だって、大好きなんだ。 その日、平和島家に激震が走った。 「幽!!」 知らせを受けた静雄は対峙していた臨也をそこそこに、自宅へと急ぎドアを壊さんばかりの勢いでリビングへと飛び込んだ。 リビングには幽しかいなかった。 静雄たちの両親は父親の海外赴任を機に海外に移住している。生活費は振込みとアイドルである幽の収入があれば十分に暮らしていけるだろう。そういって息子たちの意見を聞かずに旅立った。 静雄も幽も両親のそういった奇行には慣れていたし、可愛い末弟さえいればどうでもよかったのでとりあえず元気でいてくれればいい。くらいにしか思っていなかったが、当時幼稚園に通っていた帝人を宥めるのが大変だった。 『置いていかれた。』と言ってわんわん泣く帝人をあやし慣れない静雄と幽で慰めて。 『わーん、わーーん…』 『帝人、大丈夫だ。俺たちがいるだろ、な。』 『帝人、泣かないで。』 『お、おと、さんも…おか・・・ぁさんも…またみかどのことおいてったぁ…わーん…』 『俺たちがいるよ、帝人。』 『そうだぞ、帝人。俺たちは絶対帝人を置いてったりはしないからな。』 『ほんとう?しずにぃも、ゆうにぃも、みかどのことおいてどっかいかない?みかどのこときらいになったからってすてたりしない?』 『誰にそんなこと吹き込まれてきたの…』 『当たり前だろ!可愛い帝人のこと誰が捨てたりするかよ!』 両側からぎゅうぎゅうと大好きな兄に抱きしめられて帝人はようやく笑う。 『しずにぃ、ゆうにぃ、だいすき〜』 「それで、幽!帝人は…!!」 「落ち着いて、兄貴。」 「ばっかやろ…!これが落ち着いていられるかよ…!!」 勢いよくたたきつけた拳はテーブルを真っ二つに割る。 「何かの間違いだろ!?帝人が同級生を殴っただなんて…!」 彼らの末弟、平和島帝人は表情豊かで穏やかな性格。悪く言えばお人好し。 同世代から見たら運動神経は中の下あたりで、喧嘩で名を馳せた静雄と違い暴力などもってのほか。喧嘩などする人種ではない。 少なくとも静雄と幽はそう思っている。だから今回学校から連絡を受けたときは驚いた。 「…本当みたい。先生も驚いてた。とりあえずは喧嘩両成敗ってことになったけど…」 迎えに来た幽にも帝人は何も話さなかった。 黙ったまま帰宅して、玄関を開けるとそのまま自室へと篭ってしまったのだ。 「帝人と喧嘩した男の子も『あいつが悪いんだ!』しか言わないし…」 めずらしく幽が溜息をつく。 相手方の母親が凄い剣幕で帝人のことをなじるので怒りを抑えるのが大変だった。 間違いなく、静雄が出ていたら学校は半壊していただろう。 幽が取り成したことで示談で済んだようなものだ。 そこまで黙って幽の話を聞いていた静雄は終わってすぐに踵を返す。 「兄貴、どこ行くつもり?」 「決まってんだろ、そいつを殺しに行ってくる。帝人がワケもなく誰かを殴るなんてことはねぇ。そいつが何かしたに決まってる。」 殺す殺す殺す。と呪詛のように呟く兄に幽は再び溜息を零す。 「別に止めたくはないけど、そんなことをしても帝人が悲しむだけだし第一その男の子の家も知らないでしょう。」 「じゃあ、幽!お前は腹たたねぇのか!?」 「…………兄貴、それ本気で言ってるの…?」 ぞわりと幽の纏う空気が変わる。…静雄が思わずその剣幕に一歩、後ろに引いてしまうほどに。 そこで初めて静雄は悟る。同じように帝人を溺愛するこの弟は怒りを内包しているのだ。液体窒素のように触れればたちまち火傷どころではすまないくらいにジクジクジクジクと怒りを、その内に。 「…悪い。」 「…別に、いい。それよりも帝人から話を聞かないと・・・」 2人は視線を2階にある帝人の部屋に向けると徐に歩き出す。 おそらく、部屋で泣いているであろう末弟のその涙を拭う為に。 「帝人。入るぞ。」 がちゃり、と音をさせて静雄と幽は帝人の部屋へと入る。 案の定、帝人の部屋は暗くなっていて壁際に設置されたベッドには大きな膨らみが出来ていた。 何も言わずに2人は帝人のベッドに腰を降ろすとびくり、と布団の繭が揺れる。 「帝人。」 名前を呼んで布団をぽんぽんと叩く。それから何も言わずにただ、叩いたり撫でたりしているともぞもぞと天岩戸が開く。 「しずに…ゆうに…」 「おはよ、帝人。」 「大分声掠れてるな、大丈夫か?」 何も聞かずに頭を撫でる2人の兄に止まっていた帝人の涙が再び溢れ出す。 「明日は学校休め。俺が言っとくから。」 「眠るまで一緒にいるから、今日はもうお休み。」 泣き疲れたのか安心したのかさほど時をおかずに帝人は眠りについた。 帝人が寝入ったのを確認して、静雄と幽はリビングへと戻る。 さて、これからどうしたものかとうんうん唸っていると、来訪を告げるチャイムの音。 幽が扉を開けると、そこには帝人のクラスメイトである、紀田正臣が立っていた。 「え、と…帝人は…」 「寝てるよ。ごめんね、せっかく来てもらったのに。」 幽の言葉に正臣は勢いよく首を横に振る。 正直、静雄の射抜くような視線が物凄く居心地悪かった。 「丁度良かった。お前に聞きたいことがある。」 「…」 「今日のことを教えてくれ。」 「……」 正臣は答えない。その正臣の態度に焦れた静雄は持っていたカップを粉砕した。 その一部始終を目の当たりにした正臣は大袈裟に肩を揺らす。心なしか顔が青い。 「兄貴。」 そんな静雄を幽が窘める。 「ごめんね、兄貴短気だから。早く聞かせてくれれば助かるんだけど、今日、学校で何があったのかな?」 「…出来れば、俺が言ったって帝人に言わないで下さい。」 そう前置きをして正臣は話し出した。 『おい!お前の兄貴あの平和島静雄って言うんだろ!』 昼休み、正臣と弁当を食べていた帝人はそんな声で振り返った。 『俺知ってるんだぜ!お前んとこの兄貴いっつも喧嘩してんだろ。もう一人の兄貴だって無表情で何考えてるかわかんねぇって言ってた!』 『おい、お前!何言ってんだよ!』 『何だよ、紀田!お前平和島を庇うのか』 『そんなの当たり前だろ!帝人は友達なんだから!』 『だけど本当のことだろ。皆言ってるぜ。早く池袋から出て行けば…』 ばっちーん! 男の子が言い終わる前に乾いた音が辺りに響く。 周りも正臣も呆然としている。 いつの間にか正臣の隣に来た帝人が男の子の頬を思いっきり叩いたからだ。 『静にぃと幽にぃのこと、悪く言うな!!』 「そっか。そんなことがあったんだね。」 「俺、帝人があんなに怒ったとこ初めて見た。本当はあいつが悪いんだ。帝人を怒らせること言うから。だから、帝人のこと怒らないでやってください…」 俯く正臣の頭に手がのせられ、そのままぐしゃぐしゃと掻き混ぜられる。 ぱ、と顔を上げれば静雄がいて。 「さんきゅーな、紀田。」 と、お礼を言われてしまった。 それから、送っていくという幽に近いから大丈夫と行って正臣は家へと帰っていった。 「なぁ、幽。」 「うん。」 「帝人、俺たちの為に怒ったんだな。」 「そうだね。…兄貴顔真っ赤。」 「…そういうお前だってすげぇ嬉しそうじゃねぇか。」 しばし無言。先に口を開いたのは幽だった。 「明日は買い物に行こうか。壊したテーブルとカップを買いに、3人で。」 「昼は帝人が食いたいもんにするか。露西亜寿司とかな。」 「兄貴、キレないでよね。」 「…おぅ…」 いっぱいいっぱい甘やかそう。 悲しいことを消し去るくらい。 いっぱいいっぱい一緒にいよう。 不安なんか感じなくなるくらいに。 とん、とん、と階段を降りる音がする。 「…静にい…幽にぃ…あのね・・・」 「帝人。」 「明日はどこに行きたい?」 きっと意を決して降りてきたのだろう。 急に明日どこに行きたいと聞かれて帝人はきょとん、と目を丸くする。 「兄貴が壊したテーブル買って、帝人の好きなところに行こう。」 「昼も夜も帝人の好きなもの食べに連れてってやるから考えとけよ。」 「静にぃ、幽にぃ……大好き!」 帝人は思わず2人ともに抱きついた。 fin. |