夏の風景

・・・3・・・

 家に帰ると、兄貴が慌てて車に乗り込むところだった。
「どうしたんだ、そんなに慌てて。」
僕の声に、振り向いた兄貴は
「子供が産まれそうなんだ。予定日より少し早いんだが、今から行けば間に合うから。また連絡するよ。」
と言って、エンジンをかけた。僕は、小さくなる兄貴の車をぼんやりと見送った。
「子供か…。」
いつの間にか、僕たちは大人になって、子供を持つ歳になっているのだ。それは分かっていたのだが、どこかピンと来ない自分があった。
 
 次の日、兄貴から電話があった。
「無事産まれたよ。男の子だ。」
そう伝える兄貴の声は、少し震えていた。
「おめでとう。兄貴もおやじだな。」
僕はそう言って、おふくろに電話をかわった。
 
 僕の休暇も終わろうとしていた。おやじとおふくろに見送られながら、車を走らせた。
 ふと、田んぼの向こう側を見ると、昨日の少年たちが自転車で走っていく姿があった。今日もあの橋から飛び込んで遊ぶのだろうか。
「そうか。」
僕は車を止め、少年たちを見た。
 昔はもっときれいだったはずの花火も、橋から飛び込むことの重大さも、子供の目線だったからだ。小さな感動や小さな勇気が子供にとっては心を埋め尽くすほどの大きなことだったのだ。
「誰だって怖いはずだ。」
ふと、おやじの言葉を思い出した。おやじも同じような経験があったのかもしれない。小さなできごとを経験するたび、知らないうちに大人になってきたのかもしれない。
 今、目の前を自転車で走っていく彼らも、いつかは大人になって、今の気持ちを少しずつ失っていくのだろう。でも、きっと心のどこかにその感覚だけは残るはずだ。そして、時折思い出すのだろう。大人になることは、少し寂しいことだが、失うものの変わりに、また別 の感動を味わうことができることも確かなようだ。今の兄貴のように。
 僕はまた、車を走らせた。

 

終わり

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