BE MY LAST
母さんどうして 育てたものまで 自分で壊さなきゃならない日が来るの? (宇多田ヒカル 「BE MY LAST」より)
もうすぐ、終わりの時がやってくる―
16歳のアルセーヌ・ルパン三世は、鋭敏な感性でそう感じ取っていた。 典雅なロココ装飾が施された腕時計を見つめる。 秒針が一つ時を刻むたび、その「終わり」に一歩一歩近づいていく―
もう二度と、あいつとは会えなくなるだろう。 二度と抱きしめる事も、キスすることも出来なくなるだろう。顔を見る事もないだろう。
出会ったときから、定められた運命だったのかもしれない。 自分がルパン家の跡取であり、次元が帝国の構成員の息子であったときから―
こんな時代に、おかしな話だ。 ルパンは、ふっ、と皮肉な笑みを洩らした。
けれどこの帝国において、ルパン家の存在は絶対だ。 優秀な後継者である自分を、ルパン家が放っておくはずがない。いつかこの日が来る事は、分かっていた。
…だが、心の何処かで、 許しを得る事が出来るのではないか― そんな淡い希望を抱いていなかったかといえば嘘になる。
だが、家業を継ぐための修行の旅に次元を伴いたいと言うルパンの願いは、あっけなく却下された。 それどころか、ルパンの次元への執着を見て取るや否や― 次元は、帝国から追放される事になった。家族ともども、だ。
「追放で済んだだけ、喜ばしい事だとお思いください。」
祖父の意思を伝えに来た重臣は、そう付け加えた。
「…本来なら、追放では済まされない事ですよ。三世のお心を惑わせたのですからね。この大事な時期に…。とにかく、お喜びください、次元大介とその一家は、一週間後に帝国外へ逃されます。もう帝国と関わりを持つ事はありません。もちろん三世、あなたとも。」
これで家業を継ぐ事に専念できるでしょう― のっぺりと青白い顔をした重臣は、いつものように口の片方だけを引きつらせながら、喉の奥でひゅっ、ひゅっ、と笑った。
時計の針が、23時59分を指している。 次元の出発は夜明けだ。 それでなくとも、このルパン家の邸宅に入るのは容易な事ではない。 本当に限られた特別な人間しか、この邸宅には入れないのだ。 今も、屋敷の周囲には訓練された傭兵たちが銃を持って警護に当たっている。その姿は一見しただけでは分からない。人影など、どこにも見えないのだ。 だが、彼らは蛇のような獰猛さで、息を殺しながら、獲物がやってくるのを待っている―。 人を殺める為だけに存在する、訓練された人間たち。 ルパンが帝国の存在自体に疑問を抱き始めたのは、この頃からだったかもしれない。
長針が午前0時を過ぎた。 これからは、益々警備が厳しくなる時間帯だ。
やはり、無理だったのかもしれない―
ルパンは、どさりとキングサイズのベッドに腰を降ろした。 そして天を仰ぎ、蒼い薄闇の中に揺れる天蓋を見つめた。 このベッドで次元と愛し合ったときの記憶が、生々しく甦って来た。
滑らかで木目の細かい、少し浅黒い肌― 間近で見ると少し驚くほど長い黒い睫。 達したのちの、潤んで深く泉のように澄んだその瞳を見るのが、ルパンは好きだった―
ふと微かな風を感じて、ルパンは窓を振り返った。
そこには人影が― ずっと待ち続けていた愛しい人影があった。
「次元…!」
ルパンは次元に駆け寄った。 そのままふたりは、固く抱き合って、接吻した。 荒い息遣いの中で、ふたりは互いの身体を隅々まで撫でるように腕を回した。 どちらからともなく顔を離し、見つめ合った。
次元の頬は紅潮し、瞳は既に潤んで水を湛えているようだった。
「…あまり、時間がない。」
次元はルパンの肩を両手で強く掴みながら、搾り出すように言った。
「…分かってる。」
ルパンはそう言うと、次元の腕を引いてベッドへ誘った。そのまま次元を横たわらせ、上から愛しい男を見つめた。
「…会えないかと思った。…もう。」
ルパンの息は上がっていた。 それは、興奮と、愛しさと、そして― 絶望が入り混じった、どうしようもないやるせなさが彼の心を支配していたからだった。
「ルパ…」
次元が何か言う前に、ルパンはその口を塞いだ。
くちゅ、ちゅ、と、水音が静寂に満たされた部屋に響く。 互いの身体に手を回し、貪りあうようにキスをした。
「ん…んん…っ…!」
荒い息の下から、どちらともなく喘ぎが漏れる。 やがてルパンは唇を次元の首筋に滑らせた。舌が、抽象画のように次元の肌に痕を残す。
「あっ…!」
次元はルパンのシャツを固く握り締めながら、背を反らせた。 ルパンは素早く次元のシャツのボタンを外す。次元も、ボタンに手を伸ばす。しかしルパンの愛撫によって刺激に敏感になった身体は、中々言う事を聞いてくれなかった。 次元のシャツの前をはだけると、ルパンはその胸の桃色の突起に舌を這わせた。
「ああっ!…ん…!」
ゆっくりと周りをなぞられ、突起を吸い上げられ、甘噛みされると、次元は身も世もなく悶えた。
「ああ、ああっ…!!…ルパン…!」
その間にもルパンは、次元の服を取り去っていく。 ベルトを外して中に手を入れると、次元はこれ以上ないというくらい張り詰めきって、ルパンの手を待っていた。 ほんの少し触れただけで、次元の体がびくり、と震えた。 既に透明な先走りで濡れたそれを掌で包み、ゆっくりと上下させる。
「あっ!あっ!あっ!あっ!…!」
すぐに、温かい体液がルパンの指を濡らした。 ルパンは次元に見えるようにその指を口に持っていき、ゆっくりと精液を舐め取った。 次元は放心して、全身で息をしている。
「ルパン…」
次元はルパンの方へ手を伸ばした。 ふたりは指を絡めた。そしてそのまま、見つめ合った。
「…俺は、お前を見つけるから。たとえお前がどこで何をしていても、必ず、お前を見つける。」 「次元…」 「…だから、その時は、…俺をまた、隣に置いてくれねぇか…?」
ルパンは繋いだままの次元の手を引き、そのままその身体を抱き締めた。 我知らず、涙があとからあとから溢れてきた。
「次元」
声が震えてしまったのが少し悔しかったが、今はそんなことなどどうでも良かった。
「…俺も、お前を見つけるよ。必ず。必ず。だから、…何があっても、生きていてくれ。俺を忘れないでくれ。…約束だぜ?」
それを聞くと次元はルパンの両腕を掴みながら、真っ直ぐにその瞳を見据えて叫んだ。
「忘れてなんかやるもんかよ!」
その頬には、涙の痕が光っていた。
「どうして…忘れられるわけがねぇじゃねぇか…」
それからふたりは、時を忘れて愛し合った。 吐息と、ベッドが軋む音。 時計の針が時を刻む残酷な音。 ただそれだけが、広い部屋を満たしていた。
薄れていく意識の中で、最後に見た次元の顔― 優しい、それでいて淋しそうな微笑―
気がつくと、朝の光が窓から差し込んでいた。 ルパンは、一人になっていた。 腕に抱いていた愛しい男は、もういなかった。
ルパンは窓に駆け寄った。 遠くに、僅かに帝国の港が見えた。 その時、帝国と外界とを繋ぐ唯一の定期船の汽笛が聞こえた。
行ってしまった―!
俺を置いて。
ルパンはのろのろとベッドに戻った。裸足の足の裏に感じる大理石の床の冷たさが、やけに生々しく感じられた。 ベッドの端に腰を降ろすと、ルパン少年はしばし我を忘れて呆然としていた。 次に、ふと思い立って身体を倒すと、シーツに鼻先をつけた。 あいつの匂い。 帝国の草原で、射撃場で、このベッドの上で― じゃれ合ったり、愛し合ったり、その度に嗅いでいた、懐かしい優しい匂い。
そのとき、衣装棚の総鏡張りの鏡に映った自分と目が合った。 何故だろう、ふいに呪わしい感情に襲われて、ルパン少年は枕の下からワルサーを取り出すと、鏡の中の自分に向かって発砲した。
破鏡音とともに、ガラガラと鏡が割れて崩れ落ちた。
ルパンは肩で息をした。銃声を聞きつけた警護の者たちが集まってくる慌しい音が聞こえる。
「三世!どうなさいました!?ここを開けてください!!三世!!」
激しいノックの音。 しかし、ルパンの耳にそれは届いていなかった。 割れた鏡の向こう― 誰かが倒れている。
見覚えのある靴― 細い脚、朱に染まった胸元― その顔を見たとき、ルパンは慄然とした。
「次元!!!」
自分の吐く荒い息の音だけが聴覚を支配している。 やがてぼんやりと、蒼い闇に浮かぶ見慣れたアジトの風景が目に入り始めた。
「…ルパン?」
聞き慣れたその声に、ルパンは我にかえった。 全身がびっしょりと汗に濡れている。
夢か―。
ルパンは手で額の汗を拭った。隣で眠っていた次元が、心配そうに身体を起こした。
「どうしたんだ。大丈夫か?」
ルパンは顔にやった手の隙間から、次元を見た。
大人になった次元。 あの頃とは違う。 骨格も逞しく、何より豊かに髭を蓄えている。 声も、より深みのある、大人の声に変わった。
「いやあ…。ちょっと昔の夢を見ちまって…」
ルパンは弱々しく笑って見せた。
「よっぽど悪い夢だったんだな。お前がこんなに冷や汗かくなんてよ」
次元はそう言いながら、ベッドを降りようとした。その次元の腕を掴んで、ルパンはそれを止めた。
「どこ行く?」 「どこって…タオルが要るだろう。汗を拭かなきゃ風邪ひくぜ?」
そのまま腕を引いて次元を胸の中に抱きとめると、ルパンは次元と共に横になった。
「…いいんだ。…傍にいてくれ。」 「だが…」
次元は言葉を継ごうとしたが、次元の肩に顔を埋めるルパンの満足そうなため息を聞いて、何も言わずにそのままになっていることにした。
あの時の約束の通り、俺たちは、互いを見つけた。 これからもし何かがあって、また離れるような事があっても、必ずまた見つけるだろう。
時計の針が朝を刻んでも、もう別れは来ない。 ふたりにあるのは、約束された希望の未来だけだ。
次元大介。 俺の、最初で最後の永遠の相棒―そして、恋人。
やがて朝の光が、街を照らし出した。 クラクション、物売りの声、相変わらずの喧騒―
それを背に、ふたりはしっかりと抱き合って眠っていた。 あの頃のように― あの頃よりも、幸せな顔をして、眠っていた。
FIN
(2008年12月16日、松葉さまよりリクエストいただきました。「帝国での少年時代のふたり、引き離される形での別れがあり、でも最後はハッピーエンドで」という補足設定をいただきました。ルパンが見る鏡の悪夢は、この曲を聴いたときから管理人がずっと思い描いていた情景描写でもあります。それから数年が過ぎましたが、こうして形にできてとても嬉しく思います。ルパンの、次元に「最後の、そして永遠の相棒、恋人であって欲しい」という思いが書けていたら幸いです。松葉さま、このたびはリクエストを本当にありがとうございました!!) 2008年12月30日 Tue.
アーティスト:宇多田ヒカル
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