ある夜の話。
その日も、スカーレルはふらりとヤッファの庵にやって来た。
時刻は真夜中に近い。
「こんばんは、ヤッファ。お邪魔しても?」
「おう」
ヤッファがまだ起きていることは、漏れる明かりで知っていたのだろう。
スカーレルは天幕の外から、声を掛ける。
たびたび、夜に訪れるスカーレルは、けして勝手に庵に入ることはない。
すでにその許可は出されていたけれど。
落としていた出入り口にあたる幕を上げて、闇に突っ立ているスカーレルを見て、一瞬声を失う。
珍しいことにスカーレルは、化粧をしていなかった。
夜の中でも匂いでわかる。
そして、スカーレルは髪を流したままだった。
暗い色の髪は、夜を流れる滝のように、彼の背中を覆っている。
「何、そんなにめずらしい?」
「……いや、まあ」
珍しい、というよりぎょっとした。
まるで知らない男に見えた。
ヤッファはスカーレルを招き入れ、再び幕を下ろした。
ふたり、酒を酌み交わしつつ、途切れるような会話を少しずつ。
話題はやはり、無色の派閥とこの島とのこと。
唐突にスカーレルは言う。
「まっすぐな綺麗なものって、たまに痛いわね」
レックスのことだとすぐに判った。
「年寄りには眩しいばかりだな」
「ええ。だからアタシ、イスラがあれほどの敵意をもつことに、どこか納得もしているの」
「そうか」
「彼が今までまったく傷つかないで、ずっと幸せに暮らしてたなんて思ってないわ。
でもあの綺麗なものは、どこから来たの。
強い怒りや悲しみは。どうしてアタシは」
ヤッファはちいさな驚きと共に思う。スカーレルはレックスが羨ましいのだろうか。
正しいと思うことを、貫こうとする彼が。
争いの中でさえ、豊かな感情を保てる彼が。
いや、羨ましいのとは少し違うかもしれない。
彼は自分が、『そう』振舞えないことを、振舞えなかったことを、羨むと言うより悔やんでいるのだ。
「どうしようもねえだろうが。ヤツはヤツだ」
「そうね」
「それでも願ってるんだろ」
「え?」
「アイツの理想が崩れないことを。それに影響されうるものを。
アンタは見たいんだろう」
たとえ、その美しさを信じきれない心でも。
切なさを増していくばかりだとしても。
そのように在れないスカーレルは、願わずにいられるというのか。
見つめること自体に、己の醜さを思い知って苦しんでも。
スカーレルは、髪と同じく暗い色の瞳でヤッファを見た。
なぜか今夜はじめて、視線がきちりと合ったような、透き通る目をしていた。
レックスとは異なる、それも『綺麗なもの』だった。
自分の手が、スカーレルの頬に掛かる髪を、その耳に掛けるのを他人事のように見ていた。
彼は避けず、視線も逸らさなかった。
そして微笑んで言った。
「やせ我慢は得意なの。そうでしょう、あなただって」
そうして手が彼の項にかかり、顔が近づいていくのも、やはり他人事のようだった。
触れるように重なって、離れて。
「……しくった」
ヤッファは思わず呟いた。
そんなつもりではなかったはずだ。
ならばどういうつもりかと聞かれれば答えに窮するが。
思わずうろうろとさまよう思考を、スカーレルはあっさりと戻した。
「しくってないわ」
言い切る。
「…………そうか」
「そうよ」
そしてスカーレルは、傍に置かれた瓶を手に取り、ヤッファのグラスに注いだ。
スカーレルの、白い手。
いつも綺麗に塗られた爪の、小指の先だけ、色が剥がれて落ちていた。
20031024
あははははははははh(略)
なんだか誰にだか全然わかんないけどゴメン。
にしても短いなー。まあいっかー。
時期的にはオルドレイク殺害未遂事件の少し前。
精神的に余裕なくなってきて、でもヤードと語るには重すぎて
うっかりヤッファさんを訪ねるスカーレル。みたいな感じで。←だからここで言うな。