(う〜ん…どうしよう…) きょろきょろと帝人は辺りを見回す。 屈強なガードマンがこちらを見ている。それはそうだろう。何の変哲もない高校生がTV局の前をきょろきょろしていたら追っかけかなにかだと間違われても仕方がない。 だが、生憎と帝人は追っかけではない。 今日、ここのスタジオにいる羽島幽平に忘れ物を届けにきただけの紛れもない彼の弟なのだ。 (うぅ〜!本当、どうしよう…幽にぃに電話するにしても撮影中だったら嫌だし…) おろおろとする帝人は余程挙動不審だったのだろう。 とうとう警備員が帝人の方へと近づいていき、その肩を叩く。 「君。」 「え…」 「困るんだよね、ここでウロウロされると。」 「は、す、すみません…」 「さぁ、ここにいても芸能人とか会えるわけじゃないから帰った帰った。」 腕を掴まれてその場から退去させられそうになるが、それでは困るのだ。 今朝、幽にぃが撮影に使うと言っていたもの。 これがないときっと他のスタッフさんとかにも迷惑がかかるかもしれない。 「す、すみません。僕これを羽島さんに届けにきただけで…」 「あ〜、いるんだよね。そう言って中に入ろうとするファン。」 「ち、違います!僕弟で、本当に兄に忘れ物を届けにきただけで…!!」 「へ〜。嘘をつくならもっとましなのにするんだね。全然似てないじゃない。」 「…」 心の奥がずきん、と痛む。 散々言われてきたし、血の繋がりなんてないから似てないのは当たり前なのだけれど、やはり頭ごなしに決め付けられれば多少は傷つくというもので… 「あれ!?帝人君!?」 突然名前を呼ばれて顔を上げればそこには幽のマネージャーの卯月が慌てて出てくるところだった。 「う、卯月さん…」 「この子がどうかしましたか?」 「え、あ、いや…この子が羽島幽平の弟と言って中に入ろうとしたものですから…」 「では、その手を離して下さい。正真正銘、この子は幽平の弟です。」 マネージャーである卯月がはっきりとそう言うと、警備員は少し青ざめ、『失礼しました!』と言って帝人に一礼すると自分の持ち場に戻っていった。 思わず帝人は大きく息を吐いた。 「ごめんね、帝人君。大丈夫だった?」 「ありがとうございます、卯月さん。助かりました。」 ほっとした帝人は幽のマネージャー、卯月に一礼する。 「全然!帝人君に何かあったら幽平物凄く怒るから。」 「あはは、そんなことないですよ。」 「そういえば忘れ物届けに来てくれたんだって?」 「あ、はい!これ、幽にぃが朝必要だって言ってたんで…」 持っていた袋を卯月に渡す。 「あ〜!よかったぁ!ありがとう、帝人君。今日これ使うんでどうしようかと迷ってたんだよ。」 あけて中を確認した卯月は帝人の両手をとって歓喜の声をあげる。 喜ぶ卯月に持ってきてよかった。と帝人も嬉しくなった。 用事も済んだので挨拶をして帰ろうとする帝人を卯月が引き止める。 せっかくだから幽に会っていくといいと言うのだ。 嬉しいが、撮影の邪魔になるからと謹んで帝人は断りを申し出る。 帝人は幽が大好きだ。だから帝人のせいで幽が悪く言われたり評価が下がるのは我慢できない。 「大丈夫、幽平も喜ぶから!」 そう言ってやや強引に卯月は帝人をTV局の中へと引っ張って行く。 こうなってしまえば帝人に抗う術などなかった。 ざわざわとせわしなく行きかう人。怒声を飛ばす監督。 ドラマでしか見たことがないような風景が眼前に広がっていてそれまで尻込みしていた帝人の瞳がキラキラと輝く。 マネージャーの卯月は帝人が渡した荷物をスタッフへと預ける為と幽に帝人の来訪を告げる為に帝人を置いて行ってしまった。 出来るだけ邪魔にならないようにと壁際に寄って帝人はスタジオ内の様子を見つめる。 するとそこへ卯月から事情を聞いた幽が駆けつけた。 「帝人。」 無表情で滅多に感情を表に出すことのない羽島幽平のいつにない柔らかい声に周りにいたスタッフは何があったと幽と帝人へ視線を向ける。 好奇の視線に晒されて居心地の悪い中、帝人が「幽兄さん。」というと、何だ兄弟かとばかりに皆、各々自分の仕事へと戻っていった。 羽島幽平が数あるインタビューの中で己の兄弟を語るのは有名な話だ。 兄については感情表現が豊かでとても頼もしく、尊敬している。と。 弟についてはそんな兄たちを支えようと頑張っていてとても可愛い。と。 そして今、羽島幽平が自慢してやまない弟がこの場にいる。興味が沸かないといえば嘘になるが今は撮影が最優先だ。とばかりにスタッフは動き出すが、ちらちらと2人の様子を伺う者もいた。 「ごめんね幽にぃ。急に来ちゃって。僕邪魔になるようならすぐに帰るよ?」 「邪魔なんてそんなわけない。それよりも、ありがとう。俺の忘れ物届けにきてくれたんだって?」 「うん。今朝幽にぃ、使うんだって言ってたでしょう?きっと困ると思って。」 笑う帝人の頭を撫でる幽。ほのぼのな空気を醸し出す仲良し兄弟に周りのスタッフ達の表情が綻ぶ。 するとそこへ用事が済んだ卯月も加わった。 「幽平、スケジュール調整したから今日の撮影終わったら帝人君連れてあがり!社長にもOKとったから大丈夫。」 「えぇ!?」 「卯月さん、ありがとうございます。」 卯月に対して一礼する幽に現場から撮影を再開すると声がかけられる。 「行ってくる。」と言って帝人の頭を再度撫でる幽に帝人は笑顔で「いってらっしゃい。」と送り出した。 興奮冷めやらぬ帝人は帰りの車の中でもどこかぼーっとした様子だった。 いつ幽の車に乗って、いつ発進したかも、今どこを走っているのかも曖昧で、ただ虚ろに前を見ているだけ。 何の言葉をかけても反応を示さない帝人に面白くないのは幽だ。 何度声をかけても体を揺すっても軽い返事しか返ってこない。そうしてまた虚ろに前を見つめるのだ。 「帝人。」 仕方がないとばかりに幽は信号待ちの際、少しだけ語気に力を入れて帝人の耳元で手を叩く。 突如聞こえた大きな音に夢現から現実に引き戻された帝人は今自分がいる状況を飲み込むことが出来ずに右往左往する。 「え、ええ、え?幽にぃ?え?」 「とりあえずお帰り、帝人。」 はあ、と溜息を吐く幽に帝人は失態をおかしたことにようやく気が付いた。 「ごめん、幽にぃ。」 「謝ることない。しばらく心ここにあらずだったけれど向こうで何かあった?」 「あ〜…ううん。何かあったとかじゃなくて…その、かっこよかったなぁって。」 「…誰が?」 「え、っと幽にぃ…テレビで見るよりも演技してるときかっこいいなぁって思って…何か幽にぃ近くにいるのに遠くなっちゃったみたいで…って、ごめんなさい。僕おかしい事言ってるよね。」 乾いた笑いを零す帝人に幽はアクセルを踏み、スピードを上げて自宅への道を急ぐ。 駐車場に入って車を止めたところで手早くシートベルトを外し、隣にいる帝人の体を抱きしめた。 何が起こったのかわからずに帝人はただ腕をじたばたと動かすことしか出来ない。 「大丈夫、俺は、俺達は帝人を置いてったりなんてしないから。不安に思うことなんてなにもないんだよ。」 抵抗を止めた帝人の体が幽の腕の中で震える。 「…それだったら幽にぃも静にぃも結婚出来ないよ…?」 「じゃあ、帝人が俺達のお嫁さんになればいい。」 「なにそれ…」 「僕男の子だよ。」と言って笑う帝人は先程の幽の言葉を慰めの為の冗談だと思っているようだが、幽としては至って本気だ。まったく伝わらなかったが。 「ねぇ、幽にぃ。邪魔しないからまた見に行ってもいい?」 躊躇いがちに問う帝人に幽は悪戯心から即答はせずに少し考えるフリをする。 「…いつでも入れるように入局パスもらってくるよ。」 途端に帝人の表情が笑顔になる。「ありがとう、幽にぃ」とはしゃぐ帝人の頭を撫でる幽。 『帝人、帝人はもう少し我儘になってもいんだよ。』 『わがまま?』 『もうちょっとあれしたいとかこれ欲しいとか言ってもいいってこと。』 『怒らない?』 『皆怒ったりしないよ。もっと言って欲しいって思ってる。』 『じゃあね、じゃあねぇ…』 『幽にぃも静にぃも帝人とずぅっと一緒にいてね。』 君の我儘は全部叶えると決めてるんだ。 (だって君の笑顔が大好きだから。) fin. |