それは、息をすることと一緒だった。 溢れ出る感情を音にのせて、紡ぐ。 それだけで、俺は幸せだった。 カチ、と静寂が包む空間にマウスの音が響く。 次に大きく息を吐き出す。 隣にあるペットボトルの水を一気に飲み干し、口元を拭う。 時計を見ると既に21時をまわっていた。 録音を始めたのは学校から帰ってすぐの18時だったので、ゆうに3時間も歌っていたことになる。 「ん〜!」 大きく伸びをすると肩の辺りがぱきぱきと鳴る。 編集なんかは明日にしようと決め、部屋を出ると何故だかいい香りが漂ってきた。 「あ、お疲れ様〜勝手にお邪魔しちゃった。ごめんね、十代くん。」 「そんなことないです。いらっしゃい、こんばんわ、遊戯さん。」 ソファでごろごろとテレビを見ていたらしい遊戯さんがこちらに気づいて体を起こす。 一体、いつからいたのだろうか。全く気づかなかった。 「来てくれたなら声かけてくれればよかったのに。待ったんじゃないですか?」 「えー、集中してる君の邪魔なんかしたくないよ。大丈夫、ママに言われてご飯届けにきただけで、今さっき来たとこだから。」 それよりも早くご飯食べちゃいなよ、と背中を押され椅子へと促される。 そうしてそのまま遊戯さんもその向かいに座った。 「じゃあ、お言葉に甘えて、いただきます。」 「召し上がれ〜。」 うん、いつ食べても遊戯さんのところの唐揚げは美味い。 「何か浮かない顔で出てきてたけど、調子悪いの?”Neos”」 「う〜ん…調子が悪いというか、最近気乗りがしなくて…」 もぐもぐとご飯を頬張っていたが、ふと、遊戯さんが何も食べてないことに気づいた。 「あれ?遊戯さんは食べないんですか?」 「あはは〜、もう一人のボクと食べてきちゃったんだ。だからつまむだけ。」 と、唐揚げを一つつまんで口へと運ぶ。 「相変わらずラブラブですね。」 そう言うと、照れてふんわりと微笑む遊戯さんに本当によかったな、と思う。 悩んでる姿も、苦しんでる姿も知ってるから心から幸せを願ってる。 「あれ?何か物凄く歌いたくなってきました。」 「…本当にマイペースだよね。」 で、妥協を許さないんだから、本当、もう一人のボクそっくり。 なんて呟いているが、俺としてはどうでもいい。 溢れ出す言の葉と音楽。溢れ出す。溢れ出す。 忘れない内に早く、早く。 『何も出来ない切なさに一人泣いた夜 すべて投げ出してもよかった 君が笑ってくれるなら 部屋の隅 うずくまる君 どうしたら笑ってくれる? 祈っている 祈っている 貴方のため 夜があけるようにと ただ祈ってる』 「…」 「イマイチ、かなぁ。とりあえず、ボイスレコーダー…」 「あ、はい。」 遊戯さんから差し出されたのは携帯電話。 「だろう、と思って録音しておいた。SDにいれておとしておいでよ。」 「ありがとうございます!」 その手から携帯を受け取ると機材のある部屋へ一目散に駆け出す。 大体がいつもこうだ。 その時の感情に左右されることが多く、記録しておかなければ二度と同じものは作れない。 なので、ボイスレコーダーが必須。ないときはさっきのように遊戯さんだったり遊星が録音してくれるのが常だった。 とりあえず、音源をパソコンに入れて、リビングに戻る。 携帯を手渡すとくすくすと遊戯さんが笑う。 思わず首を傾げると、 「あはは、ごめんね。今日もうひとりのボクと城之内くんと”Neos”の話をしてたばかりで、こうして生で聴けるだけじゃなくて曲作りにまで立ち会えるなんて何て贅沢なんだろうなぁって思って。」 「え〜?そんな大したことじゃないでしょう。今更。」 それこそ歌い始めたときからずっと一緒にいる身としては改めて褒められると恥ずかしいことこの上ない。 「大した事だって。君が思ってる以上に君のファンは多いんだよ。」 「…関係ないです。」 「十代くん?」 「俺は、遊戯さんたちがいて、あの人を想うことができて、歌うことが出来る。それだけで、いいんです。」 そう。それ以上何も望むことはない。それが俺にとっての幸せだから。 すると頭に何かがかぶさる感触がした。遊戯さんが頭を撫でる手だった。 「そうだよね。ごめんね、変なこと言って。」 すまなそうに言う遊戯さんにむかって首を横に振る。 終わりがくることを知っているから、多くを望んだりはしない。 (そういえば、次の仕事でアテムがryoと共演するんだって。僕も呼ばれてるから出来たらサインもらってくるね。) (遊戯さんマジ大好きです!!) |