TREAT
万聖節前夜。 今日はハロウィーンだ。 バターとジャムの良い香りで、ルパンは目を覚ました。 目ぼけ眼で目を擦りながら台所へ行くと、次元がせっせとクッキーやらミニ・ケーキを焼いている。 「…おはよ。」 「おう。起きたか。」 次元はエプロン姿のまま微笑んだ。 「…なにしてんのよ。」 枕を抱いたままルパンが大きく一つあくびをすると、次元は笑って答えた。 「なにって、今夜はハロウィーンだろ?」 ハロウィーン。悪霊や魔女が跋扈する夜。子どもたちはお化けの仮装をして、「お菓子をくれなきゃ悪戯するぞ!」と言って家々を回る。 「や、そりゃハロウィーンだけっどもがよ、なんでお前さんがクッキーやらケーキやらを焼いてるのかって聞いてんの。」 次元は手を休めて、腰に手をあてながら当然だろうといった風情で答えた。 「…ルパン、このアジトは、ニューヨークのフツーのアパートだよな?」 「うん。」 「そんなに階もありゃしねえ。だからもしかしたら…」 「子どもが来るってか。”Trick or treat!”って。」 「そういうこった。手ブラで帰らせるんじゃ、悪いだろ?」 次元は再びオーブンに向き直り、ガンマンにはなんとも不釣合いな可愛らしいクマのマークがプリントされている鍋掴みで台を引き出し、クッキーの焼け具合を確かめている。 なんともはや… 優しい男だねぇと微笑ましく思いながら、ルパンは二度寝しに寝室へ戻った。
昼頃起きだしたルパンは、煙草が切れたのと幾つか仕入れたいものがあったので、買い物に出かけることにした。 キッチンを覗くと、次元は出来あがった焼き菓子を丁寧にブルーやピンクのセロファン紙に包んでいるところだった。 ふと、次元にこんなに丁寧なもてなしを受ける子どもたちが羨ましくなった。 「次元ぇ〜んちゃん。」 ルパンは次元の方へにじり寄った。 「何だ。」 手を休めようともせず、次元が聞いた。 「俺様これから買い物に行くんだけど、その…あのさあ」 「だから何だ!」 次元がルパンの方を振りかえると、ルパンは片頬を次元に向かって突き出していた。 「無事を祈って、その、…チューしてくんない?」 子どもたちが羨ましいとは、口が裂けても言えなかった。 しばしの沈黙。
「…馬鹿かお前は…」 次元は心底呆れかえってそう呟いた…。
「親父、煙草!!」 馴染みの煙草屋で、ルパンはこれ以上ないというくらい不機嫌だった。 「どうしたんだルパン。荒れてるな。」 親父がにこにこと笑って面白そうに言う。手にはジタンがワンカートン。 「ああ!?俺様が不機嫌だってぇ?そりゃもう不機嫌もいいとこ…」 「どうせまた女に振られたんだろう。」 親父は穏やかな笑みを崩さないまま、紙袋に煙草を詰めている。
…女、か…。 「女だったら、こんなにヤキモキしてねえよ。」 ルパンはぼそりと言った。 「なんだ?じゃあ仕事でしくじったかい。」 親父の手から煙草を受け取って札を取り出すと、ルパンは少し考えてから言った。 「…いやあ、難攻不落の城を落とすには、やっぱりトリックが必要かな、と思ってさ。」 「難しいヤマらしいな。無理するなよ。」 心配顔の親父に手を振って、 「だーいじょうぶ!俺様がそんなヘマすっかよ。」 ルパンは呵々と笑って見せた。
その夜ルパンが次元に使ったトリックは、ルパンの中では至極使い古されたものではあったのだが。 それでも腕の中に次元を抱いている事の歓びは、どんなお宝を手に入れたときのそれよりも、ルパンにとって替え難いものなのだった。
〜TREAT〜 Fin
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