三角関係(lie)









それは憧れだったか、認めてほしい気持ちだったか、カイルには今も判然としない。









「船長」




スカーレルの、その呼びかけがずっと気になっていた。
自分に向けてのものではなく、先代を呼ぶスカーレルの声が。

低く、高く、真剣に、戯れに。
時々で違う彼の声を受ける、先代が羨ましかったのは確かだ。


スカーレルの呼びかけは、不思議な色をしていた。
語りえないものを乗せているように聞こえた。
彼にとって、先代は『特別』だった。
直接聞いたわけでもないのに、ただスカーレルの声を聞いていただけなのに。

いや、だからこそ。









先代が逝ってしまった時。

スカーレルはいなくなると思っていた。
直感だった。

彼を船へ、海へいさせたのは間違いなく先代だった。
止めるすべなど無い。
止めても彼は行く。必ず。
確信に近いほど、喪失の予感があった。



だが彼は留まった。
よかった、と思うより先にも、なぜか拍子抜けした。
そして後から、やった、と思ったのだ。









後に、スカーレルが先代から、新米船長の後見人を託されていたことを知った。
その時の、何処からきたかわからない程の怒りを、カイルは良く覚えている。




問うてみれば良かっただろうか。

先代が言ったから、ここにいるのか。
それとも、スカーレルがいたいと思って、ここにいるのか。








……スカーレル。

















カイルは今、船室でスカーレル、ヤードと差し向かって座っている。
今日の、オルドレイク・セルボルトの殺害未遂について、話をつけるために。




スカーレルとヤードの話を聞いた。
彼らは凄惨な過去を、淡々と語った。


ごめんなさい。
スカーレルが言った。
申し訳ありません。
ヤードが言った。



それでも、なぜ、とカイルは思う。
何故、話してくれなかった。信用できないのか。何年も何年も、一緒にいたじゃないか。
何故。


話し終えたスカーレルが、途中から黙って聞き役に入ったカイルを見る。
ヤードも、じっとカイルを見ている。
その視線の、なんとも言い難い類似性にカイルは苛立った。



共有する過去?
共有する敵?

それは、今までの航海を、自分たちがすごした日々を、投げ出させるほどのものなのか?







「どうするの、」

スカーレルが言った。
鋭い目線だった。その瞳の奥に聳えている、暗い壁をカイルは確かに見た。
つづけて彼は言い放った。

「船長?」



その瞬間、意識しないままに手がスカーレルを標的としていた。
彼は、目を閉ざしもしなかった。
甘んじて、そう、甘んじてカイルの拳を受けた。

殴ったあとで、気づいた。

俺は。
俺はスカーレルに。




ヤードが、椅子ごと倒れたスカーレルに手を貸して立ち上がらせる。
スカーレルは瞬きで感謝を伝えた。


彼は立ち上がり、カイルを見た。
まっすぐな目をしていた。暗い壁はもうなかった。
いや、見えないだけで今もあるのかも知れなかったが。

「これで、チャラにしといてやるよ」

にっ、と笑って見せた。
うまく笑えたと思う。


スカーレルは数瞬、無表情になって、俯いて目を伏せた。それから

「……ありがとう、カイル」

と言った。
深い声で。


それははっとするほど、綺麗な響きだった。
















20030930

ひょっとしてこの話、続くの?(←聞くな)
書きたかったのはカイルに殴られるスカーレルでした★
微三角関係みたいな。死人にゃ勝てねえみたいな。

カイルはねえ、欲しいものが自覚できてれば、あとは一直線なタイプだと思うの。
ついでにスカーレルは、欲しいものもどうしたいのかも判ってるけど、
自分にまっすぐには動けないの。どお?(←だから聞くな)
にしても二日連続upなんて初めてだね!おめでとう自分!!



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