「ひっく…うっ………おとー…さ…ま」
「おや、どうしたんだい?クリス。俺で良ければ力になるぞ」
「…エルバート」
「ほらほら、あんまり泣いてるとそういう顔になってしまうぞー。そしたら嫁の貰い手がなくなるなあ」
「…もう!変なこと言わないで!」
「大丈夫、心配しなくても俺がちゃんと君を嫁に貰ってやるからな」
「お断りします!……一瞬でも、エルバートが私のお兄さんだったら良かったのになんて思った自分がバカみたい」
「うん?何か言ったか?」
「いーえ、何も」
「ははは、まあ、そうむくれるな。それにしても、泣いたり怒ったりと随分忙しいな君は」
「…誰のせいだと思ってるのよ」
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「子供の頃は、わざとおどけたことを言って私を元気付けてくれてたんですね。考えもしなかった」
少し恥ずかしそうに、伏し目がちにそう言ったクリスを、驚いたような顔でエルバートが見つめる。
視線を感じたクリスが顔を上げると、予想外に真剣な表情をしたエルバートがこちらを見つめていて一瞬たじろいだ。
人を食ったような笑顔ばかり浮かべているのが常な昔馴染みの見慣れない表情に、不覚にも鼓動が早くなる。
視線が合ったまま数秒のときが流れて、クリスが、何か自分はまずいことでも言っただろうか――そう考え始めた時、ようやくエルバートの口が開いた。
「いや、俺は君がすぐ怒るのが面白いからちょっかい出してただけだが」
ガクリ、とクリスの体が前傾する。
「気になる女の子を怒らせることでしか気を引けない…俺もあの頃は子供だったなあ」
エルバートが両腕を組んで、うんうんと大げさに首を振る。
「あの頃はって…今も全然変わってないじゃないですか」
「ふむ。それはようやく俺の気持ちを理解してくれたと受け取っていいのかな」
何を言っているのか――
反射的に抗議すべくクリスが顔を勢い良く隣に向けると、今度はニヤリと意地の悪い「いつもの」笑顔を浮かべている昔馴染みの顔が目に映った。
瞬時に、今の自分の発言が「気になる女の子」を自身であると肯定してしまったことに気付いて顔が赤くなる。
「エルバート、私をからかうのはやめて!」
「おや、これは心外だな。俺はいついかなるときも真剣そのものだ。勿論、子供の頃君に言ったことも全て本心からだ」
そう言って、エルバートがウインク。
「子供の頃言ったこと…?」
先ほどまで弾ませていた昔話を振り返り、「君を嫁に貰ってやるからな」に思い当たって、クリスが更に顔を赤くした。
目の前で心底楽しそうにニヤついている男を上目遣いに睨んでから、自分を落ち着かせるために一度ため息をつく。
ここで感情を昂ぶらせて怒鳴れば、相手の思う壺だ。
「…私は少しあなたを買い被り過ぎていたみたいですね。――失礼します」
クリスは冷徹に言い放つと、踵を返して歩き始める。
「クリス」
名前を呼ばれ、仕方なくエルバートの方へと振り返った。相変わらず、人の神経を逆撫でするような笑みを湛えている。
「やっぱり、『ご名答、俺は君を元気付けるためにわざと怒らせてたんだよ』に訂正させてもらうよ」
「…いついかなるときも真剣じゃなかったんですか?」
「勿論。俺は真剣だ。――冗談を言うときもな」
呆れて言葉も出ない、と大きなため息をついてから、いつもより大きな足音をたてて今度こそクリスはその場から立ち去ってしまった。
「…成長したのかしてないのか…まあ、あまり人のことは言えないが」
一人取り残されてしまった廊下で、壁に背をもたれたエルバートが呟いた。
「それにしても…」
緩んだまま一向に戻ってくれない口元を手で覆い隠して、
――怒った顔も、可愛い。
声に出さずに、唇だけ動かした。
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