Under the Blue Sky




「あっ…!」


次元の切なげな喘ぎ声が、闇に溶ける。

オランダの寒村に、ふたりは滞在していた。明日には国境を超えて、デンマークへ入る。

昔は農民の家だった、古い小さなアジトで過ごす夜。

今夜も次元はルパンに求められ、抱かれていた。


「んっ…!んんっ…!ルパン…」


焦らすようにゆっくりと上下に動かされる掌に、次元は抗議の声をあげた。

ルパンは情欲を滲ませた表情で次元を見下ろしながら、次元が焦れるのを楽しんでいる。


「…っくしょ、…早くしやがれ…!」


次元は涙目になってルパンの背に爪をたてた。


「分かったよ。…こうして欲しいんだろ?」


途端に、にちゃにちゃという音が激しく繰りかえされる。


「あっ!あっ!ああっ!!」


次元はルパンの首に縋りつき、僅かに上体を浮かせた。

そうでもしなければ、まるで欲望の渦の中に一人取り残されてしまうようで、恐ろしかったのだ。

次元にとってセックスは、ある種の恐怖かもしれなかった。

女を抱いているときならまだしも、こうしてルパンに抱かれている時は、特に。

ルパンの手が、唇が肌に触れるだけで、自分の中で支えていたものが全てくず折れてしまうのが分かる。

プライドも何もかもかなぐり捨てて、男を求めてしまう自分がいる。

大きく足を開かされ、痴態を晒しながら、それでもルパンを求めてしまう。

そんな、自分が常の自分でなくなるような感覚が恐ろしい。


「あ、あっ…!出るッ…!」


どくり、と性器が脈打って、ルパンの手中に白い精液が溢れた。

ルパンは満足そうに微笑み、ぐったりした次元の背に手を回してその身体を支えてやると、次元の秘菊に手の中の精液を擦りつけ、更にその指を口に含んで次元を味わった。

その様子を見ていた次元は、荒い息の下からルパンを睨みつけて毒づいた。


「…変態野郎…」

「ん?俺様が変態なら、次元ちゃんは何よ。」


ルパンは余裕の笑みでそう答えた。



―俺は…



はっとして次元の頭の中に思考が戻りかけたとき、突然ルパンは唾液と精液に濡れた指をずぶりと次元の中に押し込んだ。


「うっ!っ…!」


戻りかけた思考は、吹き飛んだ。

次元は喉を仰け反らせて眉根を寄せた。

中を犯しているルパンの指が、執拗に次元の弱い部分をぐりぐりと攻める。


「あっ…!あっ、やめてくれっ、ルパン…!」


ルパンはそれには答えず、次元の首のラインを舌先でなぞった。

相変わらず上体を浮かせたままルパンに抱きとめられ、指が蠢くたびにその身体は小さく痙攣を繰り返す。

ことばとは裏腹に、次元の腕は先ほどよりも強くルパンの首に回されていた。

ルパンは指を二本に増やし、壊れるのではないかというくらいに動かし始めた。

淫靡な水音が間断なく室内に満ちる。


「ああっ…!もう、もう、ヘンになっちまう…!」


次元の乳首を舌で突付き、転がしていたルパンは酷薄に微笑って


「まだだ。」


と答えた。


「ほら、こっちはどうだ?」


今度は別の箇所を攻められる。


「ああっ、あっ!…畜生…覚えてろよ…」


次元はむせび泣いた。

その後指だけでもう一度いかされ、更に一つになってから、何度も何度もいかされた。








翌朝、あれほど激しく抱かれた夜の後には珍しく、次元は早くに目を覚ました。

ルパンはまだ静かに寝息をたてている。

カーテン越しの窓から、美しく透明な光が射しこんでいるのを見とめて、次元は身を起こし、ベッドから降りようとした。

途端に、鈍い痛みが腰に走った。


―いつもの事さ。


次元は半ば諦めてそう思い、緩慢な仕草で立ち上がると、スーツを身につけた。

身繕いが終わると、いつものように目深にボルサリーノを被った。

そのまま次元はドアに向かった。

今朝の空を、見たかった。





扉を開けた瞬間、眩しい光に包まれた。

日差しがまだ眠っているルパンに届かないよう注意しながら、次元は後ろ手にドアを閉めた。





真冬の空気は凍るように冷たかったが、却ってそれが心地良かった。

家は小高い丘の上に建っていたので、その下に広がる町並みと、地平線を見渡す事ができた。



空は、青かった。



現世の迷いなど全て忘れてしまえそうに、青かった。

次元は、暫くそのまま忘我していた。

ああ、この空には何もない―
恐れも、愛も。
ただ「空である」、ということがあるだけだ。

この空の様に在りたい、と、その時次元は切に願った。





「次元」



聞き慣れた声に我に返って振り返ると、相棒がいつもの赤いジャケット姿で立っていた。

そのとき再び冷たい風が吹きつけ、ジタンの甘い香りが周囲に漂った。


「あンだけ苛めたのに、早起きだなあ」


そう言ってルパンは、かっかっかっ、と笑った。その様子は、昨夜とはまるで別人だった。


「…早起きもクソもあるか。滅茶苦茶やりやがって。」


お前ェのペースに合わせてたら、こっちの身がもたねえ、とぼやく次元の傍らに、ルパンは立った。


「…いい天気だな。」

「…ああ。」


次元もペルメルを取り出して、火を点けた。紫煙が風に乗って流れて行った。




ルパンに抱かれるのが怖いのは、自分が自分でなくなってしまうような気がするから。

己の全てを捨ててルパンへ向かっていってしまいそうで、それが恐ろしいから。

だが―




恐ろしさだけが在る訳ではない。



「愛されている」という歓びや、「愛している」という思いも、そこには必ずあるのだ。振りかえってみれば、そうだった。



ただ、恐ろしさ、歓び、そのどちらも無くなってしまったら、どれだけ楽になれるか知れない、とも思う。



あまりに深く強く一人の人間を想う事は、時に苦しみや痛みを伴う。

けれど、こころに痛みを感じながら愛し合う夜が来るのと同じ様に、こうして何も無かったかのように朝もやって来るのだ。

真冬の透明な空に、風に、次元は自分が浄化されていくのを感じた。





フィルターまで焼けた煙草を靴底でもみ消すと、いつものように明るく次元は言った。


「さて!風呂に入って朝メシにするか!」

「おっ!待ってました!もう、昨夜が激しかったから、俺様腹ペコ〜!」


ちったあ下ネタから離れろ!と次元に小突かれながら、ルパンは楽しそうに笑った。

それにつられて、次元も笑い出した。




ふたりがドアを閉めると、透き通った風が草原を渡っていった。

青く、深く澄んだ大きな空は、無言のまま世界を包んでいた。





〜Fin〜



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