宝物は、ここに






どうも、スカーレルのいたソファは手狭だったらしい。

場所を他のソファに移動させられた。
なんとか止めさせようとしたが、すでにヤる気満々の男には、空振りだったようだ。
多少の時間稼ぎにしかなっていない。
こういうときの、男の集中力はすごい。
それが男に向かって、というのはどうかと思うが。


誰かが外の階段を降りてくる。
迷いない歩調で、ひとり。
……やはりこいつらの関係者だろうな、スカーレルは思う。



ところが。

「どおも!夜分失礼します!」

なんだか聞き覚えのある声が。
声と同時に、やはり見覚えのある人影が。


カイル。


「……まじで?」

思わず呟くが、スカーレルに圧し掛かろうとしようとしていた男には、聞こえなかったようだ。
「おいッ」
前を直しながら怒鳴る。
「すいません」
扉近くの男が謝る。
そういえば、鍵は掛けなかった様だし、カイルもノックはしなかった。

カイルは、ドアから真っ直ぐ見えるソファにいるスカーレルを見て、一瞬唖然とした顔をした。
そして、下っ端らしい柄シャツに肩を押さえられながらも、

「やっぱりいたな!ここで会ったが百年目だ!」

びしぃ!とスカーレルを指した。
どうも、何かの芝居が続けられているらしい。
スカーレルは取り合えずベルトを直しつつ身を起こす。



「おまえ、」
カウンターの男が言いかけるのを、カイルは大声でかき消す。

「金返せ、このカマ野郎!!」

……カイルにしてはなかなかの設定だ。
とういことは、どこかでソノラと会ったのだろう。

良かった。

「……よくまあ、この街まできたわねえ」
スカーレルはまだシャツを肌蹴たままで、カイルに近づいた。
よし、止められはしない。
そして聞かれる前に教えてやる。
「ゴメンナサイ、このヒトねえ、前の町の闇金貸しの使いっぱしりなのよ?」
「ああ?」
スカーレルを威嚇するカイルを、男の手から離し。

「ちょっと話し付けて来るわ」

先ほどの男に微笑んでおく。
と、カイルに手首を掴まれた。
「痛い!」

本当に痛かった。




「ちょいと兄ちゃん」
柄シャツが再びカイルの肩を掴んだ――掴もうとしたのをカイルは避けて、そのままがばっと頭をさげた。

「すいません、なわばり違いなのはわかってます!
でも金もってかないと、面子つぶれちまうんで、ちょっとこのカマ、借ります!」

そう言って、チンピラたちの言葉を聞きもせずに、早足でその店を出た。
その間も、スカーレルは、離して、痛い、とかなんとか演技してみた。






階段を昇りきり、店から死角になったとたん、カイルは走り出す。
「この建物の脇、入るぜ」
「了解」
するりと二人は、嘔吐物くさい、狭い路地を抜ける。
男たちは追っては来ないようだ。
「ヤツラの連絡がほかに行く前に、宿に帰んぞ」
「ええ」









夜の中を、手首をつかまれたまま走る。

カイルの手はスカーレルの手首をぐるりとまわって、まだ余裕があった。
いつの間にこんな大きな手になったのだろう。
そこから伝わる力は変わらずつよい。
怒っているような気配――いやむしろ怯えているこどもの、がむしゃらな力に似ていると、
スカーレルは思った。



宿に無事に着くまで、カイルはスカーレルの手を離しはしなかった。












宿屋に滑り込む。

一階の帳場にも食堂にも、宿屋の者はおらず、ただ船長とソノラだけがいた。

「おう、………お帰り」

船長が暢気に言ったが、微妙な沈黙はスカーレルの姿を見てのことだろう。
一応ズボンはきちんとなってはいるが、シャツはボタンが全て外れているし、
ふだん一つに纏めている、肩に届くほどの暗色の髪も、解けたままだ。
ソノラが床に軽い音を立てて、椅子から降りた。

「スカーレル…」
細い声で呼ぶソノラは、やっぱり泣きそうな顔だった。
「ただいま」
そう言って笑いかけてみる。
ソノラは、さっきのことを、どう思ったろう?
醜いと、思ったろうか。

ソノラはじっとスカーレルを見た。
ありのままを映す、子どもだけの特別な目で。



次の瞬間、くしゃりと顔が歪んだ。
「スカーレルっ!!」
ソノラが飛びついてきた。どん、と背中が今入ってきた扉に押し付けられる。
ようやっと、カイルが腕を離した。
「スカーレル、スカーレル…!」
腹の辺りにあるソノラの金色の髪に、そっと触れる。

「ソノラ……」

怖かったろうに、よく頑張った。
あんな強面に囲まれて――海賊船で暮らしているとはいえ――心細かったろうに。
泣きもしないで、ちゃんと船長のいるところ、安全な場所まで帰った。
いい子。



「ソノラ、泣くより前に言う事があるんじゃねえか?」

船長の声に、ソノラは顔をあげる。
涙を隠しもしないで。

「ごめん、スカーレル」
「……うん」
「おかえりなさい」
「ただいま…」


ソノラはまた顔を伏せて、スカーレルに抱きついた。

子どもの体温は高いな、と思う。
生きているカラダ。
愛しくないはずがない。



そのまま暫く、スカーレルはただソノラの髪を撫でていた。
やがてソノラが、今度は気まずそうにスカーレルを見て、それから自分の服の袖でスカーレルの裸の腹をぬぐった。
スカーレルはそっと笑う。










「さて、」
船長が言う。
「そこ座れ、ソノラ」

「……はい」
怒られるのが判っているのだろう、ソノラは大人しくうなづいて、船長の席の向かいに腰掛けた。
スカーレルは、隣のテーブルにつき、カイルもそこに座った。

「勝手に夜出歩くんじゃねえ」

激しくは無いが、重い響きで船長が言った。
「…はい」
ソノラはしょんぼりと答えた。
「仲間しかいない船とはわけがちがう。それくらいは判ってるな?」
「はい」
「スカーレルやカイルや、他のモンが、どれだけ走り回ったと思う? ……そういや、まだ何人か帰ってねえな」
「……ごめんなさい」
「どこへ行くにも大人と行けなんて言わないが、何処へ行くかは言ってけ」
「はい……」
ソノラは従順に答えた。

船長ははじめてにっこりとした。
「心配させるな」
「……うん」
顔をあげたソノラの髪を、船長はくしゃりと撫ぜた。
「で?おまえ、なんであんなとこ行った?」
今度はいつもの調子で言う。
「……」
「説教は終わりだ。なんかあったか?」
「……スカーレルが」


「?……アタシ?」

シャツのボタンを留めていたら、唐突に話が降ってきた。
「スカーレルが行ったから…」
ソノラは言いづらそうな様子だ。
確かに、あの通り――娼婦たちの立つ道――は通ったが、ソノラは。

「……アタシのあと、つけてたの」
ソノラはうなずく。
カイルも船長も眉をひそめる。



なんでまた。
そして何故気づかなかったんだろう。
子どもに付けられて気づかないなんて。
……勘、鈍くなってるのか。

「でもすぐ見失っちゃって。歩いてったほうの道とか、適当に見当つけて、探してたの。
……女の人とか何人か、通りに立ってたから、スカーレルのこと言って、見ませんでしたかって」

なるほど。
それで彼女は、スカーレルの外見を、聞いて知っていたのか。

「そしたら、なんか男の人が来て、新顔だなとか言い出して…。
あたし何のことかわからなくて、そしたらなんかあの店連れてかれて……
挨拶もなしか、とか、場所代がどうとか、商売するなら子どもでもスジは通してもらうとか…」


「あ〜」
船長はがしがしと頭をかいた。
さすがになんの話かわかったのだろう。

「で、ソノラ」

カイルが口を挟む。
「なんでスカーレルのあとついて行った?」
「……」
ソノラは黙り込む。……なんだか、恨みがましい目をしているような…。
「アタシに用があったの?」
「……スカーレルが」
「ん?」

「だって今日なのに、忘れてるし!あたし、どうしても今日中に会わなきゃって思ったんだもん!!」

「……」
スカーレルには、それがなんの事か全くわからない。
今日、ソノラと約束などしていない。
それどころか、日中はろくに話してもいない。
「やっぱり忘れてる!」
ソノラはぷくーっとふくれた。


「おい?」
カイルに小突かれるが、いっこうに思い当たる節が無い。
「ねえ、ソノラ」
話し掛けるスカーレルを無視して、ソノラは、なにやら肩から下げたままの鞄を漁っている。
そして小さな、ピンクのリボンの包みを取り出した。

それをスカーレルに向かって投げようとして、やめて、立ち上がった。



「はいッ」

「……ええと?」

「お誕生日!」

それでも怒鳴り声だったが……。






スカーレルは思い出した。


いつだったか、たぶん半年は前の話だ。
船の上、凪で進まない海の沖で、ソノラが言い出した。

「ねえ、スカーレルの誕生日はいつ?」
無邪気に聞かれて、覚えてないと答えたはずだ。勿論嘘だけれど。
するとソノラは、
「じゃあー、……スカーレルが来た日にしよv」
と言ったのだ。
「船長がねえ、誕生日は命のやって来た記念日っていってたもん。だから、お祝いするって」

「スカーレルの、来た日だよ」










ソノラはそんなささいな事を覚えていたのだ。
当の自分が忘れ果てても。



「おめでとう」
ソノラが包みを突き出したまま言った。
まだむくれ顔だったが。
「……ありがとう。
――――嬉しいわ、ソノラ」

嬉しい時に、とても嬉しい時に、言える言葉はやっぱりそれだけだった。


少しだけ泣きそうになったけれど、眼球は乾いたままだった。
ここで泣けるような生き物だったら良かったのに。




それでもソノラは、ぱっと笑ってくれた。
「開けてもいい?」
「うん!」
リボンを解く。
中には、セロファンに包まれたクッキー。
……かなり欠けていた。



「あ……」

ソノラは、とたんがっかりした顔になる。
「大丈夫よ?」
「うん……ごめんね、スカーレル」
「いいのよ。気持ちだけで、嬉しいもの」

まあその『気持ち』で、ちょっとした騒動にもなってしまったが。

「ホントはねえ、街についたら、スカーレルにケーキおごってあげたかったの」
「…そうなの?」
「ん。お誕生日だし…スカーレル甘いもの好きでしょ?でもなんか、捕まらなくて、お店閉まっちゃうし」

スカーレルは、なんだか自分こそ悪かったような気になった。

「でも良かった。ちゃんと会えたし。 …………ね、――大丈夫だった?」
「ええ。カイルが助けに来てくれたし。ねえ?」
カイルに話を振ると、おお、となんだか胸をはって答えた。

船長が言う。
「まあとにかく無事でなによりだ。にしても、誕生日か。おめでとう、スカーレル」
「おめでとう」
カイルが言う。

「アリガトv」

答えてから、誕生日(正確には彼らと出会った日、だが)に、おめでとう、などと言われたのは、ずいぶんと久しぶりだったことを思い出した。

「じゃあ宴会だな」
「おー!!」
「……ちょっと待ってよ、こんな時間から?」

子どもには遅いし、今から街に出るのも避けたい。
そもそも宴会などと理由をつけて、酒を飲みたいだけだなのだ、船長もカイルも。断言できる。



「ソノラも疲れたでしょう?……アタシも疲れちゃったわ」
少女は少しためらって、こくりとうなづく。

「しょうがねえなあ、じゃ、延期ってことで。今日は解散」
「あー?」
「はあい」


船長は仲間を待つといい、カイルもそれに付き合った。
疲れたと言った手前、スカーレルはソノラと共に宿屋の階段を上る。





「なんか、色々、……ごめんね、スカーレル」

部屋に入る前、ソノラが言う。
「いいのよ」

この子が無事で何よりだった。
あの男たちが、あんなふうにソノラに触れるなんて、考えただけで吐き気がする。

「見つけてくれて、アリガト」
「どういたしましてv」
ふたりはおやすみと交し合って、それぞれの部屋へ入った。







部屋に戻ったスカーレルは、欠けてしまったクッキーを一欠片食べてみた。
おいしかった。
ソノラが、陸にあがるときに、船長から貰ったささやかなおこづかいで買ったのだと思う。
ちいさな少女の、シンプルでまっすぐな気持ち。

「誕生日、か…」

もう一度本名を告げた日。
とっくにいない、両親のくれた名前を再び名乗った日。
ソノラは正しく、それを誕生日と言った。





過去を忘れる、なんて無理だ。
引き返すこともできないし、振り返ったって価値も無い。
それでも、きょうここにいる自分と、傍にいてくれた者たちに、

どうか祝福を。





そう願って、スカーレルは眠った。




















20031014

(ついに裏ができちゃうかと思った……)
ほんとはもっとえぐい話にしようかと思ったけどネ★
めざせほのぼの。・・・・・・・・・・・・む り  くさい・・・

先代がどうにも掴めないので、いろいろ微妙でスイマセン・・・
ていうかスカーレルもソノラもカイルもニセモノでスイマセ・・・
そしてまたしても無駄に長いよ。無駄に説明臭いよ。ねえ才能って、どっかに売ってませんか。
1980円くらいなら買うよ?←安すぎです。



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