His sweet cake






このところ長い間、ずっと疲れているような気がした。




心の奥底に澱のようにたまった疲労―




それは奪ってきたいのちの重さと同等だったかもしれないし、また別の由来かもしれない。




それが、一気に噴出してきたように思えた。










或いは、ルパン家。




この誇り高い名族の、たった一人の跡取としての自分。




しがらみ。




どうしようもないしがらみ。逃れられない運命。




昔誰かが言っていた。










「ただ俺たちにできるのは、立ち向かうことと逃げることをくり返すだけだ」










―ちがう。










きっとちがう。




俺たちの居る場所は、そんなところではきっとない。




俺たちの求めるものも、俺たちの目指すものも、そんな言葉ではくくれない。







いつもならそう反唱するだけだなのに、今日はやけにむなしい。













……あのバカ、どこまで行ってやがる













八つ当たりだとわかっていても、傍らにいない相棒に矛先が向いた。




もう三ヶ月、顔を合わせていない。




こちらを立つ前夜に交わしたぬくもりを、温かな吐息を、もう一度思い出してみる。







―熱、あいつの温度。

自分とはちがうタバコの香り。

頬をくすぐる少しクセのある長い髪。

かすかに香ったあれは、硝煙の―







「Trick or treat!」







ルパンの思考は、夜の闇に木霊するかん高い声によってさえぎられた。







「Trick or treat!」







ふと窓を開けてみれば、暖かな灯火に照らされて、夜の神々の仮装をした子どもたちが、
いろとりどりの照明を放つランタンを手に持ちながら、にこやかに通り過ぎていくところだった。







「……ハロウィーン、……か……」




ルパンは、ひとりでに口元が綻ぶのを感じた。




ここ数ヶ月、次のお宝の強奪計画に頭がいっぱいで、外界のことに意識がまわっていなかった。

季節が夏を通り過ぎ、既に秋を深めているのだということにも、気がつかなかった。




澄んだ秋の夜の空気をいっぱいに吸い込むと、それは甘く切なくルパンの胸腔を満たした。




「……よっしゃ」




ルパンは台所にとってかえすと、ありったけのお菓子を布袋のなかに詰め込んで、大きなリボンをつけた。




「おーい!」




アパートの三階の窓辺から呼ぶ声に、子どもたちは振り向いた。




「ほーれ、持ってけ!!」




ルパンは子どもたちめがけて、布袋を大きく放った。




子どもたちは歓声をあげながらそれをキャッチして、なかを見て再び歓声をあげた。




「おじちゃん、ありがとー!!」

「ありがとー!おじちゃん!」




口々にそう叫ぶと、子どもたちは大きな袋をえっちらおっちら頭のうえに担いで、
歌いながら楽しそうに次の家を目指していった。




「……へへ」




ルパンが満面の笑みで窓を閉めるのと同時に、ドアが開いた。




「……なんだ? あのでっかい菓子袋は……」




あまりに唐突なことだったので、思わずルパンは呆気にとられてしまった。


「子どものなりじゃ、持って歩くのが大変だぜ、ありゃあ。ハデ好きもいいが、ちったあ子どものことも考えてやれ」


そういって次元は銜えていたぺルメルを近くの灰皿にねじ込み、改めてルパンの方を向いた。







「………………」

「ん?」







瞳を大きく見開いて自分を見ているルパンを、次元は不審そうにながめた。


「……なんだ? とうとうバカになっちまったのか?」

「……次元ぇ〜ん!!!」


叫ぶと同時に、ルパンは次元に抱きついた。




「おわっ……! なんだ!? どうしたってんだよ、おい!」




わけがわからず、とりあえずルパンを引き離そうと躍起になっている次元にほお擦りしながら、ルパンは安堵していた。

心の底から安堵していた。













何かを憎んでいたことも、何かに怯えていたことも、どこか深いところで軋む心も―













お前となら。






お前とふたりなら。










「次元」

「あぁ!? なんだよ!」


抗議しようとした唇は、ふさがれた。

ルパンは次元の後ろ髪を掴むと、より深く舌を割り込ませて貪った。


「んっ! ん……!」


突然の刺激に、次元の膝がガクリと折れた。

そこをすかさず抱きかかえて、ルパンは寝室を目指した。


「ちょっ……! おい、シャワーくらい……! つか、帰ってきたばっかだぞ、俺ぁ!」

「知らねえよ。お前が勝手に時間食ってきたんじゃねえか」


ルパンはそういって笑うと、寝室のドアを足で軽く蹴った。













ベッドの上で抵抗を止めない体が徐々に弛緩していくのを楽しみ、その極上の浅黒い肌に舌を這わせながら、
ルパンの心は、確かな悦びに震えていた。
















〜fin〜

















※文中のこの台詞は、Yル第六巻、第二十話「魔人はゲノムと共に」の
ジャックの台詞から引用しました。








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