LA LA( Means I Love You )
街はそろそろクリスマスに活気付く季節。 サンタの衣装を着たサンドイッチマンが、看板を手に子供たちに広告を手渡して回っている。 あちらこちらの店から、賛美歌やクリスマスにちなんだ歌が流されている。 相変わらずのクラクション、サイレン、怒鳴り声…。
そんな喧騒を背に、ニューヨークのアジトでは、これまた恒例のやり取りがなされていた。
「ねぇ〜、ルパ〜ン。いいでしょ?」 「え?いやあ、不二子ちゃんにそこまで言われちゃなあ〜。」
少し早いシャンパンを片手に、ルパンの鼻の下はこれ以上ないといっていいくらい伸びきっている。その頬には赤いルージュの痕。
「でもあのダイヤはかなり厳重に警備されててよぉ〜、ちょっとやそっとじゃ…中々なあ〜。」
わざとらしく頭を振るルパンに、しなだれかかった不二子は口を尖らせて甘えた抗議をする。
「あら、そんなのあなたなら楽勝でしょ?…ねえ、お願いよルパン、今年のクリスマス・プレゼントには、あのダイヤを私に頂戴…。」
「チュっ」という軽い口付けの音を契機に、次元はため息をつくと、新聞を折りたたんでソファーから立ち上がった。
「ん〜、ガハハ、ま、不二子ちゃんも俺様の欲しいモンをくれるってぇんなら…。あら?次元ちゃん散歩?」 「…そうだ。」
部屋を出て行こうとする次元の背中を、不二子の声が追いかけてきた。
「あら、ねえ次元。あなたもルパンを手伝ってくれるんでしょ…」
その声が終わるか終わらぬかのうちに、ドアはバタンと閉められた。
「…相変わらず無愛想な男!」
不二子は髪をかきあげると、もう一度ルパンの膝に座りなおした。 その蠱惑的な瞳でルパンを見据え、不二子はくすり、と微笑った。
「…悪い人ね、見せつけるなんて。…ねえ、教えて頂戴。これはあなたなりの愛情の示し方なの?」 「…さあて。どうでしょう。」
ルパンは不二子の腰を抱いて、ソファーに押し倒した。 ルパンが口付けようとするのを遮って、不二子が問うた。
「…私を愛してる?」 「もちろん!俺の大事なお姫様…」
その瞬間、鋭い音をたてて平手打ちが飛んだ。 頬に手をあててルパンが呆然としていると、不二子はシルバーフォックスの毛皮をひらりと纏い、ドアに向かった。
「…嘘つきは嫌いよ。」 「泥棒の始まり、ってね。お〜、痛…。」
不二子の視線はつばの広い帽子の陰に隠れて見えなかったが、ルパンのおふざけには聞く耳を持たず、きっちりと次のように宣告して、彼女は去っていったのだった。
「…とにかく、ダイヤを私に頂戴。そうでなければ、あなたとのお付き合いはこれまでだと思って。」
乾いた音を立ててドアがしまり、ハイ・ヒールの音が遠ざかっていく間、ルパンは頬を擦りながらその足音の方向を追っていたが、やがてどさりとソファーに寝転んで一人ごちた。
「…女は怖いねえ…。」
呑気な口笛が、それに続いた。
不二子がルパンにねだったのは、大きさこそ1カラット強のものだったが、ルイ16世がマリー・アントワネットにクリスマスの贈り物として贈ったと言われる「ノエル」と名のついたダイヤのリングだった。装飾とカッティングの美しさでも世に知られている。
「まーったく、今更アントワネットって柄じゃねえっだろが。アントワネットを超えてるっつーの!」 「おいルパン。これ以上時間がかかるようなら俺は降りるぜ。」
ルパンは今、必死で警備の要である赤外線レーザーの配線をカッターで切っているところだった。
「なっ…!次元ちゃん、そりゃないでしょ!?お前さんの役目はこの後なんだから!!」 「大体なんで手作業なんだよ!他に方法はなかったのかよ…。ったく。」 「仕方ねっだろー!!この配線の中にはなあ、切ると警報が鳴るヤツが含まれてんの!…ったく、アナログだよなあ…。」 「お前さんの得意分野じゃねえか。」
ニヤニヤと笑って煙草をふかす次元にルパンはちらりと目をやって、小さな安堵のため息を洩らした。
あれから次元は、丸一日帰ってこなかった。 携帯に電話しても、繋がらなかった。 お互い大人だ。下手な干渉などし合わない。 だが、純朴な次元には、自分と不二子の関係は決して理解できないものなのだろう。
しばらく帰って来ねえかもしれねえな―。
ルパンは一人ダイヤを盗み出す計画を練り上げると、ベッドに入った。
ぼんやりと聞き慣れた足音が階段を上ってくる音を聞いたのは、明け方近くだった。 ドアが開き、足音はまっすぐにルパンの寝室に向かってきた。 次元はドアを開けると、しばらく無言でそこに佇んでいた。そして、気配を殺してルパンのベッドに近づくと、腰を降ろした。 それから― それから起こったことを、なんと言えばいいのだろうか。
次元は身体を倒し、ルパンの胸に頬を寄せて、静かに涙を流したのだ。 ルパンの胸に、突き刺さるものがあった。 強く強く抱きしめて、キスしたかった。 だが、次元はすぐに顔を上げると、部屋を出て行った―。
「おい。手が留守になってるぞ。」 「ん?え?ああ…。」
次元に言われて、ルパンは慌てて作業を始めた。
「?…ヘンな野郎だな…。」
配線をすべて切るのに成功し、次元がショーケースの中に飾られているリングを弾ではじいて、それをルパンの網がキャッチする頃には、日付が変わっていた。
「は〜い!成功成功!」
ルパンは上機嫌でアクセルを踏み込んだ。次元は助手席で無言のままだ。
「…どったの?次元ちゃん…」
恐る恐るルパンが聞くと、次元は明るく笑って言った。
「通りに出たら、どこでもかまわねえから落としてってくれ。どうせ不二子が来るんだろ?」 「……………」 「野暮はしたくねえからよ。」
それを聞くと、ルパンは口を引き結んで、アクセルを強く踏み込んだ。
「うわっ…!なんだ!?どうしたんだよ。」
次元の問いには答えず、ルパンは彼らしくない乱暴な運転で、猛スピードでアジトに車を走らせた。
アジトに辿り着くと、ルパンは次元の袖を乱暴に掴んで車から引き摺り降ろした。
「痛っ…!おい、なんだよ!」
ルパンは何も言わずに次元を半ば引きずるようにしてドアを開けると、寝室のベッドにどさりと放り出した。
「何なんだよ一体!」
ルパンも次元も、完全に息が上がってしまっていた。その下から次元が怒鳴ると、ルパンは無言でいきなり覆い被さってきた。
「ちょ…!ルパン!止め…」
次元は抵抗したが、その動きは巧みにルパンによって封じられてしまう。シャツが引き裂かれ、ボタンが跳ね飛んだ。
「あっ…!ルパン、止めろっ…止めてくれっ…!」
言葉と裏腹に、身体が熱を帯び始める。次元を知り尽くした舌が、指が、素肌の上を這いまわる。
「ああっ…!あっ…」
遂に次元の身体から力が抜けると、ルパンは顔を上げて次元の瞳を覗き込んだ。次元も、潤んだ瞳でルパンを見上げた。 そのまま吸い寄せられるように、ふたりは唇を重ねた。一度火がついた心は、止められなかった。
「ん…!んんっ!ふっ…」
ルパンの情熱的なキスに、次元の脳裏で火花が飛んだ。唾液が絡まりあう音が室内に満ちる。 口付けの間も、ルパンは次元の服を脱がせる手を休めなかった。ジャケットもシャツも、ベルトも何もかも床に放り出し、自らも生まれたままの姿になると、強く次元を抱きしめて、更に深く口付けた。
「は…あ…」
口付けが解けると、次元は目にうっすらと涙を浮かべて放心した。
「次元…」
ルパンが愛おしそうに、次元の乱れた髪に、汗ばんだ額についばむようにキスをする。次元はおずおずとルパンの背に手を回した。 ふいに激情に駆られて、次元はルパンの背に爪を立てた。
「っつ…!」
ルパンが眉をしかめると、次元はその細い足をルパンの腰に絡みつかせた。
「ルパン…愛してる…!」
子供のように泣きじゃくりながら、次元は言った。
「俺はお前の他に何にもいらないから…!だから、傍にいさせて…。」
ルパンの目に涙が滲んだ。
「分かってるよ、次元。分かってる。」
子供をあやすように、ルパンは次元を抱きしめて、髪を撫ぜた。 次元は中々泣き止まなかった。 ルパンは、しゃくりあげる音の中に、時折聞き取れないほど小さな声で「愛してる」と言い続ける次元が、愛しくてたまらなかった。
「しーっ…。大丈夫。次元、愛しているよ、大丈夫…。」
長い間泣き続けたせいで熱を帯びた耳元でそう囁くと、ルパンは次元の身体を揺すりながら、子守唄のように歌を歌い始めた。 優しく甘いテノールは、冬の月が淡く照らす室内を、漂うように流れていった。 やがて泣き疲れて腕の中で眠った次元の額に頬をあてながら、ルパンは歌い続けた。 その夜、白々と朝の光が窓辺を照らすまで、ルパンは恋人のために歌い続けたのだった。
翌朝。
ルパンが身繕いをしていると、次元が起き出してきた。 スーツは身につけていたが、髪はまるで鳥の巣のようだった。その姿に、ルパンは思わず吹き出した。
「ちっ…。笑うなよ。誰のせいだと思ってやがんだ。」
憎まれ口をたたく相棒は、昨夜とはまるで別人のようだった。 暗黒街の死神が、自分だけに見せる素顔。
「昨夜はあんなに可愛かったのにねえ…。」
横目で見やりながらそう言うと、次元は本気でマグナムを抜きかねないご面相だったので、ルパンは慌てて鏡に向き直った。
「出かけるのか?」 「あー、う…うん。まあ、ちょっと…」
ルパンは少々居心地悪そうにギクシャクと答えた。
「…優しくしてやれよ。」 「…!」
次元のその言葉は、なんの邪気もない心から出た言葉だった。煙草を銜えながら微笑む相棒に、ルパンは驚いて、…だが、ゆっくりと笑顔になった。
「ほんじゃ行ってくるわー!!」
SSKの運転席でルパンが次元に向かって叫んだ。次元は窓辺に立って、微笑みながら軽く手を振った。 ルパンはニッと笑うと、車を発進させた。重厚なエンジン音が遠ざかっていく。
次元は、ふうっと紫煙を天井に向かって吐き出し、ソファーにどかりと腰を降ろした。
「俺も大概優しい男だよな…。」
恋敵の所にでかける恋人を、笑って送り出すなんざ。
けれど、彼はもう知っている。恋人の本当の心を。 昨夜、自分を優しく抱きながら恋人が歌ってくれた、その時から。 不二子のもとに出かけるルパンを笑って送り出したのは、不器用な彼の不器用な愛の証。 今もって、彼らの関係は自分には理解できないけれど―。それでも。
次元はソファーから起き上がると、朝の珈琲を淹れるために台所に立った。 サイフォンの白い湯気をぼんやりと眺めながら、次元の口をついて出たのは、昨夜ルパンが歌った歌だった。
「La La …」
鼻歌のようなそれは、しかし忠実にオリジナルをなぞっていた。
La La La …の意味は、「 I love you. 」。 一生お前を愛し続けると、この歌がこの思いとともにルパンに届いていればいいと、モーニングコーヒーの芳ばしい香りに包まれながら、次元は心からそう願ったのだった。
Fin 2008/11/26 Wed. アーティスト:スウィング・アウト・シスター
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