って舌が入り込んできた。
「う…ぅん、ん……」
ふたりが舌を絡ませ合う淫靡な音が、車内に満ちる。互いの肩に手をかけて、貪る様に互いの口を吸った。 ルパンの手は、次元のシャツのボタンを一つ一つゆっくりと外していき、裸の胸が露になると、その上に指を這わせた。
「あ…ッ!…ん、ルパン…!待って、待ってくれ…!」
薄桃色の胸の突起に舌を這わせていたルパンは、顔をあげて次元の瞳を覗き込んだ。
「…次元、今のお前の恋人は、俺だろ?」 「…!」
ルパンの言葉は、次元にとっては思いもよらないものだった。そしてその背後にある感情も。
ルパンはバーバラに、嫉妬している―。 次元がそれだけのことを理解したと見て取ると、ルパンは再び激しく次元の身体を愛撫し始めた。 器用な右手が次元のスラックスのベルトを外し、中へと入り込んできた。
「あっ!あっ!あっ、…う…」
次元は俯いて眉根を寄せ、その手はルパンの両肩に縋りついていた。その顔をもう一方の手で上向かせると、再びルパンは次元に激しく口付けした。
「んん…。はあっ…、あっ…!」
汗が額から噴き出す。ぴちゃぴちゃと唾液が絡まる音。身体の奥がじんわりと溶けて熱くなってゆくのを感じる。 ルパンの手の動きが速まった。次元はこらえきれず、ルパンに哀願した。
「もう我慢できねえ…!いかせてくれっ…!」
ルパンはそれには答えず、次元のスラックスを膝元まで下げると、シートにうつ伏せにさせて尻を高く上げさせた。そして先走りでぬめる指を一気に秘菊に射し入れた。
「ああッ!!…だめえっ…!」
次元は叫んだが、ルパンは構わず二本目を埋め込み、掻き回した。ぐちゅぐちゅといやらしい音が耳に届く。それだけでおかしくなってしまいそうだった。
「あああっ!はあ、ああっ…!」
やがてルパン自身に貫かれながら、次元は歓びにむせび泣いていた。
この男が― ルパンが、自分の過去に嫉妬している。
身を焼かれるような快楽に溺れながら、次元は自分を醜いと思った。
to be continued…
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