異端なるもの、名を告げよ






ひとめで解った。その男は異質だと。
ちいさな集団の中で、その構成員のような顔をして、だがヤッファには一人だけ際立って見えた。
その異質さゆえに。















それはとある夕方の、遺跡に近い森の中のことだ。

木々の途切れと雑草の合い間、かつて川から転がってきただろう岩にヤッファは座っていた。
いつくかの低い樹と、岩のむこうに、川が見える。
ちょうど背後にある木の幹に寄りかかり、彼はひとつ息をつく。
苦痛はようやく去ろうとしていた。

まったくもっておかしな話だが、かつて彼をここへ連れ出した元凶のすべてが死に絶えても、誓約は途絶えない。
そしてそれについて考えを巡らすのも、久しく、無い。
どうにもならないことについて、思案しつづけるほど、すでに彼は若くはなかった。


ヤッファは、呼吸を整えつつ、痛みに冷えた手をそっと握った。
まだあちこちがこわばっている。
あともうしばらく休めば、普段どおりに動けるだろう。

「具合はどう?」
近い高い位置から、声が掛かった。
「!」

振り仰ぐと、ヤッファのいる位置から森側の、二メートル足らずのちいさな崖の上に、スカーレルがいた。

「やだわ、そんなに驚かないでよ」
「スカーレル」
「なんか通りかかったら、気分悪そうにしてたから。大丈夫?」
「おう」

通りかかった、という言葉にひっかかりを覚える。
ここは各集落からも、森の道からも、川に掛かる橋からも外れた場所だ。

スカーレルはふわりとヤッファの傍へおりる。
そんな靴でよくぞ、と思うような軽いしなやかな動作だった。



いつからいたのだろう。
なぜいたのだろう。

ほんの数歩の距離を、スカーレルはゆっくりと歩いてかたわらに来た。
「川のそばじゃ冷えるでしょ。立てる?」
「ああ――」
「ユクレス村まで送るわ」
スカーレルはにっこりと言った。








「なんであそこにいた?」
「だから通りかかったの。アナタこそ、どうして?」
「昼寝場所のひとつだからさ」
「ふうん」
スカーレルを杖代わりにして、森の道を行く。
幸い誰にも合わなかった。

「聞いてもいい?」
「何をだ?」
「さっき……どうしたの」

それが、ヤッファの身体状態を示していることはすぐに判った。
「俺だって、体調の良し悪しはあるってだけさ」
そういってすぐ傍の顔を見下ろせば、彼はまっすぐ前だけを向いていた。

「そう…」

呟いた表情は、よく見えなかった。

「ヤッファ、言ってもいい?」
「何をだ」

また同じ言い回し。

「アレ。よくあることなんじゃないの」
「いや?なんでそう思う」



ああ、観察することに慣れた視線を、この男は持っている。

彼ら、海賊船で漂流してきた、リィンバウムの人間たちが、ユクレス村に来た時。
かすかに感じた違和感。
平穏なこの島での、経験と年月でも磨り減ることなど無い勘が告げた。
もっとも警戒すべきは、その暗い色の髪の男だと。

「なんとなく。急に具合悪くなるのは、誰だってあると思うけど、」
「……」
「……」
スカーレルの言葉の、『思うけど』のあとを知りたかった。

「村の正門から入っていい?それとも少しまわる?」
だが彼は、それを語りはしなかった。

そして、弱った部分を集落の誰にも見られたくないと思うヤッファの、思考を先回りして聞いてきた。
「ああ、……回り道してもらえるか」

そうこたえたのは何故だろう。
指先、足先にも温度は戻ってきている。
村の誰に会おうとも、すこしの見栄で、いつもどおりに振舞うことくらいたやすいのに。

ただあと少し、と思った。
あと少しだけ、彼とこのまま歩いてみようと。
きっとスカーレルは、なにを感づいたかもう話さないとヤッファには判った。









ヤッファの庵につくころには、体はほとんどいつも通りに戻っていた。

「悪いな」
「いーの、気にしないでよ」

そう言ったスカーレルは、物珍しげなようすで、庵の中を眺めている。
一瞬止まった視線を辿れば、ユクレス村で作っている、果実酒の瓶。

「結構好きなクチか?」
「アナタもそうみたね」
床には酒の空き瓶が一つ、無造作に放られてる。
「病人の家に長居はできないわね、なにか要るものはない?」
「いや、ありがとう」
特になにもと断ると、スカーレルはあっさりと帰った。

「鎮痛剤くらいなら用意できるわ。――貸し、ひとつよ?」

そう言って笑って。








夕闇に溶ける後姿を見送る。
その形象に、ヤッファは唐突に連想した。

浮かんだのは、メイトルパのサバンナに棲む、猫科の種族。
細長い身体、黒い鬣、縦に長い瞳孔の、亜人をだ。
定住しない、流浪の一族。

漂泊する貴士。

彼らは一族の掟にのっとり、成人してからのち、伴侶を見出すまでは単独で旅路をゆく。
ひとりきりで、歩く。



ヤッファは頭の中で、スカーレルをメイトルパのサバンナに置いてみた。
なぜか夕焼けだった。
まばらな樹が、遠くシルエットになる、ひろいひろいサバンナ。
それを背景に、赤く染まった草の道を、スカーレルはひとりで歩いていた。


たぶんそれはふさわしい、ヤッファは思った。
人の輪の中で笑うより、はるかに。
すでに彼は、共に旅路をゆく仲間を得ているというのに、

『それ』
なのだろうか。
あの時、彼を異質だと思ったのは。
それだけ?


ヤッファはしばしの間、ぼんやりと考えていた。
けれども腹がすいているのに気づいて、その考えを放置することにした。
なんだか、よくない――自分にとって都合のよくない――ことのような気がしたからだ。















それから二日後。

スカーレルが、ふらりとヤッファの庵に現れた。
月も中天を周った時刻に。
風雷の郷の、清酒を一瓶だけさげて。
















20031020
ヤファスカ馴れ初め編でした〜〜★←いや、馴れ初まってないから。
スカー愛しさに、フィルタが何重にもかかった思考で考えつくのがこの程度ってどうよ自分。
ヤッファさんは純粋に好きです。萌えでなくむしろアフィケーション。でもヤファスカなら萌。
だからのーまるかぷならヤッファvアルディラ(え)
どーも私、スカーレルを何かに例えるのがスキらしいと書きながら気づいたりして。
蛇だの鳥だの猫だの。ちなみに植物で言えば鳥兜とか。
トリカブトは青紫の花なんですよ〜普通に雑草っぽい。
山にふつーに自生してます。うちの田舎とか。
小学生の頃、一時期学級で鉢植えになってました。のちに撤去されたけど。
あとオーソドックスに彼岸花、あと鈴蘭。(ぇ)





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