Je te veux (中編)






お前と別れたその日から、俺は猛烈に仕事に没頭し始めた。

今まで綿みたいだった思考がクリアーになり、ようやく以前の俺に戻れた、そんな気がした。






俺が目を付けたのは、競売大手サザビーズが一ヵ月後にここ、パリで競売にかける予定の7.03カラットのダイヤだった。

南アフリカのカリナン鉱山で発見され、古今随一の美しいカッティングが施された逸品だ。

値段にしちゃあ、大きく見積もっても850万ドルってぇ仕事は、リハビリにはぴったりだと思った。






俺は情報屋として、”コウモリ”とあだ名される男を雇った。

敵味方関係なく、純粋に金で動くんで有名な男だ。本名はピーターと言う。


まだ若いんだろうに、老人みたいに背を曲げて足を引き摺って歩く奴で、決して高くはないその身長もあいまって、まるで不具のようだった。

だが、あばたと手入れの行き届かない赤毛で時折しか見えないその目は、コウモリに相応しく、常にきょろきょろと周囲を窺っていた。




―誰につけば一番得をするか―




とにかくそれだけを考えている奴だったから、組むには楽だった。

ただ、手足として使えばいい。

そんな奴でも腕は一流で、仕入れた情報に一度たりとも間違いは無かったってのが売りだ。

―そうでなきゃこの俺が雇うはずがないがね。




俺はコウモリ― ピーターを使って、ダイヤが現在保管されている金庫から、どういうルートを通って会場に運ばれるのかを調べさせた。

三日後にはピーターは正確なルートを調べ上げていた。











アジトの薄暗い地下室で、俺とピーターはパリの地図と睨み合っていた。

ああでもない、こうでもないと質問したり議論したりしているうちに、会話が途切れた。

ピーターがその話題を話し始めたときも、俺は考え事に熱中していて、最初の方を聞き逃して聞き返す始末だった。


「あ、あんたの他にも、狙ってる奴、いるよ。」


グヘ、グヘ、と、おくびに近い暗い笑い声を出しながら、ピーターは面白そうに俺に言った。

ピーターは話すとき、いつもどもる。唯一彼がどもらないで話せるのは、酒場女の前でだけだった。


「…へえ。誰だいそいつぁ。」


俺は地図から目を離さずに、さして興味もない、といった風を装った。


赤毛の前髪の下のピーターの目が、ぎらついているのが分かる。

俺は無造作に金を放った。

珍しく一回の取引で満足した奴は、こう続けた。


「マ、マフィア…」


その言葉を聞いたとき、瞬時に俺の脳裏にお前の姿が甦って来た。




次元―!




全身がかっと熱くなった。俺の腕の中で痛みに爪を立てたお前の、その表情まで思い出せそうだった。


「…どこのマフィアだい?俺様の仕事の邪魔をしようって奴は…」


ピーターは笑っていた。

やけに気味の悪い笑い方だった。


「あ、あんた、もう分かるだろ?」

「分からないねえ。」


ここで屈してはいけない。奴はまだ面白半分の体を崩していない。本当に有益な情報だと判断できる時しか、金を与えてはならない。

さもないと、幾らでもこちらが毟り取られる事になるからだ。

根負けしたのはピーターだった。


「…アマデオ・バルトロッツィ!」


それだけ聞けば十分だった。アマデオは、お前を雇ったボスだった。俺は神に跪きたくなったね!




ああ神様、なんという皮肉な運命をお与えになるのですか!




俺は金庫から一万フランを出すと、ピーターに握らせた。金額の大きさに、ピーターも訝しく思ったようだった。


「これで終わりじゃないぜ。バルトロッツィには、娘がいたはずだ。彼女のことを調べてくれ。」


疑問の色を隠せないでいるピーターに向かって、俺は手で「行け」と合図した。

仕事に私情を交える男ではない。

ピーターは足を引き摺りながら、暗い階段を上っていった。











お前の恋人のことが分かったのは、その翌日だった。


名前はクリスティーナ。マフィアの娘に生まれたのを不憫がる父親に溺愛されて、良家の子女に劣らないようにと教育を受け、
貴族並みの教養と振る舞いを身につけ、ソルボンヌでフランス文学を学ぶ。


あの日お前と一緒にいたのと同じ栗色の髪の天使が、ポラロイドの中で柔らかく微笑んでいた。


ただ、ピーターの報告書には、お前の事は一切触れられていなかった。

お忍びの恋、ってやつかとも思ったが、お前がお前の口からクリスティーナと恋仲だって事を俺にはっきり言ったんだ。


ピーターほど抜け目のない奴が、お前と彼女の事を見落とすだろうか。


その時点で俺は不審を抱いた。


ピーターがコウモリの本性を現して、他の奴と何か企んでいるか―

さもなくば、お前とクリスティーナとの間に― ひいてはお前に何かあったか。






後から考えてみれば、あの時の俺の勘は、二つとも当たっていた。

…この世界では、ぞっとしねえ話かもしれねえな…。




































翌日は鬱陶しい雨だった。

五月だってぇのに、この所ちっともすっきりしやしねえ。

俺は相変わらず、二週間後に控えた盗みの計画に余念がなかった。






午後になって雨足は強まり、叩きつけるような雨音の他には時折俺が呟く独り言しか聞こえなかった。






ふと、空気が変わったのを感じた。

俺は素早く身を隠すと、ホルスターのワルサーに手をかけ、息を殺した。






古い木の階段が軋む音がする。

何者かが、ここにやって来たのだ。






ピーターで無い事は明白だった。アイツの足音は自分で自分の居所を触れ回っているような特徴的なものだから、すぐに分かる。

今階段を下りてくるのは、明らかに健康な成人の男―

それも、ご同業、だ。











きし、きし…と、音が止んだ。階段を下りきったって事だ。

俺は一息大きく吸い込むと、真っ直ぐに銃口を向けて飛び出した。




「誰だ!」




…俺は頭の中がカラッポになっちまった。

銃口を向けた先には、お前が―

もう会うこともないと思っていた、お前が立っていたからだった。




「…次元…!」

「…よぉ」




見れば、この雨の中、傘も差さずに来たのだろう、お前は全身ずぶ濡れだった。

そしてその顔は、青白くやつれていた。


「…どうしてここが…」


俺がワルサーをしまいながら困惑して聞くと、お前は乾いた笑いを洩らした。


「…情報屋にクリスティーナの事を調べさせたろう。あんな目立つヤツじゃ、気がつかねえ方がトンマだぜ?」


俺は何と言っていいか分からなかった。心は叫びだしたいほど狂喜しているのに、脳裏には、あの日無理矢理お前を抱いた―

その事が重く圧し掛かっていた。


「…次元…俺は…」

「…今日はお前さんのお喋りを聞きに来たわけじゃねえ。」


お前は、粗末な簡易ベッドの上に、抱えていた包みをポン、と放り出した。

俺が黙っていると、お前は顎で開けろと促した。


包みを解くと、中からは年代物のバーボンが出てきた。

俺の目はその琥珀色の液体に吸い寄せられた。



あの日、浴びるようにこの酒を飲んで、そして、お前を抱いた―



だが、続いたお前の言葉に、俺は耳を疑った。


「…そいつを飲んで、また俺を抱いてくれ。」




何を―

コイツは何を言ってやがる!?




「じげ…」

「言ったはずだぜ。今日はお喋りを聞きに来たわけじゃねえ。…できねえなら、俺は帰る。」


そう言いながら、お前は既に俺に背を向けて階段へ向かおうとしていた。俺はお前の腕を掴んで引き戻した。

はずみで手にしていたボトルが床に落ち、粉々に砕けた。




「待てよ!…何があった?」

「…」

「言えよ!何があった!!」




俺は両手でお前の腕を掴んで、真正面から問いただした。

間近で見ると、先ほど青白くやつれてみえた顔が、まるで死人のそれのようなのが分かった。


「…頼む、ルパン…」


そう言って、お前は俺の胸の中に倒れこんできた。

俺はお前を抱きとめながら、気も狂わんばかりの幸福と、身を削る痛みとに苛まれていた。


「…次元…」


俺は腹を決め、背に回した腕に力を込めた。


「…分かったよ。もう、何も聞かねえ。」































俯いた顔の頤にそっと手を添えて上向かせ、俺はゆっくりとお前に口付けした。

微かに震えるその身体を、リラックスさせるように撫ぜた。

自分から求めてきたくせに、最初お前は俺の舌が入るのを拒んだ。俺は持てる性技を駆使して、お前を陥落させる事に集中した。

やがて小さな喘ぎで僅かに唇が開いた所を捕らえて、舌を割り込ませた。


「…っ!…」


お前は拒絶するように手を突っ張らせたが、俺は許さなかった。あれだけ煽られたら、もう止まらなかった。

お前の舌を吸い、歯列をなぞりながら、俺はお前をベッドへ誘った。

俺は優しくお前を横たえると、まず表情を隠して読み取らせない帽子を脇へと跳ね飛ばした。


そしてあの時のように―

ゆっくりとお前の衣服を解いていった。

その間も、口付けは休むことなく続いた。唾液の絡まり合う水音が俺を更に興奮させた。


「…んん…、ふ…」


お前の瞼が仄かに朱に染まっているのが分かった。気がつけば、頬にも赤みが差してきている。

濡れた衣服を全て取り去り、俺も生まれたままの姿になると、俺はお前の背に腕を回して強く抱き締めた。

互いの性器が膨張して擦れ合うのが分かった。俺たちは足を絡ませあった。


「ああ…!ルパン…!」


分かっている。

手荒くされたいのだ。


だが、俺はあえて焦らすほうを選んだ。焦らして焦らして、お前が泣いて懇願するほど乱れさせたかった。

俺はお前の首筋に唇を這わせ、指で胸の突起を強くつねり上げた。


「ああっ!!あっ…!」


それだけでお前は身をよじった。

赤く痕のついた突起を口に含み、音をたてて吸い上げ、甘噛みすると、お前の先走りが俺の太腿を濡らした。

右手でぬめるお前の性器を包むと、お前の身体はビクリと震えた。

既に濡れそぼっているそれを、やはり音をたてて上下に擦り上げた。透明な液が滲む先端に爪をたてると、お前は悦びに身を震わせた。


「ああ…!もっと、ルパン、もっと…!」

「…どうして欲しいんだ?…言ってみろよ…」


俺は意地悪くお前の耳元で囁いた。

胸板を上下させて、荒い息の下から、お前は搾り出すように言った。


「…入れてくれ…!頼むから…!」


その答えに、俺は満足した。

指を唾液で十分に湿らせると、先走りを塗りつけたお前の秘菊にゆっくりと埋めた。


「ああっ!…ん、いいっ…!!」


背を仰け反らせて俺を誘うお前は、常からは考えられないような痴態を晒していた。

そしてそれが俺だけのものであることに、俺は再び充足するのを感じた。

指を動かすと、それに呼応するようにお前の腰が揺らめいた。


「あ、ああっ!出るッ…!!」


一回目の射精だった。熱い息を吐くお前の頬に、涙が伝っていた。

俺はお前の腹に飛び散った精液を舐めとると、残りを指で掬い、更に秘菊に擦り付けた。






埋め込む指を二本、三本と増やしていく。

お前はもうプライドもなにもかもかなぐり捨てて、ひたすら俺から与えられる快楽を貪っていた。


「ああ…!ルパン、…早く…!」


大きく腰を揺らしながら、お前は後庭の充足を求める。

指だけで更に二回いかせたあと、俺はそれを勢いよく引き抜いた。


「…ッ!ひっ…!」


と、お前は小さくうめいた。

はちきれそうになっている俺の性器を入り口にあてがうと、精液と体温で熱く濡れたそこはいとも簡単に俺を吸い込んだ。


「ああ…!」


お前は俺が動くのを待ちきれずに、腰を動かし始めた。

俺も負けじと激しく腰を使った。互いの肉体がぶつかり合う音、ベッドが軋む音、激しい息遣いが薄暗い地下室にこもる。


「んっ!んっ!ん、うっ…!!」


お前は何度目かの射精をし、俺は腰を動かし続けた。お前の中に激しく精を吐き出すと、お前の身体は小刻みに痙攣し、四肢は突っ張った。

一度の射精でこの俺が足りるわけがない。

それから何度も、お前が気を失うまで、俺はお前を激しく抱き続けた―。































雨はまだ降り続いていた。

狭いベッドの上で、お前を起こさないように気を使いながら上体を起こし、俺は煙草を吸った。






お前が、こんなにも何もかも捨てて俺に抱かれたがった理由―

ふと、お前がここに尋ねてくる前に浮かべた考えを思い出して―


俺は不吉なものを感じた。

その時、資料机からはらりと落ちたものがあった。




―クリスティーナの写真だった。




俺はそっとベッドを抜け出すと、もう一度クリスティーナの資料を読み直した。




…ソルボンヌ大学でフランス文学を学ぶ―


何かが指に触れた。

慎重にその”もの”を探ってみると―







何という事だ。







調査書はそれで終わっていなかったのだ。

仕事にぬかりはないが記録に雑なピーターが、大きさの違うメモ用紙に書き残した最後の一行があった。




―5月X日、シャンゼリゼ通りにてバルトロッツィと共に銃撃され、死亡。バルトロッツィは一命を取り留める。























俺がピーターに調査を依頼する数日前に、クリスティーナは死んでいたのだ。

身じろぎもせずベッドに横たわるお前の背中を、俺は呆然と見つめた。




























To be continued…










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筆者注:
「Je te veux.」は、フランス語で
「あなたが欲しい」の意。


※なお、本編において一部障害を表す
語句を用いておりますが、フィクションの
一部として用いました。他意は一切ない
事を申し上げます。


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