古代より、息子は父を超えようとし、父は息子に超えられる事を怖れるという―



セレブラシオン




春の終わりの日差しが、窓辺に差し込んでいる。

パリの古びたアパルトマンの一室で、二人の男が密談を交わしていた。

一人は顔に皺の寄った渋面の老人。

一人は髪に霜が降りかかってこそいるものの、粋と美貌を失っていない中年の男だった。


「…本当にお会いになるおつもりで?」


老人が男に向かって銀の盆に乗せた珈琲を差し出しながら、今日何度目かの問いを繰り返した。


「もちろん」


洒脱な男は、一口濃いモカ・マタリを飲み下すと、微笑みながら答えた。


「いい味だね、ロシュコー。」


ロシュコーと呼ばれた老人は、やれやれといった風で首を横に何度か振った。


「わたくしは余り良いこととは思いません。何せ、あちらはもうお父上を超えておられる。」


中年男はそれを聞くと、あっはっは、と大声で盛大に笑った。


「相変わらずだね、ロシュコー。わたしに堂々とそんな意見が出来るのは、昔から君だけだった。」


男は立ち上がると、今朝届いたばかりの『ル・モンド』紙を手にとって窓辺に向かった。



【…神出鬼没の怪盗、次はエリゼ宮の至宝を盗むと予告…】



大きな見出しで書かれたその記事には、男の息子の写真が添えられている。


「…まったく、素顔を隠すにしても、もう少しましな顔を選べばいいものを…。センスにおいては私に劣るな。」


男が写真を指で弾くと、ロシュコーがテーブルの後片付けをしながら皮肉った。


「…その方がより良い隠れ蓑になりますよ。…本性を隠すには。貴方のように伊達男の顔では、いろいろと身の周りが騒がしくてなりませんでしょう。」


男は目を丸くしたが、すぐ愉快に笑い出した。


「…まったく君は正直者だ、ロシュコー。」


男は、息子の写真の脇に並んで掲げられているその仲間たちの写真を見た。

栗色の髪の美しい女が、艶然と微笑んでいる写真がある。


「…あんな顔でも、何故か身の周りは騒がしいらしいよ?血筋かな。」


くっくっと微笑って、それから、男の目は一枚の写真に釘付けになった。

写真の中には、帽子を目深に被った黒尽くめの男が写っていた。

その口には煙草が銜えられていたが、表情は何も読み取らせはしなかった。


「…久しぶりだね」


男の目は、実の息子を見るときとも、栗色の髪の美女を見るときとも違う色を湛えていた。

時が経つのを忘れた様に、そのままじっと写真に見入る男を見やって、ロシュコーは深い溜め息を一つ洩らした。









ルパンが狙っているのは、エリゼ宮の宝物蔵深くに収められた、『セレブラシオン』と呼ばれる、目映い宝石でバラの花を象った逸品だった。

この宝石はその名の通り、フランス大統領の就任式に祝賀の意味を込めて公開されるもので、150カラットを下らない大粒のルビーを花びらの形にカットし、葉にはエメラルドを使い、金、銀でその周囲を固めたものだ。直径は15センチメートル。輝きを十分に引き出すそのカッティングの見事さから、「世界で最も美しい宝石」の一つにも挙げられている。


「獲物としては、最高だろ?」


パリのアジトで、ルパンはいつもの様に次元、五右ェ門に計画の説明をしていた。


「…何とも豪奢な品で御座るな」


常日頃宝石には興味を見せた事が無い五右ェ門も、写真の中のその余りの絢爛たる姿に溜め息をついた。


「そうだろそうだろ。流石『祝い』なんて名前が付けられてるだけあるよな。パーッっと行きましょーっ!てカンジ。この宝石には別名があってな、『アモール』ってンだ。まあ、平たく言うとキューピッドだな。」


五右ェ門は疑問の色を浮かべてルパンに問うた。


「きゅーぴっど、と言えば確か神話に登場する西洋の神であろう。何故そのような名が?」

「さあぁ〜な。フランス人特有の”エスプリ”ってヤツじゃねえの?」


ルパンはのほほ〜、と呑気に笑った。五右ェ門はまだ疑問が解けないので難しい顔をしたままだ。


「それと、その宝石には対があってな。そっちは『プシュケー』。昔から西洋人は、この神話が好きだねえ…って、どうしちゃったのよ次元、さっきから。」


先ほどから紫煙を吐き出すだけで何も言わない次元に、ルパンは声をかけた。


「…あの女は」

「へ?誰?」


ルパンが目を丸くして答えると、苛々も頂点とばかりに次元は怒鳴った。

「不二子だよ!不二子!どうせまたあの女のために盗もうって腹だろうが!」

「それがさあ…」


ルパンは肩を落として、残念で仕方がない、という風に言った。


「別のお仕事があるんだって。ぜーったい不二子ちゃん好みのお宝だと思ったんだけっどもがよ…。『今回は三人でどうぞ』…だってさ。」

「ケッ!分かったもんじゃねえ。ルパン、お前手に入れたら不二子に渡してやるつもりだろう。」


指に挟んでいた煙草を灰皿にねじ込みながら次元が新しい煙草を取り出すと、ルパンは「にしし」と意味ありげに笑った。


「ちょーっと違うんだなあ。コレが。今回は、”俺たちだけ”の獲物。だから不二子には悪いけど、ちょうど良かったかな?」


そう言ってルパンは、次元にウィンクして見せた。

次元は帽子の影からちらりとルパンを見やったが、再び「ケッ」と肩を竦めてそっぽを向いてしまった。


「まーったく、しょうがねえなあ。」


ルパンは頭を掻きながらぼやくと、五右ェ門に指示を出した。


「五右ェ門、取敢えずさっき説明した通りにやってくれ。」

「…む、ああ、承知した。」


まだ「エスプリ」という言葉について考え込んでいた五右ェ門は、気を取りなおして扉を開けて先に宮殿へと向かった。


「さて…っと」


ルパンは、ソファーの背からでは帽子だけしか見えない次元に向き直り、歩み寄った。

腕を組み、しきりに銜えた煙草をふかしていた次元の身体に、ソファー越しにルパンの両腕が回された。


「…まだスネてるのかよ」


ルパンが面白そうに聞いても、次元は何も答えようとしない。煙が目に染みた。


「…さっき、俺たちの獲物、って言ったろ?」


ルパンは次元の耳の裏に猫の様に鼻を摩り付けながら言った。


「記念にしようと思ってさ。俺たちの。」

「…記念?何の。」


ようやく次元が口を開いた。


「…約束を覚えてるか?」

「?」


ルパンの言葉に、次元は一瞬考え込んでしまった。


約束…約束…


ルパンとした約束で覚えているものと言えば、一昨日のビリヤードの借りの100ユーロぐらいのものだ。


「覚えてねぇだろ。」

「…すまねえ、100ユーロのことしか覚えてねえ。何か言ったか?俺。」


それを聞くとルパンは、額に手を当てて盛大に大笑いした。


「あーっはっはっは!まったく、そんなこったろうと思ってたよ。」


ルパンが余り笑い止まないので、次元は焦れて聞き返した。


「おい!で、何だよ、約束って!」


ルパンはまだひーひーと小さく笑いを洩らしていたが、ゆっくりと真剣な顔になって言った。


「…昔。帝国で。」


帝国、という言葉に、次元の身体がぴくり、と僅かに反応した。


「…約束したろう。俺たちが組んで仕事を始めたら、10年ごとに”記念の品”を集めよう、って」

「……ああ!」


次元は思い出した。

それは少年、というより男の子らしい発想、と言った方が良いのかもしれないほど幼い約束だったが、確かにそんな言葉を交わしたことがあった。


「…俺様はそれをずーっと覚えてて、今まで10年ごとに一つそういう品を集めてたワケ。でも、一緒に仕事しててもお前は全然意識してない風でさあ」

「悪い…」


ルパンがあんな戯言ともとれる約束を覚えていて、ずっとそれを果たしていたのが意外だった。

少なからず驚きを隠せないでいる次元の顎に手をかけて、ルパンはその唇に軽いキスを落とした。


「もう教えたんだから、これからは覚えてろよ?」


次元の瞳を覗き込みながら、優しくルパンは言った。


「あ、ああ…。…だが、何で今回の”記念の品”が『セレブラシオン』なんだ?」


心持ち頬を赤らめて次元が聞くと、ルパンはハートマークを振りまきながら次元にじゃれついて答えた。


「そりゃあさ〜!別名『アモール』だぜぇ?対の宝石が『プシュケー』だぜぇ?神話を思い出して見ろよ、どんな境遇にも挫けない愛って、まるで俺たちみた…」


ルパンの言葉は、次元に頭を張られた所為で続かなかった。

だが、次元は心の中でふと思った。

全世界の警察組織の裏をかく怜悧な頭脳の持ち主でありながら、いつまでも子供のような趣を失わない男。
忘れてしまっても当然のような幼い頃の約束を覚えていて、何も言わずにそれを実行していたルパン。

ルパンの傍にいると退屈しないのは、きっと稼業の所為だけではない。


―コイツといると、ただそれだけで俺は幸せな気分になるんだな―


次元は思わず微笑を浮かべた。


「何だよー。忘れてたクセに笑いやがって。」


頭を押さえてふくれるルパンに、


「ああ、すまねえ」


と謝りながらも、この時次元は相棒が愛しくて仕方がなかった。











エリゼ宮にルパンと次元が入ったのは、真夜中過ぎだった。


「…警報装置は?」

「五右ェ門が止めてあるはずだ。」


二人は影のように素早く、真っ直ぐに地下の宝物室へと向かった。

薄暗い電灯が照らす長い廊下を抜け、扉の前に立つと、ルパンは電子ロックを目にもとまらぬ速さで解除してしまった。

ゴー…ン…と重い扉が開くと、ルパンは先に立って迷わず歩を進めた。

数々の逸品が並ぶその一番奥に、特殊な防弾ガラスに入れられた”セレブラシオン”―アモールがあった。


「次元」


ルパンが低く合図すると、次元は常のコンバット・マグナムではなく、フェイファー・ツェリザカを取り出した。

重量6キロ、象などの大型動物を狩るのに使用される600NE弾にさらにルパンが改良を加えた弾丸を装填したこの銃を立ったまま撃てるのは、世界広しといえども次元の他にそう多くはいないだろう。

慎重に狙いを定め、次元がトリガーを引く。

鈍い音と共に防弾ガラスは真っ二つに割れ、床に落ちた。


「お見事。」


ルパンはそう言って、朱のビロードに鎮座しているセレブラシオンを取り出した。


「さ、長居は無用だ。行こうぜ。」


ルパンに促され、次元も後を追った。


「五右ェ門が待ってるはずだ。」


脱出口へと続く階段を駆け上がりながら、ルパンは言った。


「ただ警報装置を止める為だけに、昼間っから五右ェ門を潜入させたのか?よほど入念な警備システムなんだな。」


次元の問いにルパンは答えず、前を見たまま僅かに口端を上げた。

果たして、宮殿の裏門では五右ェ門が二人を待っていた。


「いよ〜う、ご苦労さん。」


ルパンは片手を上げて五右ェ門に声をかけた。


「…して、首尾は?」

「上々。」


ルパンはそう言うと、懐からセレブラシオンを取り出して見せた。

赤、緑、金、銀―月明かりに様々な色に光り輝く宝石で出来たバラに、五右ェ門は再び魅入られた様子だった。


「…ルパン、拙者にもよく見せてくれぬか?」


五右ェ門が言うと、


「ああ、いいぜ。何かお前、コイツが気に入っちまったみたいだな。」


面白そうに笑って、ルパンは宝石を手渡した。

五右ェ門は暫く無言で宝石を見つめていた。

やがて、アジトでそうしたように深い溜め息をつくと、五右ェ門は言った。


「…美しい…。対の宝石によく似合う艶やかさだな。」




ルパンの身体が硬直した。

その顔からは表情が失われ、瞳は冷たい色を湛えていた。

突然ルパンは、五右ェ門にワルサーを向けた。


「ルパン!?」


次元は驚いて目を見張った。


「ルパン?何の真似だ。」


五右ェ門は苦笑して困った様に言った。


「…何者だ?てめぇ。」


次元は訳が分からず、ルパンと五右ェ門の両方を見ている。五右ェ門は苦笑いを浮かべたままだ。


「…惜しかったな。もう少しで俺を出し抜けるところだったのに。最後の最後で台無しだ。」


冷笑を浮かべながら、ルパンはワルサーのスライドをゆっくりと引いた。


「何の事だ、ルパン!」


なおも食い下がる五右ェ門に、ルパンは冷たく言い放った。


「…五右ェ門は、セレブラシオンに対の宝石がある、ってぇ事は知ってるが、実物を見た事はねぇんだよ。あいつは宝石に興味がねえからな。さっきの科白、実物を見た事がないとは言わせねぇぜ?」


次元はようやく合点した。

素早く腰からマグナムを引き抜き、ルパンと同じく五右ェ門に銃口を向けた。


「さぁて。もうバレちまったんだから、素顔でも拝ませてもらおうか。ニセ五右ェ門君。」


ルパンが氷の笑みでそう言うと、”五右ェ門”は宝石を手にしたまま俯き、そして肩を震わせ始めた。やがてそれは、高らかな笑い声に変わった。


「わたしらしくもない失言だった。」


その声に、ルパンと次元は愕然とした。

驚きに目を見張る二人の眼前で、”五右ェ門”の腕が一振り大きく弧を描いた。

次の瞬間セレブラシオンを手に立っていたのは、パリのアパルトマンでロシュコーと密談を交わしていたあの男だった。



「お父さん!」

「二世!」



ルパンと次元は同時に叫んだ。






「久しぶりだねぇ、三世。達者にしていたかね?」


ルパン二世は、手にしたセレブラシオンをポンポンと宙に投げては受け止めながら呑気に言った。


「…あなたが一番良くご存知でしょう。」


ルパンはワルサーの銃口を背けずに言った。


「まあね。噂はいろいろ聞いているよ。」


手の中にセレブラシオンをすっぽり収めると、二世は次元のほうを見た。


「…君に会うのも久しぶりだね。次元大介。」

「……………」


マグナムを二世に向けたまま、次元は何も答えなかった。帽子の鍔に隠れて見えないその瞳は、二世を見据えているだろう。
二世も、じっと次元を見つめたままだった。父と次元との間にある感情の機微に、ルパンは気付いていた。

ルパンは、二人の間に割って入るように一歩踏み出して言った。


「…たとえ相手があなたであれ、俺が盗み出した獲物をおいそれと渡すわけにはいきませんよ。」

「…ほう?わたしと渡り合って勝てるとでも?」


二世はにやりと笑って横目で三世を見た。


「それもあなたが一番良くご存知だ。」


三世の瞳は最早先ほどまでの冷たい色を失い、挑戦に赤く燃えていた。


「…面白い。それでは…試してみるか!?」


言うが早いか、二世は身を翻して裏門をいとも簡単に飛び越えた。

ルパンと次元の放った弾は、虚しく宙に逸れた。


「相変わらず身軽だな…!」

「誰かさんとそっくりでいやがる!」


ルパンと次元も門を超え、二世を追って通りに出た。

疾駆しながら発砲すると、二世は後ろに振り向き様無数のナイフを正確に投げつけてきた。


「わっ!」

「チッ!」


ルパンは身体を回転させてナイフをかわし、次元はマグナムで弾き飛ばした。

銃弾を放っても、まるで頭の後ろに目がついてでもいるかのように、二世は前を見たまま簡単にそれを避けてしまう。銃声と、ナイフが闇を切り裂く鋭い音とが繰り返され、いつしか三人はシャンゼリゼ通りに出ていた。

春の宵を楽しんでいた通行人が、銃を持った二人に驚いて小さな悲鳴をあげる。しかしルパンと次元は、それには構っていられなかった。

体中の血が滾る、焼けつくようなこの感覚―

それこそが、二人の生きる意味であったから。

ルパンと次元は、その時確かに口元に笑みを浮かべていた。




史上最大のショーは、凱旋門の上でクライマックスを迎えた。

スポットライトが照らし出す中、父と子と、その相棒は向き合った。


「…決着をつけますよ。お父さん。」

「…いいとも、三世。」


二世がナイフ投げの構えを取り、ルパンと次元が銃を向けた―その時だった。




突然ヘリの爆音が三人の頭上を遅い、開いた機体の底から放たれた鉤つきのロープが、二世の懐からセレブラシオンを奪い取った。


「あああーっ!!!」


三人は同時に素っ頓狂な叫び声を上げた。


「ルパ〜ン。それと誰かさ〜ん。お宝はいただいていくわね〜!ありがと〜!」


機体の窓から一瞬だけ顔を覗かせた不二子は、ルパン親子に向かって投げキッスを送った。

ヘリが飛び去ってしまうまで、三人はしばし呆然と佇んでいた。

下の通りから聞こえてくるクラクションの音が、やけに間抜けに響いた。











「…だから…だから俺が言ったじゃねえかっ!どうしてこう毎回毎回あの女に獲物をくれてやらなきゃならないんだよっ!!」


一番最初に怒鳴ったのは次元だった。


「いや、”俺が言った”って、次元ちゃん、俺は最初から今回は不二子は抜きでって…」

「あの女は信用するなって言ったんだよ!もう俺ぁウンザリだ!金輪際お前ぇとなんか組まねえからな!」

「ちょっと次元ちゃん、それはないんじゃないの!?”信用するな”なんてお前一言も言ってねえじゃねえかよ!」

「やかましいっ!大体不二子の行動パターンを読めないお前ぇが腑抜けなんだよ!」

「何だよその言い方!お前こそ毎回毎回愚痴ばっかり言いやがって…アレ?」


二人が言い合いをしている間に、二世の姿は何処にも見えなくなってしまっていた。











ヨットは地中海を周っていた。

ルパン二世はデッキのロングチェアに寝そべりながら、新聞を広げた。



【ルパン三世、エルミタージュでまたしても名画強奪!怒る銭形警部】



くすり、と笑いを洩らすと、二世は脇のテーブルに新聞を放った。

煌く陽光。地中海は、これからが良い季節だ。






一方、ルパンと次元は、五右ェ門と共にフィアットでスイスののどかな農道を走っていた。


「…それじゃあ、最初から五右ェ門に摩り替えさせておくつもりだったのか。」


ふた月前の二世との邂逅の折りのことを、次元はもう一度ルパンに確認した。


「そ。誰だか知らねえが昔裏社会で相当鳴らしたヤツがおんなじお宝を狙ってるって聞いたモンだからよ。どうせボロ出すだろうから、からかってやるつもりだったんだが…。まさか、親父だったとはなあ。」

「やれやれ…。またお前のお遊びに付き合わされたのかよ、俺は。」


次元はぼやいた。


「…お主とは長い付き合いだが、お主に化けたご父君の変装は全く見破れなかったぞ。」


五右ェ門はぐるぐる巻きに縛られてエリゼ宮の物置に閉じ込められていたのを、やっとの思いでルパンと次元が見つけたのだった。


「…だが、二世は五右ェ門の懐の”本物の”セレブラシオンには気がつかなかった。」


次元がそう言うと、ルパンは口端を上げて不敵に笑った。


「…現役としては、ま、面目は保ったかねえ。」


ルパンのその言葉に、次元と五右ェ門も小さく笑いを洩らした。


「さぁて!次のお宝目指して行きますか!」


掛け声と共に、ルパンはフィアットのアクセルを踏み込んだ。











「…では、ニセモノと分かっていて敢えて対決を挑まれたので?」


燦々と降り注ぐ日の光に常の渋面をさらに深くしながら、ロシュコーが問うた。


「彼の考える事ぐらい分かるよ。親子だからね。」


二世はよく冷えたシャンディー・ガフを口に運びながら言った。


「おそらく五右ェ門が本物を持っているだろう事も分かっていた。…でも、まあ、それじゃつまらないだろう?」


ロシュコーはやれやれと首を横に振った。二世と付き合い出してから、これは彼の癖になっていた。


「けどね、ロシュコー。彼はやはりわたしより優れているよ。」


船室に戻りかけていたロシュコーは、その言葉に振りかえった。


「彼には、仲間がいる。得がたい絆で結ばれた仲間が。…わたしには、それが無かった。」

「二世…」


水平線が眩しく光っている。波の音は寄せては返す。


「…ずっとお聞きしたいと思っていたのですが」


ロシュコーが二世に疑問を投げかけた。


「セレブラシオンを盗むタイミングで三世にお会いになろうと思われたのは何故です?深い意味は無いので?」


微笑みながらロシュコーに顔を向けて聞いていた二世は破顔一笑し、それからサングラスをかけてごろりと長椅子に寝そべった。


「…あの日は、あの子の誕生日だったんだよ。」


ロシュコーは驚いて目を見張った。


「…まあ、知らずに盗もうとしたんだろうが…。お祝いにはちょうどいいかな、と思ってさ。」


ロシュコーは何か言いかけたが、何も言わずそのまま一礼して、船室へと下がって行った。











かもめが数羽、のんびりと鳴きながら飛んでいる。

波間からは時折、銀色に光る魚が飛び跳ねる。






「んー!」






二世は大きく伸びをした。

青い空に大きくせり出した太陽。






夏はまだ、始まったばかりだ。











〜Fin〜




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筆者註:Ce'le'bration
フランス語で誕生日、結婚などを祝う事。祝賀。
(『現代フランス語辞典』白水社 より)
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