二十五日目
B君の運動と食欲増進を兼ねて、最近は手を引いて庭を散歩したりする。 近所を歩き回ってもいいけど、曇ったり降ったりの天気なので、大抵は庭だ。 今日はやや薄曇。 B君の手を引いて歩きながら、俺は自分の考えに没頭していた。
B君が好きだ、と思う。 でもB君はこんな状態。 俺は従順な、無防備な、ぼんやりしたB君が好きなのだろうか。 全て委ねて、腕の中で眠るB君は、俺をすごく幸せな気分にするけど、起きていても合わない視線は寂しい。 B君が良くなったら、勿論嬉しいけど、きっと少し残念にも思うだろう。
『俺のB君』がいなくなってしまって。 あの夜、ひとりで、裸足で俺を追いかけてきたB君。 愛撫に素直に身を任せていたB君。 くっついて眠るのが好きなB君。
俺の。 そう思うときの甘い痛み。 でもB君は俺の所有物じゃない、人形でもペットでもない。 一人の大人の男なのだ。
無意識にぎゅうっとB君の手を握ると、痛かったのか手を振りほどこうとする。 その感覚で我に返った。
手を繋いで歩いていたはずのB君は、なんだか息を弾ませている。 「B君?」 立ち止まると、B君も止まる。 あれ、なんで息切れ?
「デイビッドさーん!」 一階の窓からA君が顔をだす。ちょと距離があるので大声だ。
「おー、なんだA君」 「競歩終わりにして、休憩しませんか?」 「……競歩?」 「さっきからすごい速さで歩き回ってましたよ、ふたりで」 「……あー……」 ごめんね、B君。
二十八日目
なんか明るい気がして目が覚めた。 習性で目覚ましを見ると、セットした時間よりずいぶん前。 あれ、……B君がいない。トイレかな。 起きてもいいけど、こんな時間だとB君が戻ってきてまた寝るかもしれないし、どうしよう。今日はなんか冷えるし、ベッドの中気持ちいいし。 寝返りを打つと、ベッドから少し離れた窓が開いているのが見えた。 カーテンが緩く、風になびいていて、明けたばかりの、弱い白い朝の光が床に落ちていた。その光を遮るように立っているB君。
窓枠に両手を掛けて、外を見ているらしい。 寒くは無いのだろうか、そんなパジャマ姿で。それにしても、自分で窓開けるなんて、やっぱり随分よくなってきてるんだなあ。
横になったままじっと黙って見ていると、ふいにB君が振り返った。こっちへ斜めに振り返った顔の、半分だけに光が当たって、あ、なんか目が合ったような気がする。逆光で見辛いけど。 B君の髪が、白い額にかかって風に遊ばれていた。着てるパジャマの襟も開かれたカーテンもひらひらと揺れている。 綺麗な朝だ。 今日はきっと、久々に快晴だな。
「おはよう、B君」 いつものように声を掛けた。
「おはようございます、デイビッドさん」
……。 あれなんか聞こえたような。
信じがたくて、横になったままB君をみた。 はっきりと目が合った。 B君は、少しだけ笑った。 それから一度目を伏せて、瞬きをして、もう一度俺を見た。俺を。
「B君!!」 「っは、はい!」
俺はたぶん、飛び掛るように起き上がって、突進したんだと思う。B君は驚いた顔で後ずさろうとしたから。 既に壁際にいたんだけど、逃がすものかって勢いで抱きしめた。
「うぐ」 「B君、B君、B君」
嬉しかった、というか感動した、っていっていい。 だってB君が俺の名を呼んだ。目が合った。笑いかけた。俺に。
俺に!
ぎゅうぎゅうしてると、背中に何か、ドンドンと当たってた。……B君の手だった。
「い たい……!」 「うお!ごめん!」
慌てて腕を緩めると、少し身を離したB君が、ほっと息を付いた。 ああなんかすごい。
ここにいる。 ここにいて、俺の声に応えてくれる。 じっと感慨深く見下ろしてると、B君が顔を上げた。 やっぱり目が合う。
たまらなくなってまた抱きしめてしまった。今度は痛くないように。 「……よかった……」 感動がひと段落すると、じわじわと愛しさとか嬉しさとか、そんなかんじの柔らかい丸い気持ちが湧いてきた。 B君の頭を繰り返し撫でながら、そっと髪にキスした。 気づかなかったみたいだけど、B君はじっと俺に身を任せてた。その腕が、そっと俺の背中に回った。
感謝します。 とりあえずは神様に。 いちばんのありがとうはB君に。 ありがとう戻ってきてくれて。 おかえり。
おしまい |