Happy Birthday
少女はいつも一人だった。
誇り高く、気高く、純粋な魂を持った少女は、それゆえに多くの傷を持っていた。
純粋なものはいつもその分だけ、そうでないものから貪られてしまうのだ。
だから、少女は孤独で、傷ついていた。 もちろん多くの素晴らしい友人に恵まれていた。 けれど、多くのものに愛されながら、やはり彼女は独りだった。
彼女が生まれたのは、凍る空気が暖かな東風に変わる頃。 全てが芽吹き、みずみずしく動き出す春の始まりの季節だった。
やはり、少女は孤独だった。
その年の、事のほか重く暗い寒さに閉ざされた冬が、彼女の心をも凍らせてしまいそうだった。
誕生日の日、彼女はそのことさえ忘れて部屋へと続く階段を昇っていた。 あとどれくらい続くのだろう。もう限界かもしれない。そう思いながら。 彼女は重い金属音を立てるカギを回し、部屋へ戻った。
その時。
ぱあっと、部屋に明かりが灯った。 自分ではつけていないのに。彼女は驚きと共に部屋を眺めた。
見れば、真っ赤な大輪のバラの花束を抱えた、これまたその花の色に劣らない鮮やかな赤を纏った男。そしてその傍らに、影のように、帽子を目深に被った痩身のダークスーツの男が立っていた。
「誕生日おめでとう」
真っ赤なジャケットの男が、微笑んで少女にバラを渡した。少女は、警戒の色を崩さずに問うた。
「あなたたち、誰?」
ダークスーツの男が、帽子のつばを少し上に持ち上げた。一瞬だけ垣間見えたその瞳は、やはり夜のように濃い黒だった。だが、優しい、穏やかな色をたたえていた。
「俺たちか?俺たちはなぁ…」
赤い男は少し考え込んで、笑いながら答えた。
「神様の使い、ってなカンジかな〜。な。のほほほほ〜!」
隣の黒い男に向かって”な?”と笑う男に、黒が肘鉄を食らわせた。赤はとたんに”ぅげっ”とくぐもった声をあげた。
「こんな大切な時に冗談こいてるんじゃねえよ!」
初めて耳にする黒い男の声は、深くて温かい、何処か懐かしい色を持っていた。 しかし、そんな事で油断する訳にはいかない。
「ちょっと!!」
少女は男たちを睨み付けながら声を荒げた。 赤と黒ははっとして争いをやめ、咳き払いをして少女に向き直った。 赤い男が、やはり先に口を開いた。
「いやあ」
その顔には、さきほどのふざけた様子はなく、真摯に少女に向かっているのが分かっ た。
「君の誕生日をお祝いに来たのさ。俺たちは」
「あ」
少女は、それでようやく、今日が自分の誕生日だった事に気づいた。
「でも、どうして?」
少女は、両方に問うた。今度は黒い男が答えた。まるで昔聞いた子守唄のような、深く、優しい声音で。
「君がここにいてくれるのは、君が生まれてくれたおかげだ。だから、ありがとうを言いに来たのさ」
「私は」
少女は急き込んで言った。
「私は生まれてありがたくなんかない。私は、私は」
「俺は感謝してるぜ。君が生まれて、こうして俺たち3人が出会えたって事にな」
赤い男が微笑んだ。少女は、その瞳を真っ直ぐに見つめた。
「いいか、何処で何があっても」
赤い男が言う。少女は先ほどからこの男に感じていたものが何なのか分かりかけてきた。大きなもの― 自分だけではなく、まるで世界をも包み込んでしまえそうな、大きな―
「俺たちのことを思い出せ。俺たちはいつもいる。たとえ君のそばじゃなくても、この世界の、どこにでも、俺たちはいるんだ。」
Happy Birthday―
その言葉と同時に、部屋のあちこちからクラッカーが爆ぜる音。そして様々な花の花びらが宙を舞った。 色、色、色―
「あっ…」
少女が気づいた時には、二人の姿は見えなくなっていた。 あとには、部屋一面に広がる紙テープと、花びらの海。
「…もうっ!」
少女は頬を膨らませながら、ふたりが入ってきて、出ていったであろう窓を見つめた。放たれた窓からは、微かに甘味を含んだ、春を予感させる風がふきこんでいた。
「…警察に通報するべきかしら」
少女の腕の中で、大輪のバラが揺れた。
「…でも、まあ、いいわ」
少女はバラの花に顔を埋め、もう一度、窓を見つめた。
「もしかしたら、本当に神様かもしれないから」
そうでなかったとしても、そう思う事にしよう―
微笑みながら溜め息をついて、少女はバラをベッドの上に大切に置くと、部屋の後片付けをし始めた。 ―やはり微笑みながら。
あの二人は、きっと神様とその相棒。
〜Fin.〜 2008/03/02 忍さまへ お誕生日のお祝いに ----------------------------- |