背教者たち




いつのまにか、ソファーでうとうとしていたようだ。

閉め切ったままのカーテンから、雨音が聞こえてくる。



あいつ、傘を持って出なかったな―



次元は、物憂い仕草で身を起こした。


ルパンは昼間、昨夜いただいたばかりのお宝を持って、うきうきと不二子のもとへ出かけていった。

ルパンが何の執着もなく獲物を女に渡してしまうのは、いつものことだ。それについて自分が抗議するのも、いつものこと。

たとえ抗議したところで、ルパンの答えは決まっている。それが分かっているのに、そのたびにいきり立ってしまう自分に、呆れる。

だが、それよりも、次元を軽くいなして、獲物を手に不二子のもとに出かけていくルパンを見送った後の、このからっぽな気分の方を持て余してしまう。


雨足が、先ほどより強くなった様だ。


時計は午前0時を回っている。

今夜帰ってくるかも分からない男の身の上を案ずるのも馬鹿馬鹿しいが、それでも、温かい湯をバスタブにためておいてやろうか―

次元はソファーから立ちあがると、バスルームへ向かった。



薄暗い室内に間接照明だけをつけて、コックをひねった。

白い湯気とともに、勢いよく湯がほとばしる。

次元は、そのまましばらく、バスタブの縁に手をかけて水紋に目を落としていた。



どれくらいそうしていただろう。



ふと気配に気づいて入り口に顔を向けると、ルパンが立っていた。

髪もジャケットもしっとりと濡れて、雨の中を傘もささずに来たことを物語っていた。



「…帰ってたのか」



ぶっきらぼうに、次元は問い掛けた。



「ああ。」



ルパンの答えは、いっそあっけないくらい簡単だった。

ふたりでいただいたお宝を不二子に渡してしまったことを詫びるでもなく、弁解もしようとはしない。

そういう男だと知ってはいるが、今夜は無性に腹がたった。



「…少しは湯がたまってるだろ。あとは自分でやれ。」



次元がそう言ってルパンの脇をすり抜けようとすると、強く腕を掴まれた。

抗議の視線を向けると、ルパンは余裕の微笑をもらした。

そのまま次元の耳元に口を寄せて、ルパンは囁いた。



「…俺のために、準備してくれてたの?」



かっと頬に血が上るのを感じ、それを悟られない様に顔を背けながら、次元は乱暴に腕を振り解いた。



「俺が入ろうと思ってただけだ。勘違いするな。」



そう言い捨てると、次元はつかつかとバスルームを出た。






シャワーの音と共に、鼻歌が聞こえてくる。

結局ルパンは、あのまま風呂に入ったらしい。


次元は自室のベッドに寝転がって長い足を組みながら、天井を眺めていた。



考えてはいけない。



けれど、ルパンが自分を引き寄せた時、不二子が愛用しているシャネルの香水が強く香ったことが、次元を惑乱させていた。

ルパンと不二子、そして自分―

この関係は一体何なのだろう。

女の不二子には、「恋人」という形容詞がまだしもある。

だが、男の自分は―

男であるのに、同性のルパンと関係を持っている自分には、どんな言葉が相応しいというのか。

相棒、幼馴染、親友―

どれも正しいけれど、ぴったりと正確にルパンと自分の関係を言い表してくれるのは、そのどれでもないような気がした。




考えに耽っていると、ノックの音もなしに突然ドアが開いて、ルパンが入ってきた。

今しがたあがって来たばかりなのだろう、その肌からは湯気が立ち上っている。腰にタオルを巻いただけの格好だ。

これから何をするつもりなのかは分かっているので、機先を制することにした。


「…あいにく、今夜はそんな気分じゃねえよ。」

「知らねえな。」


ルパンは酷薄に笑って、構わず次元に圧し掛かってきた。

怒りに任せてその身体を押しのけようとしたが、どうすれば次元が抵抗できないのかを、ルパンはいやというほど知っている。

重なってくる唇を避けようと首を横に反らすと、髪を掴まれて無理矢理口付けられた。

頑なな歯列を割って、ルパンの舌が入りこんでくる。

せめてもの抗議に、次元はルパンを睨み付けた。

ルパンもまた、射るような瞳で、次元の目を真っ直ぐに捕らえていた。

互いに睨めつけあったまま、行為に及んだ。




激しく抱かれながら、しかし、心は乾いていた。

こんなにも肌は熱く溶けているというのに。

こうして触れられるだけで、過去も痛みも、何もかも忘れられるというのに―

何故今、こんなにも虚しいのだろう―



「…あっ…!」



ルパンが自分の中に入ってきたとき、それまでこらえていた声が、思わず零れてしまった。

ルパンは次元の中に入ったまま動こうとはせずに、次元を強く抱きしめた。


「…分かってるよ。どうしてお前が不機嫌なのかって事ぐらい。」


上がった息の下から、ルパンは言った。

先ほどまでとは違う、優しい声音だった。


「…へ…え…」


やはり荒い息の下から、次元は答えた。


「…じゃあ、俺がどうして不機嫌なのか、言ってみろよ。」


小さく笑いを漏らして、ルパンは次元を抱きしめなおした。その所為で角度が変わって、次元は低く呻いて身体をよじった。


「俺が不二子の方を向くと、いつもお前は俺の気持ちを見失っちまうんだよな。それで不機嫌なんだろ?」


悪戯っぽく笑いながら、静かにそう言ったのとは裏腹に、情熱的にルパンの腰が動き始めた。

それでも、最初のうちは歯を食いしばってこらえていた次元だったが、遂に耐えきれなくなって、切なげな声を洩らしはじめた。

その様子を愛おしげに見つめながら、ルパンは続けた。


「…そんなに悩むほど分からねえのか?…俺の愛情って、ほんと伝わってねえんだなあ。」


「あ…い、じょう…?」


顰めた眉の下から、次元はルパンを見た。


「不二子には、お宝を渡しただけで帰ってきたよ。お前のところに。…ま、もっとも、お礼にチューしてもらったけっどもがな。でも、それだけ。」

―結局、見透かされている。
お宝云々ではなく、ただ、不二子のもとへ行って欲しくないのだと。


額に汗を光らせて、いつものようにひょうきんに笑うルパンに、次元も思わずつられて微笑んだ。

すると突然、ルパンは次元の上体を掬い上げ、膝の上に抱えあげた。


「…っ!…ああ…!」


次元は我知らず、ルパンの首に縋りついた。


「分かったら、集中しようね、次元ちゃん。」


その言葉を合図にして、ふたりは激情に身を委ねていった。








嵐が過ぎ去った後、ルパンの胸に額をつけながら、次元は呟いた。


「…さっきお前が言ったこと、…お前の言うことだから、信用なんざしちゃいねぇが…」


次元の髪を撫ぜていたルパンは、その問いかけに顔を向けた。


「…もう一つ、分からねえことがある。」

「何。」


ルパンは身体ごと次元に向けて、面白そうに聞いてきた。


「…俺たちの関係を言葉にするなら、一体なんだ?」


その言葉に、ルパンは目を丸くして苦笑した。


「…ほんっとに、苦労性だな。お前って。」


腕の中に次元を抱きこむと、少し考えてから、ルパンは言った。


「多分、俺たちはふたりとも、”背教者”なんだよ。」

「背教者?」


次元はルパンを上目遣いに見た。


「そ。全ての則に背いた、背教者。だからそう言う意味で、言うなれば俺たちは、”運命共同体”、ってやつかな。」


男と男の則、法の則、社会の則―

いくらでも挙げられるだろう。

けれど、「運命共同体」なら―

まあ、それもいいかもな―




安心した?と言って笑うルパンに、次元も笑い返した。



―今夜はこのまま、笑って眠れるだろう。きっと。









〜Fin〜



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