十二日目
疲れた。
旦那様が暴走して、ヘイヂがそれにノリノリで乗っかって、書斎と廊下の一部小破。たまたま近くにいた俺(と俺に背負われたB君)は巻き添えをくらった。 吹っ飛んでくる瓦礫とガラスを避けてたら落とし穴に嵌りかけ、自分プラスB君の重さで懸垂するはめになった。 なんとか這い上がったけど、ちょっと肩が痛い。
もうさっさと寝ようと思い、B君を入浴させた。 B君は指示が必要だけど、大体自分で入れる。まあ、その間はついてなきゃいけないけど。 一緒に入ったのは、一度だけだ。今の俺の状態では、まっぱで二人でバスルーム、というのは大変まずい。 なので今も俺だけ服着たままだ。
ついぼんやりして、B君を眺めてた。 きれいな膚だな。触り心地もいいし。 あったまって、顔とか赤くなってぼうっとしちゃって、やらしいの。 …………赤すぎないか、顔。 「B君!上がろう」
しまった、バスタブの中でB君が真赤な顔でぐったりしてる。 どうみたってのぼせてるよ! 声を掛けると、B君はふらっと立ち上がった。 俺はタオルでB君を包んで、大まかに拭くと(いつもは自分でさせてるけど)パジャマを着せた。 ベッドに座らせて、冷蔵庫から水を出す。ここの屋敷は、使用人の部屋にも小さい冷蔵庫があって便利だ。冷凍庫はないけど。 500ミリのペットボトルに、半分くらいの飲みさしのしかなかったが、まあとにかく水だ。
「B君、水。飲んで」 差し出すと、素直に受け取って、こくこくと飲んだ。 俺は、その仰のいた頤と、嚥下に合わせて動く喉をじっと見てた。 B君はペットボトルの水を全て飲み干すと、ほうっと息を吐いた。銀色の睫が瞬く。 俺はB君の頬に手を当てる。まだだいぶ熱い。水、もう少し持ってこよう。 「水持ってくるからな」 言って、部屋を出る。
ちょっと今まずかった。 すごくキスしたくなった。しなかった俺は偉い。 赤い顔とか、濡れたままの髪とか、仰け反った首とか、溜息とか。色っぽいったらない。 うん、俺偉いよ。
自分の頭を冷やすために、ゆっくり廊下を歩いて、厨房の冷蔵庫から水のペットボトルを取り出した。さあ戻ろう、と振り返ると。 暗い廊下と、明るい厨房の境目に、B君が立っていた。 あれ、どうして? B君はとことこと俺に近づいて、そのまま俺に抱きついた。 え、これは何。 自分から、来た。何も指示してないのに。 俺の後を追って、来たんだろう。 裸足のままで。
胸の奥が、ぎゅうっとした。 衝動のままB君を抱きしめら、応えるように俺の背中の服を掴んだ。いや判ってるよ、バランスが崩れたから支えにしただけだって。 それでも、また胸がぎゅっとする。
「B君、俺を探しに来たの?」
ねえ、と囁くと、B君が顔を上げた。やっぱり視線は合わなかったけど。 まだほんのりと赤い頬、うすく唇が開いている。 誘われるまま、キスした。
開いていた口をさらに唇で押し広げて、舌を差し入れる。 熱くて濡れたB君の舌は、甘いくらい柔らかくて、すごい気持ちいい。 もっと舐めたくて開いてる左手でB君の首の後ろを掴み、深く唇を合わせた。 そっと舌を吸い上げると、B君の肩が小さく跳ねた。 口の上の方を舐めると、くうんと鳴いた。 顔を見たくなって唇をはなすと、B君はくてんと俺の肩に頭を乗せた。 気持ちよかった?顔を見せて。 少し身体を動かすと。
……たってるよ!……俺が!つーかB君もちょっぴり! しまった。B君になにもしない、と誓ったばかりなのにこの有様ってどーよ。 でも嬉しかった。 B君が俺のとこに来たのだ。俺に抱きついて、俺のキスで気持ちよくなったのだ。 肩口に伏せられたままの髪を撫でる。そうだ、まだ乾かしてなかった。 「さあ、戻ろう」 手を引いて歩く。 股間が元気なままだったど、俺はひとりで抜くし、部屋についても収まってなかったらB君のも抜いてあげよう。俺がそうしちゃったんだし。
ゆっくり歩いて部屋に戻ると、B君のほうはもう熱が去っていた。 少し残念な気分で、俺はひとりで風呂に入りつつ自分を慰めた。
十三日目
そういえばあまりにも今更だけど。 精神状態が良くなったあと、B君は覚えてるんだろうか、壊れてしまっている今のこと。 いまのぼんやりっぷりを見れば、ほとんど憶えていないか、精々憶えていても、うっすらとそんなこともあったかなレベルだろうとは思うんだけど。 もししっかり憶えてたら、俺、……どうしよう? 笑って済ませられる、かなあ。 (だってB君朝だちして俺に体寄せてくるからさあ抜いてあげたんだぞーすごい可愛かったぞあはははは) (だってB君裸足で追いかけてきちゃうしさあそれで俺にしがみ付いてちゅーしたいって顔するからさあすごい可愛かったぞあははははh)
……む、無理だ。 怒るな、きっと怒る。 嫌われるだろうか。 無視されたりして。 なんか悲しくなってきた。いや俺がやらかしたことだけど。 珍しくベッドの中で鬱々としていると、B君がすりよってきた。 ああもう。 B君はまだ起きているようで、小さな明かりに眼球が光った。 俺はうつ伏せていた体を返して、B君の方を向いて横になる。 B君はより俺に近づいてきて、俺の顎の下のスペースに顔を突っ込んで、居心地を確かめるようにもそもそした。 ああもう! もしあれやこれやを憶えてるなら、今の自分の行動も憶えてるよな?まあ憶えてないって方が有りえそうだし。憶えていたら、その時はその時だ。
ああもう……! 寝てしまえ。
十五日目
そういえば最近ずっと天気が悪いな。今日も曇天だ。
昼前に、B君を連れて買物に出かけた。 このまえ背負ったまま買物に行ったら、色んな人にガン見されたりあからさまに顔を逸らされたり、ひそひそ話されたり絡まれたりしてボコったら、ハニーにばれて注意されたりしたので、今日は手を繋いで行った。 逸れないようにしっかり手を握って、途中のカフェで一休みして、ちょっとデートみたいに。 B君はやっぱりぼんやりしてたけど。 いつになったら、君は俺を見てくれるのかな。 負担だと思ったことはないけど、たまに寂しいぞ。
あれ、今、B君。 カフェオレ飲んでビスケット食べた。 カップを見ると、まだカフェオレは残っている。 あれ? ビスケット食べ終わった。カフェオレ飲んだ。
!! 「おお!」
つい嬉しくて声を出してしまう。 店内の客の何人かが、突然の俺の声に振り返った気配がしたけど、まあそれはスルー。
すごい、すごいぞ。 『途中で止める』って動作ができるようになってる!こないだトイレットペーパーで床を埋め尽くしてたのに!髪の毛だってずっと洗い続けてたのに! 「良くなってきてるんだな」 嬉しくてB君の髪をがしゃがしゃした。 もう少し経ったら、俺を見てくれるかもしれない。
続 |