二千光年の恋
ベッドで目が覚めて、次元の姿がない事に気がついた。
そしてぼんやりと、ああ、そうだっけ。
と思い出した。
あいつは、二千光年先の惑星にいるんだ。
…二千光年か。
…まあ、そう行けない距離でもない。
俺はロケットを捜す事にした。
ところが、この惑星の住人たちは誰もが皆宇宙へ行きたがっているらしく、空いているロケットが中々見つからなかった。
ようやく二千光年先まで運んでくれるというロケットを見つけ出したが、操縦士に念を押された。
「滞在時間は15分です。それを過ぎたら、この星には二度と戻れなくなりますよ。」
何でも次元のいる星は、誰も行きたがらないので定期便もなくなったらしい。
この便も、これがラスト・フライトなのだそうだ。
そんな星を選ぶのは、如何にもアイツらしいと思った。
我知らず、口元が綻んだ。
「オーケー。それでいいさ。連れてってくれよ。」
俺はロケットに乗り込んだ。
二千光年を飛ばして、次元のいる星に着いた。
次元は着地点で待っていてくれた。
「よぅ。」
「よぉ。」
いつもの挨拶。いつもの次元。いつもの俺。
俺たちは剥き出しの地面に腰をおろした。
「…いけね」
「何だ。」
次元が大して心配でもなさそうに聞く。
「タバコを忘れてきちまった。」
俺がそう言うと、次元は胸ポケットから黙ってペルメルを差し出した。
俺が一本抜き取ると、次元も一本取り出して、口に銜えた。
次元の手の中で点された火に顔を近づけながら、そっと顔を見た。
何も変わらない。
ただ、変わってしまったのは、こいつが俺の住んでいる惑星から二千光年離れた星にいる、という事だ。
ロケットの操縦士が、タラップの入り口に立って時間を告げる。15分はあっという間だ。
俺はぼんやりと、ロケットとその後ろに広がる漆黒の宇宙、そこに散らばる星を見ていた。
「…時間だぜ」
隣で次元が言った。
「…そうさなあ」
俺はぼそぼそと返した。
操縦士が、乗るなら早く乗れ、と手で合図している。少し苛立っているようだ。
「行かねえのか。」
「…そうさなあ。」
俺はタバコの煙を漆黒の空に向かって吐き出した。
遂に諦めた操縦士は、身を翻してロケットの中に消えた。
タラップが鈍い音を立てて上がっていく音が聞こえた。
数秒後、爆音とともにロケットは飛び立っていった。
もう二度と、俺の住んでいた惑星からロケットがやってくることはない。
そしてこの惑星には、次元の他に住んでいる奴なんざいないのだった。
見渡す限りの荒地だ。ロケットなんてモンはありそうもない所だ。
「…良かったのか。」
前を見たまま、次元が俺に聞いた。
「…いいさ。お前がいれば。」
俺はもう一度、黒い空を見上げて煙を吐き出した。
うん、悪くない。
お前がいるなら、ここだってそう悪くはない。
「…俺様、腹が減ってるんだけど。」
「ああ。それなら家に行くか。」
互いに立ち上がり、尻についた砂埃を払った。
俺のいた場所から二千光年離れたこの星は、今日からふたりの星になった。