Final Countdown
ぼんやりと年末のテレビを見ながら、次元は腕時計に目をやった。
今日は大晦日。 あと30分で今年は終わり、新しい年がやって来る。
「…間に合いそうにねえな。」
次元はごろり、と炬燵で横になった。 炬燵の上には、腕によりをかけたお節料理が並んでいる。 が、次元はどれ一つとして手をつけていなかった。
日本のアジトで、次元はひとりだった。 相棒は遠く、アメリカの地に飛んでいた。 次のお宝の調査のために、ルパンはアメリカへ、次元は日本へとやってきたのだったが、正月は日本で過ごそう―そう決めて、ふたりは別れた。 携帯に電話が入ったのは昨夜の夜中だ。
「あ、次元ちゃん!?俺様まだこっちなんだけっどもがよ、なんか騒がしい奴らに囲まれちゃって…。なんつーの、有名人は辛いねえ…って、必ず明日には帰るから!!ほんじゃ!!」
一方的に喋って一方的に切れた電話の向こうからは、車の爆音と銃声が絶えることなく聞こえていたのだった。
そんな事をいちいち心配するほど相棒に信用がないわけではないが、「今日中に帰るから」という言葉は、実際あと30分で効力を失うのだった。
毎年恒例の歌番組が、紅白の勝敗を決めている。 手持ち無沙汰なので、表に出てみる事にした。
郊外の小さなアパートは、築40年以上は経とうかという古い物件だ。 先ほど次元がごろ寝していた六畳と、寝室の四畳半に台所、洗面所があるだけ。風呂は付いていない。
ドアを開けると、冷たい風が頬を切るように撫でていった。 久々のトーキョーの空は、雪こそ降っていなかったが、厚い雲が垂れ込めて、どんよりと暗かった。 次元は暫く、空を見上げていた。
すると面白い事に、その空の表情がくるくると変わるのだ。
上空に風が吹いているのだろう、厚い雲が流れていったかと思うと、急にほの白く光る雲が現れ、かと思うと美しい紫色に染まった雲が現れる…といった具合で、次元は少しも飽きる事がなかった。
ふと時間を見ると、午前0時まであと僅か。 はあ、と次元がため息をついた、その時だった。 上空を、大型の旅客機が通り過ぎていく音が聞こえた。 次元は何気なくその音のする方向を見上げたのだったが、最初はゴマ粒のように小さく、のちにどんどんと大きくなってこちらに「降って来る」ものがある。
「…?」
次元は袖で目を擦りながらその「もの」の行方を追っていたのだったが、やがてそれはパラシュートをつけた人の形になり、物凄い勢いでアパートの庭に落下してきた。 砂埃と、木がメキメキとしなる音が聞こえたと思ったら、次に聞こえてきたのは相棒の呑気な歓声だった。
「たっだいま〜!!」
ルパンは満面の笑みでそう言うと、パラシュートを外して軽やかに地に降り立ち、階上で呆気に取られている次元に駆け寄って来た。
「ん〜、ちゅっ!!」
ルパンは呆気に取られたままの次元を抱き締めると、その唇に音をたててキスをした。
「いやあ〜、向こうで昔散々鴨にさせていただいたマフィアの方々とばったりでっくわしちゃってさあ、大変だったぜ〜?帰ってくるの。」
そのとき、開けたままのドアの中から、テレビが新年が明けたことを告げた。
「おっ。さっすが俺様、約束は守ったぜえ?うほっ!美味しそうじゃないの〜!!」
固まったままの次元を引きずるようにして中に入ろうとするルパンに、次元はようやくその一言を搾り出した。
「…ってお前…あれをどうするつもりなんだ?」 「へ?」
ルパンが次元の指差す方向を見てみると、パラシュートの落下音に驚いたアパートの住人全員が、庭に集まりだしていた。庭の柿の木には、赤と白の縞々のパラシュートが引っ掛かったままだ。 やがて、遠くからパトカーのサイレンが聞こえてきた。
「…やべえ」
ルパンは真顔になって言った。
「…ここからどうするかは、考えてなかった。」 「…こ、こ、こ…、この大馬鹿野郎ーっ!!!」
次元のその叫びが天に木霊するのと同時に、聞き慣れたダミ声が拡声器からやかましく聞こえてきた。
「おのれルッパーン!!年明け早々騒ぎを起こすとは何事だあーっ!!」 「とっつぁんだよ…毎年毎年ご苦労さんなこって…」
ルパンはそう言うと、次元が作ったお節の重箱を抱え、箸を銜えて走り出した。
「ったく…。今年も騒がしくなりそうだぜ…」
次元は次元でお屠蘇の杯と徳利を持ち出すと、ルパンの後に続いて走り出した。
2009年、ふたりの新年は、こうして幕を開けたのだった。
〜おしまい〜
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