エデン




正月の喧騒も過ぎ、ようやく日常が戻ってきた頃、ルパンと次元は日本を出、あてどもなく世界を放浪していた。


この稼業、自由な時間が無限にあるというのがなによりの利点かもしれない。


日々仕事に追われていたり、何事かに追われて時間の自由がないと嘆く人間にとっては、さぞ羨ましいことだろう。




その代わり、この稼業ではいつも文字通り「追われて」
いる。




それは銭形を始めとする、各国の警察やICPOのような官憲でもあるし、或いは反対に探偵、裏社会の組織、会った事もないような殺し屋であったりする。

そういったことを煩わしいと感じたことがないと言えば嘘になるだろうが、気にするほど小心ではないし、己を信じられないわけではない。




自分で選んだ道だ。




そこに抗えない運命が存在するのなら、受け入れようではないか―




それが、ルパンと次元の考え方だった。







「…まあ、そう考えてない連中もい〜っぱい居るだろう
けっどもがな。」


フィアットを駆りながら、のんびりとルパンは言った。


「…だろうな」


助手席の次元は、さして興味もなさそうに答えた。











車はのどかな田舎道を走っていた。

道の右には山裾が見え、左には地平線まで続く畑が
広がっている。

おそらく、麦を育てているのだろう。麦秋には麦の穂の黄金色がさぞ美しいであろうことは想像できた。


「…で、この”休暇”はいつまで続くんだ?」

「あら次元ちゃん、もう飽きちゃった?仕事熱心で
感心だねえ〜。」


ルパンはのほほほほ、と高らかに笑った。


「…休暇、つったってな、ただお前ぇと一緒に車であちこち周ってるだけじゃねえか。」


どうせ休暇ならカジノとかビーチとか温泉とか、いろいろあるだろうが、と、次元はぶつぶつ文句を言っている。


「いいじゃないの〜。たまにはこうして何の目的もなく
あちこち行くのも。」


ルパンは苦笑いして、車を脇に寄せた。




「…なんだ?」

「休憩休憩。ちょっと歩こうぜ。」


ルパンは先に車を降りると、広大な麦畑に足を踏み入れた。

次元は肩を竦めると、後に続いて車を降りた。




ヨーロッパの冬は寒い。

この日も空には雲が垂れ込めて、時折微かに陽光が見え隠れはするものの風が吹きすさび、ともすれば震えるような寒さだった。




ルパンはずいずいと先に進んでいく。

次元はその後を追って歩いていたが、思いのほか足場が柔らかく、革靴で歩くのに難儀した。


「…おい!どこまで行くんだ!?」


次元が声をかけると、ルパンは立ち止まって振り向いた。




「お前となら、どこまででも。」




突然発せられた真摯な言葉に、次元は思わず打たれ、
その場に立ちすくんだ。

しかしルパンはすぐに相好を崩すと、


「…なーんつってな。ガハハハハ!」


と言っておどけて見せた。

次元は頭頂にまで血が上るのを感じた。その頬は既に
真っ赤だ。


「ったく…!相変わらずフザけた野郎だぜ」


やはり文句を言いながら、次元はようやくルパンの立っている場所まで辿り着いた。

ルパンはジタンを銜えながら、じっと彼方に目をやっている。

そのルパンの傍らに立って初めて、次元はここが小高い丘であり、その先に更に果てしなく大地が広がっているのを目にしたのだった。




「ああ…」




思わず次元は声をあげた。




その光景は、圧倒される、の一言に尽きる、あまりにも壮大で荒々しい、しかし美しい、自然が生み出した芸術だった。

下から吹き上げてくる風に飛ばされないよう帽子を押さえながら、次元は暫くルパンと共にその光景に見入っていた。




地平線の先にある地平線。

その空とのあわいは遠くほの白く滲んで、時折閃く光が見える。雷雲だろうか。

人家もぽつりぽつりと見えるが、そのどれもが小さく、まるでミニチュアの箱庭にある家のようだった。

何処からか微かにではあるが、牛の鳴き声が長く尾を引いて聴こえて来る。

その他に聴覚を支配するのは、ただただ吹きすさぶ風の音ばかりだ。







「…すげぇな。」


ルパンが口を開いた。

次元は無言で頷いた。




ルパンはフィルターまで焼けた煙草を指で弾くと、ふいに
次元の首に手を回してその顔を引き寄せた。

次元は常ならず、おとなしくされるがままになっていた。




口付けが深くなると、ルパンは次元の腰に手をあてがって、ゆっくりと足下の叢にその身体を押し倒した。次元は
ルパンの背に腕を回した。




今は風の音ではなく、互いの息遣いと口付ける音だけが聴こえて来る。




やがて絡めとった舌を名残惜しげに離すと、ルパンは顔をあげてじっと次元を見た。

次元の瞳は潤んで頬は上気し、撫でつけた前髪は額に乱れて影を作っている。

濡れた唇に指を這わせながら、ルパンはぽつぽつと言った。


「…俺は、『楽園』があるんなら、こんなところじゃないか
と思うよ。」


「楽園…?」


次元はルパンの顔に手を伸ばした。その指に指を絡めて、ルパンは続けた。


「…そう。お前とふたりだけ、…この世に、ふたりだけ。
そんな風に感じられる場所さ…」


お前と一緒なら、こんな風に、簡単に、そこを見つけられるのさ―


言葉にはせずに、ルパンは次元の身体を抱き締めた。

ふたりとも目を閉じて、じっと互いの鼓動を聴いていた。





















再びフィアットを駆る頃には、辺りは黄昏ていた。





















…常に誰人かに追われて生きなければならないのなら、その運命を受け入れよう。

そしてそれを楽しみすらしよう。

けれども、お前とふたりなら、いつだって、どこだって、
「楽園」に様変わりするのだ。

ただ目を閉じて、互いを感じるだけで、誰も俺たちの間に
割り込む事などできなくなる。































…なあ神様、俺はあんたの「楽園」を、もう手に入れ
ちまったぜ?































そしてルパンは、次は”神様”のどんな宝物を手に入れてやろうか、と、ハンドルを切りながら彼らしい不敵な笑みを浮かべるのだった。































神の創りたまいし楽園―































その名は、エデン。































FIN







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