夢のつづき
「…次元…」
ルパンは腕の中の次元の髪に、額にキスしながら呼びかけた。 身体を震わせて荒い息を吐く次元の様子からは、先ほどまでの激しい情事の痕跡が見て取れた。 身体中に刻み付けられた愛の証は、まだ熱を帯びて紅色に染まっている。 震える瞼を僅かに開けて、次元はルパンを見た。
「…感じたか?」
ルパンの問いに、次元は小さく頷いた。
「…よかった?」
再び問い掛けられて、次元は紅潮した頬を更に熱くしながら頷いた。
ルパンがいなくなって― いや、「新しく」なって帰って来てから、こうして抱かれるのはまだ両手の指で数えられるほどだ。 最初に求められたときは、まるで初めて男に抱かれるような気分だった。
外見は何もかもルパンと変わりない― いや、中身も、遺伝子をすべて受け継いだ「新しいルパン」であるのに違いないのに―
何故か、戸惑ってしまう自分がいる。 すべてを「前」と比べてしまう自分がいる。
けれど、そんなどこか卑怯にも思える自分の思惑とは裏腹に、身体は正直に反応する。
この手を、この指を、この舌を、この匂いを― そしてこのぬくもりを、待ち望んでいた―。
抱かれている間は、何も考える余裕がない。 ただ、愛撫に酔って、欲望に溺れて、必死でルパンを求める。 けれど、 こいつはルパンなんだ― 戻ってきてくれたんだ― と、頭の片隅で、必死にそう唱えている自分がいることも分かっている。
だがそう考える事は、ルパンを「以前」と「今」に分けて考えてしまう事に直結する。 だから、ルパンに抱かれるとき常に次元は、何も考えられなくなるように、以前より一層激しくルパンを求めるようになった。
「…俺様も、すっごくよかった。素敵だったよ、次元。」
そう言って軽く唇にキスされて、次元の鼓動は跳ね上がった。 次元の頬をすっと撫でると、ルパンはガウンを手に起き上がってベッドから降りた。 次元は仰向けになると、腕を額にやってゆっくりと深く息を吐いた。 ルパンは机の上を何やらゴソゴソと探っている。 そして目的の物をみつけたのか、小さく歓声をあげて、ベッドに戻ってきた。
「見てみろよ、コレ。」
差し出された分厚い資料の一ページ目には、三体のブロンズ像の写真があった。
「…何だこりゃあ」
どれも、一見しただけでは何を象ってあるのか分からない。 ルパンは、一つ一つ指差して説明した。
「これが熊、これが鷹、ほんでコイツが猿の像。」 「ほ〜…。」
次元はサイドボードからペルメルを取り上げ、一本を口に銜えて改めて像を見た。
「…こりゃあ、価値があるもんなのか?」 「ああ。古美術としてもかなりの値打ちがあるもんだ。」
ルパンは口端を上げて不敵に笑った。
「…コイツが次のお宝、というわけか…」
次元はふー…っと紫煙を吐いた。
「ちょーっと違うんだなあ、これが。」
ぬほほほほほ、とルパンは笑って、次元の手から資料を取り上げた。
「…ハリマオの財宝だよ。俺が狙ってるのはな。この像は、その鍵になるモンだ。」
それを聞いた途端、次元は思わず起き上がってルパンの腕を掴んでいた。
「そいつぁ…!」
ルパンはにいっと笑うと、次元に向かってウィンクして見せた。
ルパンが病に倒れる前― その直前まで調べていたのが、マレー半島を舞台に暴れまわった怪盗、ハリマオの財宝についてだった。
覚えていたのか―!
その次元の考えを見透かしたように、ルパンは少し悲しそうに微笑んで言った。
「…これで信じてもらえっかな。」
その言葉に、次元は胸を突かれた。
…ルパンはルパンなりに、己の存在の不完全さと向き合っていたのだ。
クローン技術は、どんなに発展したといっても、やはり完璧ではなかった。 本当に些細な― 気の遠くなるような長い年月を共にした者でなければ分からないような違和感は、幾つもあった。 これでいい、これが「ルパン」なのだ、と頭では理解したつもりだったのに、ふとした瞬間にそれが揺らいでしまう― そんな時、次元は例えようのない気持ちになった。 眼前に「そのもの」である男がいるのに、その男の「不在」と向き合っている奇妙な瞬間。 だが、そう感じていたのが自分だけではなかったと知って、―ルパン本人ですら、その「不在」に向き合っていたのだと知って、次元は己を恥じた。
「何くだらねえ事言ってやがる。」
一言だけそう言うと、次元は滲んだ涙を気取られぬよう、ルパンに背を向けて灰皿に煙草をねじ込んだ。
その途端、ぞくりと全身が波立った。 ルパンが、次元の腰を捕らえて背に舌を這わせたのだ。
「あっ…!ルパン、止め…!」
抗議は聞き入れられることなく、そのままベッドにうつ伏せにされ、背後から愛撫される形になった。
「ルパン、今日は、もう…」 「だ〜め。」
意地悪くそう言うと、ルパンは再び次元の背に舌を這わせ始めた。 背骨のラインをなぞられて、次元は枕に顔を埋めて喘いだ。
「んんっ!あ…」
されるがままに膝を立たせると、ルパンの舌は迷わず次元の秘菊を探った。
「あっ…!!駄目だ、そんな…!」
次元が阻もうとすると、ルパンは長い腕で次元の頭を押さえ込んでそれを許さなかった。 音をたてて貪られて、次元は羞恥と快感に身を焼かれるようだった。
「あっ…!はあ………ん………」
やがて水音が途切れると、熱いものが肉を割って入り込んできた。
「ああっ!!」
次元は思わず歓喜の声をあげた。 激しい動きと共に、ベッドが揺れて軋んだ。 次元が張り詰めきった自身を慰めようと手を伸ばすと、その上からルパンの手が重なってきた。 次元はルパンに、全てを委ねた。 僅かに手を滑らせただけで、次元はルパンの手の中に射精した。
「くっ…!…ルパン、続けて…!」 「…分かってるよ、次元」
ルパンに貫かれながら、次元は何度も何度も精を吐き出した。 霞んでいく意識の中で、ふわり、と、しなやかな風が背を通り抜けていったような気がした。
本当は、ルパンはここにいないはずだった。 奴の命は、あの時終わるはずだった。 だが、時の流れに逆らって、運命に逆らって、ルパンは次元とともに在る事を選んだ。 それならば― 誰よりも愛するお前が選んだ運命を、俺も共に受け入れよう。 その選択も、罪があるならばその罪も、分かち合い、理解し合い、お前を信じよう。
翌朝。
ルパンはハリマオの財宝の行方を探索するために、一人アジトを出る事になった。
「まあ、そうだな。この分なら、夏くらいには実行できるかもしれねえな。」 「…そりゃ結構。」
次元はルパンの向かいの席で、カップに珈琲を注ぎながら大きな欠伸をした。
「何だよやる気がねえな〜。」
ルパンが抗議すると、次元は思わず本音を吐いてしまった。
「うるせえっ!昨夜朝まで寝かせなかったのは何処のどいつだ!!」
次元がはっと気がついたときには、後の祭りだった。 ルパンはにやにやと笑って珈琲を口に運んでいる。 気まずくなった次元は、席を立って窓辺で煙草をふかし始めた。
「…まあ、見てなって。」
暫くの後、ルパンの言葉が次元の背中に掛けられた。
「…お楽しみは、これからだぜ?次元。」
次元は振り返り、帽子の下からルパンを見た。
ルパンの瞳は、あの頃のまま― 見果てぬ夢を共に追いかけていた、あの頃のままに、輝いていた。
次元はふっ、と笑った。
「オーケー。付き合ってやるよ。」
ふたりは視線を交わした。 それ以上、何もいらなかった。
赦し合い、分かち合い、分かり合い、信じて―
いつの日も夢を追い続けるお前を、俺は変わらずに愛し続けよう。 次元は心の中で、そう誓ったのだった。
FIN
2008年12月30日 Tue.
アーティスト:倉橋ルイ子
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